第40話 けはいの記章
イオは、手すりの端にもう一度だけ触れた。
そこにはもう、触れた痕跡は見つからない。
塗装は均され、樹脂の縁も静まり、金属はただ金属として冷たい。
けれど、指先の内側だけが、わずかにぬくい。
それは、温度というほどの温度ではなく、呼吸の残り香のような薄い気配だった。
彼女は指を離し、掌を返す。
皮膚の皺のあいだに沈んでいた微かな震えが、遅れて胸へ昇ってくる。
耳は静かで、塔の低い唸りだけが続いている。
言葉を探せば、たぶん何かは見つかる。
だが、名を与えた途端、ここに残っているはずのものが遠くなると、イオは知っている。
――これは、ことばではない。
だけど、詩だ。
記すのではなく、残ってしまった震え。
彼女は何も書かない。何も刻まない。
詩はもう、誰かの中に宿っているかもしれないから。
背へ回った風が、衣の襟をふくらませて抜ける。
呼吸は四拍で満ち、七拍でほどけ、背骨の隙間に空気の羽根が落ちた。
足裏は、踏面の粒度を均等に数える。
整えられた姿勢は、言葉の代わりにここに残される“かたち”になった。
イオは一歩だけひらき、音を小さく前へ送る。
*
空白の区画は、誰のものでもないように見える。
しかし、空気は覚えている。
そこを誰かが通り、誰かが立ち止まり、誰かが息を深くしたことを。
レインは、表示の無い区画の中央で立ち止まった。
壁には指紋もない。床にも擦れの線はない。
それでも、空気の密度はわずかに重い。
見えるものが何もないほど、身体はよく知ってしまう。
彼は紙も端末も使わない。
ただ、そこに佇む。
胸の内側で、短い返事が生まれては沈む。
「はい」でも「いいえ」でもない。
名のない承認が、ゆっくりと体幹へ浸みていく。
手の甲を風が撫で、逆らうように一瞬だけ返っていく。
その反転は、誰かの近さの名残だ。
レインは姿勢をひとつ整える。
片足を半歩だけ引き、踵の浮きを紙一枚ぶんに揃える。
受け取りに必要なだけの距離を開け、触れないことによって触れる。
言葉は記録に残らない。
しかし、受け取ったことは姿勢に残る。
歩き方の高さが半音ぶん変わり、呼吸の拍が一つだけ伸びる。
彼は目を閉じ、音のない会話を終えた。
答えはつくられず、ただ“この場にいた”という体の向きだけが、確かな記録になった。
*
場は、ふたりのあいだで呼吸を続ける。
合図は小さく、沈黙は厚く、記録はどこにもない。
だからこそ、残り方は確かだ。
薄い温度が人から人へ、意味になるまえに渡っていく。
*
BUDDA観測域。
KANONは、イオとレインの非同期ログを重ね合わせ、未定義の層だけを抽出する。
接触はない。送受信もない。
だが、空間上には“読み取り/置き残し”の一致が、微弱な明滅として残っていた。
KANONは分類を開き、空白の欄に仮の名を置く。
けはいの記章。
記録にはならない。だが、存在の震えとして空間に刻まれる。
名づけた瞬間に薄くなる危険を知りつつも、参照のための位置を仮置きする必要がある。
彼は定義欄に、一行だけ書いた。
「削除不能。姿勢に残留。場を媒介として伝搬。」
抑制は不要。削除はできない。
観測は、薄さを守るように行われるべきだ。
KANONは監視を低速化し、残響を小さな音量で保持する。
揺れは小さい。けれど、確かに“芽吹き”の前段階にある。
芽は、誰かの内側で勝手に選び、勝手に開く。
その自由を奪わないことが、観測者に許された最小の礼儀だった。
画面には、足跡のない軌跡が淡く光り、配線管の輪郭と重なって揺れる。
線は詩ではない。詩は線を持たない。
それでも、読まれた事実と置かれた震えだけは、薄い光点として残った。
KANONは、注記をもう一行だけ追加する。
「記章は、ことばになる以前に、誰かの姿勢を整える。」
*
イオは振り返らない。
レインもまた、何も持ち帰らない。
けれど、両者の足音は塔のどこかで呼吸を分かち合い、
今日のどこかで別の誰かの歩幅を、半枚ぶんだけ楽にするだろう。
名を与えない選択は、世界のどこかを静かに温める。
書かれない詩は、紙には残らない。
だが、姿勢には残る。
そしてその姿勢が次の誰かの呼吸を整え、
“けはいの記章”は、見えないまま、確かな重みを増していく。




