旅芸人と魔術師と虹色の髪留め
王都の外れ、広場に建てられた天幕が観客で賑わっていた。小柄な道化師が花弁を撒きながら客を呼び込む。
「今宵限り!夢の世界へ!」
胡散臭い謳い文句を並べおる。今宵限りと言いながらもうすでに5日は興行を続けているがな。
まあ人間共の浅慮など所詮はこのようなものか。吾輩は鼻を鳴らした。
それでもミーアは亜麻色のお下げ髪を左右に揺らして喜んでおる。
悪魔にとって俗世の娯楽など暇潰し程度にすぎぬが……まあ良い。稀有な芸を肴に肉球を舐めるのも一興じゃ。
旅芸の一座がやってきたのは数日前のことであった。文字通り旅をしながら各地を巡り大道芸や雑技を披露するという。その中でも目玉は「魔術師が瞬間移動を披露する」と触れ込みじゃ。
噂を聞いたミーアが「見てみたい!」と駄々を捏ねる始末。吾輩が「くだらぬ」と一蹴してもこの童女は諦めぬ。そんな時、串焼き屋台のジェシカが入場券を持ってきたのだ。ジェシカも貰ったはいいが、旅芸一座が来ている間は、屋台も書き入れ時でもある。「芸を見るより肉を焼く方が大事よ」というジェシカから入場券を譲ってもらったわけじゃ。
「ふふっ……面白そうね。久しぶりにこういう催しものを見に行ってみましょうか」
「やったー!」
「魔法使いねぇ……」
この店の日常は変わらず平穏であるが、店主アリシアは好奇心旺盛じゃ。こんな街中に住み着く変態エルフの特性なのかもしれんが新しいものが好きな質であろう。ミーアを伴い出かけるとなると自然と吾輩も同行することになる。そういうものじゃ。別に吾輩が仲間外れにされると寂しいとかそういうことではないぞ。いや本当に。
夜が更けると広場は一段と熱気に包まれた。橙色の灯火がいくつも揺らめき道化師の甲高い笑い声が響く。観衆は興奮気味にざわつき始めておる。吾輩は肉球の爪先を舐めながら人間共に混ざる。まったく、アリシアもよく付き合うものよ。緑の瞳を細めながら微笑んでおる。これが魔法使いの余裕というものか。
天幕の中は暗がりの中に細く吊るされた提灯が揺れ、妙に湿っぽい熱気が籠もっていた。前列の木製ベンチに座るとちょうど舞台が真正面に見えた。中央には小さな台座とテーブルセット。右側には小道具を入れたトランクが積まれている。
しばらくして音楽隊が弦を鳴らし出し、赤いマントを羽織った道化師が現れた。
「皆々様ようこそ!今宵は異国の魔法使い達が貴方様方を摩訶不思議な世界へ誘いますぞ!」
甲高い声で煽ると会場がどっと湧いた。
まず出てきたのは派手な衣装の道化師。色とりどりの羽飾りをつけた帽子を被り、袖からはカードが次々と飛び出す。観客は歓声を上げるが吾輩にとっては陳腐な手品である。次に出てきたのは痩せた男。短剣を投げながら回すジャグリングを披露している。
ふむ、なかなか器用だがやはり魔法ではない。観衆は盛り上がりを増していく。
「良く練習しているわね。とても素晴らしい」
「ただの手品ではないか」
「そうね。でも見る人によっては魔法と思えるかもしれないわね」
なるほど。手品を魔法だと思う者が多くいればそれが事実になる。人間の認識というものは面白いものじゃ。
その後も玉乗りや火吹きなどの定番芸が続く。吾輩から見れば拙い芸でしかないが人間共は喝采を送る。ミーアは手を叩きはしゃいでおる。そのたびにルナが不思議そうに見上げる姿が可愛らしい。子狐のくせに芸には無関心のようじゃ。
最後に舞台中央にひとりの女性が進み出た。赤髪に銀の刺繍が施されたドレス。細身の体躯は年若く見えるが表情は落ち着いている。彼女が魔法使いなのだろうか。
「皆様。これからご覧いただくのは正真正銘の瞬間移動です」
女性が語り終わると同時に助手が舞台袖から大きな木箱を運んでくる。箱の全面には金色の刺繍が施され錠前が煌めいておる。彼女は箱に両手をかざすと中に入り込む。瞬時に箱が閉じられ助手が鍵をかける。中に自分が入っているかを示すようにドンドンと箱の中から音を立てたり、箱を揺らしたりもしている。そして最後に箱に布をかぶせ更に縄で締め上げる。観客の緊張が高まっていく。そしてカウントダウンが始まった。
「三……二……一!」
次の瞬間、
ドンッ!!
