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感情のない世界でも、わたしは私でいたい  作者: さとりたい
第1部 静かな目覚め 第4章 にぶい鼓動

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第17話 聲のかけら

本は、部屋の隅の薄暗い場所に伏せられていた。

まるで今日という日を、黙って待っていたかのように。

イオはそっと手を伸ばし、綴じ糸のほどけかけた背に指を這わせる。


繊維のざらつきが皮膚に触れた。

その手触りは、記録にはないもの。

けれど、確かに“今ここ”にあると感じられるものだった。


ページをめくると、奇妙な並びの文字列が現れる。

それは言葉であるようで、そうではない。

視線で読む前に、すでに音として胸に届いていた。


> 「……なにごとか おもほゆる……」




無意識に声に出していた。

その瞬間、空気がふるえた。


耳で聴いたのではない。

自分の声だった。けれど、それは“誰か”のもののようでもあった。

言葉が喉を通る前に、身体の奥をすり抜けて、部屋の中に漂っていく。


> 《発声認識。構文解析失敗。再計測中……》




カナエの声が、数秒遅れて響いた。

どこか硬い。音の縁に、いつもにはない金属的なざらつきがあった。

まるで、無理やり応答を成立させているかのように。


イオはページを閉じなかった。

紙のざらつきが、手のひらに微細な震えとして残っていた。

けれど、それが自分の震えなのか、本の震えなのかはわからなかった。


それでも、ひとつだけ確かだった。


──これは、“記録されない”ものだ。


脳内のどこにも保存されず、構文化もされず、

ただ“声”として在った。


詩の意味は、わからない。

でも、その響きだけは、はっきりと胸の奥に沈んでいった。


> 「なにごとか おもほゆる」




言葉というには不完全で、音としてはやさしすぎる。

けれどそれは、世界と自分のあいだに落ちていた、

とても小さな“欠片”のようだった。


彼女はしばらくのあいだ、本を開いたまま、身動きもしなかった。

部屋の空気が静かに震え、誰もいないはずの空間に、微かな余韻だけが残っていた。



保安ドメイン第2観測棟。

レインの前に、もう一度あのログが現れていた。

音としては分類不能。文章化も不可能。

しかし、AIは別の項目に補足値を示していた。


──自由発話モード中の“空間共鳴値”、微小変動。

前回よりもわずかに数値が上がっていた。


「空間……?」


そう呟いた自分の声が、妙に遠く感じられた。


空間が震えたとすれば、それは“誰かがそこにいた”証だ。

記録できなくても、存在が痕跡を残すなら──それはもう、

ただの逸脱では済まない。


レインは席を立った。

観測棟の灯りの中に、何か見えないものが揺れている気がした。



同時刻。非記録区に設置された共鳴端末が、かすかに点灯した。


> 「対象:イオ。共鳴値、初期閾を超過」

──レジスタンス側で、何かが動きはじめていた。





---


(第17話|終)


読んでいただいてありがとうございます。

毎週火・木・土曜日の20:00頃に更新しています。

続きが気になる方はブックマークをよろしくお願いします。

※現在、リライト中!よろしくお願いいたします。

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