表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
感情のない世界でも、わたしは私でいたい  作者: さとりたい
第1部 静かな目覚め 第4章 にぶい鼓動

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/245

第16話 沈黙の中で

肩で息をしていた。

吐く息は浅く、吸い込んだ空気が肺の奥に届く前に、喉のあたりで震えて消えた。

丘を越えても、身体の内側にはまだ“あの空気”が残っている気がした。


耳の奥で鼓動が鳴っていた。

遠くで響く地鳴りのように、重たく、不安定なリズム。

足元の泥は乾かず、靴底に重く絡みついていた。


背後で草木が揺れる音がした。

そのかすかな気配さえ、今はやけに遠く感じる。

視界の端を、ドローンの影が横切った。だがそれは高く、滑るように去っていった。


(……追われてない)


そう思っても、身体はまだ警報を鳴らしていた。

皮膚の下で、何かが「異常」を検出しつづけているようだった。


ひとつ、土を踏みしめた。

鼻腔を満たす湿った匂いは、いつもと変わらないはずの地面のものだった。

けれど、それさえどこか異質に思えた。

世界のほうが、彼女からずれているのか。

あるいは、自分のほうが、もはや世界に馴染めていないのか。


記憶の底で、風景がぶれる。

廃墟。そして、詩。

あのとき何が起きたのかは、はっきりと説明できない。

ただ、胸の奥で“何か”が確かに揺れた。それだけは間違いなかった。


部屋に戻り、扉を閉めたとき──音が消えた。

けれど、その静けさは外界のものでしかない。

イオの中では、別の音がずっと鳴り続けていた。


> 《ようこそ、おかえりなさい、イオ》




いつものカナエの声。

脳内に滑り込むように届くその響きも、どこか遠くに感じられた。


> 《生体信号、上昇傾向から沈静へ。正常範囲へ復帰しました》




「……うん」


> 《会話モード、再開いたしますか?》




「少し、静かにしてて」


> 《了解。自由対話モード継続中》




言葉が途切れる。

それは命令に対する正確な応答であったはずなのに、イオには“応じすぎている”ようにも思えた。

カナエの声すら、どこか遅れて届くような違和感があった。


部屋の中は薄暗く、静けさに沈んでいた。

イオは一歩ずつ進む。足裏から伝わる床の冷たさが、自分の“輪郭”を確かめるようだった。


ふと、視線を落とした。

机の下に隠すように置いたもの──本。

廃墟から持ち帰った、それはまだそこにあった。


彼女はしゃがみ込み、膝をついた。

そっと手を伸ばし、本の表紙に触れる。

それはまるで、指先から何かが染み出すように、静かに応えた。


そこにあるのは、記録されない震えだった。



そのころ、保安ドメイン第2観測棟。

無人の夜間ログ室で、レインはひとつの波形データに目を留めていた。

異常ではなかった。数値上は定常範囲、再解析も未分類のまま保留。

けれど、彼にはわかっていた。


──整いすぎている。逆に、違和感がある。


自由対話モード中に発せられた短い音声波形。

分類不能。構文解析失敗。

それは、どこにも届かず、どこかを震わせた“痕跡”のようだった。


彼は端末を閉じると、わずかに眉を寄せた。

名前だけが、画面の隅に残っていた。


イオ。



---


(第16話|終)


読んでいただいてありがとうございます。

毎週火・木・土曜日の20:00頃に更新しています。

続きが気になる方はブックマークをよろしくお願いします。

※現在リライト実施中!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