後方の通路から大きな太鼓の音がすると、そこから先ほどの女性が現れた。
観客席全体が割れんばかりの拍手に包まれる。彼女は軽く会釈し笑顔を振りまきながらステージに戻ると、もう一つの別の箱の中へと入っていく。そして再び厳重に施錠されると、カウントダウンが始まる。
「三……二……一!」
今度は元の箱から再び登場。赤髪を揺らしニコリと微笑むと驚愕と興奮が入り混じった叫び声があちこちで上がる。まさに「瞬間移動」であったのだが。
「すごいすごいすごーい!」
「確かに奇妙じゃが……」
吾輩は鼻をひくつかせた。確かに奇妙な現象である。だが魔力の気配はない。魔法でないことは明らかだ。
「ふむ……あれはどういう仕掛けじゃ?」
「ん?どういうこと?」
「転移魔法であれば魔力を感じるはずじゃ。しかしあの女からは微塵も魔力を感知できぬ」
「まあ、そうね」
ふむ、どうやらこのエルフには仕組みが見えているらしい。
「ということは奇術じゃな。しかし。わからぬ。床に穴が開いていてもあそこまで瞬間的に移動することはできまい」
「まあいいじゃない。種明かしなんて無粋なことは考えずに一緒に楽しみましょう」
アリシアは微笑みながらミーアの手を握った。童女は目を輝かせ舞台を見つめている。たしかに解明することに拘るのは悪魔の性癖かもしれんな。
「私もやってみたい!」
興奮冷めやらぬミーアが拍手しながら声を上げる。吾輩は首を振った。
「短距離の転移魔法は自分の魔力が干渉し合うから相当複雑じゃ。今のミーアの力量では不可能じゃ」
「ええ~」
不満そうな声を漏らすミーア。傍でおとなしく見ていたルナが鼻をヒクつかせた。子狐の黄色い瞳が赤髪の魔法使いをじっと捉えておる。何か感じるものがあるのかのぉ。魔道具のような異質な気配も感じられぬ。では何が?
