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下町の魔法屋『霧の魔女堂』  作者: あどん


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回復術師と教導員と恋のお薬(後)

『恋が成熟する薬』を受け取った。しかし、それからは大変だった。グランさんへのお弁当作りという課題が始まった。料理をしたことはあるが男性の好みの味付けなど皆目見当もつかない。まずは簡単なサンドイッチを作ってみることにした。


翌日――


早起きして慣れない手つきでパンを切り具材を挟む。野菜やハムを重ねていく。味見してみるが少し塩気が強いような気がする。再度調整しながら完成に近づけていく。正直自信は全くない。それでもとにかく挑戦してみることにした。お弁当箱に詰めるとお弁当の蓋を閉じる。


そして昼休みになると勇気を振り絞ってグランさんのもとへ向かった。ちょうどギルドを出て行こうとするところだった。おそらくお昼を買いに行こうとしているのだろう。


「グランさん!」

「おお、エクレアか。どうした?」

「あの……よかったらこれ」

「なんだ?」

「お弁当です……ちょっと作りすぎちゃって、よかったら食べてみてください」

「おお!?お弁当か!ありがたい!」


グランさんがぱっと笑顔になる。私はお弁当を差し出す手が震えないよう必死だった。しかし予想外にも彼は非常に喜んでくれたのでほっと胸を撫で下ろす。休憩スペースへと誘導され一緒に昼食をとることになった。すぐに開けて齧り付く。一口食べて顔が綻んだ。


「うまいなこれ!」

「はい……その……失敗しないでうまく作れたかどうか……」

「いやいや、最高だぞ!ありがとうな!」


満面の笑みで食べるグレンさんを見ていると私も嬉しくなる。彼はあっという間に完食してしまった。


「いやー美味かったよ!」

「ほんとですか!明日も持ってきていいですか?」

「もちろん!楽しみにしてるぜ!」


この会話が私の中で新たな活力となっていった。翌日以降も毎日お弁当を作って渡した。時には煮物を入れたり揚げ物を入れたり。失敗することもあったがそれもまた楽しんでいた。そして何より彼の笑顔が見られることが励みとなった。彼もそれを楽しみにしてくれているようでいつしか恒例行事となっていた。彼の口から出てくる感想はいつも率直で飾り気がなく素直なものばかりであった。それが逆に嬉しかった。


