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感情のない世界でも、わたしは私でいたい  作者: さとりたい
第1部 静かな目覚め 第5章 ほころびの跡

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第24話|丘の上と予感

翌日・・・




丘の上には、変わらぬ風が吹いていた。


けれど、イオの中では何かが静かに、確かに変わっていた。




彼女は小さな芽のそばにしゃがみこみ、指先でそっと撫でた。


その瞬間、胸の奥から、あのとき感じた“響き”が立ちのぼった。


言葉にならない、けれど確かに存在する声。


誰かのものではなく、今はもう、自分のものだとわかる。




風がそっと吹き抜け、草が揺れた。


それは、夢の中で聞いたあの詩の残響にとてもよく似ていた。




> 《干渉検知:なし。感応波形は安定》








カナエの声は変わらず冷静だった。


けれど、その言葉に安心することはできなかった。




ふいに、低くうなるような音が空を横切った。


ドローンだ。だが、その飛行軌道はいつもよりずっと低い。




(……おかしい。あんなに近づくはずないのに)




イオは咄嗟に草の陰へ身を伏せた。


草の間から覗いたドローンは、まるで何かを探しているように旋回していた。




風が止んだ。空が、一瞬だけ重くなったように感じた。


数十秒のあと、ドローンは空へ戻り、静かに去っていった。




遠くの街道沿い。ふと、視界の端に何かが動いた。


人影が数人。その中心には、腕を押さえられたまま引きずられるような姿があった。




(……誰か、捕まってる?)




その隣に立つ黒髪の男がいた。


無表情で、まっすぐ前を見て歩いていたが、


その足取りにはどこか、“迷い”のようなものが見えた気がした。




逸脱者と判定された青年は、無抵抗のまま足を引きずっていた。


その横を歩く男――保安ドメイン所属、実動観測官レイン。


彼の耳には、内蔵BUDDAオルガの定型通達が流れている。




「逸脱者、感情値:74。思想傾斜:潜在。転送先コードG-3を推奨します」


「身体抑制薬の投与は予定どおり。BUDDA干渉なし。記録済み」




レインはオルガに応答せず、黙って歩き続けた。




風が吹いた。


その瞬間、どこか遠く、丘のあたりから“何か”が流れ込んできた気がした。




彼は無意識に顔を上げ、丘のほうに視線を向ける。


なだらかな斜面に、確かに誰かの姿があった──気がした。




けれど、風が強くなり、髪が視界を遮った。


次に見えたときには、もうそこには何もなかった。




「……風が騒がしいな」




小さく呟くと、彼はまた視線を前に戻した。




列はそのまま歩き続けた。




イオは胸に重い痛みを覚えながら、遠ざかっていくその一団を見送っていた。


風が再び吹き、髪を揺らす。


けれどそれは、どこかあたたかくも感じられた。




言葉は届く。詩は残る。


それがたとえ記録されなくても――




イオは丘の上に立ち、風に向かって静かに目を閉じた。



読んでいただいてありがとうございます。

毎週火・木・土曜日の20:00頃に更新しています。

続きが気になる方はブックマークをよろしくお願いします。


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