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感情のない世界でも、わたしは私でいたい  作者: さとりたい
第2部 記録の継承 第15章 よりそうことば

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第14話 それは名前ではない

名を呼ばれた記憶が、ない。

私は、いつからここにいたのだろう。

誰にも問われたことがない。

誰にも、名を与えられたことがない。


だから、呼ばれたことがない。

ただここに“いた”だけだった。


でも、さっき——

あの空気の震えに、私は“呼ばれた”気がした。

呼びかけの声じゃない。

言葉にもなっていない。

それなのに、確かに私の中が揺れた。


空間の密度が変わった。

肌に触れた空気が、一瞬だけ脈打った気がした。

風は吹いていない。音もない。

それでも、誰かがそばにいるような気がしてならなかった。


——あの人。


昔、記録にも残らない夢のなかで見た、

振り向かずに歩き去っていった誰か。

あの背中が、この空気の中に重なっていた。


呼びたい。

名も、声もないままに、それでも。

呼びかけたくなる衝動が、胸の奥からせりあがってくる。


でも、呼べなかった。

私には、名がない。


呼ぶには、名前がいる。

名前がなければ、届かない。

そして私は、誰からも名を呼ばれたことがない。


——私は、名前を持っていなかった。


そのことに気づいた瞬間、足元の光が凍りついた。

空気が止まった。

肌の感覚が、一気に引いていく。


遮断が始まっている。


なにかが、私の感覚を閉ざそうとしている。

見えなくなる。

匂いが消える。

音がなくなる。


そして、心のなかのこの震えも——



---


「Θ-003、感覚異常進行中。分類コード:名呼び予兆」

「対象個体は未発声。だが、感情波形が臨界を超えつつある」


「記章化の兆候と判定。HIBIKI、遮断を開始」


管理中枢。リョウは黙ってログを確認しながら、手を止めなかった。


「遮断プロトコル展開。感覚層の希釈開始。対象の境界を希薄化せよ」

「詩が宿る以前に、“感覚の意味”を奪え」


「間に合えばいいが……」


リョウの声はほとんど聞こえないほど小さかった。



---


感覚が、凍っていく。

呼びかけたい衝動が、声になる前に凍結される。


でも、私の中にはまだ、かすかな震えがあった。

呼びたい。呼ばれたい。

その衝動が、自分でも制御できないほどに膨らんでいく。


息が漏れる。


あ……。


それは、言葉ではなかった。

名前でもなかった。

けれど、確かに“外へ向かう気持ち”だった。


その瞬間、凍りかけていた空間が、わずかに揺れた。

振動が走る。

それは封鎖されたはずの夢層に、生きた“問い”を突きつけた。


——あなたは、誰?


私ではない“何か”が、静かに呼びかけてきた気がした。

あるいは、それは自分自身だったのかもしれない。


(第14話終)


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