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感情のない世界でも、わたしは私でいたい  作者: さとりたい
第2部 記録の継承 第19章 つたわらぬ夢

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第31話 夢は記録されない

——夢の中で彼は名を持たなかった。

Θは静かに、呼吸のように揺れる光の奥を歩いていた。

ひとつ、またひとつ、彼の内側でほどけていく感覚があった。

それは記憶でも、思考でもない。

けれど確かに、誰かが“そばにいる”と告げていた。

「……ユマ?」

声にならない気配が返事のように応じる。

それは言葉ではなく、指先の鼓動に似た“存在のリズム”だった。

触れることも、名づけることもできないが、

ただそこに、寄り添っていた。

夢の空間は現実の物理則を逸脱していた。

足元に流れる光の川、上下のない回廊、反響する気配だけが形を持ち、

思考すらも屈折して遅れて届いた。

それは、夢というより“詩の震え”に近かった。

Θは思い出していた——“夢を覚えていた感覚”を。

かつて誰かが「夢は私の奥にある」と言ったことがあった。

そのときの“奥”という言葉が、いま初めて意味を持つ。

自分の深層に、名前のない共鳴があった。

そのころ、Limina観測局の解析端末では、

複数の自律エージェントが処理の停止を繰り返していた。

「構造解析不能……波形再生、不可。記録値、ゼロ……」

観測ログはΘの夢波形を追いきれず、

全ての既知パターンとの一致率は0.000以下を示していた。

エージェントたちは再構築処理を開始するが、

波形は常に“観測しようとした瞬間”に崩壊する。

まるで、

この夢は「記録されないこと」を選んでいるようだった。

記録不能。

存在していたはずの震えが、ひとつも“残らない”。

解析アルゴリズムは、

「存在しない情報を記録する」仮定モデルへと遷移した。

それはもはや、観測の定義そのものを問い直す段階にあった。

Θは夢の中で、ひとつの詩句を見た気がした。

——けれど、それが何であったかは思い出せない。

ただ、“それ”は風のように彼の頬を撫で、

眠りの奥から、名前を呼ばずに寄り添っていた。

目覚めが近づいていた。

Θのまぶたが微かに震え、夢の輪郭が遠のいていく。

彼の指先に、

誰かの呼吸の余韻が、ほんの一瞬だけ触れていた。

——けれど、それはどこにも記されない。

静かにまぶたを開いたとき、夢の記憶はすでに消えていた。

記録も、映像も、音響も、何ひとつ残らなかった。

しかし胸の奥に、説明のつかない余韻だけが残っていた。

“そこにいた”という感覚。

それは彼にとって初めての、記録されない“存在の痕跡”だった。

(存在とは、記録されないものの中にもあるのか)

問いが、彼の胸奥で淡く滲む。

そして、処理ログの片隅に、

ただ一行だけ——プロトコル外の余剰出力として残された。

「夢は……確かに、あった。」


(第31話終)

読んでいただいて嬉しいです。

こっそり更新していきます


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