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1話

 穏やかな春の陽は西へと傾き出している。その日差しに当たって、屋根の頂に黒曜石でできた鸞の像を煌めかせながら豪奢な馬車が進んでいる。


 その一行というのが随従する馬車も数十台、そして数百人もの官吏や兵が並んで進んでいる。


 誰しもが一目引くほどあでやかな馬車は紫黒色の車体に派手な金の装飾が施されていた。


 南西へと延びる街道からは、標高約5万5千仞じん(9487.5m)級の兌震たいしん山脈の険しく鋭利な稜線を眺めることが出来る。


 馬車に載っているのはせんこうぜんという名の青年で、彼が生を受けたこのとうかんこくの王都の順羽じゅんうから西隣の秋兌国しゅうたいこく王都のじゅんしょうへと向かっている。


 その理由というのは、単刀直入にいえば”婿入り”であった。彼は最初この話を聞いて始めは乗り気では無かった。


 しかしその相手が、自分より一歳下の天真爛漫で可憐な少女だと言うことを耳にした。


 彼は冷淡な性格で常に素っ気ない態度を取る妹と比べ、相手のその人となりを聞いた途端、自分の興味を湧き起こさせた。


 彼女の容姿までもが自分好みであったとしたら、それを想像すればするほど恋心にかられ悶々としてくる。


 しかしそれは、亡き母からの遺言であることから、その裏に隠された事実が含まれていることも知っていた。


 ――――そう、自分自身も相手も元をたどれば、同じ先祖に当たることを。


 冬坎国と秋兌国との国境の堅牢に造られた関所が、街道沿いを覆っている木々の中から現れる。


 それをくぐって秋兌国へと入った。その先では護衛の兵が冬坎国こちら秋兌国むこうのそれが入れ替わることとなっている。


 関所を越えると何百人もの白い甲冑を身に付けた護衛の兵が跪いて、道の両側に並んで跪いていた。


 孝然は自分に対して過剰接待するのを見て、自分を崇めているようかのように思え、辟易せざるを得なかった。


 彼らは立ち上がると、今まで付き添った紫黒の甲冑をつけた兵と立ち位置を入れ替えて先を急ぐ。


 孝然は自身の端正に整った顔が歪めるなか、こうして彼を載せた馬車とその随従は南西の隣国へと足を踏み入れた。


 秋兌国内に入ると、やがて日も暮れかけて辺りが薄暗くなってきた。


 両側に約3丈《7.2m》以上と高く急な傾斜の崖に挟まれ、両脇の崖に木々が生い茂っている谷底のようになった道を進む。


 それでも馬車は周りにも目もくれず進んでいく。


 日も暮れつつあるなか、生い茂っている木々のせいで余計に一行を闇に包み込み、前方しか視界に捕らえることが出来ないほどだった。


 護衛の兵は松明を点けて何とか灯りを取ろうとするが、それでも辺りが見渡せられないほど暗いままだった。


 車中の麗人は、そこから眼に入る鬱蒼とした斜面に広がる木々の向こうから、何か殺気めいた物を感じ、その清々しいかおが途端に険しくなる。


 その刹那、彼は急に何の前触れもなく、恐怖が襲い掛かったように身体が震え出した。


 この薄闇の中、自分が今まで感じたことのないりゅう――――しかも一番苦手とするそれを察知した途端、自分の身に危機が迫っていることに気づく。


 一気に身を起こした孝然は、馬車の外に向かって叫んだ。そして、両側の険しい崖の上の方から地響きがとどろき、それが近づいていることに一行は気づいた。


「ここは危険だ!!みな逃げろ!!」

王兄殿下・・・・!何を申すのですか……はッ!!」

「い……一体、何が起きてるんだアアァァ!!殿下をお護りしろ!!」


 誰しもが音をした方をみると地滑りが起きて木々がなぎ倒され、崩れた土砂とともにこちらに近寄って来た。いや、降りかかってきたのだった。今孝然が気づいたときは、もう遅かった。


 彼は紫黒の鸞が刺繍されたたいそう格式張った絹地の袍を脱ぎ捨て、身を投げるようにして馬車から跳び降りた。


 彼のことを“王兄殿下・・・・”と呼んだ随従の者は、その姿を見てあんぐりとしていたが、その本人は倒れることなく着地できた。


 しかしそれどころではなく、崖から崩れた土砂が轟音を立てながら雪崩のように迫る。その流れてくる大量の土砂と木っ端みじんに砕けた倒木が襲った。


 そこにいた大人数の官吏や護衛兵達はそれが起こしている波に飲まれていった。


 そしてさらに岩石が雪玉のように勢いを増して転がり落ちて、彼らの頭や胴体を打ち付けて大量の血を流し、亡き者にしていった。


 そして孝然は土砂の激流に圧されて口に土砂が入り込む中、周りの者に大声で呼びかける。


「殿下!!もう間に合わな……ゲホッ」

「余のことはいいから、早く逃げ……」


 孝然らは、こうもたもたしているうちに津波と化した土砂が肩まで来た。無論、それに押し流され彼らの口、鼻、そして目に大量の土砂が入っていき、窒息は免れなかった。


 彼らの身体とそれを埋めた土砂にはもう流血により朱に染まっていた。


 やがて冬坎国王の兄である泉孝然の姿も消え、それに付随した数百人もの官吏や兵士は、全て亡き者と化した。


 現場は大量の土砂と倒木、原型をとどめていない程抉れた崖、そして埋まり切らずにいるだけでも数多の人間の屍が、すり鉢状の底にある街道に埋め尽くされた。


 一体なぜ、孝然は何の因果があって今起きた凄惨な不幸に見舞われなければいけなかったのか。


 その様子を崖の上と現場付近と一つずつ影があった。その二つはその地獄絵図と化した状況を目撃していた。


 彼らのうち前者は程遠い悪鬼のような異形の者。そして後者は、この未曽有の災害が起きた直後に異界からこの世界――――龍鳳界りゅうほうかいへと転移した者だった。

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