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下町の魔法屋『霧の魔女堂』  作者: あどん


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27/35

醸造家と酒と努力の結晶

「今年も届いたか」


窓辺に鎮座する吾輩は、運ばれてきた細長い木箱を一瞥した。アリシアが丁寧に開けると、磨き込まれた陶器瓶が現れる。中には水のように無色透明の液体。しかし、ほのかな甘みと香ばしさが漂う。アリシアはニヤリと笑いながら小皿に注ぎ、「ほれ」と吾輩の前に差し出した。


「んむ、年々まろやかになってくるな」


一口舐めると、喉を通る瞬間だけ体が熱くなり、すぐ冷える。癖のある旨味が口の中で広がる。魔術の産物ではなく、大地と意志が煮詰めた技の結晶だ。


「今年のは最高のものだそうよ」

「毎年同じこと言っとるのぉ」


手紙を読みながらアリシアが肩をすくめる。「我が生涯最高の出来」「ついに土の息吹を感じられるようになった」酒狂いらしい大げさな文句だが、本気で書いてるのが分かる。

アリシアは、小さなコップに少しだけ注ぐと味見。


「……ほんと、熟成具合が素晴らしいわ」


吾輩は尻尾で机を叩き、「あのドワーフは諦めを知らぬな」と呟く。奥の工房で遊んでいたミーアが顔を出した。


「アリシアおねえちゃん、なに飲んでるの?」

「これはミーアにはちょっと早いわね」

「あ!お酒!? もう飲んでるの? まだお昼だよ!」

「少しだけよ。ほらミーアは、こっち」


抗議するミーナを宥めつつ、蜂蜜を溶かした果汁を渡す。ご機嫌ミーアの背後で、銀色の毛玉──ルナが跳ねた。この子狐は嗅覚が鋭い。


「ルナは大丈夫かしらね?」


そう言いながら、吾輩と同じ小皿に注いでやると、クンクンと匂いを嗅いで一気に飲み干した。途端、目を丸くして尻尾をピンと立てた。

その姿にミーアはぷっと吹き出し、アリシアはくすくすと笑い声を漏らす。


「猫は酒好き、幻獣は好奇心旺盛。さてドワーフは──」

「きっとまた改善点を見つけて作り始めるわよ。彼にとって完成品など存在しないんだから」



ーーー



あれは百年ほど前──ワシ、ザイロのワイン醸造所に、一人の旅人が転がりこんできた晩であった。粗末な旅装束だが目つきだけは鋭い。何者かとは語らなかったが、ワシのワインを甚く気に入り、礼にと一本の瓶を渡した。中身は澄んだ水のような液体。


「これはお前の作るワインとは比べものにならん代物だが──」


そう前置きして勧められた酒をひとくち呷った瞬間、雷に打たれた。清らかな水のようでいて、噛めば噛むほど滋味深い。華やかな花のようで、旨味の底力が凝縮した泉だった。


「どこで手に入れた?」

「遠き国さ」


旅人は消え酒も一瓶のみ。たしかにこの酒はワシの作るワインとは比べ物にならん。いや、比べる対象が違うと言うべきだろう。酒は原料や製法よって、全く違う領域へ昇華する。酒は酒でも全くの別物。


(ワシはこの味を造りたい!)


かくしてこの謎の酒を探して国中の酒場や醸造所を巡ったが、存在を知る者さえいなかった。


「水のように透明な酒? 勿体ぶった貴族の御洒落か?」

「男なら火酒! 燃える血潮を潤すのだ!」

「精霊信仰の秘術で作ったとか? 危険思想だぜ」


嘲笑ばかりで歯痒かった。そんな折、王都に行く用事が出来た。王都には様々な国の食文化が集まる。きっとどこかに知ってる者がいるはずだ。


「そんな魔法の酒があるなら、魔法使いにでも聞いてみたらどうだ?」


冗談めかして言われた。魔法使いなんざ百年以上前に絶滅しただろと返すと、その酒場の親父は笑って『霧の魔女堂』を紹介してくれたのだった。



ーーー



それは王都の下町と言われる地区にひっそり佇んでいた。しかし、そこは魔女が住む家というよりは、ただの民家。錆びた看板がかかっただけのただ家に見えた。まあ喰われるわけではあるまい。そう思い、戸を開けてみた。


