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下町の魔法屋『霧の魔女堂』  作者: あどん


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16/20

教導員と畏敬と護防の腕輪(前)

俺の名はグラン。かつては名の知れた冒険者だった男だ。C級冒険者と言えばその強さがわかるだろう。しかし、膝を痛めてしまった。回復魔法でも効果がなく、年齢もあって数年前に第一線を退いた。今は王都ギルドで若手の育成役を務めている。毎日のように冒険者ギルドを訪れ、若い奴らに訓練を施す日々だ。


だが近頃困ったことがある。なかなか言うことを聞かんのだ。いや生意気な奴は昔から多かった。それでも鉄槌のグランの名を出せば大人しく従ったもんだ。しかし最近は違う。「お前の時代は古いんだよ」とか「おっさんの忠告なんざ信じられねぇ」とか言いたい放題だ。


こうなれば実力でわからせるしかない。


俺は武器置き場から模擬戦用の剣を取り出した。久しぶりに握る剣が重く感じる。


「新米共かかってこい!!」


その一声に集まってきたのは四人ほどの若者たちだった。皆二十代前半といったところか。一人は弓を担ぎ、一人はショートソード、残りの二人はナイフを持っている。


「ははっ、マジかよあのおっさん」

「俺一人で十分だぜ!」


最初に斬りかかってきたのはショートソードを構えた赤毛の若者だった。構えは悪くないが動きが直線的すぎる。横薙ぎの一閃を半歩下がって避けると同時に、逆袈裟に剣を振り上げた。


「ぐっ……!」


脇腹に命中したが浅い。咄嗟に身を捩ったようだ。反射神経は悪くないな。


「おいおいビビってんのか?」

「うるせぇ!まだこれからだ!」


赤毛が距離を取る隙に別のナイフ使いが死角から襲いかかる。左側からの鋭い突き。しかし俺は見切っていた。右腕で受け止めようとすると――


「っつ!?」


刃こそ当たらなかったものの鋭い手刀が肘の裏を直撃した。バランスを崩しそうになるのを堪える。思ったより腕が鈍っているのか……いや相手の動きが早いのだ。


そこへさらにもうナイフ使いが迫る。今度は右側から低い位置での切り上げだ。こちらに対処しようと重心をずらした瞬間、


「もらったぜ!!」


背後から弓矢が飛んでくる。辛うじて首を捻って避けたが耳元を掠めた羽音がやけに大きく感じられた。


「まだまだ甘いな」


そう強がったものの、今のも危なかった。相手は新米とはいえ四対一の不利な状況だ。持久戦になると厄介。短期決戦に持ち込むしかない。


「ふん!」


地面を蹴り一気に赤毛へ詰め寄る。焦った顔で突き出された剣を左手で掴むとそのまま引き寄せ――がら空きになった胴体へ渾身の回し蹴りを叩き込んだ!


「うぐっ!」


悲鳴と共に転がっていく赤毛。だがその間に二人のナイフ使いが左右から挟撃してくる。今度は避けきれず刃先が二の腕を擦った。血が滲むのを感じる。


「くっ……!」


体勢を立て直す暇もなく正面からショートソードの一撃が迫る。これを防いだものの衝撃で後方に弾き飛ばされた。着地際に更にナイフの投擲まで浴びせられる。


「老いぼれのくせに結構やるじゃん」

「だがもう限界だろ?」


彼らの言葉通りだった。すでに息は上がり全身が重い。だが――


「お前らもな!」


最後の力を振り絞り、地面を踏み砕く勢いで前に出る。虚を突かれた若者たちが慌てて迎撃しようとするが……遅い!


まずは投げナイフを振り払うように剣を一閃。金属音と共にナイフが跳ね返される。その動きを利用して体を捻り――右手のショートソード使いへ渾身の蹴りを見舞った!