しかしある時ふと気づいてしまう。あれからもう一ヶ月くらい経っているまだ「恋が成熟する薬」は小瓶にいっぱい残っている。毎日ちょっとずつ使っていたけれど。


薬を使えば好きになってもらえる……それってズルい気もする。彼の笑顔は本当に私に好意を持って見せてくれている?それとも薬のせい?と。



ーーー



そんなモヤモヤした気持ちを抱えつつ二ヶ月が過ぎた。そんなある日ついに私はアリシアさんのお店を訪れていた。


「実は相談したいことがありまして」

「どうされましたか?」

「その……この『恋が成熟する薬』なんですが……」

「はい?」

「まだ沢山残っています」


アリシアさんは目を細めて微笑んだ。


「ほう。まだ使っていないのですか?」

「いえ、最初は使っていたのですが……なんだか騙しているような気がして」

「騙している?」

「はい。彼の気持ちを薬で操作してるみたいで申し訳なくて、使うのを止めてしまったのです……」

「ふむ……」

「なので、こちらの薬はお返しします。これが目の前にあると、どうしても頼りたい気持ちになってくるのです」

「そうですか……」


アリシアさんは静かに目を閉じた。しばらく沈黙が続く。すると彼女は突然笑い出した。


「ぷっ……あはは!」

「え?」

「いえ、すいません。その薬……実はただの調味料なのです」

「え?どういうことですか?」


私の問いかけに対し彼女は説明を始めた。


「旨味調味料と言われるもので、普通より少し美味しくなります。でもそれ以上でも以下でもありません」


彼女の言葉を聞いて愕然とする。まさかそんなことが……。つまり今まで感じていた後ろめたさは必要なかったということなのだ。


「この薬が、あなたの一歩目を踏み出せる勇気をつけるきっかけになれば思ったのです」

「そうだったんですか……」


アリシアさんは一旦言葉を区切って続ける。


「あなたは気づいていらっしゃいませんか?グランさんがあなたのお弁当を食べた時の反応を」

「え?」

「喜んでいましたでしょう?美味しそうに食べていましたでしょう?」

「はい……すごく喜んでくれていました」

「それが全てですよ」


私は息を呑んだ。言われてみればそうだ。グランさんはいつも楽しそうに食べていた。仮に薬の効果があったとしてもそれは微々たるものではないだろうか。実際毎日お弁当を持って行くようになってから明らかに距離が縮まった気がする。


「エクレアさん。恋を成熟させるものは魔法ではなく日々の努力なのです。あなたが毎日心を込めて作ったお弁当こそがあなたが使える最高の魔法なのです」


私は何も言えずただ茫然とするしかなかった。アリシアさんの言葉が胸に突き刺さる。


「私……これからどうすればいいのでしょうか」

「なにも。そのまま続けたらいいと思います。グランさんは鈍感な方だと思いますが、決して不誠実な方ではありませんよ。自分の為に何かしてくれるそんな人を蔑ろにするような人じゃありません」

「そうですね。わかりました」


私は深々と頭を下げて、席を立とうとすると、


「そちらの薬はどうぞお持ちください。そして美味しい料理を作ってあげてください」


アリシアさんは優しく微笑んだ。私は大きく頷いて店を後にする。外は眩しいほどの日差しが降り注いでいた。



ーーー




チリンチリンと澄んだ音色が響き渡る。来客を告げる合図じゃが……。現れたのは、いつぞや魔音盤を売りに来た盗賊のヴェラじゃった。吾輩はカウンター上の定位置で丸くなりながら耳だけ向ける。


「あらヴェラさん。いらっしゃいませ」


アリシアがにこやかに出迎えた。


「例の情報を持ってきたよ。二人はどうやら上手くいったみたい。結婚も近いだろうともっぱらの噂」

「そう。ありがとう。じゃあこれで最後で良いわ。約束通り……」


そう言うとアリシアは金貨1枚をヴェラに差し出した。


「いいのかい?こんなに貰っちゃって」


ヴェラは金貨を指で弾きながら呟いた。


「とても有益な情報でしたから」

「そういうもんかねぇ?まぁいいや!ありがとう!じゃあまたよろしくね」


そう言い残すとヴェラはさっさと出て行った。ヴェラに頼んでいたのはグランの素行調査。エクレアが来客したあの日、すぐヴェラに依頼していたのじゃ。グランの性格から生活習慣。好きな食べ物。さらには異性関係まで幅広く調べてもらったのである。その結果、グランに特定の相手はおらず、親しいと言える女性はエクレアしかおらん。グランの方もエクレアに気がある様子だったと。つまり傍から見ればもう既に付き合っているように見えておったそうじゃ。何のことはない。少し押してやれば後は勝手に恋が成熟したというわけじゃ。エクレアも大概鈍感だったと見るべきじゃな。朴念仁同士似合いのお似合いということか。


「上手くいったようじゃの」

「ええ」


アリシアは満足げに微笑む。じゃが……吾輩には腑に落ちぬことがある。


「ところでアリシアよ。あの『恋が成熟する薬』というのはいくらで売ったのじゃ?」

「そうねぇ。ちょうど金貨1枚だったかしら」

「まったく……ヴェラに払った報酬と同じでは儲けがないではないか……」


吾輩は呆れた様子で溜息をつく。お人好しにもほどがある。


「まぁまぁ、いいじゃない。あの調味料だってミーアと遊びで作ったものだし、それで二人が幸せになれたのなら十分よ」

「……そんなものかのぅ」


アリシアは満面の笑みを浮かべていた。その表情を見て吾輩も自然と笑みがこぼれる。やれやれ悪魔を堕落させるのは容易いということか。しかしこういうのも悪くはないかもしれん。吾輩はひょいと立ち上がり尻尾を振りながらカウンターの上に駆け上がったのだった。

落語に『里帰り』というお話があります。

興味のある方はぜひ。

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