チリンチリンという鈴の音。店に入った途端漂う薬草と謎の甘い匂いが入り混じる。煤けた天井に薄暗い照明。店の棚には何もなくカウンターには大きな猫が座っていた。なんとも不愛想な顔をしている。こちらに気づくと欠伸をして舌打ちする。まるで人のようだ。


「お客さん?」


店の奥から若い女が出てきた。淡い金髪が肩にかかり、翡翠の瞳を持つ。優雅な微笑みが浮かんでいた。間違いなく美人と言えるだろう。服装はシンプルだが上質なものだ。しかし気になるのは肌の色。白くてきめ細かい。まるで人形みたいだ。そしてその体格──どう見ても十代半ばの少女にしか見えない。こんな少女が魔女なのか?警戒心が募る。しかし、その耳は……。


彼女はこちらの困惑を見透かしたようにくすりと笑った。


「初めまして。ようこそ霧の魔女堂へ。もしかしてドワーフさん?」

「ああ、そうだ。ワシはドワーフのザイロ。そういうお前さんはエルフか?」

「はい。わたしがここの店主のアリシアです。ドワーフさんが来店するのは珍しいですね」

「ふん。ドワーフよりエルフの方が珍しいだろ」


エルフは大概森の中に住む。こんな街中に住み着いているエルフなど見たことがない。しかし、同時に合点がいった。魔法使いは消えた。しかしエルフの魔法使いなら居るだろう。ドワーフも長寿の種族だが、エルフはそれ以上に長寿だ。


「ふふ、その珍しいエルフがやっている魔法屋にどのようなご用件で?」

「酒を探しておるんじゃ」

「酒?お酒なら酒場にどうぞ?」

「ワシはワインを作っている醸造家だ。実は……」


そう言ってワシは、今までの経緯を説明した。ワシの醸造所に来た旅人のこと。その旅人から貰った不思議な酒のこと。その酒をもう一度飲みたい。いや造りたいこと。アリシアは真摯にワシの話を聞いてくれた。


「うーん。透明なお酒かー。魔法の薬でいくつか似たようなものがあるけど……」

「あるのか!?」

「でも違うと思うんですよね。魔法使いは居なくなりましたし」


わざわざ酒を造るために魔法を使う魔法使いは居ないと言う。ワシなら使うが。


「どんな味がするんですか?」

「透明で爽やかな味わいだが深みがある。苦味も旨味も香りも凝縮している。しかし何よりも繊細なんだ。それが妙なのだ」

「うーん。やっぱり違うと思います。魔法で造ると味も素っ気もないものになってしまうんですよ」


そう言うと、再び目線を虚空に投げかけ考える。


「その旅人はどんな人でしたか?」

「変わった奴だったな。女みたいに髪を伸ばしていて後ろで縛って、そうだ妙な剣も持っていたな」

「妙な剣?」

「ああ、刀身に反りがある剣で、片方だけが刃になっておる。白い波模のような波紋が描かれていた。いや見事だったな」

「ふむ、ちょっと待ってください」


そう言うと立ち上がり店の奥へ行き、戻ってきた時には琥珀色の液体が入った瓶を持っていた。アリシアは小皿に液体を注ぐとワシに差し出してきた。


「これはどうですか?」

「む? 酒とは違う匂いがするが」

「はい。うちでは調味料で使っていますが」


恐る恐る舐めてみる。するとなんと!


「こ、これは!!」

「正解ですか?」

「違えけど近い!」


驚いたことにアリシアが出した酒は確かにワシが探していた酒とは別のものだった。しかし近い。非常に近いのだ。この独特な甘さ。まさかこんな所で出会えるとは思わなかった。喜びのあまり舞い上がってしまう。


「なんじゃ! なんなのじゃこれは!」

「えっとそれは『みりん』という調味料でして……」

「みりん?」


聞いたこともない名前だが間違いなくあれに近い味がする。つまりあの酒の手掛かりになるかもしれないということか?


