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下町の魔法屋『霧の魔女堂』  作者: あどん


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教導員と畏敬と護防の腕輪(後)

魔法のミサンガを試す。その機会は数日後にやってきた。F級冒険者。ようやくクラスを貰えた冒険者たちだ。こいつらが一番危ない。ようやく冒険者として認められただけだというのに、すでに一端の冒険者気取なのだ。実際は最低レベル。雑魚の魔物相手ですら苦戦する。ダンジョンに潜るなど以ての外だ。それでも挑戦しようとするやつが必ず出てくる。だからここでしっかりと躾けないといけない。

案の定、せっかくの訓練だというのに、奥でおしゃべりをしたり、あからさまに手を抜いてるのが丸わかりだ。馬鹿にしてやがる。


「お前ら、訓練で出来ないことは、実戦でも出来んぞ」

「この程度の訓練ならやらなくても大丈夫ですぜ!」

「ふん!!引退したおっさんの訓練なんざ不要だ!」


馬鹿にした態度の若い冒険者。こういう馬鹿な連中を躾けるのが俺の仕事だ。お前らは将来有望な新人なんだ。こんなところで失敗して欲しくない。


「なら手加減はいらんな!」


訓練用の武器を持ってくると奴らの態度が豹変する。逃げ腰になった奴らに遠慮はしない。引退したおっさんには負けないんだろ?だったら実力を見せてみろよ。


「おっさんなんて怖くねぇよ!!」


その一言が引き金となった。4人の冒険者がそれぞれ武器を抜いて襲いかかってくる。剣が二人。弓が一人。ナイフが一人。それぞれの得物を手にこちらへ向かってくる。だが――


「遅い!!」


一人目の剣士は真正面から斬りかかってくるだけだった。あまりにも単調な動きなので容易に見切れる。体を半歩ずらすだけで避けられる攻撃だ。


「は?」


驚愕に目を見開く青年。まさか自分の全力攻撃があっさり避けられるとは思っていなかったようだな。そのまま腹部へ拳を叩き込むと嗚咽を漏らしながら転がっていった。


「くそっ!この!」


別の剣士が怒号と共に横薙ぎを繰り出してくる。先程の失態を見て警戒したのかやや低い位置からの攻撃だ。しかしそれでも隙だらけの姿勢になっている。本来なら急所ががら空きとなる形なので注意すべき箇所なのだが若さゆえの驕りだろう。あるいは経験不足ゆえの慢心というべきか……いずれにせよ致命的な弱点であることに変わりはない。


「ふん!」


僅かに腰を落として刀身の根元部分を下から打ち上げるようにして捌く。金属同士が激しくぶつかり合い火花が散った次の瞬間には敵の武器は上空へと跳ね飛ばされていた。がら空きになった胴体へ今度は強烈な回し蹴りを叩き込む。鈍い衝撃と共に悲鳴を上げて吹き飛んでいく姿を見送る暇もなく次の敵へ意識を向けた。


「おらぁ!!」


飛び出したのはナイフ使い。小柄な体躯を活かして地面すれすれの低空を疾走してくる。姿勢が低すぎて視認しにくい上に足音すらほとんど聞こえない。実力不足ゆえに技術で補おうという心意気は悪くないが……


「ぬるい!!」


迫り来る刃を紙一重で回避しつつその勢いを利用する形で掌底を叩き込むと悲鳴と共に地面に転がる姿が見えた。そして同時に背後から風切り音を感じ取る――矢だ!振り返れば遠く離れた場所から狙い澄ましたかのように放たれた一撃だった。くっ!躱わしきれん!当たるか!?その時だった。


「……?」


違和感に気づく。矢じりが肩に刺さっているはずなのに痛みが全くない。いやそれどころか衝撃すら微々たるものでしかなかったのだ。予想外の展開に思わず立ち尽くす俺の前で矢がカランカランと音を立てて地面に転がり落ちた。


「なっ……」


唖然とした表情を浮かべている射手の少年。彼にとっても信じられない光景なのだろう。全力で射掛けたはずの矢が完全に無力化されているのだから当然と言えば当然だ。しかもこちらは何事もなかったかのように立っているわけだし……。


「馬鹿な……」


彼の呟きが全てを物語っていた。そしてそれを合図にするかのように残り三人も呆然とした様子でこちらを見るばかりだった。先程までの威勢はどこへ行ったのやらまるで別人のように萎縮してしまっているようだ。


