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第五章『悪戯の如く残酷に微笑んで喰らう』(3)

 人には聞き取れない高音域の笛音が響き渡る。割れた窓の横に背を預け、遼平はじっと待っていた。


 雨の闇夜を裂いて来る音。宋兵衛そうべえ達蝙蝠の群れが、闇と同化して窓から視界を漆黒に染めていく。


『宋兵衛、今回も頼むぜ』

『ったく、今度はなんでぇ』


 左腕に一際大きな蝙蝠がとまる。超音波と呼ばれる音域での会話が一人と一匹の間でなされていた。


『実は依頼人がいなくなっちまってよ。捜すのをお前らに手伝ってほしいんだ。なんだか知らねぇがこの屋敷、さっきから雑音ばっかなんだよ。うるさくてかなわねぇ。俺の耳でももう何がなんだかわからねえんだ』

『それで俺らを呼んだのか。べらぼうめぇ、最近の若ぇ奴は軟弱でいけねぇ!』

『わーるかったな。それって思いっきりオヤジ発言だぜ』

『なんでぇ!? 誰がオヤジだとっ』

『お前の他に誰がいんだよっ。だいたいてめぇ何歳だ!?』

『てやんでぃ、こちとらペルリの黒船来航を見て、文明開化を見下ろしてきたんでぇ!』

『はぁ!?』


 意外な言葉に遼平は目を丸くする。《ペリーの黒船来航》とは江戸時代末期……二百年は軽く生きているという事か? 


『じゃあお前もう超ジジイじゃん』

『馬鹿野郎! 「亀の甲より歳の甲」って言葉を知らねえのかっ!』

『いや、お前蝙蝠だろ』

『そういう意味じゃねえっ!!』

 蝙蝠に諭される遼平。いくら年下とはいえ、彼にこの星最高の知的生命体としての誇りは有るのだろうか? ……たぶん、無い。

『まぁよくわかんねーけど、とにかく契約を果たしてくれ』

 《契約》。遼平と宋兵衛の間に結ばれた誓い。遼平が宋兵衛及びその群れを使役するかわりに報酬を払う、という約束。

『この雨の中来てやったんだ、相当払ってもらうぜ』

『そうだな、依頼人を見つけたら――――』


 床が軋む騒音と揺れ。音に敏感な一人と一匹は振り返る。


『『あ?』』

 急に近づいてきた振動に、群れの蝙蝠達も騒ぎ始めた。明らかに楽しくて叫んでいるわけではない悲鳴で、先の角から複数の人間が駆けてくる。

「あ、遼平ー!」

「希紗? それに紫牙!? 何でてめぇらがココに……」

「なんでもいいから助けてーっ」

「はぁっ?」

 希紗と澪斗まで遼平の背に隠れ、自分達が曲がってきた角を息を呑みながら窺う。何事かと遼平が角を見ていると、ガサガサッと何かが這い寄って来る音が大きくなってくる。


 そして今度現れたのは……もうホラー映画としか思えない大量のゴキブリ!


「何なんだ紫牙っ、アレは!?」

「見たとおりだ! こういうのは貴様の専門分野だろう!」

「ンなわけあるかーっ! 俺は野生担当かっ、あぁ!?」

「もうなんでもいいから何とかしてってばー!」

「ちっ、宋兵衛! 今夜の報酬はアレだぁ――!!」

『馬鹿っ、あんなカス虫喰えるかぁ!』


『……でもお前の群れ達もう喰ってるけど?』


『あぁっ! てめぇら勝手に何喰ってんだ!!』

 宋兵衛が群れに振り返った時には、既に蝙蝠達はゴキブリの群れに喰いかかっていた。ゴキブリVS蝙蝠という、世にもおぞましい光景が広がる。

 澪斗の後ろにいた四人の少女が震えてその光景に釘付けにされていた。とりあえずゴキブリ達は宋兵衛らに任せ、遼平は振り返る。


「てめぇ……っ、なんでてめぇまでハーレムしてやがんだよ!」

「俺の意思ではない。仕事だ」

「淡々とコノヤロウ……! 俺が今日一日どんなにむさ苦しい想いをしたかわかってんのかコラァッ」

「知るか。代われるものなら代わってやりたいぐらいだ……」

「くそっ、余裕かましやがって!」

 乱闘からはみ出してきたゴキブリごと足で踏み潰し、背後で虫に喰いかかっている捕食者のごとく牙をむく遼平。

『てめぇらちったぁ言う事聞かねぇかぁ! 聞けよてめぇら!!』

 後ろで宋兵衛が喚いている。しかしその言葉も空しく、腹が減った蝙蝠達は次々と捕食していく。そもそも宋兵衛は群れのボスだが、他の蝙蝠とは違う種族なので食べられる物が違うのだ。宋兵衛にしてみれば、ゴキブリなど不味くて喰えたものではない。