「これをお酒にしたのが、おそらくザイロさんが探している酒だと思います」

「こ、これはどこから手に入れたのだ!?」

「遥か東方にあるヤマタと言う国です」

「どこじゃそれは……」


なんでも大陸の最東端に位置する八つの島が寄り添う国で海に囲まれており陸路で行くのは困難だという。ただでさえ、大陸の東の果てまで行った上に、船にまで乗らなければ行けないとは……。


「連れて行きましょうか?」

「は?」


まるでちょっとそこまで買い物に行くような気軽さで言ってくれるではないか。驚いて固まっているとアリシアは笑顔を崩すことなく続けた。


「こちらへどうぞ」


そう言って裏庭に連れていかれる。そこには古びた扉がポツンと置いてある。


「アルお願いね」

「やれやれ吾輩がやるのか」


いつの間にかカウンターに座っていた黒猫がこちらに来る。その黒猫はワシの方を見て片目を閉じた。妙な気配を纏った猫だと思ったが、こいつは……。


「この猫、使い魔か」

「今は猫だけど、元は悪魔なのよ」

「ふむ、吾輩はアルカポウネ。魔界大公爵とも呼ばれていた大悪魔ぞ」

「今は猫だけどね」


その黒猫アルカポウネは、そう言うと扉を睨みつける。魔法陣が現れて輝き出す。アリシアが何か呟くと扉は開いた。そしてその先には……。


目の前には広大な平原が広がっていた。そして黄金色に輝く稲穂が風に揺れている。なんと美しい景色だろうか。これは麦か?いや違う。


「ちょうど収穫時期だったのね」

「アリシアよ。これは?」

「米って言うんです。この辺りではこれが主食として食べられています」

「そしてこの米の酒こそが」

「そうですね。あなたが探し求めていたお酒でしょう」

「これが……!」


ワシは思わず稲穂に触れる。それはしっとりとして柔らかい感触だった。これがワシの求め続けていた答えなのか。


「アリシアよ。3年後……いや5年後再び迎えに来てくれぬか。ワシはこの地で酒造り、いや米作りから学ぼうと思う」

「え?」


突然の申し出にアリシアは驚いた表情を見せた。しかしワシの意思は固い。この地でこの米の栽培方法を学び、あの酒を造り出す。その為ならば多少の苦労など厭わないつもりだ。


「5年後なんて忘れてるかもしれませんよ」

「構わん。その時はここで暮らすことにするわ」


ガハハハッと笑うワシに呆れたようにアリシアは溜息を吐いた。しかしすぐに優しい笑顔に戻る。


「わかりました。5年後にまた来ますね」

「頼むぞ」


ワシは、アリシアに家族や弟子に向けて手紙を託した。そしてアリシアの知り合いだと言う米農家兼酒造所の店主に弟子入りさせて頂くことになったのだ。



ーーー



そして5年後。律儀に約束を守りアリシアは迎えに来てくれた。ちょうど米の収穫が終わったばかりの時期で、ワシは新米で新たな酒造りを行っていたところだった。


「ザイロさん?」

「おう!アリシアか。久しいな……。ん?おお、そうか、もう5年経ったのか」

「なんかまた更に逞しくなりましたね」

「そうか?」


確かにこの5年間、鍬を持って畑仕事に精を出し、発酵過程の管理に明け暮れたことで身体は以前より引き締まったような気がしなくもない。それにしてもドワーフとよく似た体格の農民たちの間で生活しているうちに外見も彼らに近づいたらしい。髭の手入れも怠っていたせいもあるかもしれないが。


「それで?どうですか。満足いくお酒はできましたか?」

「いや。まだまだじゃ。それにワシの野望は、自分で米を育てて、自分で米酒を造ることだからな」

「なるほど。では、戻りますか?」

「うむ。ワシの挑戦はここからじゃからな」


この時が来ることは、覚悟していたのじゃ。ワシはお世話になった皆に別れを告げると、アリシアが開いた扉に飛び込んだ。



ーーー



王国に戻ったワシは、まず土地を探した。アリシアの知識を借りつつ、米の生育条件を調べながら各地を放浪。水源が豊かで肥沃な土壌の地域を探すのは思った以上に骨が折れた。理想に近い土地を見つけた時にはすでに二年が経過していた。


土地を購入したが、そこからがさらに大変だった。湿地帯の整備、田んぼの造成、醸造所の建設。全て自分でこなすしかない。幸いドワーフとしての建築スキルが役に立ったが、不慣れな農耕技術との併用は骨が折れる作業だった。夜は泥水で汚れたまま眠りにつくこともしばしば。