「ぐあっ!」


吹き飛ぶ少年。残るは弓使いとナイフ使い。


「怯むな!」


ナイフ使いが再度切りかかるがその動きは鈍い。さっきの交錯で既に疲労が溜まっているのだ。対する俺も同じだ。だが経験値では圧倒的に上――


「そこだ!!」


相手の重心移動を読み切り最小限の動きで回避する。そのまま腹部へ拳を打ち込むと呻き声と共に崩れ落ちた。残りは弓使いだけだ。しかし彼は既に戦意を喪失している。弓を離し両手を上げて降参した。悪くない判断だ。前衛のいない後衛など嬲られるだけだからな。


息を整えながら周囲を見渡す。赤毛もショートソード使いも起き上がれないようだ。ナイフ使いは半身を起こしてこちらを見ている。


「ふう……今日はここまでだ」


肩で息をしながら告げる。膝の痛みも蘇ってきた。見ると若い奴らは悔しそうに歯噛みしている。


「……くそっ、参りました」


実力を示せば、多少は素直になる。


彼らだってわかっているのだ。冒険者は死と隣り合わせだ。経験は命綱なのだと。訓練は必要なのだと。だが冒険者になろうなんて奴は、頭が良くない。はっきり言えばバカだ。脳みそより筋肉が優先されるような奴らばっかりだ。だから実力を示すのは手っ取り早い方法なのだ。獣は自分より強いやつに従う。自分もそうだったからな。


俺は若手に隠れてギルドの救護室に駆け込んだ。部屋には回復術師のエクレアがいた。昔からの馴染みだ。彼女も引退組の一人で、今は冒険者ギルドに非常勤で雇われている。


「あらグラン、また派手にやったわね」

「若者に舐められちまうからな」


エクレアは苦笑いしながら俺の傷の手当てをしてくれた。回復魔法が全身を包み込む。傷口が塞がっていく感触はいつ味わっても心地よいものだ。


「ありがとう」

「あなたもいい歳なんだから少し落ち着いたら?」

「ん?俺は落ち着いてるだろ。むしろ俺くらい落ち着いている奴がいるか?」

「そういう意味じゃなくて……」

「ふん。昔のようにダンジョン攻略してるわけじゃないんだ。心配ない」

「そうじゃなくて……いえ、なんでもないわ」


何か言いたげなエクレアの表情は気になるが、深く考えるのは止めた。とにかく今は若い連中をなんとかしないとな……。


若手の前で無様に負けるわけにはいかない。だが最近は実感していた。年齢には勝てないということを。膝の古傷が疼き始めていたし、息もすぐに切れるようになってきた。あの程度の人数を相手にするだけでも精一杯なのだ。


「いつまでこの方法が通用するか……」


帰り道、独りごちる。新しい若造が入るたびにこのやり方を続けるわけにもいかない。しかし今まで力で押さえつけてきた俺には他の方法が思いつかないのだ。



ーーー



王都ギルドの近くにある老舗の酒場。店内には脂っこい料理の匂いと埃っぽい木材の香りが混ざり合っていた。まだ夕方といえる時間帯ということもあり客は疎らで、隅の方では吟遊詩人らしき男が弦楽器を爪弾いている。


