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第一章『糸は静かに、そして強引に』(3)

 《AM,9:00》


 直射日光の眩しさと暑さで、遼平はやっと目を覚ました。ベッド際の置時計を見ると、既に九時過ぎ。暫くはボーッとしていたが、仕事のことを思い出して勢いよく身を起こす。確か依頼人のもとへは九時集合だったはず…完璧に遅刻だ。

「やべっ、おい純也!」

 寝室のドアを開け、純也のベッド(兼ソファ)のあるリビングに叫ぶが、空しくこだまするのみ。誰もいないのも当然で、小さい同居人は既に四時間前にこの部屋を出ている。

「ちっ……」

 どうやら完全に出遅れたらしい。ご丁寧な事に、食卓の上には遼平の分の食事とメモが残されていた。純也のメモの、『遅刻しちゃダメだよ?』という部分が鋭く突き刺さる。

 仕方が無いので騒がしく朝食をとりながら、遼平は真から渡された仕事のメモを見る。渡された時は面倒で詳しく確認しなかった。

『上記の場所に、午前九時までに行くこと。格好は制服でも私服でも自由。持ち物は、できるだけ御札・お守り・聖書・ロザリオ、何でもエエから効きそうなモン持っていけ』

「はあ? 何だこりゃ?? 何に効けばいいんだよ?」

 意味不明な真のメモに遼平は問うが、もちろん紙は答えない。やっぱり直接行くしかなさそうだ。

 僅か三分で朝食を済ませた遼平は、楽な私服に着替えてメモをポケットに突っ込み、家を出る。……もちろん、真オススメの道具など持ってはいない。やっぱり梳かしていない中途半端に長い紺髪をなびかせ、アパートの脇に停めてある大型バイク、通称『ワイバーン』に跨って遼平は仕事先へ急いだ。

 住所はバイクで行けばそんなにかからない場所だった。たしか、団地の多い住宅街だったはずだ。制限時速を大幅にオーバーしながら、ワイバーンは二十分ほどかけてソコへ到着。こじんまりとした古いアパートのようだ。

「あー、依頼主は……っと」

 メモに書かれた『剛山』という名を頼りに一部屋ずつ表札を確認していく。一階の端の部屋に、その『剛山』の部屋はあった。ノックし、相手の応対を待つ。

「……」

 コンコンッ。

「……」

 ゴンゴンッ!

「…………!」


 何度叩いても出てこない。呼び出しておいて留守なのかと、遼平は腹が立ってきた。

「おいっ、居ねぇのか!?」

「……ど、どなたですか……」

 小さな、ほんの小さな声がドアの内側から届いてきた。周りの雑音に消し去られそうな音量で。

「なんだ、居るんじゃねーか。俺を雇ったのはお前だろ? 警備会社のロスキーパーだよ」

「はっ、早く入ってくれぇっ!!」

 いきなりドアが開き、遼平をしっかり掴んで中に引き入れ、急いでドアは閉められた。一部屋しかないそこは、真昼間だというのに照明器具が全開になっていて、かえって外より眩しいくらいだった。

「いきなり何しやがんだよ、てめぇが剛山か?」

「あぁ、俺が依頼した『剛山強』(ごうやま つよし)だ。その……アンタが俺を護ってくれるんだな?」

「まぁそーいう事になってるけどよ、俺は何からお前を護りゃあいいんだ?」

 遼平のその言葉を聞いた途端、剛山はブルブルと震え始めた。相当怯えている様子で、尋常ではない汗が流れていく。剛山は見たところ遼平よりたくましい身体つきで、顔には度の強そうな角眼鏡。三十代前半……といったところだろうか、Tシャツに短パン姿は、できれば見たくない代物だった。

「こ、殺されるんだ……」

「……何かしたのか? 誰に狙われてんだ?」

「俺は……み、みみっ、見てしまったんだよおぉぉ〜!!」

 泣きながら遼平にしがみ付こうとしてくる剛山を押し返し、遼平はとりあえず狭い床に二人で座る。

「くっつくな! ったく……ナニ見たってんだよ? ヤクザの殺人現場か何かか? そンくらいなら楽勝だぜ?」



「違うんだっ、俺が見たのは……呪いのDVDなんだよおぉぉ〜っ!!!」


「……あ?」

 もう瞳を潤わせて、剛山は何か恐ろしそうにあるモノを取り出した。……なにやら真っ紅な塗装の施してあるDVDだ。一般の通信端末でもテレビでも観る事ができるタイプだろう。

「なんなんだよ、コレ?」

「アンタ知らないのか!? 呪いのDVDをっ!?」

 渡されたディスクを興味無さ気にクルクル回す遼平に、驚いたように剛山が大声で叫ぶ。遼平には何の事だかわからなかった。

「悪ぃけど、全く知らん」

「……それはな、その映像を見た者を三日以内に確実に呪い殺すっていうDVDなんだよ!」

「は? 呪い殺すぅ? バッカじゃねーの、ンなんで死ぬわけねぇだろ」

「そんな事ないんだよ! 本当に殺されるらしいんだっ、しかも今日がその三日目で……」

「……それで、俺にお前の命を護れってか? はっ、冗談じゃねーよ、そーいうのは祈祷師だの神社だのに行くんだな」

 遼平は立ち上がり、部屋を出ようとする。バカバカしい……神仏や幽霊を全く信じていない遼平にはこの上なくバカバカしい依頼だった。が、その遼平の脚に剛山がしがみ付く。

「待ってくれ! アンタ、何でも護れるロスキーパーなんだろ!? 報酬はしっかり払うからっ、俺を呪いから護ってくれよ!!」

「…………報酬、二倍払うか?」

「あ、あぁ! 護ってくれるんだな!?」

「俺は呪いだの祟りだのってのを信じねぇんでな、てめぇと一日居るだけで金が貰えるんだったら、その依頼引き受けてやるぜ」

(真のヤロー変な仕事まわしやがって……明日ぶん殴ってやるっ!)

