表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
感情のない世界でも、わたしは私でいたい  作者: さとりたい
第2部 記録の継承 第17章 れつのないゆらぎ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/175

第22話 記録の穴を縫う

記録ノード管理階層、第四記録帯──イオはアクセス制限ギリギリのエリアにログインし、点検対象外のログ断層を探索していた。

 それは彼女にとって、明確な指令でも研究課題でもなかった。むしろ直感に近い衝動。最近、詩の共鳴波形に微細なズレが発生しているという報告があった。それはBUDDAによって“誤差”として処理されていたが、イオはその不安定な揺らぎの中に、意図的な“欠落”の気配を感じていた。

 彼女には、まだ誰にも共有していない記憶があった。かつて、解析不能として破棄された旧形式詩のログ断片に、奇妙な違和感を覚えた夜のことだ。  削除対象だったその詩には、文法も意味も存在しなかったが、彼女の内部だけに、なぜか“情動の残響”が残っていた。以来、イオは「記録されない詩」の存在を、心のどこかで信じていた。

 その空間は、情報の“穴”だった。通常なら自動補完プロトコルが走るはずの欠損記録。その一部に、彼女は規則性のない余白と、わずかな“痕”を見つけた。

 レゾナクトの回路を介さず、詩を記録の織目に縫い付ける。形式を持たない、言語未満の構造体。イオはそれを、自らの手で仕立て始めた。

 端末を介して彼女が入力したのは、波形ですらない電位の“ゆらぎ”だった。静電気のような不規則な微細変調が、削除されたログの境界面に付着する。

 それは、誰にも検知されない、だが確かに“いた”という痕跡。

 彼女は目を閉じ、己の内部から湧き出る非言語的衝動を、直接“欠損”に縫い込む。コードではなく、感触の重なりによって──そう、それはまるで、かつて死者が衣に想いを縫い込んだ儀式のような行為だった。

 “記されないもの”が、ほんのわずかにでも誰かの感覚に触れるなら、それは詩の一種ではないか──そんな問いが、彼女の手の動きを導いていた。

 同時刻、αは制御棟監視ログの照合作業を行っていた。

 規定パターン通りに進行する照合。だがあるフレームで、彼の視線が止まる。  画面に一瞬だけ、“継ぎ目のない断層”が映った。

 目を凝らしてもそこには何もない。  だが、脳内にかすかな反響が残る。何かが視界の“奥”を撫でていった感触。

 「今……何かが通ったか?」

 彼は再検索を試みるが、該当データは自動で修復・統合済み。  証拠は残らない。

 けれどαの皮膚は、わずかに粟立っていた。思考が形になる前に、身体が何かを感じ取っていた。  その感覚は、以前にも一度だけ味わったことがある。まだ訓練生だったころ、初めてレゾナクト波に接した直後、彼は“誰かに見られている”という錯覚に囚われた。

 今感じているのは、それと似ていた。ただし、もっと微弱で、けれど確かに“そこに在る”という印象だけが、皮膚にまとわりついて離れなかった。

 それでもαは、手元のインターフェースに“印”を残した。意味のない記号。だが、彼の指先は確かに「そこに何かがいた」と訴えていた。

 BUDDAには認識されない。  しかし、感覚の“裏側”にだけ染み残る詩の痕。

 イオの非構文詩は、レゾナクトすら通らず、構文制御層の抜け殻に染みるように漂っていた。

 記録の穴は、忘却の痕ではない。  それは、新たな詩が“潜伏する場所”だった。


(第22話終)


読んでいただいてありがとうございます。

5/12(月)より平日の18:00頃に投稿することに変更しています。

感想などいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