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感情のない世界でも、わたしは私でいたい  作者: さとりたい
第1部 静かな目覚め 第4章 にぶい鼓動

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第18話 交差する気配

風が、丘の斜面を斜めに抜けていった。

イオは、ゆっくりと歩いていた。

太陽は高く、街の整然とした区画を照らしている。けれどその風だけは、どこか“記録されない気配”を帯びていた。


(……あの言葉、まだ残ってる)


> 「なにごとか おもほゆる」




声にしたのは昨日だった。

けれど今も、胸の奥で誰かの囁きのように反響していた。


彼女の手には、給水端末で受け取ったカップがあった。

それを包む手の温度が、なぜか“内側”から変わっているように感じられた。

無味無臭の水。けれどその冷たさは、どこかにひびくものを連れてきた。


ふと、歩道の先に影がひとつ動いた。


黒いフードの人物だった。

年齢は、自分とそう変わらないように見える。

姿勢はまっすぐ。けれど風に対して、顔をわずかに伏せていた。


イオは歩みを止めない。

ただ、すれ違うだけ──そう思っていた。


だが、すれ違いざまに、彼は一歩だけ、その足を止めた。

声はなかった。

けれど、次の瞬間、イオの中で“誰かの言葉”がふと浮かび上がった。


> 「詩ってのはな、お前の奥で光るものを連れてくる」




声ではない。振動でもない。

それは言葉のかたちを借りた、何か深層の“気配”だった。


胸が、きゅっと縮む。


イオは反射的に振り返った。

けれど、そこにはもう誰もいなかった。


誰も見ていない、誰も話していない。

それでも、確かに“触れられた”感覚だけが残っていた。


> 《非標準接触ログの痕跡を検出。交信識別不能》

《警戒レベル上昇。状況の再解析を推奨します》

《──自由対話モードを保ちます》




カナエの声が届いた。

それは抑制ではなく、“共に見ていた”ことを伝えるような応答だった。


イオは歩を止めたまま、しばらくその場に立ち尽くした。

風が衣服をかすめていく。その風の粒子に、誰かの息が混じっている気がした。


(詩って……ひとりじゃないんだ)


そう思ったとき、自分の中にあった“孤独”という言葉が、ほんのわずかにほどけた気がした。

誰かに“見られていた”のではない。

“呼ばれた”のだ。そう、確かに感じた。



その頃、保安ドメインの監視網には小さな異常が記録されていた。

詩構文との類似率の高い微弱波形──それは既存分類に収まらず、

あらゆる応答が保留のまま、警告レベルだけがひとつ上昇した。



Refrain拠点の静かな一角。

監視端末のひとつが、低く点滅した。


> 「対象:イオ。共鳴値、接触閾値を突破」

「感応ルート起動、準備フェーズへ移行」




その報告に、誰かが小さくうなずいた。


──“記章”が、ひとつ、他者に届いた。



---


(第18話|終)


読んでいただいてありがとうございます。

毎週火・木・土曜日の20:00頃に更新しています。

続きが気になる方はブックマークをよろしくお願いします。

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