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第三章『あらゆる災難を呼び起こし』(4)

 《PM,3:55》


「クウゥ〜ン……」


「ん……うん?」

 ふわふわとした毛並みが頬を撫でてきて、純也は目を覚ました。周囲にはまだ動物達が昼寝しているが、純也を起こしたゴールデンレトリバーの『リリアン』だけが唯一先に起きたようだった。

「リリアン……あ、僕まで一緒に寝ちゃったんだね。起こしてくれてありがとう」

 リリアンの首筋に抱きつき、純也は犬のふさふさとした頭を撫でる。リリアンは嬉しそうに「クゥン」と一鳴きした。

 動物達の昼寝の監督をするはずだった純也まで、動物達に囲まれて幸せそうに居眠りしてしまったのだ。ずさんな警備としか言いようがないが、それでも何も異常は無く、穏やかに午後は流れていた。

 純也が上半身を起こすと、白銀髪の純也の頭上で寝ていた子猫の『ロッキー』がずり落ちそうになり、慌てて両手で小さい身体を受け止める。純也の手のひらの上で、まだ眠たそうに子猫は瞳を開いた。

「あ、起こしちゃった? ゴメンねロッキー。でもそろそろ……お昼寝の時間は終わりみたいだね」

 室内の時計で時刻を確認して、純也はエプロンのポケットからまた今日の予定のメモを取り出す。『午後四時からは運動』、そして『午後七時には晩餐』で『午後十一時以降に屋敷の者皆が帰宅』とある。結構アバウトな予定表だが、これだけ動物達がいれば仕方が無いとも言える。毎日同じスケジュールで飼われているのだろう、それをわかっていてリリアンは時間通りに純也を起こしたのだ。よくしつけられている。

「お〜い、みんな起きて〜! お昼寝の時間は終わりだよ、次は運動だって!」

「ウゥウ〜」

「……ミャア〜」

 純也が優しく一匹ずつ揺り起こしていき、やっと全ての動物達が目を覚ました。まだ皆寝起きで眠たそうだが、次に何をするのか毎日のしつけで理解しているので歯向かおうとはしない。素直に純也に集まってくる。

 メモの中の運動内容を見ると、外庭で各々走らせたりフリスビーなどで運動させるらしい。その後の毛並みの手入れも絶対だと書いてある。まるでメモの内容を知っているかのようにリリアンは先頭だって部屋の扉を押し開けた。

「リリアン……」

 扉を開けて純也を待っているゴールデンレトリバーを見て、純也は何故か切なさを感じていた。


 毎日同じスケジュールを、この動物達はずっとずっと続けてきたのだろう。いつも同じ事を、同じ時間に、同じだけ……きっとそれを死ぬまで繰り返して。それは自由を知らずに生きることだろうか? 餓死の心配もなく、雨風をしのげる場所がある……それは街を放浪する人々よりもよっぽど幸福な生活だ。けれど、豪勢な鳥カゴの中の、変わることなき日々。それは彼らにとって幸せな日々なのだろうか……?


 しかしこの動物達の将来を心配しても、純也にはどうしようも無い事だ。純也の警備は今日一日だけ。それでも、何か彼らに出来る事はないかと純也は考え込んでいる。仕事以上の事はしなくてもいいのに、彼はいつも皆の幸せを想うあまり己を省みない癖があった。

「う〜ん……。待ってリリアン、僕に少し考えがあるんだ」

 純也の言った事は当然理解できなかっただろうが、リリアンはまるで言葉が通じたように扉を閉め、純也の元に戻ってくる。

「ちょっと依頼人さんの指示からはずれちゃうけど……今日はみんなで散歩に行こう!」

 楽しそうな笑みで純也は動物達に散歩用の紐を結んでいく。何を始めたのかわからない動物達は、抵抗しないまま不思議そうに自分に付けられた紐を眺めていた。

 最後にリリアンにも首輪を付け、純也は扉を開いて動物達を外へ促す。ロッキーだけは紐を嫌がり、特等席と言わんばかりに純也の頭上から降りようとしてくれなかった。

「さ、みんな行こうっ」

 外の世界へと続く大きな門を開け、純也と大勢の動物達は出て行く。

 もちろん依頼人への罪悪感はある。依頼内容を破ってしまっているからだ。しかし……少年はそれでも動物達の中央で笑顔でゆっくりと歩く。


(少しだけならきっと……気付かれないよね)


 純也にしては珍しい、ちょっとした違反。しかし後戻りはしなかった。


     ◆ ◆ ◆


 《PM,4:30》


「お〜い、待ってくれよぉ〜」

「……」

 追いかけてくるムサい雰囲気。


「待ってくれってばぁ〜」

「……」

 擦り寄ってくる筋肉。


「なぁなぁ、あんまり離れないでくれよっ」

「…………!」

 がっしりと組まれた二人の腕……。悪寒が、これでもかという程に身体中を走りまくる。そんな怪しげな二人に注がれる周囲の視線。……もう駄目だっ!



「うをおぉぉっ! いい加減にしやがれ――――!!」



 物凄い音と共に、遼平に拳を叩き込まれた電柱が砕かれ、ズズズズ……! と倒れていく。

「うわっ、いきなりどうしたんだよ!?」

 拳から流血しながら殴りかかった体勢のままでいる遼平に、剛山が恐る恐るだが驚愕の声を上げる。剛山にしてみれば、突然電柱を破壊した警備員の行為が理解できなかったのだろう。

 息を切らしながら、遼平はゆっくりと向き直って一人でずんずんと歩き始めた。

「あっ、おい、待ってよ〜」

「……なんでだ、なんで俺はこんなヤツと歩いてるんだ……!」

「え、なんか言った??」

「……何でもねぇよバカーっ!」

「な、なんで怒ってるんだ?」

 本当に困惑した様子で、剛山は横から遼平の苛立った顔を覗いていた。その手には、新たにレンタルディスク店で借りてきたホラー映画DVD数枚が収まったケースが。「今日呪い殺されるんだったら意味無いだろ」と遼平にもっともな事を言われたにも関わらず、剛山は懲りることなく『ロング』『通信アリ』などのホラー映画を借りまくってきたのである。

「てめぇで考えろ! とっとと帰るぞっ!」

「あ、待った。ついでに今日の夕飯の材料買ってかないともう無いんだけど」

「あぁ!? ……最期の晩餐ってか? しょうがねぇな、じゃあ行くぞ!!」


 そして奇妙な男二人は近所のスーパーに入っていった。



 暗雲が、青であった空を覆っていく……まるで、これからの悲劇を暗示するように……。



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