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感情のない世界でも、わたしは私でいたい  作者: さとりたい
第1部 静かな目覚め 第5章 ほころびの跡

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第21話 目覚めの詩

夢のなかで、誰かが詩を詠んでいた。

意味はわからなかった。ただ、風のようなその声が、静かに胸の奥に触れてきた。


> ――なにごとか おもほゆる。




目が覚めても、その響きは消えなかった。

耳の奥ではなく、もっと深いところ。

皮膚の裏側で、ずっと微かに震えていた。


イオは、天井を見つめたまま、しばらく身動きができなかった。

布団の縁を握った指先に、汗とは違う熱が滲んでいた。


《おはようございます。気象情報:晴れ。気温:18.2度。予定作業:Aブロック灌水、Bブロック除草──》


カナエの声が、脳内に届く。

整然とした通達。いつもと変わらないはずの、ただの情報の列。


けれどその声が、妙に遠く感じられた。


(昨日までは、もっと……近かった)


イオはゆっくりと体を起こし、床に足を下ろす。

素足が木の床板に触れた瞬間、かすかな冷たさが脊髄を這い上がった。

それさえも、どこか“異質”だった。


窓を開けた。朝の光が流れ込む。

風が髪を揺らし、畑の土の匂いが鼻腔に触れた。

昨日と同じ風景、同じ空気──のはずなのに、すべてが濃く、重く感じられる。


世界の輪郭が、わずかに滲んでいる。

変わったのは、外ではなく、内側。

わたし自身の感覚。


カナエの起床確認はまだ続いていたが、イオは耳を貸さなかった。

視線は、机の下へと落ちていた。


畳まれた毛布の陰。そこに隠した本がある。

あの廃墟で見つけた、擦れた背表紙と手縫いの綴じ糸。

手で触れた瞬間、記録されない震えが確かに走った。


毛布をそっとめくる。

指先が、表紙の革のざらつきをなぞる。

触れた場所から、またあの震えが生まれる。


イオはゆっくりとそれを抱きしめ、床に座り込んだ。


> 「……カナエ、この本のこと、覚えてる?」




しばらくの沈黙。

わずかに遅れて、応答が届く。


《旧記録構造体と一致せず。未分類媒体として保留中》


無機質な回答。だが、どこか反応に乱れがあったような気がした。

その“わずか”を、イオは感じ取ってしまう。


(わたし……何か、触れたんだ)


ページを開く勇気はまだ出なかった。

けれど、本を抱いたまま、目を閉じる。

風が、遠くから部屋に入り込み、ページの端をかすかに揺らした。


その揺れが、夢のなかで聞いた詩の“声”と重なった。


世界が何かを待っている。

そんな予感だけが、静かに胸を満たしていた。



---


(第21話|終)


読んでいただいてありがとうございます。

毎週火・木・土曜日の20:00頃に更新しています。

続きが気になる方はブックマークをよろしくお願いします。


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