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第一章『糸は静かに、そして強引に』(2)

 《AM,7:00》


「おはようございまーす。ロスキーパーの者ですがー?」

 豪邸の大きな門の前で、純也は背伸びしながらチャイムに顔を覗かせた。監視カメラの監視範囲まで純也の背丈では映らないからだ。

『どうぞ、お入り下さい』

 機械の女性の声で巨大な門が開く。純也は自動で閉まっていく門を背に、広い庭を横切って玄関らしき扉の方へ向った。きょろきょろと辺りを見回しながら、やっと扉に辿り着く。

 すると、中からメイドらしき女性が扉を開けてくれた。純也はペコッとお辞儀する。

「ようこそお出でくださいました。奥でご主人様がお待ちです」

「はい……」

 メイドに案内されながら広い回廊を行く。住宅街の中のやたら豪華な家だ、誰か有名人の自宅か何かだろうか。依頼内容が気になる……自分一人で果たして護りきれるモノだろうか……しかも、エプロンと三角巾で?

「この先にご主人様がいらっしゃいます」

「ありがとうございました」

 一際大きな扉の前で、メイドが一礼して去っていく。純也は唾を呑んでから、ゆっくりと扉を押す……。

「失礼します……」


 突如の、毛玉の襲撃っ!!


「え……うわぁぁっ」

 いきなり、開けた扉からフサフサとした物体が襲い掛かってきた。それらに押し倒され、身動きがとれなくなる純也。何かが純也の顔をベロベロと舐め回してくる。……かなり大きなゴールデンレトリバー数匹が、少年を取り囲んでいた。

「こ、これ…………犬?」

「おやめなさい、警備員さんにいきなり失礼でしょう」

 部屋の奥からの上品な声に、犬達は一斉に大人しくなる。純也から離れ、その声のもとへと向っていった。


「へ……!?」


 純也はやっと立ち上がってこの家の主の部屋を見回す。……軽く二十匹は超えるであろう数の様々な犬や猫達が純也をじっと見つめていた。ほとんど動物達で埋め尽くされた大きな部屋、その一番奥の肘掛け椅子に、上品そうな貴婦人が一人腰掛けている。

「私が依頼人です。ロスキーパーの方ですね?」

「は、はい。僕は純也といいます。これでも……一応は警備員です」

 自分の幼い容姿を気にして、純也は念を押しておく。依頼人に信頼されなければ、警備は勤まらない。ただでさえ一人なのだから、しっかりここで証明せねば、と少し背伸びをする。

「随分とお若いのですね」

「はい、ですが仕事はしっかりやらせていただきますので……」

「わかりましたわ、あなたに今日の警備をお任せします」

「ありがとうございます! ……それで、警備とは?」

 ほっと胸を撫で下ろし、純也は無垢な笑顔で問う。それに答える婦人も、さらっと笑顔で返答する。



「この子達の、一日のお世話ですわ」



「……はい?」

「私達、今日これから早速日帰りで出かけねばなりませんの。その間この子達が心配でして……それでロスキーパーの方にお願いしようかと」

「……あのー、先程のメイドさんではダメなんですか?」

 足元に擦り寄ってくる犬や猫達にややくすぐられながら、純也はかなり脱力して質問する。これだけの豪邸だ、わざわざ雇わなくても使用人が面倒を見るのではないか?

「あぁ、私達、使用人も含めて全員でこれから行楽に参りますの。一年に一度のお出かけですわ」

 非常に楽しそうに婦人は言い放つ。社員旅行のようなものなのか、一大イベントらしい。

「この子達は連れて行かれないんですか?」

 これだけの動物好きだ、当然一緒に行くのではないのだろうか。純也は少しぎこちなく首を傾げた。

「もちろん、全員連れていきたいのですが……今年は十一匹までが限度なんですの。お留守番になってしまった子達のお世話を、あなたにお任せしたいのですわ」

「はぁ……、わ、わかりました……」

(真君、こういうコトだったんだね……)

「残してしまう子達の事を考えると心配で心配で、安心して行楽に行けませんの。承諾していただけますか?」

 膝の上の毛並みの良い猫を優しく撫でながら、婦人は純也に微笑みかける。もちろん、困っている人を純也が見過ごすはずは無い。例えそれが仕事であろうと、なかろうと。

「はい! 今日一日、護らさせていただきます」

「良かったですわ」

 婦人は上品な笑顔で立ち上がり、純也に小さなノートを手渡して部屋から出て行った。

「え? …………!」

 そして、純也はノートをパラパラとめくり……エプロンと三角巾の超重要性を理解した。


     ◆ ◆ ◆


 《AM,8:00》


「おっ邪魔しま〜す! 今日も元気にパーフェクト警備っ、ロスキーパーの安藤希紗です!」


 半ば呆然と玄関で立ち尽くしているクライアントの前で、希紗はビシッと専用のポーズをとっていた。右腕を伸ばしきり、左手は腰につけて胸を張る。シ〜ン……と暗い沈黙が流れる。

