盗賊とお宝と謎の円盤
薄暗い岩窟の中、私は慎重に宝箱の蓋を押し上げた。湿った埃の匂いとともに零れる鈍い輝き。──期待していた豪華な装飾品ではない。
「ちぇっ、またハズレか……」
二階層の薄暗い通路で独り言ちた。赤錆びた宝箱の中身は古びた短剣と擦り切れた革袋のみ。中身はわずかな銅貨。戦利品としてはしょぼ過ぎる。
「ちぇっ。せめて宝石でも入ってりゃなあ」
だが比較的潜りやすいと言われている第一地下迷宮――通称「古龍の足音」の低階層ではせいぜいこんなもの。財宝と呼べるレベルの物が出るのは第十階層以降だ。だが低階層でも、良いものが出るときは出る。宝箱を開けては当たりを引けないかと期待してしまうのが性というものだ。
ダンジョンと言われる地下迷宮――それは、この世界に点在している。大陸の北部には氷の迷宮があり、南部には砂漠の地下に巨大な迷宮が眠っている。山々の麓にも洞窟の奥深くには古代の地下都市が広がるなど、その姿はさまざまだ。
起源については様々な説がある。最も有力なものは「創世神話」で語られるものだ。世界創造の際に神々が残した痕跡とも言われている。一方で古代文明の遺構や魔王の棲家だったという説もあるし、一部の研究者は「強大な力を持った魔法使いが創り出した」と主張していたりもする。
内部構造は想像以上に複雑だ。階層によって異なる生態系や環境が存在し、最深部へ向かうほど危険度が増す。魔物や罠の種類も多彩で、浅層は単純な構造と弱い魔物が中心だが、深層では高度な罠解除技術が必要になる。
そんなダンジョンに何故、冒険者がこぞって潜るのかと言えば理由は単純明快。一攫千金を目指しているのだ。実際にダンジョン内では古代文明の遺物や宝石といった高価なアイテムが手に入ることがある。貴重な金属で作られた武具や装飾品などは莫大な金額で取引されているのだ。
「冒険者ってやつは、根っからの博打好きかロマンチストしかいないのさ」
奥へ進めば進むほど希少な素材や強力なアイテムが得られる。金銀財宝はもちろん、失われた知識や古代魔法の断片が眠る場合もある。
地下迷宮は「冒険者の墓場」とも呼ばれながら「浪漫の源泉」とも称される混沌の世界なのだ。
ダンジョンには冒険者に応じた適性階層がある。「古龍の足音」の場合、新人冒険者が挑むのは第十階層までの初歩エリア。中級者が挑む第二十階層ではすでに単純な罠とそこそこ強い魔物が待ち受ける。熟練冒険者になるためには第三十階層以降に足を踏み入れる必要があるのだ。
私は地下迷宮専門の盗賊ヴェラ。盗賊と言うと他人の財産を奪う犯罪者と思われるかもしれないが、冒険者においての盗賊とは索敵などの情報収集、罠解除や開錠を専門とする重要な職業である。迷宮内部には古代人が仕掛けた巧妙な罠が数多く存在する。毒針や落とし穴はもちろん、魔法で動く殺戮機構まで多種多様。それらをいち早く発見し無効化するのが盗賊の基本的な役割だ。
盗賊としての才能は十分にあると自負している。視野は広いし感覚も鋭い。罠の検知と解除は他の追随を許さないレベルだ。しかし――強敵と対峙すると足が竦む。血を見ると咄嗟に腰が引ける。
もう中級冒険者を名乗っていいほどの経験を積んでいる。だけど……私はまだ第二十階層には一度も足を踏み入れたことがない。
慎重すぎるのか?臆病すぎるのか?いや―――単純に才能がないだけなのかもしれない……。
だが、そんな冒険者も多いのだ。
所謂ゴミ拾いと呼ばれる冒険者だ。低階層で弱い魔物を相手にしながら、宝箱を狙う。第二十階層に辿り着ければもっと稼げるというのに何故わざわざ効率の悪いゴミ拾いの仕事を選択するのか?それは危険と成果のバランスを考えたら当然の選択だからだろう。