ふむ……結局吾輩も最後まで見ることになった。拍手の渦の中で天幕の照明が落とされ終幕となる。観客達は惜しみない拍手を送りながら次々と天幕を後にした。
「どうだった?」
「凄かった!ミーアもやりたい!」
「うふふ。じゃあ今度、転移魔法の理論を勉強して……」
「おいおい」
吾輩は呆れたようにツッコミを入れた。無理難題もいいところじゃ。5歳の童女に転移魔法を教えようとは酔狂にも程がある。しかし当のミーアは素直にうんうんと頷いておる。まったくこの童女は無邪気に何でも吸収しようとする。やれやれ将来有望とはいえ度が過ぎれば迷惑じゃな。
ーーー
翌日の霧の魔女堂は静けさに包まれていた。窓辺から差し込む朝日が埃を浮かび上がらせ、甘ったるい香木の香りが漂っている。昨日の熱気を帯びた旅芸とは対照的にここは時間がゆっくり流れる場所じゃ。まあ、いつも通りの日常じゃ。
吾輩もいつも通りカウンターの特等席に横たわり毛繕いを続けておる。ミーアもまだ来ておらぬゆえルナも店の隅で丸くなって寝息を立てておる。
アリシアはカウンター越しに、帳簿と金貨袋を交互に見比べながら算盤を弾いておる。まったくこんな無益な計算に時間を費やすとはエルフ族というのは勤勉であり効率的でもあるが時に愚かしいほど慎重すぎることがある。
チリンチリン。
入り口のベルが鳴り響く。吾輩は耳をそばだてながら振り向いた。扉の向こうから現れたのは二人。ひとりは見覚えがあった。赤髪の女性。昨晩、舞台で「瞬間移動」を披露していたあの女性じゃ。
そして、もうひとりは頭から顔から粗末な布で覆い隠しておる。性別すら判然とせぬが立ち姿は小柄な娘と察せられる。
吾輩は尻尾を小さく揺らしながら鼻を鳴らした。
「いらっしゃいませ。あら?あなたは……」
アリシアが微笑むと、女性はエリーと名乗り丁寧に頭を下げた。
「こんにちは、ここでは秘密の相談も受けていただけると伺いました」
アリシアは帳簿を閉じて姿勢を正す。
「内容によりますが……どのようなご相談でしょう?」
エリーは目を伏せ周囲を警戒するように辺りを見回した。吾輩は首を傾げた。この小心ぶりが気になる。
エリーは隣の女性に小さく声をかけた。するとその女性は覆っていた布を一気に脱ぎ去った。そこに現れたのは……なんとぉ!
「!?」
吾輩は目を見開いた。その女性はエリーと瓜二つの容姿じゃった。
髪色も瞳の色も服装まで全く同じ。背丈も骨格も寸分違わぬ。分身?いやいや、双子じゃろう。しかし、同一人物としか思えぬほどの相似じゃ。
「わたくしたちは姉妹……双子なんです」
「旅芸の一座で"魔法使い"の役割をになっております。あの瞬間移動も二人で入れ替わりで演じておりました」
もう一人の女性はミリーと名乗った。エリーとミリー。双子で同一の姿。なるほど。瞬間移動のトリックは双子による入れ替わり芸か。道理で魔力が感じられぬ訳じゃ。分かってしまえば滑稽なほど単純な仕掛け。しかし人間の認識力というのは単純で限界がある。吾輩は心の中で冷笑した。人間という生物はよく騙されるものじゃ。誰じゃ、お前もなーと言ったやつは。
「しかし最近困ったことが起きておりまして……」
「一部の客が私たちの芸の秘密を探ろうと接触してくるのです」
「わたくしたちが双子だと気づかれたら芸を続けることが困難になります」
なるほど。双子という事が知られれば劇は成立せなくなる。それは致命的じゃな。
「そこで……御店主様には秘密を守っていただきたいのです」
「それから……もし可能ならわたくしたちの問題を解決するためのご相談をお受けいただきたいのですが」
アリシアはもちろん秘密は守りますよと微笑む。素敵な出し物でしたしね。その美貌といい優雅な佇まいといい演技の才能もありましたしね。と付け加える。お世辞というやつじゃな。どこまで本音かわからんのがこのエルフの厄介なところでな。まあ、褒められ慣れていないのかミリーは少し頬を染めておる。初心じゃのう。
「芸を続けるためにどうしても双子であることを隠し続けなければなりません。しかし常に顔を隠しておくのは不自然ですし」
