第三章『あらゆる災難を呼び起こし』(3)
《PM,2:45》
「ふ〜ん、シンっちお仕事大変だったのねー」
「そうなんよ〜、まったく最近の子供ときたら……」
やっぱりカビ臭い軋んだ床に二人座り、真と友里依はくっつき合って話していた。午前中は退屈だった真も、友里依が来た途端にテンションアップ! バイオリズムが通常の二倍のテンポにっ!
「これからもあないな連中が来るかもしれへんし……ま、これもある意味警備やけどなァ」
「んん〜……。ね! 私すっごくイイこと思いついちゃったんだけど!」
「ユリリン?」
いきなり立ち上がって部屋を出て行く友里依の後を真は追う。エントランスの隅に向って友里依は早足で進んでいった。
「コレっ、コレよシンっち!!」
「こ、これは……!」
友里依の指す先にあるモノに、真は息を呑む。ブロンズであったであろう騎士鎧が、ホコリと青錆びによって青銅色に見える……。
「ユリリン、これをどないする気や??」
「私考えたんだけど、ココって『蜘蛛屋敷』って近所で呼ばれてるくらいの不気味な建物なのよ。だから、そのお化け屋敷効果を逆に利用して、シンっちがお化けに変装して追い返せばいいってワケ」
「おぉー、ナイスアイディアや! ……でも、せやからってワイこれ着るん?」
「そう! きっとシンっちなら似合うわ、さぁっ!」
真が四の五の言う前に、友里依が勝手に鎧の頭部を取って真に被せた。意外と大き目だが、真っ暗で何も見えない。
「ユ、ユリリン、前が見えへんけど……うわっ、なんか中におるでコレ――!?」
顔の表面を何かがコソコソと走り回っている感覚に、真を悪寒が襲う。相当ホコリが含まれていたようで、口の中までホコリっぽくなってきたため、我慢できなくなって真は兜を焦って脱いだ。
「がはっ、げほっ……。ユリリン……これ、前後逆やがな……」
「ごめんなさいシンっち! 私のせいで…………死なないで――っ!!」
全く生命に別状は無いのに、友里依は激しく真に抱きつく。彼女は本気で、膝をついて咳を繰り返す真に号泣していた。
脱いだ兜から、コソコソと蜘蛛が出てくる。悪寒の原因はコレらしく、兜の中身は蜘蛛の巣だらけだった。
「がっ、ごほっ……気にせんでエエって……泣かないでくれや、ワイはユリリンといれて幸せやったで……がはっ」
「いやぁ――! ダメっ、私も一緒に逝かせてっ、私もシンっちと一緒に死なせてー!!」
だから誰も死なないってば。
真実を伝える者は存在せず、しばらく当事者達は本気の『ロミオとジュリエットごっこ』は続いた。ある意味幽霊さえも近づくことの出来ない、二人の異次元空間が広まりゆく。
……そして、二十分後。
そこにはざっと中身も掃除されて所々ブロンズ色を取り戻した騎士鎧が土台から降りて立っていた。関節を動かすたびにギシギシと錆びた音がするのはどうしようもなかったが。
「きゃぁ〜、やっぱり良く似合ってるわよシンっち!」
「そ、そうか? ユリリンがそー言うんやったらワイこれでいようかなァ……」
騎士鎧がぎこちない動作で頭を掻く。兜の目の部分は檻のように縦の鉄板が何枚か視界を妨げていた。真は鎧の腰に下げられた飾りの剣に手をかける。
「ん?」
飾りのわりには結構重い。太い鞘からゆっくり剣を引き抜いてみると、それは錆び一つ無い本物の刀剣だった。西洋の物で、日本独自の物と違い横幅が随分とある。
「えぇっ? 何コレ本物!?」
「あ、ユリリン触っちゃあかんで。本モンなら触れただけで切れてまう」
そう言われてビクッと指を引っ込めた友里依の横で、真はこの刀剣の鑑定をしていた。基本的に日本刀以外は専門外なのだが……同じ刃物だ、質くらいは見当がつく。
「確かに剣やけど……コレはそんなに凄いモンやないな。ま、飾りにしてあったくらいやから当然か」
「スゴイわシンっち! 一目でそんな事までわかっちゃうのね〜っ」
「いやァ、それほどでも〜。……ところでユリリン、これホンマに幽霊に見えるんか?」
「もちろんよ! ましてやシンっちが扮しているんですもの、完璧に決まってるわ〜!!」
昼間の今では精々コスプレにしか見えないが、友里依の瞳にはしっかりと『完璧』に映っているらしい。恐るべき、愛という名の妄想パワー。
「お、もう三時やな。ユリリン、悲しいけどそろそろ家に帰って……」
「あぁっ、もう三時だわ! シンっち、私おやつのクッキー焼いてきたの、一緒に食べよっ」
「ホンマ!? 食べる食べるゥ〜!」
スキップ気味の友里依に、ガシャンガシャンと金属が軋む音を立てながら騎士鎧(真)は絵画のある部屋へと戻っていった。
「はいシンっち、あ〜ん」
「あ〜んっ」
真が顔の部分の鉄板を上げると、友里依がクッキーを差し出してくるところだった。真は顔を緩めながら口を大きく開く。これがいつもの彼らの、普通の光景。
……真が完全に仕事を忘れ、蜘蛛屋敷に幽霊が偽装できたころ、この赤レンガで囲まれた古い屋敷の上空で不穏な気圧が漂っていた。