私たちにとって命は一つしかないもの。いくら金貨を稼いでも命を落としては意味がない。ゴミ拾いは派手な名誉や名声はないかもしれないが安全という点においては確実であり堅実なのだ。また盗賊であれば一人でやれるという点も大きい。一人であれば報酬は独り占め。宝箱の中身がゴミ扱いされようが集めれば結構な額になる。人付き合いが苦手な私としてはこういうスタイルが一番あっていたのだ。
「ん……?なんだこれは?」
それは四階層の奥で発見した宝箱だった。赤茶色に錆びついた金属製で鍵穴は三つも付いている。低階層の宝箱にしてはやけに厳重。慎重に罠を確認する。低階層は危険度が低いとはいえ、油断はできない。だが私の手にかかれば。
「……ふぅ」
長い呼吸の後で慎重に鍵穴に細長い針金を差し込む。わずかな抵抗。内部構造を読み取りながら微調整を加える。カチリと響く解除音。最後の鍵穴から針金を引き抜くと同時に蓋が開いた。
「ほう……」
中身は一枚の円形金属板。直径は掌程。表面は驚くほど滑らかで鏡面のように光沢を放っている。これまで数々の宝箱を開けてきたがこのような品物は初めてだ。
「これ……お宝かも……」
私は震える手で金属板を胸に抱きながら急いで地上へのルートを駆け上がるのだった。
ーーー
翌日。ギルドの扉を開けると、汗と鉄臭さが混じった空気が押し寄せた。朝一番の報告ラッシュを終えた今、掲示板周りは閑散としている。中央テーブルでは昨夜の戦果を自慢し合う連中が朝っぱらにもかかわらず酒杯を交わしていた。
「おいヴェラ!どうだった?」
聞き慣れた野太い声が飛んでくる。無精髭の男――確か二十層でパーティー組んでいるという自称ベテランの冒険者だ。軽く手を振って流し、私は直接鑑定窓口へ向かった。
受付にはいつもの眼鏡少女リサが座っていた。薄桃色の髪をきっちり三つ編みにまとめた彼女は書類にペンを走らせていたが、私の姿を見るなり顔を上げる。
「お帰りなさい。何か珍しいものでも掘り当てましたか?」
「まあね」
胸元に仕舞っていた円形金属板を取り出す。リサは興味深そうに眼鏡を押し上げ、それを手に取った。
「ふむ……これは珍しいですね」
「低階層の宝箱で見つけたんだ。どう見たって普通じゃないだろ?」
「たしかに見た目は綺麗ですが……」
リサは裏返したり傾けたりして観察し、資料を何度も確認して首をかしげた。
「金属の種別は……おそらく銅合金の一種かと。表面加工に工夫があるようですが……用途は不明です」
私は胸を膨らませて聞き耳を立てた。不明ということは秘められた価値がある証拠ではないか?しかしリサは無情にも首を振った。
「残念ですが、あまり価値のあるものではないかと思いますよ」
「嘘だろ?この綺麗な円形を見てくれよ。明らかに何か特別なものだ」
彼女は丁寧に埃を払いながら続ける。
「ギルド資料にも該当例がありません。装飾品としての価値も低そうですので……」
「いくらになりそう?」
「銅製品としてならせいぜい銀貨二枚でしょうか」
「二枚?!冗談だろ!」
思わず声を荒げてしまった。周囲の冒険者たちがこちらを一瞥する。リサは冷静に、机上の水晶盤に金属板をかざすと淡い緑色の光が点滅した。反応は僅か。リサが再び首を振り「魔力も帯びてもいません」と告げる。
「低階層の宝箱から出てきたということは単なる工芸品の可能性が高いです」
私は唖然とした。自信満々で持ち込んだ品がまさかの工芸品扱いとは。
「ただ、ギルドの資料に無いですから、希少な物なのは確かです。研究機関に持ち込むか、オークションに出品するかすれば価値が出るかもしれません」
それを聞いて少しだけ希望が湧いたが、すぐに消えた。研究機関は時間がかかりすぎる。1年以上待たせるなんてざらだ。オークションは出品料が高すぎる。それで売れなければ大赤字確定だ。せめて用途がわからなければ……。