「さて……」


静寂を破るかのような低い声色と共にゆっくりと歩み寄る。すると自然と彼らの顔が強張っていくのが見て取れた。恐怖に満ちた視線が四方八方から突き刺さってきて非常に居心地が悪い気分になる。こんな反応をされるのは随分と久しぶりのことだったためか少しばかり緊張してしまいそうになるほどだ。


「どうした?そんなに震えて」


声をかけると彼らはさらに身体を震わせ始めた。まるで肉食獣に睨まれた獲物のような有様になっている。しかしそれでも逃げ出そうとしない辺りやはり彼らにもプライドというものはあるらしいが。


「すっすいませんでした!!」

「本当に反省してます!!」

「もうしません!!」

「一生懸命やります!!」


口々に謝罪の言葉を述べてくる彼らの姿を見ているうちに段々と可哀想になってきてつい苦笑してしまうほどだった。まったく情けないったらありゃしない。


「もういい。今日はここまでだ」


すると彼らの表情が一気に明るくなったように見えた。露骨に安堵した表情を見せながら立ち去ろうとする彼らに向かって問いかける。


「おい」

「はい?」

「次からはちゃんとやれよ」

「……はい」


その言葉に対して曖昧な返事をしながらも素直に頷く彼らを見送りつつ俺は小さく息を吐き出した。これでまたしばらくは問題なく過ごせるはずだと思いたいところではあるが果たしてどうなることやら……。

何にせよ今回ばかりは『霧の魔女堂』で買ったミサンガのおかげで助かったと言わざるを得ないだろう。あの防御魔法がなかったら、また救護室にお世話になるところだった。


「しかし不思議なもんだ」


俺は改めて左手首に付けられた青紫のミサンガを見つめる。一見すると単なるアクセサリーにしか見えないそれが本当に防御魔法などという不可思議な能力を秘めているとは俄かには信じ難い話であった。しかしあの時の感覚は確かだった。痛みを感じず衝撃すらほとんど感じなかったことは紛れもない事実なのだ。まぁ今は細かいことを考えるよりもまずは今日一日を乗り越えたことに感謝しておくことにしようと考えを切り替えることにした。



ーーー



やはりミサンガの力は本当であった。それ以来も何度となく似たようなことがあった。その度にミサンガのおかげで助かっている。もちろん油断は禁物ではあるがおかげで今まで以上に大胆に動けるようになった。そのせいかこの頃は以前よりずっと体が軽いように感じられるほどだ。勿論それでも若い頃に比べればかなり劣ってしまうのだろうがそれでもなお確実に違いが生じているように思えるだけでも十分すぎるほどだった。


「あら?グレンさん。これから訓練ですか?」


そう声をかけてきたのは回復術師のエクレアだ。


「最近、救護室に来られないようなので心配していたんですよ」


救護室に行かなくなったのは、怪我をしなくなったからだ。怪我をしなくなったことを心配されるとは複雑な心境ではある。


「ふん。年寄り扱いするな」


冗談めかして言ったつもりなのだが、どうやらそう捉えられなかったようだ。彼女は困ったような笑みを浮かべながら肩を竦めて見せた。


「違いますよ。元気そうでよかったと言いたかっただけです」


彼女の言葉に思わず胸が熱くなる。こうして心配してくれている人がいると思うと何だか嬉しくなってしまった。


「色々あってな。そうだ。ちょっと飲みにでもいかないか?」


そう言うとちょっと驚いたように目を丸くする彼女だったがすぐに嬉しそうな表情を浮かべてくれる。


「え?珍しいですね。いいんですか?」


興奮気味の口調で尋ねてくる姿が妙に可愛らしく映った。普段は大人びた印象を受けることが多いだけに尚更かもしれない。


「もちろんだ。奢るぞ」


そう答えると彼女はぱっと花が咲いたような笑顔を見せてくれた。屈託のないその笑顔につい見惚れてしまいそうになる自分がいることに気づいて内心苦笑するしかなかったものの悪い気はしなかった。