「おいマスター、いつもの」


カウンター席に座りながら注文すると、中年の亭主が無言で頷く。すぐに一杯目の酒が出された。透明な液体を一気に流し込むと、灼けるような感覚が喉を通り抜ける。


「はあ……」


溜息とともにテーブルにグラスを置く。


「あれ?グランさんじゃないですか!」


入口付近から明るい声が響いた。振り向くと二十代半ばくらいの男が笑顔で近づいてくる。


「ん?テオか?なんて格好してやがるんだ?」


奴も冒険者だったはずだ。しかし今は軽装の上に装飾過多な革帯。腰には奇妙な楽器を吊っている。


「俺の魂が歌えと叫んだんですよ!!」

「あん?なに言ってるんだお前は」


どうやら今は吟遊詩人として夜な夜な酒場を渡り歩いてるらしい。変わり果てた姿に呆れつつも酒を勧める。


「それにしてもどうしたんですか?しけた面して」

「しけた面で悪かったな」


こんな奴にも、俺が悩んでいることがわかるとはな。いや、昔から意外と鋭い奴だったな。ふむ、ちょうどいい。こいつも引退組ということだ。俺の愚痴を聞いてもらおうか。



ーーー



「へーそいつは困りましたね」

「ああ、困ったものだ」


ひとしきり話した後、テオは神妙な顔で考え込んでいた。こいつに何ができるという訳でもないだろうに。意外と真剣に考えてくれている。


「困った。困った。困った時の!」

「なんだ?」

「困った時は『霧の魔女堂』ですよ!」

「ふん?なんじゃそりゃ?」


こいつが訳の分からないことを言い出した。霧の魔女堂とはいったいなんなのだ?


「知りませんか?本物の魔法使いやってる店です。下町じゃあ困りごとは『霧の魔女堂』って相場が決まってるんですよ」

「本物の魔法使いだと?そんな御伽噺みたいな話があるか」


話を聞くと、色んな相談事を魔法で解決してくれるらしいらしい。胡散臭い話だがテオが「騙されたと思って一度行ってみてくださいよ」としつこく勧めてくるので仕方なく行ってみることにしたのだった。



ーーー



翌日の昼下がり。教えられた住所に向かうと、王都の片隅にひっそりと佇む一軒家があった。そういう店だと教えられてなければわからなかったかもしれないな。小さな看板しかなく普通の民家にしか見えない。しかし建物自体は普通だが周囲の空気が妙に落ち着いている。まるで時間がゆっくり流れているかのように感じた。


「ここか……」


カランカラン。扉を押し開けると鈴の音が鳴った。店内は薄暗く香木の甘い香りが漂っている。カウンターには大きな黒猫が寝ている他は、何も置いておらず少し拍子抜けしてしまう。魔法使いの店といったら怪しげな道具やら薬やらが溢れているものだと思っていたがな。


「いらっしゃいませ~」


可愛い声と共に亜麻色の髪をした少女が顔を覗かせた。五歳くらいだろうか?大きな瞳がくりっとしていて愛らしい。その隣には小さな銀色の子狐が尻尾を振っている。


「おじさん誰?」

「お、おじさん……」


ま、まあ仕方がない。もうおじさんと呼ばれてもおかしくはない年齢なのだ。だが、ちょっとショックだ。


「んんっ、ここでは相談事に乗ってくれると聞いたんだが?」

「お客さん!どうぞ奥へ!!」

「お、おう」


少女に引っ張られて店の奥へ進む。カウンターに座ると、そこで寝ていた黒猫がこちらをチラリと見る。しかし欠伸を一つすると興味を失ったようにまた寝てしまった。猫とは気まぐれなものだな。


「アリシアお姉ちゃん!お客さん!お客さん!」

「はいはい、いらっしゃい。ようこそ霧の魔女堂へ」


そういって奥から出てきたのは―――美しい女性。いや、まだ少女と言ってもいい年齢に見える。しかし、それでいて醸し出す雰囲気はかなり成熟している。緩やかに波打つ金髪に翡翠色の瞳。柔らかな笑みを浮かべていてどこか神秘的だ。


