第25話|土に宿る声
それはほんの小さな、言葉の綻びでした。
感情が揺れ始める場所から、静かなひと節をお届けします。
今回は、声になった詩が“誰か”に届く実感と、
知らぬ間に交錯しはじめる視線の物語です。
朝の光が、まだ冷たさを帯びていた。
イオはひとり、畑の一角にしゃがみ込んでいた。
耕された土の上に、小さな芽が顔を出している。昨夜まで、そこには何もなかったはずだ。
彼女はそっと、指先を伸ばした。
触れたのは、ほんの数ミリの若葉。まだ言葉も持たぬほど、か細い生命。
だがその瞬間、胸の奥で、かすかな“ゆらぎ”が起きた。
音ではない。意味でもない。
ただ、感覚の底に触れるような微細な震えが、指先から心臓まで伝わってくる。
> (……届いた?)
問いではなかった。
それは、どこかで知っていた答えを、確認するような内語だった。
風が吹いた。
優しく、しかし確かに。
草の葉が鳴り、光が揺れた。
その風の中に、誰かの気配が混じっているような錯覚があった。
声なき声。音なき返答。
けれど、それが“無”ではないことだけは、はっきりと感じられた。
> 《感応波形:安定。異常値なし。記録対象外》
カナエの報告が、頭の奥で淡く響いた。
いつものように正確で、いつものように何も見逃していない。
だが──それでも“何か”は記録されなかった。
イオは、小さく笑った。
なぜだかわからない。けれど、その報告が、少しだけくすぐったかった。
(……記録されない。だから、ここに残る)
掌の温もりに、芽は静かに揺れていた。
彼女の声はもう、外に出るまでもなく、触れた土に染みていくようだった。
それは詩ではなかった。
それは言葉にもならなかった。
けれど、その“気配”が世界の端をかすめていく。
──その波は、記録されず、検出もされなかった。
けれど、遠く離れた場所で、誰かがわずかに眉をひそめた。
名前も知らない少女の“共鳴”に、微細な干渉を感じ取った者がいた。
彼はまだ、それを“詩”とは呼ばなかった。
だが、何かが始まりつつあることを、肌で感じていた。
イオは目を閉じた。
その暗がりに、何かが灯った気がした。
名前も意味もないままに。
> ――はじめて、“伝わった”気がした。
風が、また吹いた。
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(第25話|終)
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