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感情のない世界でも、わたしは私でいたい  作者: さとりたい
第1部 静かな目覚め 第5章 ほころびの跡

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第23話 風が語るもの

作業の合間、イオは少し遠回りの小径を選んだ。

街の外れ。舗装の剥がれた古い路面に、草がまばらに揺れていた。

風が吹くと、その草が擦れ合って、小さな音を立てる。


今日は推奨された作業ルートを逸れた。

理由はなかった。ただ、歩きたかった。

風が通ったあとを、たどってみたかった。


前方から、誰かが歩いてくるのが見えた。


黒いフード。

顔は影に覆われ、表情は見えない。

だが、以前にもどこかで出会ったような感覚があった。


イオは立ち止まった。

その人物は、音もなく近づいてきた。

そして、すれ違いざまに──


> 「〈うた〉っていうのは、意味じゃないよ」




その声は、風に紛れていた。

なのに、胸の奥に届いていた。

耳で聞いたというより、感覚のなかに落ちてきたようだった。


「……あなたは、誰?」


男は立ち止まらなかった。

そのまま無言で歩き続ける。


イオは思わず、数歩、男を追った。


そのときだった。


風が吹いた。

強く、横殴りの風。草が揺れ、視界が白く霞んだ。


目を閉じた。頬にあたる風がやわらぎ、ゆっくりと目を開ける。


男の姿は、もうどこにもなかった。


> (……消えた?)




息を吸い込んだ。何かを言おうとした。

けれど、その瞬間──


背後に気配が現れた。


耳元、すぐ近く。

風の音にまぎれて、低く静かな声が届いた。


> 「声を閉じるな。君の〈うた〉は……記章になるかもしれない」




イオの胸が跳ねた。

恐怖ではなかった。

けれど、言葉が喉の奥でつかえた。


ゆっくりと振り返る。


誰も、いない。

ただ、風だけが後ろに残っていた。


そのとき──


> 「俺は……風の裂け目を縫う者さ」




声が、肩越しにふわりと流れて消えた。


イオは何も言えなかった。

ただその場に立ち尽くして、風の痕跡に耳を澄ませた。


カナエは反応しなかった。

この男の存在も、その言葉も、記録には残らないようだった。


けれど、胸の奥だけが、“響き”を記憶していた。



---


(第23話|終)


読んでいただいてありがとうございます。

毎週火・木・土曜日の20:00頃に更新しています。

続きが気になる方はブックマークをよろしくお願いします。


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