「あと一息だな。蒼波、蝙蝠達を退かせろ」

 一度澪斗を睨んでから、笛で合図を送る遼平。蝙蝠達が一斉にゴキブリから手を引いた。澪斗が前へ踏み出てノアを構える。

 ノアから白煙が吹き出る。残っていた僅かなゴキブリが、一瞬で凍結のように硬直して、死滅した。

「ぎゃははっ、お前なんだよソレー!」

「うるさいぞ」

 遼平を見ないまま顔に向かって白煙を放つ。霧が目に入って苦しむ遼平。

「いってぇ〜っ。なにしやがんだコノヤロー!」

「……希紗、これは人間にも効くのか?」

「撃ってから訊くなよっ」

「人には無害なはずだけど……まぁ遼平だからねぇ」

「そうだな、蒼波だからな」

「おいっ、なに納得してんだよ!」

 戻らない視覚に苛立ちながら遼平は地団駄を踏む。手を貸してやったのにこの仕打ちって何なんだ?

「ちくしょう、俺はまだ仕事が有るからてめぇらにかまってる時間はねえんだよ。じゃあな」

 宋兵衛を肩にとめ、蝙蝠達を伴って遼平は去っていった。蝙蝠を連れた男を、恐る恐る見送る百合恵達。

「何だったの、あの人……」

「あれは『馬鹿』と言う。百合恵、ああなりたくなかったらもう東京には来ないことだ」

 真剣な表情の澪斗に、必死に噴き出すのを堪える希紗。「う、うん」と百合恵は真摯に頷いていた。



 希紗、澪斗共に仕事終了。


     ◆ ◆ ◆


「う、ううっ……」

 通路の行き止まりで、その巨体はうずくまって震えていた。

「ふぅ……、やっと見つけたぜ」

「どぅえっ!?」

 眼鏡の中年男、剛山が振り返るとそこには……蝙蝠をまとった男がシルエットで立っていた。

「うわああああああっ、吸血鬼――――!!」

「ちげぇよ、俺だ」

 シルエットが一歩踏み出す。彼が雇った警備員が、そこにはいた。

「あ、あんた吸血鬼だったのか!?」

「ンなわけねぇだろ。人間だよ、人間」

 先ほど人には効果の無いはずの駆除剤でダメージを受けた遼平だったが、それでも人間だと言い切る。

「うわあぁぁん、怖かったよぉ――!」

「わかったっ、わかったからくっつくな!!」

 抱きついてこようとする剛山を引き剥がし、落ち着かせようとする。何やら物凄く怯えていた。

「何か出たのか?」

「あ、あぁ、それが……騎士鎧のお化けと、血みどろの子供の幽霊が……」

「なんかの見間違いじゃねーの?」

「本当なんだってば! 今度こそ本当にお化けを見たんだ!」

「あ、そ……。まぁてめぇが生きてりゃ問題はねぇな、帰るぞ」

「うん……」

 まだ明確に視覚が戻らない遼平は何度も目を擦り、手を握ろうとする剛山の手をはたきながら階段に向かっていた。が、不意に警備員は立ち止まる。

「どうしたんだ?」

「……何か来る」

「えぇ!? お化けっ!?」

「……かもな……、気配は二つするくせに足音が一つしかしねえ。確か、幽霊って足ねぇんだったよな?」

「う、うん! どうしよどうしよっ、あの子供の幽霊だぁっ!」

「ガキの幽霊? そいつ足無かったのか?」

「いや、あったような気もするけど……でもフワフワ浮いてたんだっ」

「なるほどな、じゃあそいつが呪いのヤツか」

 遼平の顔に不敵な笑みが宿る。今日今までの全ての鬱憤を晴らす事ができる! 近づいてくる気配に遼平は思いっきり天井すれすれまで跳躍した。

「今日一日の悪ィことは全部……」

 角から白髪の少年が飛び出してくる。片脚を上げ降ってくる男と目が合い、そして……。

「あれ? りょ――」



「てめぇのせいだぁ――――っ!!!」



「う、うわああぁぁぁぁ―――!!??」


 脚が弧を描いて落下、岩石を砕いたような痛々しすぎる音が炸裂っ!!


 遼平の踵落としが少年にヒットし、そのまま床を突き抜いた! 幽霊(?)の悲鳴と共に床が抜け、その小さな身体は落ちていく……。

「へっ、ざまあみろ! ……でもなんか今の声、聞き覚えが……?」

 遼平が突き抜かした穴を、何故かゴールデンレトリバーが哀しげに見つめている。犬連れの幽霊だったのか?

「あ、ありがとう! あんたのおかげで呪いから救われたよ!」

「あぁ……ま、よくわかんねーけどいっか」

 なんとなくしっくりこない様子で、遼平は頭を掻きながら幽霊の落ちた穴を見ていた。



 遼平仕事……終了?



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