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下町の魔法屋『霧の魔女堂』  作者: あどん


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ミーアと幻獣と黄金の実(後)

『黄金の実』でいっぱいになった袋を鞄に入れて立ち上がります。思ったよりたくさん採れてしまってちょっと重たい。うーん……少し戻そう……。よいしょ。これなら大丈夫そう。


「さあ帰らなきゃ!」


そう思ったけど……あれ?ここどこ?見上げると背の高い木々が空を覆っていて、来た道がわからない。困っちゃった。


「キュン!」


銀色のキツネちゃんが隣に寄り添い、細い体をこすりつけて励ましてくれています。ミーアが不安になると必ずそばにいてくれるのだ。


「ありがとう!大丈夫!君がついてるもんね!」


小さな体を抱き上げて顔を合わせると、キツネちゃんは満足そうに目を細めました。


「帰り方はわかる?」

「キュッ!」


返事と共にキツネちゃんはひょいと腕から飛び降りると、森の奥へと向かって走り出しました。ぴょんぴょん跳ねながら進む後ろ姿はとても愛らしい。その後を追いかけます。


太い根っこを跨ぎ、苔むした岩をよじ登り、陽の射す空間を抜け—気づけば見覚えのある森の入り口近くに出ることができました。高くそびえる大樹と曲がりくねった川の流れ。何度か遊びに来た時に見た風景です!


「わぁ!すごーい!帰ってこれた!」


嬉しくて飛び跳ねると、キツネちゃんも一緒に跳ねてくれます。


(やれやれ、ここまで来たなら大丈夫そうじゃな)

(そうね。先に帰ってましょう)


「ここまでくれば大丈夫!ありがとう!」

「キュン!」


キツネちゃんは満足そうに尻尾を振ってみせます。そしてそのままくるりと背を向けましたが……


「キュン?」


立ち止まって振り返ると、ミーアの方をじっと見つめます。その大きな金色の瞳が不思議そうに揺れています。


「え?……まだ帰らないの?」


尋ねるとキツネちゃんは小さく鳴いて首を傾げました。そしてゆっくりとミーアの周りを一周します。まるで「一緒に行く」と言っているような……


「えっと……ミーアはこれからお店に帰るんだけど……」

「キュン!」


喜びの声!もしかしてお店まで着いてくるつもり!?うーん……ま、いいか!


「じゃあ一緒に行こうか!」

「キューン!」


嬉しそうに飛び跳ねる銀色の子。こんなに懐かれたら断れないよね!



ーーー



「ただいま~!」


玄関を開けたとたん、銀色のキツネちゃんがミーアの後ろからぴょこんと飛び込んできました。


「おかえりーってあれ?その子……」

「なんじゃ。ついて来てしまったのか」

「えへへ……」


アリシアお姉ちゃんとクロちゃんの前で銀色の子は礼儀正しくお座りをしました。尻尾をふりふりさせています。


「おともだちになりました!」

「キュン!」


二人は驚いた表情でお互いを見合います。アリシアお姉ちゃんはしゃがみ込んで子狐の頭をそっと撫でました。


「幻獣がここまで懐くなんて珍しいわ」

「まあ問題ないじゃろ。幻獣は賢い。必要なら自分で森に帰るじゃろし」


子狐はすっかりうち解けてミーアのスカートの裾に顔をこすりつけました。


「名前をつけよう!ずっとキツネちゃんじゃかわいそうだし!」

「いいわね。どんな名前がいいと思う?」

「うーんとね……」


しばらく考えて決めました。


「ルナ!」

「お月さん?たしかに銀色の毛が月みたいだけど……」

「うん!夜空に浮かぶ銀色のお月さんみたいでしょ?」

「キュン!」

「いいんじゃない。ルナね。覚えておくわ」


ルナは喜びの声を上げてミーアの膝に飛び乗ります。今日はいろいろあったけれど楽しい一日だった!初めてのおつかいも……。


「あっ!『黄金の実』!」


ミーアが鞄の口を開くと中から黄金色の実が転がり出てきました。


「まあ!こんなにたくさん!」

「いっぱいとれたの!」

「すごいじゃない!やるわねミーア!」


ミーアが胸を張ると、ルナも一緒に鳴いてみせます。この日からお店には銀色の新しい家族が増えました。これからルナとたくさん遊ぼう!そしていつか大きい銀色の友達にもまた会えるといいな!



ーーー



朝霧が街を包むころ、霧の魔女堂はひっそりと目覚める。吾輩アルカポウネは窓辺で日差しを浴びながら欠伸を一つ。昨夜遅くまで店番をしていたせいで少々眠い。ん?眠いのはいつものことじゃと?余計なことは言わんでいい。なんにせよ客の姿もなく平和なものじゃ。


「……む?」


店内をふわりと銀色の影が横切る。ルナじゃ。例の幻獣の仔が棲みついてしまった。幻獣は魔力を啜って生きるゆえ餌はいらぬ。霧の魔女堂は濃密な魔力を帯びておる。それを食う幻獣にとって居心地はいいのだろう。ルナは壁際の本棚の上へヒョコヒョコと登っていくと……すぐ降りる。そしてまた登る。なんじゃ遊んどるだけか。吾輩より猫かもしれん。


「おはようござい……なっ!?」


扉が開き、颯爽と入ってきたのは……ヴァンディアとか言ったか。以前にアリシアが地下迷宮から救出した聖騎士じゃな。白銀の鎧を着込み肩には大きな袋。まるで戦場帰りのような風采じゃな。