「私は店主のアリシア。今日はどんなご用件で?」

「むう……それなんだがな……」


思わず言い淀んでしまう。ここまで来たら話すしかないだろうが。それにしてもこんな若い娘が店主だとは思わなかった。まあ、世の中年齢だけで判断できるものではないがな。


アリシアは、そんな俺の前に小さな銀の砂時計を置いた。いつの間に出したんだろうか。中の砂が不思議な虹色に輝き落ちていく。


「ここは魔法屋。見えないものが見えたり。失われたものが見つかったり。普通では解決できない問題が解決します」


そう言われるとまるで占い師のような台詞だなと思ったが、どうにもその表情は真剣だ。


「それで、貴方は何をお求めでしょうか?」



ーーー



「恋愛相談じゃなかったんですね」

「何故そうなる……」

「いえ、良縁があるように見えましたので」


まったく何を言ってるんだか、俺みたいな筋肉ダルマと付き合いたい女子なんておらんわい。


「要するに新人教育に悩んでいると言うことですか」

「まあそうだな」


今までの経緯を語り終えるとアリシアはうんうんと頷いていた。傍らでは黒猫が尻尾をゆらゆらさせている。


「でも、話を聞く限り、それは時間が解決してくれると思いますよ」


ん?どういうことだ?歳をとればとるほど体力も力も落ちていく。いつまでも現役のように振る舞えないのは分かりきったことだろう。なのに時間を解決するとは。


「よくわからんが……俺には実力を見せつける以外に彼らを抑える方法が思いつかない」

「ふむ……」

「何か方法はないのか?」


藁にも縋る思いで尋ねるとアリシアは顎に指を当てて考え込んだ。大きな黒猫が欠伸を漏らしながらカウンターから飛び降りるとどこかに行ってしまった。


「そうですね。じゃあこんなのはどうですか?」


取り出したのは、鮮やかな青紫色の糸で編まれた紐か?


「なんだこれは?」

「ミサンガはご存じですか?」

「いや知らん」

「東方の国から伝わった装飾品です。願いを込めて着けていると叶うと言われています」


ん?だからどうしたというのか?まさか新米が言うことを聞くように願いを込めて着けろとでもいうのだろうか。俺が困惑しているとアリシアは楽しそうに笑う。


「話を聞くとグランさんは、まだ新人相手に後れを取るような実力ではないようですが」

「当たり前だ!」


いくら衰えがきたとはいえ、まだまだ少なくとも新米相手に遅れを取るようなことはない。


「であれば、これです。このミサンガは【痛くならない魔法】が込められています」

「痛くならない?」

「まあ、簡単にいえば防御魔法ですね。攻撃を受けても一切痛みを感じなくなります」


ほう……それは便利だな。確かに攻撃を受けても平然としていれば、若い奴らは恐れ慄くかもしれん。


「防御を気にせず戦えるのであれば、今まで以上に自由に戦えますよ」


アリシアはにっこりと微笑む。それはそうだな。こっそりズルをしているようで若干気が引けるが、こんなことで若い奴らが言うことを聞いてくれるのであれば安いものだ。


「ところでそれはいくらするんだ?」

「金貨三枚ですね」


む、結構するな。ただ効果を考えると安いとは思うのだが。どうしたものか……。


「最初の一本は金貨一枚で良いですよ」

「おお、それはありがたいが……最初の一本ということは?」

「ミサンガですから切れたら終わりですね」


むっ……そう考えると途端に高く感じてしまう。


「そのミサンガは、質のいいモルフォスパイダーの糸を丁寧に編んであります。丈夫な糸で魔力の定着率が高くて魔法も長続きしますので1年くらいは持つと思いますよ。訓練で使われるんですよね?」

「まあそうなるな」

「では大丈夫でしょう。強力な攻撃を受けてしまうと持ちませんが」


なるほどな。普段の訓練であれば特に問題はないのだろう。そもそも新米冒険者どもの攻撃など大した威力もないのだ。ならば確かに一年近くは持つかもしれないな。


「実戦で使うのであればおすすめはしませんよ。許容範囲を超えた攻撃を受けてしまうと、そのまま身体に影響が出てしまいますので」

「なるほど……」


実戦だと切れた時のリスクが高いな。だが訓練で使う分には問題ないか……。


「よし、買おう」


そう決めるとアリシアは嬉しそうにミサンガを渡してきた。それにしても魔法が込められているなどと言われるとなんだか不思議な気分になる。ただの紐に過ぎないはずなのに何故か温もりを感じる。


「また何かあれば相談しに来てください」


そんな言葉と共に礼を言い店を後にした。帰り道では手首に巻いたミサンガを眺めていた。見た目はただの紐だな。カラフルで可愛らしいデザインだがその程度だ。これが本当に痛みを消してくれるとはとても思えない。まあ実際に使ってみればわかるか。期待はしていないが試す価値はあるだろう。

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