第四章『末には全てを集めては』(1)
第四章『末には全てを集めては』
《PM,7:30》
「あらやだ、もうこんな時間なのね」
友里依はふと時計を見、僅かに驚きの声を上げる。
「あ、しもたー。すっかり時間の事忘れとったわ〜。ユリリン、これ以上は危険やさかいそろそろ――――」
言いかけた言葉を不意に真は止める。いきなり雰囲気の変わった夫に友里依は何か言いたそうに顔を上げる。真はゆっくり腰を上げていた。
「と思うとったんやけど、手遅れやったか……」
小さく真は呟く。人の気配がする……警戒しているようだがこちらもプロだ、僅かな気配でも気づける。複数か? いや、そんなに多くない……。
「どうしたの、シンっち?」
「悪いがユリリン、ちょっと動かんといてや。なに、すぐ終わるさかいに」
「え? お仕事?」
静かに、だが堂々と扉が開かれる。その向こうには全身黒タイツの影が三人……。
「そのようやなー……」
「ふふっ、あたしらに恐れをなして警備員でも雇ったのかしらぁ?」
「そりゃあんなアホっぽい予告状出されたら誰でも気にするがな。あんさんらがスパイダー……なんとか?」
「『スパイダーウェーブズ』だ! お前っ、オレっち達の怖さを知らないらしいな!!」
一番背の高い女の脇にいた小太りの男が叫ぶ。『スパイダーウェーブズ』と名乗った三人が高らかにそれぞれ笑う。
「……どーでもエエけど、その格好悪い芸人の全身タイツスタイルは制服でっか?」
「なんだと!? 文句あるのかっ、そこの鎧関西弁!!」
もう一方側にいた細っちい男がビシッと真を指す。真が腹を立てる前に、その男の脳天に勢いよく何かがぶつかった。「があっ」と呻いて頭を押さえる男の足元に、木製の小さな椅子が落ちる。
「シンっちの事悪く言うやつは許さないわよーっ!」
後ろを振り向くと、細い身体のどこにそんな腕力があったのか、思いっきり振りかぶった後の友里依がいた。どうやらその辺にあった椅子を投げつけたらしい。……裏の人間が避けられない速度で。
「あ、あんたナニすんだい!」
「ユリリン手ェ出したらあかん! こいつら一応裏の人間っぽいから……」
「だってぇ〜、あいつがシンっちのことを〜!」
「あァ、わかった、わかったから。ホンマにありがとな〜!」
泣き出しそうな友里依を真は宥める。敵が誰だかわかったものではない。
「おい、とにかくそこの変なお前ら! オレっち達の邪魔をするとタダじゃすまねーぜ!」
「……なら、どうなるん?」
まだ着ていた鎧の剣に手を当てながら、真は脚を構えて問う。力づくになる事は百も承知のように。
「ふっふっふっ、俺は鍵師レート!」
「オレっちは事務担当リョー!」
「「そして我らがあねさん!!」」
両脇の男が中央の女へポーズをとる。
「あたしがリーダーのキッサ! ……三人揃ってー!!」
「「「スパイダーウェーブズ!!!」」」
「…………」
しばらく真は腕を剣の柄にかけたまま硬直していた。……いや、正確には脱力していた、と言うべきだろうか。
「……えーっと、ようわからんけどつまり……」
構えを解き、頭の部分を掻いて真は一度言葉を詰らせ、そして。
「あんさんらアホやろ?」
「なんだとぉ!!」
「だってまずポーズからダサいじゃない」
「いやユリリン、これはそれ以前の問題やで……」
疲れた様子で真は首を振る。とんだ仕事が回ってきたものだ……。
「…………でもあんさんら、ちょっと運悪かったなァ、」
「どういうことだ!?」
「それはやな……、あんさんらの名前がめっちゃ気にいらんからやーっ!!」
「「「うわぁーっ!」」」
剣を鞘から抜き、思いっきり振り上げる! いつもの憂さを晴らすように手加減は全くしない。今の真にはあの厄介な部下三人が目に映っているのだ。
三人は蜘蛛の子を散らすように部屋から逃げていき、それを真も鎧をガチャガチャ言わせながら追っていく……。