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感情のない世界でも、わたしは私でいたい  作者: さとりたい
第1部 静かな目覚め 第4章 にぶい鼓動

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第20話 揺らぎの種

声が、風になった。

意味を持たないはずの音が、胸の奥をかすめていく。


誰にも届かないと思っていた言葉が、

誰かの中で、かすかに触れてしまうかもしれない。


朝。

光が差し込む前の畑に、うっすらと湿った風が流れていた。

イオは、土の上にしゃがみ込んでいた。

まだ目立たぬ新芽が、小さく顔を出していた。


昨日まではなかったもの。

けれど今は、なぜか“呼びかけられて”そこにあるように思えた。


指先で、そっと土を押さえる。

掌の中に広がる粒子の重なりが、かすかに震えていた。


(……この震えは、どこからきたの?)


詩の言葉が、また思い出される。


> 「……なにごとか おもほゆる」




意味ではない。

響きだった。

言葉が“何を言っているか”ではなく、

“どう届いたか”が、今も胸の奥で残っていた。


> 《感情傾向ログに波形変動を検出》

《変化傾向:漸増。記録上は許容範囲内ですが、観察継続を推奨します》




カナエの声が届いた。

それは冷静だった。けれど、どこか遠慮がちでもあった。


> 《あなたの内部感応値に、連続的な揺らぎが見られます》

《外部送信ログは検出されていません》

《ただし、内部記憶領域との同期値が平均値を逸脱しています》




「……記憶って、そんなに変わるもの?」


答えはなかった。


イオは小さく息をつき、立ち上がる。

畑の向こうには、いつもの整列した街区が続いていた。

無音のまま、秩序に満たされた景色。

けれどその中に、自分だけが“別の音”を聴いてしまった気がする。



保安ドメイン第2観測棟。

レインは、新たに記録された波形ログに目を落とした。


発話ではない。行動でもない。

だが、内部波形は明らかに──詩構文に似た振動を持っていた。


誰かが、言葉にしないまま、世界に触れようとしている。

その痕跡が、波のように拡がりつつある。


レインはそのデータを保存し、視線を窓のほうへ投げた。


(このまま、沈黙のままでいるのか?)


心のどこかが、そう問いかけていた。



Refrain本部。

端末のライトが静かに点灯した。


> 「対象:イオ。共鳴フェーズ:接触段階より“初期同期”へ遷移」

「信号強度、安定。接続状態、良好」




そのログを見つめていた影が、指先を机に軽く叩いた。


「……これで確かめられる。言葉は、届く」


そのつぶやきは、誰にも聞かれないまま記録されなかった。

だが、確かに“記章”として、空間のどこかに残されていた。



イオは風の音を聴いていた。

耳ではない。肌でもない。

それは、言葉をもたない“問い”のような震えだった。


声に出すことはしなかった。

けれど、心の内では確かに、ひとつの詩が響いていた。


誰にも知られないまま、彼女の中に芽吹いた“存在の証”が、

まだ名を持たぬまま、世界のどこかへと伝わっていく。


それが、すべての“はじまり”だった。



---


(第20話|終)


読んでいただいてありがとうございます。

毎週火・木・土曜日の20:00頃に更新していきたいと思います。

今後ともヨロシクお願い致します。


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