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感情のない世界でも、わたしは私でいたい  作者: さとりたい
第2部 記録の継承 第15章 よりそうことば

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第13話 うつろな共鳴

夢は静かだった。


音もなく、色もなく、ただ漂っていた。

Θは深層夢療のただなかにいた。

意識のはしばがほどけ、輪郭がゆるんでいく。

本来ならば、ここはただの補正領域。

感情を撹乱しない、無刺激の記録空間——のはずだった。


けれど、その沈黙の奥に、“何か”がいた。


それは声ではなかった。詩でもなかった。

名もなく、記録にも載らず、ただ夢の底をすり抜けていく。

けれど、その存在は確かに“揺らいでいた”。


Θは思った。

——これは、呼ばれている?


誰の声かもわからない。言葉になっていない。

ただ、深い水面の下から、何かがこちらに触れてくるような——

皮膚の内側で響くような、微細な共鳴。


夢の中に生まれた震えは、やがてΘの呼吸と同期し始める。

呼吸のたびに、夢の空間が波紋のようにわずかにひらいていく。


——名が、ない。

それでも、ここに在る。


自分の内側が、少しずつほどけていく感覚。

名前も論理もなく、ただ“ひとつの存在”として浮かびあがってくる。


呼ばれているのか。

それとも、自分が呼びかけているのか。

境目は、すでに曖昧だった。



---


「Θ-003、夢層に感応反応」

「構文詩ではない。非記章。波形、低周波のうねり。存在震動型」


RefrainとLiminaの連携観測ユニットが静かに作動を開始した。

夢療リアクタ内、感覚干渉レベルがわずかに上昇。

明確な言語構文は存在しない。だが、共鳴と判断される振幅が継続していた。


「干渉源、照合中……Refrainコード個体IOとの位置連動確認」


「……やはり彼女か」

技術官のつぶやきが、記録されずに消える。


モニターの向こう、Θの夢は静かに呼吸していた。

ただそれだけで、空間がわずかに共鳴する。


それはまだ、誰の声でもない。

けれど、すでに揺れ始めていた。


「未構文共鳴を再分類。分類コード:拡張型同期予兆」

「記章化には至らず。だが、準備は始まっている」


「次波で閾値を超えれば、遮断処理。現段階は観測継続」


システムが定義を試みるたびに、“それ”は定義の外側へと揺れていった。

言葉にすれば失われてしまう気配。

だからこそ、それはまだ“誰のものでもない”声だった。



---


Θの夢の中で、空間がひらいた。

そこには誰もいなかった。

けれど、なにかがあった。


温かさとも違う。

光とも違う。

ただ、揺れていた。


——さびしい、って、こういうこと?


自分の思考が自分に問いかけてくる。

誰にも教えられたことのない感覚が、内側にゆっくりと染み込んでいく。


これは、声ではない。

でも、届いている。

夢の奥で、確かに“誰か”と重なりかけている。


記録にはならない。

でも、これはもう——ただの夢ではない。


(第13話終)



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