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第1章:卒業の日――無能だった者たちが世界へ出る瞬間

■第1話:卒業の日


 その朝、森はやけに静かだった。


 いつもなら、魔力の衝突音や怒号が響く時間だ。

 だが今日は違う。


 誰もが、言葉を失っていた。


「……これで、全員か」


 ヴァルティスが淡々と呟く。


 拠点の広場には、二百人を超える弟子たちが並んでいた。

 かつては飢え、怯え、何者でもなかった者たち。


 今は違う。


 男たちは180を超える偉丈夫となり、

 女たちは170を超える均整の取れた美貌を備え、


 誰もが“強者”としてそこに立っていた。


 その先頭に立つのは、ガルド。


 かつては痩せ細った農夫だった男。

 今は、岩をも砕く拳を持つ戦士だ。


 その隣には、リシア。


 かつては街の片隅で生きていた女。

 今は、誰もが息を呑むほどの美しさと、確かな力を宿している。


「師匠」


 ガルドが一歩前に出る。


「俺たちは、行きます」


 その声は震えていない。


「……ああ」


 ヴァルティスは短く応えた。


「飢えた村を、立て直します」


 ガルドは拳を握り締める。


「戦うだけじゃない。守るだけでもない。

 “生きられる場所”を作ります」


 リシアが静かに続く。


「……あの人たちに、諦めなくていいって教えたいんです」


 その瞳には、かつての絶望はもうなかった。


 ヴァルティスは、二人を見た。


 何も持たなかった者たち。

 何も信じられなかった者たち。


 それが今、自分の足で立っている。


「……好きにしろ」


 ぶっきらぼうな言葉。


 だが――


「ただし、一つだけ覚えておけ」


 空気が、引き締まる。


「俺たちは正義の味方じゃない」


 誰もが息を呑む。


「だが」


 一拍。


「助けを求める民は助けろ」


 その言葉は、重く、深く、全員の胸に落ちた。


「……はい!!」


 声が揃う。


 二百人の声が、森に響いた。


 その中で、ガルドとリシアは深く頭を下げた。


「必ず、やり遂げます」


 ヴァルティスは、それ以上何も言わなかった。


 言う必要がなかった。


 彼らは、もう“できる”。


 やがて、一人、また一人と歩き出す。


 レオンとマリア。

 バルクとセリナ。

 トーマとエルシア。

 ロイドとフィア。

 ケインとナナ。


 それぞれが、それぞれの場所へ。


 足音が遠ざかる。


 笑い声も、やがて消える。


 気づけば、広場には静寂だけが残っていた。


「……行ったな」


 誰に言うでもなく、ヴァルティスが呟く。


「少し、寂しいですか?」


 柔らかな声。


 振り返ると、そこにはエルナがいた。


「別に」


 短い返答。


「……そういう顔じゃありませんよ」


 エルナは微笑む。


 その隣に、セレナが立つ。


 腕を組み、遠くを見つめたまま。


「当然だ」


 彼女は言う。


「自分の手で育てた連中だ。

 情がない方がおかしい」


 ヴァルティスは、何も言わない。


 ただ、少しだけ目を細めた。


「……だが」


 セレナが続ける。


「戻ってくる場所は、ここにある」


 エルナも頷く。


「はい。いつでも、帰ってこられます」


 静かな風が、森を撫でた。


 ヴァルティスは空を見上げる。


 どこまでも広がる空。


 その下で、弟子たちはそれぞれの道を歩いている。


「……忙しくなるな」


 誰に向けた言葉でもない。


 だが、その声には――


 わずかな誇りと、


 ほんの少しの、寂しさが混じっていた。




 その村には、“色”がなかった。


 土はひび割れ、作物は枯れ、

 人の目からは光が消えていた。


「……ここか」


 ガルドは立ち止まる。


 その隣で、リシアが静かに村を見渡した。


 子供が、地面に座っている。


 何も食べていないのだろう。


 ただ、ぼんやりと空を見ていた。


「……行こう」


 ガルドが歩き出す。


 村人たちは警戒した。


「誰だ……?」


「冒険者か……?」


「違う」


 ガルドは首を振る。


「俺たちは――」


 一瞬、言葉を選ぶ。


「ここを、立て直しに来た」


 沈黙。


「……無理だ」


 老人が呟く。


「何人も来た。誰もできなかった」


 リシアが前に出る。


「じゃあ、見ててください」


 彼女は微笑んだ。


「私たちは、“できる側”です」


 その瞬間。


 ガルドの足元から、土が動く。


 ひび割れていた地面が、ゆっくりと形を変える。


 耕されていく。


 水が流れ込む。


 整えられる。


 そして――


 種が植えられる。


 数分後。


 信じられないことが起きた。