「あれ? おウチ間違っちゃったかな? ……あの〜、ここが伊東さんのお宅ですよね?」

「……え、えぇ、そうなんですけど……あの、あなたが……?」

「はいっ! 今日も元気にパーフェクト警備っ、ロスキーパーの安藤希――」

「わっ、わかりましたっ! どうぞ中へお入り下さいっ」

「へ? あ、はい……」

 再びポーズをとろうとする希紗を押し止め、やつれた奥さんはやや強引に古びた家へ希紗を迎え入れた。玄関先で大声で叫ぶ希紗が、近所の人々の目に止まりまくったからだ。

 手首を掴まれて入った狭い家には、一昔前を思わせる畳や障子があり、天井には所々に蜘蛛の巣が張っていた。なんだか田舎のお婆ちゃんの家に来たような感覚を漂わせる。

「それで、護ってほしいモノって何ですか?」

 単刀直入な希紗の質問に、やつれた奥さんは深刻そうな表情で俯く。その時、隣りの部屋で赤ん坊が泣く声がした。

「あ、坊やが……すみません、ちょっと失礼します」

「は、はぁ……」

 奥さんが隣りの部屋で赤ん坊をあやしているうちに、希紗は失礼ながら部屋中を物色するようにじっくりと眺めていた。今どき非常に珍しい木材でできた柱や、希紗が正座した先にあるのは、なんとあの、もはや博物館でしか見かけられない『ちゃぶ台』なる物が……!

 ……本当にここは現代、二十一世紀なのだろうか……? と希紗が不安になりかけた時、背後にカサカサ……と不穏な気配を感じた。何気なく希紗が振り返ると、そこには……。

「っ!? ……キャアァー!?」


 希紗はすぐ立ち上がって反対側の壁まで後退る。しかしソレはちゃぶ台周辺をうろつきながらこちらへ向ってきていた。…………光沢のある黒いフォルム、カサカサと僅かな音を立てながらジグザグに走る姿、器用に動く糸のような触角……そう、ソレは……。


「ゴッ、ゴキブリぃぃ〜〜っ!!」


 冷や汗がダラダラと流れる。裏社会の警備員といえどもやっぱり希紗も女子。ゴキブリには弱かった。

(お、おお、落ち着くのよ……ロスキーパーがこんなコトで負けてなるもんですか! 相手はたかが昆虫一匹じゃないのっ、人間様の敵じゃないわー!)

 瞬時に希紗常備のドライバーを指に挟む。戦闘態勢のまま、じわじわと近づき、力の限りドライバーを投げ放った!

 ドスッドスッとドライバーが畳に突き刺さり、それを掻い潜ってゴキブリは見事な反応速度で部屋のタンスの陰へ逃げていく。

「ふう……」

「……あの、何か凄い音がしたんですが……どうかしましたか?」

 額の汗を拭っている希紗と、畳に深く突き刺さっている三本のドライバーを交互に見て、奥さんは赤ん坊を抱えながら首を傾げていた。

「い、いやそのちょっとゴキブリが……」

「あぁ、またですか。すみませんね、日常茶飯事なんです」

「えっ、ゴキブリが、ですか!?」

 もはや絶滅したのではないかと思われるほど、現在ではゴキブリの姿は人の目にふれる事は少なかった。家や建物に、害虫除けの人体には無害な抗生物質が壁等に塗り込まれているからだ。だからこそ、これが日常茶飯事の出来事などという家がまだ有ろうとは驚きだった。

「……はい、恥ずかしながら。実はあなたに依頼したい仕事も関係があるんです」

「どういう事ですか?」



「我が家を、害虫達から護ってもらいたいんです!」



「え、ええぇぇぇー!?」

 意を決したように頭を下げる奥さんに、希紗は激しく動揺する。今の一匹のゴキブリにだって苦戦したのだ、そう簡単に駆除など出来ないだろうし……それに何よりゴキブリは苦手。しかし……これは仕事だ、もちろん報酬だって入るわけだし、私情を交えるわけにはいかない。

(もー、真ってば説明くらいしなさいよーっ! 私って本当にクジ運最悪だわ……)

「わ、わかりました。この仕事、ロスキーパーの名にかけて必ず成功させてみせましょうっ!」

 三度目のポーズをビシッととって、希紗は承諾した。その時、高く掲げた希紗の指に蜘蛛の巣が絡まる。

「きゃああぁ〜っ! いやぁー!!」

(……本当に大丈夫かしら……)

 狭い部屋を駆け回りながら必死に糸を振り切ろうと指を振り回す警備員に、奥さんは一抹の不安を抱えていた。


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