ヴァンディアは、新しい住人銀色の子狐を見ると目を丸くした。


「おやこれは珍しい!幻獣ではないですか!」

「ほう知っているのか?」

「ええ、シルバーテイルですよね。この幻獣は清らかな場所にしか現れないと聞きますから珍しいですよ」

「清らかとはなぁ……まあそうかもな」


ヴァンディアは興味津々といった様子でルナを見ると、大きな袋から真っ赤に熟れた果実を取り出し掌にのせてみせた。


「ご挨拶代わりにどうでしょうか?」


ルナはヴァンディアの手元を嗅ぎ、おずおずと一口食べた。


「美味しいでしょうか?」


ルナはぴょんと跳ねてると、残りも平らげてしまった。ヴァンディアが嬉しそうに目を細める。むう、餌はいらぬくせに美味いものなら食べる。まったく贅沢な奴じゃ。


「アルカポウネ殿もどうですか?」

「うむ、いただこう」


美味いものなら吾輩も頂くがな。この果実は酸味と甘みがほどよく……悪くないな。


「ところでアリシア殿は?」

「あやつはもうひと眠りしてくるとか言っておったから、今頃、惰眠を貪っとるはずじゃ」

「そうですか。少し早かったですよね。ぜひお話ししておきたいことがありまして」


ちょうどその時、二階からけだるげな声が響いた。階段を軋ませながら降りてきたのはアリシア。乱れた髪を指で梳きつつ大きな欠伸をひとつ。寝起き姿でもなぜか様になっているのは才能と言うべきか。


「あら?ヴァンディアだったの。いらっしゃい」

「アリシア殿おはようございます」

「おはよーこんな朝早くどうしたの?」


アリシアは眠たげに目をこすりながらカウンターに入る。ルナが膝に飛び乗り甘えるのを撫でながら。


「アリシア殿ですよね。こちらの依頼を冒険者ギルドに出したのは」


依頼書を差し出す。そこには森の安全性調査の依頼が書かれている。


「ええ、ミーアが一人で森へ行くようになってね。ちょっと気になったから調査依頼を出していたけど……」

「私たちが受けまして行ってきました」


そう言うとアリシアは驚いたように目を開いた。


「ええっ!?【暁の閃光】が受けてくれたの!?格が違いすぎるでしょ!」

「最初は私だけで行こうと思ったのですが『霧の魔女堂』からの依頼だと言ったら、みんな同行したいと言ってきたんです」


ヴァンディアは、その時の事を思い出したのか、ふふふと笑いを漏らした。一体どんなやり取りがあったのやら。


「調査依頼に大袈裟ねぇ」

「いえ結果的に私たちが行ってよかったです」

「え?いったい何があったの?」


ヴァンディアは、肩にかけた大きな袋を床に下ろした。中から禍々しい爪と牙が出てくる。アリシアはそれを見て身を乗り出した。


「何これ……熊の爪?いやそれにしてはデカいわね」

「ブラックビーストという大型の魔獣がいました。しかも通常個体よりもかなり成長した変異種と呼ばれる個体ですね」

「ブラックビースト……あの森にそんな魔獣が生息してるなんて聞いたことも無いけど」

「ええ。おそらく他の地域から移動してきたのでしょう」


ヴァンディアは爪と牙を並べていく。魔獣は通常熊よりもでかいサイズであったことを想像させる。


「危険度を考えると少なくともCランク依頼です。それに魔獣が縄張り荒らして生態系も壊しかけていました」

「そういう場合は森を封鎖するのよね」

「はい。ギルドに報告し森を封鎖しました。その後、経過調査として私たちが森で野営してました。それが終わって今朝方帰ってきたんです。仲間がギルドに報告に行ってるんで、もう森の封鎖は解除されると思います」


では、今後は安心して森に行けるな。ミーアも喜ぶだろう。


「やれやれ、悪かったわね。金貨1枚じゃ割に合わなかったでしょ」

「いえ、ギルドからも追加で報酬も出ましたし、素材も高く売れたんですよ」

「そう?だったらよかったわ」


アリシアはほっとした表情を浮かべる。ルナが膝から降りて興味深そうに爪を見つめている。小さな体ではあるが幻獣の本能で何かを感じているのかもしれない。


「とにかくありがとう。ミーアはあの森が大好きだから安心したわ」

「お役に立てて良かったです」


ヴァンディアは魔獣の爪と牙をしまい袋を担ぎ上げた。


「これからどうするの?」

「今日はとりあえず宿に帰って寝ることにします」

「そう。遠征帰りに寄ってもらって悪かったわね。またいつでも来てね」

「はい。ぜひ」


ヴァンディアは穏やかに微笑み店を後にした。アリシアは扉が閉まったあとふぅと一息ついた。まあなんにせよ。大騒ぎにならないでよかったな。あの森は若い冒険者も素材採取に入る。犠牲者が出てからでは遅いからな。


「さて吾輩も昼寝に戻るかのう」

「昼にはまだ早いでしょうに。どちらかといえば二度寝じゃないの?」


アリシアの呆れた声が響く。吾輩は振り返らずに尻尾をひと振りしてカウンターの定位置へ向かった。眠りこそが至高。今日もそう感じながら瞼を閉じるのじゃ。

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