三年越しでようやく苗を植える準備が整い、さらに三年経ってやっとまともに収穫できた。しかし喜んだのも束の間。この米を使って酒を造る工程にさらに四年を要した。失敗の連続。発酵させ過ぎたり温度調整に失敗したり。ある時は途中で腐らせてしまった。


十年目──ようやく完成した米酒は確かに酒だったが、とても満足できるようなものではなかった。しかし、ワシの顔からは自然と笑みが零れた。


「これからじゃな」


ようやく出発点にたどり着いたのじゃ。ここから新たな改良点を探し出す毎日が始まった。原料米の品種改良。麹菌の培養温度・湿度の精密管理。蒸し加減。冷却速度。米の搗精率の違いによる味の変化。酵母の選別。とにかく試した。試しては検証し、失敗したら分析してまた試す。


そんな折、ふと気づいたことがある。東方のヤマタで教わった技法だけに囚われていたことだ。ドワーフ流の発酵制御──岩窟の中で行われてきた精密な温度管理のノウハウを応用すれば? 地下空洞の石肌から感じる一定の温度。それを酒造りに取り込む想像をした時、新しい閃きが生まれた。


十二年目を迎えた秋。ワシは、すべてを賭けた最終試作品を仕込んだ。蒸し米の粒を吟味し、地下空洞に設置した特製の陶器壷で低温発酵。夜ごと体温以上の熱を発する岩床を利用して加温・減温を制御した。


ーーー


完成までの一年間、ほとんど寝ずに見守った。瓶詰めした瞬間──あの日の感動が蘇った。微かに甘い香り。琥珀色の輝き。杯に注ぐと波紋が静かに揺れる。口に含むと……。


「くっ……!」


涙が滲んだ。これだ。求めていた酒だ。酸味も甘味も芳醇な香りもすべてが均衡している。五臓六腑に染み渡る。かつて旅人に勧められた幻の味を凌駕しているかもしれん。


これなら、多くの酒飲みたちを喜ばせることができる。度肝を抜くことができる!


だが、まずは世話になった人に飲ませたい。


封印の札を貼った特製の酒瓶を丁寧に梱包した。宛先はもちろん『霧の魔女堂』アリシア殿へ。十二年ぶりとなる手紙も添えた。


『霧の魔女へ


遅ればせながら十二年の歳月を越えてようやく完成した。我が生涯最高傑作と言ってもいい。ぜひ味わってくれ。そして改めて感謝する。あの日貴方が異国への扉を開いてくれたおかげで私は今ここにいる。いずれはヤマタにも礼を言いに行きたい。その時は、また協力を頼む。


ザイロより』



ーーー



あれから何年経ったじゃろうか。ザイロの造った米酒は、今や王都でも希少価値の高い逸品となった。最初は王侯貴族の間でひそかに流行。次第に上等な酒を扱う商人の間でも評判になった。高額であるがゆえに購入できる者は限られていたが、「他の追随を許さぬ美味」という噂が口コミで広まっていったそうじゃ。


しかしザイロ自身は大量生産には興味を示さなかった。彼にとって酒とは美学であり芸術。試作を重ねることが生き甲斐だった。大量に生産することで味が損なわれることを恐れたのじゃ。


「惜しいな。たくさん作れば作るだけ儲けられたものを」

「別にザイロさんはお金持ちになりたいわけじゃないんでしょうね」


そう言いつつ吾輩がまだ舐めている皿を下げようとするアリシア。


「なんじゃもうちょっと入れてくれてもよいのだぞ」

「駄目よ。すぐに酔っぱらって次の日、頭痛いと騒ぐくせに」


むう、悪魔だった頃は、樽ごと飲んで余裕であったが。今では盃一つで酔いが回るとは。そんな吾輩の嘆きを知ってか知らずかアリシアは、このお酒を使った料理を考えておる。


「やっぱり魚料理がいいかしらねぇ。貝類でもあったら買ってこようかしらね」


酒蒸しかあれも美味いが……。


「アルは何がいいの?」

「肉じゃ!」


アリシアが楽しそうに「また太るわよ」と言い放つ。ふん、希少と言われる酒もここでは調味料扱いか。吾輩は小さくあくびをした。まあよい。また来年も届くだろう。


あやつはこのくらいでは満足しまい。まだまだ新しい味を捜し続けるじゃろうな。

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