 頭を抱えて遼平はやっと依頼を受けた。どうせ誰かの悪戯で作られたくだらないDVDなのだろう、何も警備する事など無い……考えようによっては、一番楽な仕事ではないか。しかも報酬は二倍。


 本来ロスキーパーは、月給も何も無く、完全出来高制な会社だ。つまり、その個人が働いた分だけ報酬が貰えるという事。報酬は、複数なら山分け、個人なら総取りができる。その反面、仕事が出来なければ給料は無し、本社からも何の指示も無ければ援助も無い……自由なんだか勝手なんだかわからない組織構成になっている。裏社会の中でも異例の仕組みだ。

 報酬総取りなら、遼平が迷うはずが無い。……こうして、遼平は呪い(?)から剛山を護りきる事を承諾した。


「ところで、何でそんな呪いのDVDなんて見たんだよ?」


「それが……そのぉ、俺、こういうの実は大好きでさ、レンタルで借りてきちゃったんだよ。そしたらマジで怖くて怖くて……アンタも一度観てみる?」


「……遠慮しとくぜ。ってかてめぇ、本当にバカだろ?」


     ◆ ◆ ◆


 《AM,9:30》


「ようこそ、お越し下さいました」

 温かな老婆の声に向かい入れられ、真は普通の一軒家の前に立っていた。メンバーの中で唯一制服姿の彼は、青く長いコートのせいで薄らと汗をかいていた。

「ワイが今回の仕事をさせてもらう霧辺真です。早速ですが、依頼内容にあった美術品を見せていただけませんか?」

 玄関では老婆と老人の夫婦が真をゆっくり眺め、信頼したように頷き、家の右側を指差した。この家の右隣には、もはやクラシックの度を越えたボロボロの巨大な洋館がある。

「あそこは、元は私達の住まいでした。しかし老朽化が進んだ為に隣りに家を建て、引っ越してきたのです。ところがウチの主人は絵画を集めるのが趣味でして、まだあの洋館に一枚だけ作品が残されているのです」

「それで……?」

「はい、話はここからなのです。先日、家にこんな物が届きまして……」

 老婆は丁寧に折りたたまれた手紙のような紙を真に手渡す。そこには、新聞の切り向きで集めた文字を貼り付けた、こんな文章があった。


『七月二十日、深夜に屋敷の絵画を頂きに参上する。 怪盗集団・スパイダーウェーブズ』


(スパイダーウェーブズぅ? なんや知らんけど聞いた事も無い怪盗集団やなァ……。あ、ウェーブズの小さい『ェ』だけが直筆になっとるがな! 新聞中に『ェ』が無かったんやろか……何かアホっぽいなァ)


「あそこには主人の大切な絵が飾ってあるんです。どうか護ってください」

「うむ、昔はわしらは隣りの洋館に住んどってのぉ、じゃが建物が老化してしまってわしらだけこちらへ引っ越してきたんじゃが。わしの絵を盗もうとする輩がこんな手紙を……」

「あ、あの……何か話がループしとるんですが……」

「『すぱいだーうえいぶず』なる輩にわしの絵が狙われておるのじゃ、真太郎殿、是非護ってくだされ!」

「いや、だからその話はもう……って、ワイは真太郎やなくて真なんですが……」


 少し耳が遠いのか、老人は何度か話を繰り返したところで、やっと真に依頼をした。老婆から洋館の鍵を預かり、早速中へ入ってみる事にする。

 ガチャン……と重い青銅の音を立て、洋館の扉は開いた。空気は非常にホコリっぽく、ジメジメしている。まず眼前に広がるホールに、二階へと続く階段。ホールの隅には何体か鎧の騎士の置物まである。

「んじゃ、まずそのブツを探しまっか」



 一階の中央の部屋に、いきなりソレはあった。ドデーンッと広がる、壁一杯の巨大な…………富士山の浮世絵。これ以上無いくらいに、この洋館の雰囲気とミスマッチしている。

「……まァ、人の感性はそれぞれやからねぇ……」

 無理に自分を納得させ、真はその絵画を背に座り込む。深夜に来るとわざわざ予告してくれたのだから今は仮眠しても良いかもしれないが、万が一不意打ちを狙ってくる可能性もある。一人なので、寝ずに夜まで待つ事にした。


「…………にしても、皆上手くやっとるかなァ〜。ワイ、そーとー恨まれてたりして」



 冗談混じりで苦笑する真は知らない。その予想が大きく的中している事に……。



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