話してやろう。


このミサンガのこと、そして『霧の魔女堂』のことを。



ーーー



カランカラン…… 


あの筋肉ダルマが去った後も店内はしばし沈黙を保っていた。客がいなくなると一気に弛緩する空気。いや、客がいても大した変わらんか。吾輩は大きく欠伸をし、カウンターの上に戻ると大きく伸びをする。あのオヤジ、帰る時に妙に晴れやかな顔をしておったな。アリシアの売りつけたミサンガとやらに相当な期待を抱いておるようじゃが。


「ふむ……」


アリシアがカップを拭きながら呟く。翡翠色の瞳は相変わらず穏やかだ。


「あのおっさん、本気であのミサンガだけで万事解決すると思っておるのか?」

「ん?効果はあるはずよ。訓練程度の攻撃なら問題なく発動するだろうし」

「そこは心配しとらんよ。防御魔法は発動するじゃろ。じゃが奴が解決したかったのは『教導員として馬鹿にされている』という問題じゃろ?」

「うふふ。そうね。でも言ったでしょう。それは時間が解決してくれる問題だって」

「時間?時間が経てば経つほど奴は老いるぞ。ますます甘く見られるじゃろ」

「そうかもしれないわね。でもねアル」


アリシアは拭き終えたカップをテーブルに置くと、吾輩の方に向き直る。


「新人冒険者から見れば、グランさんもまた新米教導員なのよ」

「だが、グランは名のある冒険者として活躍してたのじゃろ?」

「でも新人の冒険者はそんなことを知らない。だからこそ今は舐められているけれども……そのうちに彼が指導した新人たちが活躍すれば変わるわよ。『俺たちはあのグランさんに教わった』そんな話が広まれば皆グランさんを敬うわ」


新米から熟練教導員になると言うわけじゃな。しかし……。


「そうは言っても十年はかかるじゃろう。それを待てるかの?」

「彼が教導員として優秀ならそこまでかからないじゃない?だから今はあのミサンガで充分。ミサンガが切れたらまた売れるだろうし」


つまりは奴次第ということじゃな。まあ熱心に取り組んでおるようだし、そのうち結果が出るじゃろうて。

吾輩は鼻を鳴らし、カウンターの定位置で再び丸くなろうとしたところで、ミーアがぴょこんと立ち上がった。その小さな手には昨日から作り続けていたカラフルな糸束。


「アイリスお姉ちゃん!わたしも作れた!」

「おぉ〜すごいじゃない。見せてちょうだい」


アリシアが受け取ったのは青とピンクと黄色が絡み合った華やかなミサンガ。下手くそながらも丁寧に編まれておる。どうやら吾輩の分もあるらしい。毛玉が三つ並んでおる。お世辞にも美しいとは言えんが、それなりに趣深い。


「うん。いいわね。ちゃんと魔法も込められているわ」

「ほんとうに?やったぁ!!」


ミーアは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。銀色の子狐ルナがその周りを同じテンポで回っておる。実に和やかな光景じゃ。


「ルナにもあげる!」

「キュウン!」


ミーアは、ミサンガをルナの首へと巻き付ける。ルナは喜びを表現するために激しく尻尾を振り回した。


「はい!クロちゃんにも!」

「ぬっ吾輩には不要なものじゃぞ」


怪我をするほどの間抜けではないぞ。だがミーアは引かず、両手を伸ばして吾輩の首に糸を結ぼうとする。仕方なく伏せると小さな指が首を撫でるように触れた。くすぐったいが妙に温かい感触。出来上がったのは――毛玉に絡まった不恰好な飾りじゃった。


「うふふ。かわいい!」


嬉しそうに笑うミーアの顔。吾輩は顔を逸らした。


「アル。尻尾が揺れてるわよ」

「ぬっ!?……疲れたからのう。痙攣しただけじゃ」

「ぷぷ。そうなのね。ありがとうミーア。アルも大切にしてくれるわ」

「わーい!」

「ふん!」


尻尾をバタつかせると、アリシアはさらに愉快そうに笑った。まったく……吾輩をからかうな。


「さて次のお客さんはどんな方が来るかしらね」


アリシアが新しい茶葉を蒸らしながら呟く。窓の外では夕暮れ前の陽射しが王都を橙色に染めておる。誰かが悩みを抱え、その解決を求めてこの扉を開けるのを待つ。それが魔法使いの日常。そして吾輩はそれを皮肉混じりに見守るだけじゃ。今日も明日も変わらない。まあ、この毛玉のおかげで少しばかり退屈せずに済むかもしれんがな。

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