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下町の魔法屋『霧の魔女堂』  作者: あどん


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戦士と魔剣と魔晶石(前)

俺は魔物を正面に見据え、剣を上段に構えるとそのまま振り下ろす。相手の攻撃を回避し、そしてまた切り伏せる。敵は熊のような巨体で鋭い爪を持つ獣型の魔物だ。


「はぁぁっ!!」


熊のような魔物に再度一撃を喰らわす。しかし、まだ浅い。相手も痛みに耐えながら反撃に出る。


1度2度……3度目にしてようやく剣が通る。魔物はその巨体を地面へと横たえ絶命した。

俺は「ふぅ」と一息つくと周りを見渡す。地面に転がる魔物の亡骸が3つ。前ならばもう少し早く片付けられたものを少しばかり時間がかかってしまった。


俺は血濡れの剣拭いながら溜息をついた。最後の戦闘が特に顕著だった。刃が肉に食い込む感触が鈍い。かつては一閃で首を刎ね飛ばせたはずなのに、3度の斬撃を要した。最後の一撃でさえ、骨に阻まれるように押し返される抵抗感があった。


手元の剣を改めて検める。以前、輝きを放っていた刀身が、今や曇りを帯びて刃こぼれが目立つ。特に柄と刃の境界部分が歪み始めているようだ。魔獣の硬い毛皮や鱗を幾度となく引き裂いてきた代償だろう。そろそろ限界か。


思えば冒険者になってからというものこいつをずっと使い続けてきた。師匠から譲ってもらった思い出の剣だ。本当は替えたくはなかったのだが……。

剣を鞘に納める。研ぎに出してみるか。いや……新しい剣も探さないとダメだろうな。

俺は魔物を解体し、必要最低限の素材だけを剥ぎ取るとギルドへと帰還した。



ーーー



「無理だな」

「そうか……」


ギルドから紹介された鍛冶屋に剣を持って行ったのだが即答で断られてしまった。やはりこの剣もここまでか。今までありがとうな。そう思うと少しだけ感慨深い気持ちになる。それが顔に出てたのだろうか。


「勘違いしているようだから言ってやるが、鍛冶屋じゃ直せないってことだ」

「む?どういうことだ?」

「こいつは魔剣だ」

「なんと……」


衝撃の事実だった。師匠から貰ったこの剣が魔剣だと……!?魔剣とは魔力を帯びた剣のことだ。普通の剣に比べ強力なものが多く、特殊な能力を秘めていることもある。有名な魔剣だと海を割ったとか岩山を一刀両断にしたとか色々な逸話がある。


「わっはっは、そんなのはおとぎ話の世界だよ」


俺が、魔剣に持っているイメージを話したら笑われてしまった。なんでも魔剣と言ってもピンキリらしい。超常的な力を持つものは希少で、ただ切れ味が少しばかり良い程度のものも多いとのことだ。


「こいつも刃こぼれが多いが切れ味自体は衰えてない。折れないのも魔剣の証だな。普通ならもっと前に折れちまうわ」

「師匠から譲り受けたものでな。折れることはおろか欠けることさえ無かったのだが……」

「いい魔剣じゃないか。ただ魔法付与エンチャントが切れてきてるな」

「エンチャント?」

「魔剣には、魔法の特別効果みたいなのがかかってるそうだ。勝手に修復してくれたり、切れ味を維持してくれたり、効果はいろいろあるそうだ、だが一度かけたら永久的なものじゃなく、消耗していくものらしい。魔法なんざ鍛冶屋にはどうしようもねぇ」

「む、ではどうすれば……」

「そうだな魔法屋に行ってみるといい」

「魔法屋?」

「そう、本物の魔法使いがやってる店だ。魔法を使って人助けなんかをしている。まあやってることは便利屋と変わらん。相談くらいには乗ってくれるだろう」


そう言うと場所を教えてくれた。魔法使い。今、魔法使いと言えば回復術師ヒーラーのことか、攻撃用の魔道具を使う魔具師ガンナーを言う場合がほとんどだ。本物の魔法使い……。昔は神のような奇跡の力を使って人々を救ったり、逆に地獄に叩き落としたりしていたらしい。だが今や滅多に見ることもない。実際に俺も見たことはない。本当にいるのだろうか。


「すまんな。世話になった」

「いいってことよ。普通の剣が必要になったらまた来い」


せっかくの情報だ。行ってみるしかないな。俺は意を決して店を訪ねてみることにした。



ーーー



魔法屋『霧の魔女堂』。


言われた通りの場所に来てみたが……あったのは店ではなく一軒家だった。申し訳程度に看板が出ているが、不気味な何かが描かれているだけで、正直これでは誰も気づかないだろう。本当にここでいいのか?


少しばかり不安になるが勇気を出して扉を開くと、カランカランと扉についていた鈴が鳴った。すこし薄暗い室内。商品などは何も置いていないが、カウンターの向こう側の壁一面には本がぎっしりと詰まっている。

カウンターの上には体格のいい一匹の黒猫が陣取るように寝ている。


「いらっしゃいまーせ。ようこそ魔法屋『霧の魔女堂』へ。私は店主のアリシア。あなたの悩みをお伺いしましょう」


カウンターの奥の扉が開いて中から一人の女性が出てきた。年の頃は15~16歳くらいだろうか?まだ少女と言っても差し支えないような見た目だが、何故か年長者の雰囲気を感じさせる不思議な魅力を持った女性だ。整った顔立ちをしており、長い金色の髪がサラサラと揺れている。


