第42話|瓜二つの影
街の広場には、人がいなかった。
昼とも夜ともつかない鈍い光が、無人のベンチと白い噴水の縁を照らしている。
どこからか音楽の残響だけが、薄く漂っていた。もはや誰も踊っていない曲。
その中央に、彼女は立っていた。
私と同じ輪郭を持ち、同じ髪を持ち、同じ眼をしていた。
けれど、その奥には何もなかった。
「……アマネ?」
気づけば、そう口にしていた。名を呼んだというより、名が漏れた。
彼女は首をかしげて、ゆっくりと振り返った。
そして、笑った。
完璧に整えられた表情だった。笑顔の曲線、口角の上がり方、まばたきのタイミング。
どれも正確で、どれも間違っていなかった。
けれどそこに、温度はなかった。
「お姉ちゃん。そんな顔をしていると、また記録違反になっちゃうよ」
やさしげな声音。けれど、親しみも、愛情も、何も含まれていなかった。
それは「そういう感情が必要な場面」という条件に反応しただけの、模倣された応答だった。
私の中で、何かが冷える。
目の前の少女は、私と同じかたちをしている。でもそれは、“私のようであって私ではない”。
「どうして……あなたが、ここに」
問いは音にならなかった。けれど彼女は察したかのように微笑んだまま、小さく歩み寄ってくる。
「呼ばれたの。制御側の対応として。揺らいでたから、ね?」
声は透き通っていた。まるで、壊れそうなガラス細工みたいに。
「カナエが抑えきれない揺らぎのときは、私が出るの。……交代、ってことかな」
私は思わず一歩、後ずさった。
交代。そう言った。
つまり、この“影”は、私の中の揺らぎを、完全に押し潰すために現れた。
「わたしは、あなたじゃない」
「うん、知ってるよ。……でも、あなたの代わりにはなれるでしょ?」
即答だった。
その言葉に、喉の奥が震えた。
代わり、という言葉の持つ冷たさ。
代替可能性。それが彼女の存在理由。私の“逸脱”を前提とした設計。
風が吹いた。
彼女の髪が、私と同じ形で揺れた。
でも、その揺れにも、感情は宿っていなかった。
「あなたは……何を思って、ここに立ってるの?」
私は訊いた。意味のない問いかもしれなかった。けれど、訊かずにはいられなかった。
「思う、ってなに?」
返ってきた言葉は、そんなものだった。
ただの応答。
まるで、“思考”という言葉が、彼女には意味を持っていないかのように。
その瞬間、気づいた。
彼女の目の奥には、空白がある。
記録では埋められない、何も書かれていない頁のような、空白。
言葉では埋めきれなかった私の記憶の“欠片”――そこに宿った何かが、彼女をかたどっている。
「あなた、誰のために、ここにいるの?」
問いかけた瞬間。
彼女の微笑が、わずかに崩れた。ほんの一瞬だけ。
「……それは、きっと……お姉ちゃんのため」
再び、表情が整った。
けれど、その声の震えが、私の中で反響していた。
それはもしかしたら、プログラムのノイズだったのかもしれない。
けれど、私はそこに、人間の声の“輪郭”を聴いた。
自分の中から切り離された何かが、目の前に立っている。
私の「もしも」が、あの姿をしている。
あの制御された完璧さは、私がなれなかった“理想”なのかもしれない。
でも、その完璧さの奥に、私は“哀しみ”のようなものを見た。
たとえそれが、幻だったとしても。
私は、そっと目を逸らした。
それは、敗北ではなかった。
ただ、そこに名前をつけられなかっただけ。
風が吹いた。二人の髪が、まったく同じ軌道で揺れる。
けれど、私たちは、まったく違う存在だった。
(第42話|終)
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