しかたがないか。そう思い銀貨二枚で手を打とうとした瞬間――ある考えが頭を過った。
「ちょい待って!」
リサが怪訝な表情を浮かべた。
「どうしました?」
「別の場所に持ち込んでみる。ここじゃ価値は出なくても」
「ふふ。噂の『魔女堂』ですか?」
「ばれたか」
苦笑いしながら円盤を懐に戻す。こういう謎の物は『霧の魔女堂』へ持ち込め。ゴミ拾いの間で密かに囁かれているのだ。
実際、結晶体のような綺麗な形をした石を見つけたことがあった。ギルドで「ただの石ころ」と切り捨てられたが、魔女堂へ行ったら「真の魔石」と言われたことがある。なんでも私たちが魔道具などで使っている魔石とは違い、魔法使いが魔法を使うための魔石なんだとか。正直説明されてもよくわからなかったが、金貨三枚で買ってくれたことがあるのだ。
「もし高く売れたら教えてくださいね」
「任せろ」
私は軽く手を挙げて窓口を離れた。ギルドの騒々しいホールを抜けながら、掌の中の円盤がわずかに温かいような錯覚を覚えた。きっと期待で緊張しているだけだろう。だが、もしこれが本当に何か特別な品だったら……?
心臓が早鐘を打つ。今日こそ運が向いてくるかも。そう願いながら私は一路「霧の魔女堂」へと足を向けた。
ーーー
薄暗い路地に抜けると、そこにあるのは一軒家。とても店のようには見えないが古びた看板に猫と思われる動物が描かれている。いつも不思議な気配が漂うこの場所。下町と言われるこの辺りの住民から古くから慕われるお店『霧の魔女堂』だ。
扉を押し開けると鈴の音が涼やかに鳴った。店内は仄暗く、棚には何も置いていない。むしろカウンターの奥の棚にある本の方が多く並んでいる。カウンターの上では大きな黒猫アルカポウネが寝てた。
「すいませーん!」
声をかけると間もなく足音と共に現れたのは――アリシア。長い金髪が緩やかに波打ち、翡翠色の瞳はいつ見ても吸い込まれそうな美しさだ。今日はシンプルなローブを纏い、さらに上品な印象を受けた。
「えっと……ヴェラさんでしたっけ。久しぶりですね」
「たまにしかこないのによく名前覚えてるね」
「来る方ですよ。ヴェラさんは」
そう言いながら彼女は優雅に微笑む。アルカポウネはチラっとこちらを一瞥しただけで欠伸をして再び丸くなる。相変わらず気ままな奴だ。
「鑑定して欲しいものがあるんだけど」
私は円形金属板をカウンターに乗せた。アリシアが受け取るとすぐにその瞳が輝く。
「へー、珍しい。どこで見つけたんですか?」
「ダンジョンの宝箱さ」
「こんなものがダンジョンから出てくるなんてねぇー」
彼女は指先で金属板を撫で、裏表を丁寧に確認する。
「いくらで買ってもらえる?」
「うーん……金貨1枚なら出していいかしら」
「金貨1枚……」
私はちょっと拍子抜けした。ギルドで銀貨2枚と言われてたものだから大幅アップだ。だが期待したほどではない。
「ギルドで二束三文で買われるよりは遥かにマシでしょ?」
「そうなんだけどね」
アリシアは余裕の笑みを浮かべる。彼女らしい言い回しだ。彼女は商売の駆け引きをしないタイプだ。この値段でと言われたら大体そうなのだが……。
「わかった。それで売るよ。だけどそれがなんなのか知りたい」
アリシアはニヤリと笑うと店の奥から小さな人影を招き入れた。5歳くらいだろうか。亜麻色の髪をお下げにしている可愛らしい子だ。しかも腕には銀色の子狐を抱えている。子狐がこっちを見上げてクゥンと鳴いた。
「お姉ちゃんこんにちは。ミーアです!」
「よろしくな」
ミーアは人懐っこく笑いかけた。アリシアの手のひらより少し大きい銀盤を渡すと首を傾げる。
