第23話 風が語るもの
作業の合間、イオは少し遠回りの小径を選んだ。
街の外れ。舗装の剥がれた古い路面に、草がまばらに揺れていた。
風が吹くと、その草が擦れ合って、小さな音を立てる。
今日は推奨された作業ルートを逸れた。
理由はなかった。ただ、歩きたかった。
風が通ったあとを、たどってみたかった。
前方から、誰かが歩いてくるのが見えた。
黒いフード。
顔は影に覆われ、表情は見えない。
だが、以前にもどこかで出会ったような感覚があった。
イオは立ち止まった。
その人物は、音もなく近づいてきた。
そして、すれ違いざまに──
> 「〈詩〉っていうのは、意味じゃないよ」
その声は、風に紛れていた。
なのに、胸の奥に届いていた。
耳で聞いたというより、感覚のなかに落ちてきたようだった。
「……あなたは、誰?」
男は立ち止まらなかった。
そのまま無言で歩き続ける。
イオは思わず、数歩、男を追った。
そのときだった。
風が吹いた。
強く、横殴りの風。草が揺れ、視界が白く霞んだ。
目を閉じた。頬にあたる風がやわらぎ、ゆっくりと目を開ける。
男の姿は、もうどこにもなかった。
> (……消えた?)
息を吸い込んだ。何かを言おうとした。
けれど、その瞬間──
背後に気配が現れた。
耳元、すぐ近く。
風の音にまぎれて、低く静かな声が届いた。
> 「声を閉じるな。君の〈詩〉は……記章になるかもしれない」
イオの胸が跳ねた。
恐怖ではなかった。
けれど、言葉が喉の奥でつかえた。
ゆっくりと振り返る。
誰も、いない。
ただ、風だけが後ろに残っていた。
そのとき──
> 「俺は……風の裂け目を縫う者さ」
声が、肩越しにふわりと流れて消えた。
イオは何も言えなかった。
ただその場に立ち尽くして、風の痕跡に耳を澄ませた。
カナエは反応しなかった。
この男の存在も、その言葉も、記録には残らないようだった。
けれど、胸の奥だけが、“響き”を記憶していた。
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(第23話|終)
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