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『清水公園の夕焼け 〜二十年後の助手席に、彼女が乗ってきた〜』第2話 二人の夕焼け物語

最も幸せだった頃の記憶ほど、後になって鋭い痛みを持って蘇ることがあります。二十年前、僕たちは確かにあの夕焼けの中にいました。

 三月が終わろうとしていた、ある日のこと。  いつものように真理がやってきた。

「清水公園に、夕焼けを見に行かない?」

 直樹が誘うと、彼女はパッと表情を明るくした。 「いい。桜はもう散り始めているけれど、それもきっと綺麗だよね」 「じゃあ、明日の午後はどうかな? 何時がいい?」 「夕焼けが一番綺麗に見える、五時がいいな」

 翌日、空は見事なまでに晴れ渡っていた。  待ち合わせの清水公園、その小高い山の上にあるベンチには、五時を過ぎると人影は絶え、二人だけの静かな時間が流れていた。

 真理が坂道を一気に駆け上がってきた。  直樹の目の前に立つと、彼女は紺色のワンピースの裾を揺らし、腰に手を当てて「来たよ!」と誇らしげに言った。

「見て。どう、素敵でしょう?」

 彼女はくるりとその場で一回転してみせた。 「うん、よく似合ってる。可愛いよ」

 直樹の言葉に、真理は照れくさそうに、けれど満足そうに微笑んだ。 「日の入りまではまだ少し時間があるね。下の桜を見に行こうよ」

 小山から手をつないで駆け下り、桜の木の下にあるベンチに腰を下ろした。  風が吹くたび、桜は惜しげもなく花びらを散らし、二人の肩や髪に淡いピンクの雪を降らせる。真理は今日学校であった出来事を、まるで歌うような楽しげな声で語り続けた。

 太陽が次第に山の端へと近づき、空が茜色のグラデーションに染まり始める。 「ほら、始まるよ!」  二人は急いで、再び小山へと走り出した。

 西の空には、形を変え続ける雲たちが夕日を彩り、荘厳なほどの変化を見せている。 「やっぱり夕焼けはいい。二人だけの夕日が、ゆっくり山に落ちていくね」  直樹の言葉に、真理は静かに頷いた。

「直樹、来てよかったね」

 夕日が山に隠れると、空は深い群青へと溶け込み、薄い青空の向こうに一番星が瞬き始めた。  帰りは公園の出口で、名残惜しそうに手を振って別れた。  三月の、忘れられない思い出の夕焼けだった。

 四月になっても、彼女は時々「来たよ!」と元気な声でやってきた。  勉強も以前より熱心に続けていた。  直樹はこれまでにもお付き合いをした女性はいた。けれど、これほどまでに深い愛おしさを感じる相手は、真理が初めてだった。

 いつしか真理は、直樹を待つようになった。  いつも決まった時間にやってきては、にっこりと笑って「来たよ」と部屋に入ってくる。

「ねえ、直樹。海っていいよね。海の夕焼けが見たいな……いつか連れて行ってくれる?」

 真理は両手を合わせて、願いを込めるように言った。  直樹は父から車を借り、夕暮れが迫る海辺へと彼女を連れ出した。

 浜辺には、同じように夕日を待つ大勢の人たちがいた。  大きな夕陽が、静まり返った海面へとゆっくり沈もうとしている。

「海に沈む夕日は、こんなに大きいのね……」

 真理はその光景に、言葉を失うほど感激していた。  周囲からは感嘆の声が漏れ、世界がオレンジ色に包まれる。  一つの「夕焼け物語」が、静かに完結したかのような瞬間だった。

 その後も、日常に戻れば真理の「来たよ」という声が、優しく響いていた。


幸せな場面を描くほど、これからの展開を思うと胸が痛みます。真理の「来たよ!」という声が、今も耳に残っているようです。

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