「これなぁに?」
「この円盤に魔力を込めてみて」
「はーい」
ミーアは小首を傾げながらも頷き、円盤に小さな両手をかざした。ほんの一瞬、淡い光が瞬く。次の瞬間――
店中に軽快なメロディが流れ始めた。木管楽器のような澄んだ旋律が天井に反響する。拍子を刻む小太鼓の音。ミーアがさらに魔力を送ると曲調が変わり、弦楽器の重厚な音色が加わった。まるで生演奏を聴いているようだ。
「えぇ!?なんだこれ!?」
私も驚いて声を上げた。ミーア自身も目を丸くている。
「これがこの円盤の正体よ」
アリシアが愉快そうに笑う。
「魔音盤っていうの。魔力を込めると音楽が流れる魔道具よ」
「魔音盤?」
私は耳慣れない名称に戸惑った。だが何をするものなのかは何となく理解できた。自動で音楽が鳴る魔道具といったところか。
「すごいじゃない!ねえ!これもっと高くならないの!?」
「残念だけど買取価格は変わらないわ」
「なんでだよ!こんなすごいものなのに!」
アリシアは苦笑いしながら説明した。
「これはたしかに魔力を込めれば誰でも使えるけど、今の時代、魔法を使える人いる?」
「えっと……回復術師とか、魔具技師とか……」
「回復術師は魔力の質が違うの。魔具技師も、おそらく無理ね。これを動かすほどの魔力は出せないから」
「この子は使えるのに?」
「この子は魔法使い見習いだから」
「魔法使い見習いのミーアです!」と元気に挨拶してくれるが……この子が動かせるなら動かせそうなものだが、そうではないのだろう。つまりは……。
「私が音楽を聴きたいとき使うくらいね」
どんな貴重な品であっても需要がなければ高い値段はつかない。それが商売の道理だ。納得はしたが釈然としない気持ちでいっぱいだった。
「ちぇ……期待はずれか」
私は溜息をつきながら金貨一枚を受け取った。ギルドよりは遥かにいいが、予想以上の儲けは得られず、少しがっかりだ。
「でも面白いものをありがとう。次はもっと珍しいもの期待してるわ」
「またなんか見つけたら持ってくるよ」
一獲千金とまではいかなかったが、やはりダンジョンには夢がある。私は新発見に心躍らせながら再びダンジョンへ向かう決意を新たにしていた。
ーーー
♪ミーアはあるくのどこまでもー川こえ山こえ谷こえてー 黄金の実をたくさんあつめてたのしいな~
ミーアが魔音盤から流れる曲に合わせて歌っている。まったくやかましい。吾輩は尻尾をピンと立てて抗議する。
「うるさいぞミーア。少しは休まんか」
「だって楽しいんだもーん♪」
音楽に合わせて言葉を紡ぎ笑うミーア。ルナは楽しそうに一緒に踊っている。
やれやれ、昔はこんな物その辺の雑貨屋に行けば売っていたのだがな。今やダンジョンからの出土品でしかお目にかかれない希少品。ただし、魔法使いにしか使えないからゴミ扱いとはな。まぁたしかに音楽を楽しむなら歌劇場にでも行けばいいだけの話だからな。
魔力を使わずとも楽しめる。わざわざこんな使えもしない魔音盤を買う人はいないだろう。
吾輩はゆっくりと体を丸めて背伸びをする。尻尾の先がわずかに揺れる。まったくやかましい限りだ。しかしこの音楽が妙に心地よいことも否定できぬ。子狐のルナが跳ねるように踊るのも微笑ましい。
アリシアが気づいて「アルもけっこう気に入ってるでしょ?」と囁く。吾輩は耳をぴくりと動かし、
「……勝手に決めつけるな。たまたまじゃ。偶然揺れただけじゃ」
そっぽを向きながらも尻尾の動きを止められぬ自分が恨めしい。ミーアは楽しそうに魔音盤を弄り続けていた。どうやらこの遊びはしばらく続きそうじゃ。
吾輩は一つ大きな欠伸をして目を閉じた。やれやれ、騒がしい昼下がりになりそうじゃわい。