「剣の修繕をお願いしたい」

「剣ですか?それでしたら、うちではなく武器屋か鍛冶屋に行かれた方がよいのでは?」

「いや、もう行ってきたのだ。そしたらここに行けと言われてな」


アリシアはふむふむとなにか納得したように頷く。


「剣を見せていただいても?」

「ああ、これだ」


そう言って背負っていた長剣を抜くとアリシアに渡す。バスターソードと言われるタイプの大きな剣だ。それをアリシアは受け取ると丹念に検分していく。


「うーん。刃こぼれが多くて切れ味が悪くなっているわね」

「ああ、研ぎに出すべきだと思ったのだが……」

「なるほど、私の所に話が来たのも納得。これ魔剣ですね」

「そうだ」


見事一発で魔剣と見破った。だが彼女にとっては当然のことらしい。


「強靭と軽量のエンチャントが施されているみたいだけど」

「エンチャントが弱まっているのだろう。鍛冶屋に言われた」


先回りして答えると、アリシアは肯定するように頷いた。


「そうね。だから本来の性能を発揮いない。その分、剣を酷使することになり、刃こぼれを起こしている。なかなかいい魔剣だから、本来こんな状態にはならないもの」

「直せるか?」

「元通りというのは難しいわね。元々付与されていたエンチャントの呪文を再現するのは困難だから」


アリシアは静かに頭を振る。


「鍛冶屋が匙を投げたのも当然だわ。なにせ魔剣は魔法を使って修繕する必要があるもの」

「そうらしいな。ここならなんとかしてくれると聞いてきたのだ」

「まあ、直すなら古いエンチャントを一度破棄して、新しいエンチャントを付与すれば可能ね。ただし同じではないわ。私は魔法使いだけど、エンチャントの専門家じゃないからね」

「エンチャントを専門にしている魔法使いはいるのか?」

「200年前くらいはたくさんいたけどね。今の時代にエンチャントが出来る魔法使いがどれだけいるかも知らないわ」

「そうか……わかった。頼むとしたらいくらかかる?」

「うーん。金貨100枚は欲しいわね」

「……そんなにか」


金貨100枚は高い。今の自分の稼ぎなら出せない金額ではない。だからと言って簡単に決められる額ではない。それに……。


「おすすめはこれを売って、新しい剣を買う事ね。魔剣が作られなくなった理由知ってる?」

「なんだ?」

「魔剣じゃなくても質のいい剣が手に入るようになったからよ」


魔道具が普及するようになってから鉱石の生成量が格段に上がった。昔なら希少だった鉱物も今なら安く手に入る。魔動炉の出力も昔に比べれば桁違いに大きくなった。そのため良質な鋼が作りやすく武器などの生産は以前に比べ非常に容易になっているのだ。魔剣じゃなくても、軽く、折れづらく、切れ味のいい剣が作れるようになっている。


そう、金貨100枚あれば、相当質の良い剣が買えるのだ。


「どうする?直す?売る?」

「ここで買い取ってくれるのか?」

「知り合いの商人を紹介くらいはしてあげるわ。ヘタるけど魔剣ってだけで高値を付けてくれる好事家もいるし。他につてがあるならそっちを使うといいわ」


アリシアの勧めに暫く考える。やはり……売るべきなのだろう。売ってそれを元手にすればいい剣を買える。しかし、自分はこの剣にどれだけ世話になったか分からない。思い入れもある。余りにも悩んでいる様子に呆れたのかアリシアが話しかけてきた。


「この剣はどこで手に入れたの?」

「師匠に貰った。師匠は『お前にはこの剣は使いこなせないだろうから売って別の剣を買え』と言われていた。俺もそうしようと思っていたんだが、そのすぐ後に師匠が亡くなってな」

「そう……」

「形見というほど強い思い入れがあるわけじゃないんだが、なぜか手放せなくてな。今まで来てしまった」


師匠に「使いこなせない」と言われ、意地になって使ってきたところはある。しかし、師匠が亡くなった頃には、もうこの剣以外考えられなくなっていた。他の剣で戦うことに実感が湧かないし安心もしない。つまり俺にとってこの剣は単なる武器ではない。人生のパートナーと言ってもいいのだ。

アリシアは、俺の冴えない顔を見ると、小さく溜息を吐き、別の質問をしてきた。


「あなた冒険者でしょ?ランクは?」

「B級冒険者だが」


冒険者にランク分けされており上からA,B,C,D,E,Fとなっている。このD~Fが下位ランク、B~Cが中堅でAが一流とされている。ただAランクは準英雄級と呼ばれており、なにか特別な功績がなければ昇格できない。今の時代においてAランクになることはまずない。そのためBランクは一流冒険者に見做されている。自分で言うのもなんだが、かなり強い方だ。


アリシアは値踏みするようにジロジロと俺を見ると、「うーん」と唸った後、口を開いた。


「あなたが良ければ無料にしてあげていいわ」

「なにぃ!?」


金貨100枚と言われていたのにいきなりの値引きに驚いた。そんな驚いた顔を見てアリシアはにっこりと笑った。


「ただし条件があるわ。お仕事を手伝って欲しいの」

「仕事の依頼と言う事か。俺に出来るなら問題ないが……」

「安心して。命の危険はそれほどないわ。Bランクの冒険者なら問題ない」


アリシアは自信満々に胸を張る。それほどではないと言われて危険だった依頼は過去に何度もある。


「どんな仕事だ?」

「素材回収ね。エンチャントに使う素材を取りに行くの」


そう言われてしまえば断りづらい。アリシア本人も同行するようだし、こちらの実力を把握したうえで提案してくれているのだ。


「よし分かった。頼む」

「交渉成立ね。明日朝一で来てくれる?」

「ああ。おっと名前を言い忘れていたな。俺はドルトンだ」


自己紹介をするのを忘れていた。いまさらながら気付き恥ずかしくなる。


「よろしくね。ドルトン」

「こちらこそだ。よろしく頼む。アリシア」

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