確かに、ここに来た時のように頭全体に布など巻いていては、怪しいどころか疑われてしまうな。
「ふむ……」
アリシアは小さく呟くと奥の棚の方へ歩み寄った。そこから鮮やかな虹色に輝く髪留めを取り出す。楕円形の金細工に蒼い宝石が嵌め込まれておる。美しい装飾品じゃが同時に魔力の波動が流れ出しておる。
「こちらは如何でしょう?」
アリシアは髪留めをエリーに手渡す。エリーは恐る恐る髪留めを受け取ると眉をひそめた。
「これは一体……?」
「それは髪の色を自在に変えられる魔道具です」
アリシアが説明する。実際に試してみましょうと言ってエリーに促す。エリーは恐る恐る髪留めを頭に着ける。その瞬間!赤髪が一瞬で深い青色に変貌した。海の底のような群青色。周りの空気まで染め上げるような鮮烈な色彩じゃ。隣にいたミリーが息を飲む。これほどまでに鮮やかに色が変わるとは。それも瞬時にな。
「髪の色というのは人の印象に強く残るものです。これに髪形を変えたり化粧を工夫するなどすれば、より完璧に別人に扮せるかと」
アリシアが説明を続ける。なるほど。吾輩も頷く。見た目の差異を生み出す最適解と言える。
「さらにこの魔道具には【注目を逸らす魔法】も掛けてあります。身につけた者に視線が集中しにくくなる効果があります」
視線誘導の効果か。これこそまさに魔法の領域じゃな。まあ、アリシアが本気を出せば、完全に別の顔に変身させることができる魔道具を作ることも可能ではあろうが……魔力が乏しい現代人には扱えないからな。
「ありがとうございます!使ってみます!」
「あの……料金は?」
「金貨3枚……と言いたいところですが、金貨1枚でいいですよ」
これからも素敵な出し物を続けてくださいね。とアリシアはにっこり微笑む。エリーもミラーも感激して何度も頭を下げた。やれやれ、金貨3枚どころか金貨10枚とっても罰は当たらんほどの魔道具じゃろうに……。この店主の性格を考えれば仕方ないか。
ーーー
数日後。旅芸人の一座は新たな町へ旅立って行ったと聞いている。
旅芸人の出し物は王都中で評判となり入場券が飛ぶように売れたそうじゃ。無論、彼女たちが実は双子だという噂は耳に入ってこない。おそらくうまくやっておるのじゃろう。あの七色に光を放つ髪留め。今もどこかで輝いていることじゃろうて。
さて、その一方で吾輩の前では……ミーアが手作りの布玉でジャグリングをしようとしておる。道化師がやっていたような簡単な芸じゃが本人は真剣そのものじゃ。
「ふんふん!これで……成功……した?」
布玉がころころと落ちてしまいミーアは悔しそうに唇を尖らせる。だがすぐに「もう一回!」と意気込む。ルナもくたびれた布玉に興味津々といった様子でクンクン匂いを嗅いでおる。まったく呑気な光景じゃ。吾輩は欠伸を噛み殺した。
「見て見て!今度は上手にできたよー!」
「ほほう。初級は卒業じゃな」
3つの玉を、なんとか空中に投げることに成功しているミーア。ルナも飛び跳ねながら応援するように声を上げる。アリシアはそんな様子を楽しそうに見守っている。この店の日常風景というべきものか。吾輩は天井を見上げる。霧の魔女堂は今日も平和そのものじゃ。まあ平和なのは結構だが吾輩としては退屈極まりないがな。
人間どもは忙しげに生きているようで実に虚しい存在じゃ。
「やれやれ、ミーアは本気で練習すれば本当に瞬間移動の魔法を使えるようになるじゃろうにな」
吾輩の問いにアリシアは目を細めた。
「人を喜ばせるのに、難しい魔法は必要ないのよ」
なるほど。この変態エルフ特有の価値観じゃ。喜ばせるという行為自体が彼女の本質的な行動原理なのじゃな。つまり魔法はそのための道具に過ぎないと。この霧の魔女堂が持つ不思議な温かさは彼女自身の温かさなのかもしれん。
吾輩はやれやれと溜息をつきながら尻尾を揺らす。今日は静かな午後だ。時折聞こえる鈴の音と子供の笑い声……吾輩としては少々喧騒すぎるが、悪くはない時間じゃ。