 芽が、出た。


「……は?」


 誰もが、声を失う。


 子供が、震える手でそれに触れる。


「……これ」


 涙が落ちた。


「食べられるの?」


 ガルドは、しゃがみ込んだ。


「ああ」


 優しく答える。


「これから、毎日な」


 その言葉で、


 村に初めて“色”が戻った。








戦いの余熱が、まだ大地に残っていた。


 崩れた地形。焦げた空気。

 その中心で、ヴァルティスは一人、立っていた。


 魔力は尽きかけている。だが、それでも倒れない。


「……来るな」


 背後の気配に、短く言う。


 だが――


 足音は止まらなかった。


 ゆっくりと、確かな歩みで近づいてくる。


「命令なら聞く」


 声は、静かだった。


 それでも、はっきりと届く。


「だが、これは違う」


 ヴァルティスは振り返らない。


 だが、その足音の主が誰かは分かっていた。


「セレナ」


「……ああ」


 彼女は、すぐ隣まで来ていた。


 血に濡れ、息も荒い。それでもその瞳は、揺れていない。


「お前は、下がっていろ」


「断る」


 即答だった。


 迷いは、ない。


「これは俺の戦いだ」


「違う」


 セレナは一歩、踏み込む。


 ヴァルティスと、肩が触れるほどの距離。


「お前の戦いなら、なおさらだ」


 わずかに顔を向ける。


 真っ直ぐに、見据える。


「お前が背負うものは、私も背負う」


 その言葉に、風が止まったような気がした。


 誰もいないはずの戦場で、ただ二人だけがそこにいる。


「……理解しているのか」


「している」


 即答。


「だから来た」


 一歩も引かない。


 それどころか、並び立つ。


 守られるでもなく、支えるでもなく。


 ただ、同じ位置に立つ。


「命令じゃなくていい」


 セレナは言った。


「許可もいらない」


 その声は、どこまでも静かで。


 だが、揺るがない強さを持っていた。


「私は――」


 一瞬だけ、息を整える。


 それでも、目は逸らさない。


「お前の隣で戦いたい」


 その言葉は、告白に近かった。


 戦場で交わされるには、あまりにも真っ直ぐな願い。


 ヴァルティスは、何も言わなかった。


 否定もしない。


 拒絶もしない。


 ただ――


 わずかに、力を抜いた。


「……勝手にしろ」


 それは、許可だった。


 そして同時に、認めた証だった。


 セレナは、わずかに口元を緩める。


 初めて見せる、柔らかな表情。


 だが次の瞬間には、戦士の顔へと戻る。


「行くぞ」


「ああ」


 二人は、同時に踏み出した。


 並び立ち、同じ敵へ向かう。


 それはもう、主従ではない。


 上下でもない。


 ただ――


 隣に立つ者同士だった。





夜。


 戦いの後の静寂が、拠点を包んでいた。


 焚き火の火が、静かに揺れている。


 その前に、エルナは一人座っていた。


「……眠らないんですね」


 声をかける。


 振り返ると、そこにはセレナが立っていた。


「お前もだろう」


「ええ」


 エルナは微笑む。


 少しだけ、寂しそうに。


「見ていました」


「何を」


「あなたたちを」


 セレナは黙る。


 否定はしない。


 する必要もなかった。


「綺麗でした」


 エルナは言う。


「本当に」


 火の揺らぎが、その横顔を照らす。


「……私は」


 一度、言葉を切る。


 それでも、続ける。


「隣には立てません」


 静かな声だった。


 だが、その中には確かな覚悟があった。


 セレナは何も言わない。


 ただ、聞いている。


「でも――」


 エルナは顔を上げる。


 微笑む。


「帰ってくる場所には、なれます」


 その言葉は、優しくて。


 どこまでも温かかった。


「戦って、傷ついて、疲れて」


 ゆっくりと続ける。


「それでも戻ってきたときに、安心できる場所」


 焚き火の火が、ぱちりと弾ける。


「それが、私の役目です」


 セレナは、しばらく黙っていた。


 そして――


「……そうか」


 一言。


 短く。


 だが、十分だった。


「それでいい」


 その言葉に、エルナは目を細める。


 嬉しそうに。


 どこか、ほっとしたように。


「ありがとうございます」


「礼はいらない」


 セレナは空を見上げる。


「必要な場所に、必要な者がいるだけだ」


 エルナも、同じように空を見る。


 星が、静かに瞬いていた。


 その下で。


 二人は、同じ人を想っていた。


 だが――


 立つ場所は、違う。


 それでいいと、分かっていた。

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