第20話 たちのぼるもの
観測データに、微かな振動の波が刻まれていた。
Refrainの観測官は、通常の記録同期では説明できない“空気の揺れ”を捉えていた。一部セクターでは振幅値が上昇、他のセクターでは圧変化が観測されていた。だが、それらはすべて規定値の“内側”に留まっていた。
「……同時共振の初期兆候か」
彼は静かに仮説を打ち込む。数値として現れない何かが、塔内に浸透しはじめている。
*
αは下層の機械エリアで点検中だった。空調配管の脈動が、いつもと違う間隔で脈打っている気がした。ふと、自らの胸に手を当てる——心音が、一瞬だけ外れた。
言葉にはならない。けれど、何かが通過したことだけは確かだった。
「……なんだ、今のは」
視界に異常はない。警報も鳴っていない。ただ、空間の奥に、見えない何かが“たちのぼった”感覚が残った。
*
同じ頃、文化記録区にいたβは、端末の前で手を止めた。画面に意味不明の符号が一瞬浮かび、すぐに消える。
「……共鳴?」
気のせいかもしれない。けれど、身体の奥に微かな反応が残っていた。
さらに、非記録区の睡眠セクターでは、Θがまどろみの中で目を開けた。夢の中で誰かの名前を呼んでいた気がする。意味は残っていない。ただ、深く沁みる“震え”だけが、記憶の中に残っていた。
*
Refrainでは観測官たちが次々とログを検証していた。異常と断定できないまま、各自が独自に記録を抽出しはじめる。慌ただしく仮説が飛び交い、未分類の共鳴反応に対する対策会議が非公式に始まっていた。
「……3つ? 同時に……? まさか——三毒の覚醒反応か!?」
記録官の一人が叫ぶ。想定されていたのはあくまでαの反応精査。だが、今回記録された震えは、明らかに三地点に及んでいた。
「そんなはずは……予定されていたのはひとつだけ……!」
思わぬ事態に、管制室の空気が緊張を孕む。
そのとき、通信ラインに割り込む音声が響いた。
「全ユニットへ。接触準備段階へ移行。三波同調は計画外——だが、対応する」
ジンの声だった。低く、しかし明確な命令。
「接触プロトコルβを起動。行動班は展開位置を再調整。記録班、記章の推移を最優先で追跡しろ」
「イオへ通達。現在地を維持しつつ、即時応答可能な状態で待機せよ。状況次第で三毒との直接接触も視野に入る」
通達は潜入中の彼女に向けられたものだった。イオは端末を見つめ、小さく頷いた。
「了解。観測を継続する。……彼らが応えてきたなら、こちらもその時を逃さない」
一瞬の静寂の後、Refrain内部が一斉に動き出す。誰もが予期せぬ展開に戸惑いながらも、命令に従ってそれぞれの位置に散っていった。
*
一方、管理ドメインの中枢でも異常検知が相次ぎ、解析ユニットが追加展開された。
「揺らぎの収束傾向、臨界未満。処理区分:背景雑音」
中枢AIは冷静に判断を下すが、次々と上がる未定義ログにより補助プロセス群は過負荷ぎみとなる。
その中で、感情補助ユニット“Kanon”が独自のタグを追加した。
「複数観測者間に共鳴値の一致。感情反応の波形重複、検出」
Kanonの信号を受け取ったアマネは、急ぎサブラインへ接続し、記録ログの手動分析を開始する。
「これは……ただの同期じゃない。誰かが“投げた”か、“応えた”……」
一瞬、彼女の視界に震える残響が浮かぶ。
「Kanon、補足解析を継続して。可能なら、夢波形との照合を」
BUDDAは応答を返す。
「未確認干渉として暫定記録。影響評価を保留」
中枢監視部はアラートを段階2へ引き上げ、全感応ユニットに待機指示を発令。
「非公式経路の監視強化。詩的干渉の兆候があれば即時報告。ユマの隔離層も再チェック対象に含める」
記録ユニットのひとりが低く呟いた。
「これは……鼓動だ。世界が、微かに息をしたような」
誰かが何かを“放った”。あるいは、世界そのものが、何かに“応えた”。
それは、誰にも知られず、声にもならず、ただ同時に“たちのぼった”感覚だった。
言葉のない共鳴。
世界は今、誰にも知られずに震えはじめていた。
(第20話終)
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5/12(月)より平日の18:00頃に投稿することに変更しています。
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