第04話 03 契約は混沌で
・・・・・呪われた右手・・・・
長身でブラウンの短髪のバドスは自身の黒ずんだ右手を眺めながらそう呟いた。
右手がこの状態になって十日くらいだろうか・・・特に動かせないわけではない。通常道理動作できるのだが、痛覚がない。
この間はかなりの出血に気づかず危うく命を落としかけた。痛くは無かったが危険といえば危険な状態だった。
「これが足の小指だったら箪笥の角にぶつけても痛くないんだがなぁ・・・」
そう呟いた。
「過去にそんなやつも居たさ・・・」
バドスの後ろに子供のような外見の宙に浮いた人影が見えた。
黒くパーマがかった腰まである長髪に二本の長い角、大きく見開いた黒い瞳の目、その下にははっきりとした隈がみられる。腰にはアクセサリーなのか、孫悟空が頭につけているのと同じような白いリングをつけている。
上半身裸で細い腕を組むその背後に蝙蝠のような羽がバサバサと動いていた。細く黒い尻尾もある。
「そいつは小指から腐って足が駄目になり、歩けなくなってブザマに一生を終えたって聞いたぜ」
にやりと笑いながらバドスに向けそう言った。
「・・・いやー!右手でよかったなぁ…」
振り向かず右手の見ながら苦笑いでバドスはそう言った。
はっと我に返りバドスがその浮いている人物に向けて言葉を続ける
「・・・いやいや!いきなり出てきたやつを助けて、いきなりこんな手になったら、そりゃ人生の中で一大事だ!!おかしいだろ!!」
一気にまくしたてる様に荒げた声を浴びせかけた。
当の罵倒を浴びせられた人物はキョトンとした表情を浮かべ
「・・・えっ、契約ってそういうもんじゃないのか?」
当然のような口調でそう返された。
二人の間に理解の壁という静かな時間が流れた・・・・。
「オルフ・・・・・・おまえなぁ・・・・・・」
バドスの声が虚しく響いた・・・・。
―――外の世界―――
パーマがかった長い黒髪の小柄の悪魔オルフィドは、いつも外の世界に憧れていた。
黒く大きく見開いた瞳は嬉々と輝き空を見上げる。
――――あの先にある無限軌道を超えると全く別の世界がある――――
オルフィドは胸を弾ませた。この世界を出て新しい世界へ行くことがオルフィドの夢見たことだった。
―――ズウン!!―――大きな地鳴りがおこる。そして数メートルはあろうかという人影が近づいてきた
「また、外の世界へ行くことを考えているのか・・・」
白と黒の髪を持ち、大きな角を二本頭に生やした大男は静かにそう言った。
「親父・・・」
オルフィドは全くサイズの違う大男にそう答えた。
「無限軌道は簡単には超えられぬぞ・・・」
「ああ、でも超えれないわけではないよな!俺は、まだ見ぬ世界を見たい!」
嬉々とした目を大男にむけそう答えた。
対して大男は寂しそうな目を向けて答える。
「そうか・・・お前がそういうのなら止めはしない。ただし召喚以外での時空のはざまを見つけるのは難しいぞ・・・」
「・・・それでもだ・・・」
オルフィドは自分に言い聞かすように呟いた。
大男とオルフィドは空を見上げていた。
ここはいわゆる魔界と言われる空間である。
人間の住む世界とは異なった空間にあるこの世界は悪魔と呼ばれる種族が繫栄していた。
そして標準的に強い魔力を持ったこの種族は、稀に人間界から召還などの儀式を経て人間界に行き様々な契約を交わしたりする。人を呪い殺したり、国を亡ぼしたりと内容は様々だ。
また、更に稀ではあるが時空のはざまより人間界へ行った者もいる。そういった者たちは契約を交わさずに力をふるったりしている。
しかし、強い魔力を持つ彼らでもそう簡単に時空を超えて人間界へ行くことはできない。
なぜならその二つの世界を分断する空間があるからだ。その空間では魔力が使えなくなるといわれており、一度入ると強大な魔力を持っていても抜け出せないとも言われている。
召喚の儀式などでその空間を乗り越える道を開くなど、時空の狭間にて繋がった空間を移動すると人間界へと移動することが可能なのだ。一般的には召喚の儀式などでの代償を持ってそれ相応の空間の道ができ、契約の代償をもって帰りの道が開かれる。
―――ビシィィ!!―――
何かが裂ける音が聞こえた。
聞き覚えがある。空間の裂ける音だ。次元を超える裂けめ。オルフィドはそれをめがけて突き進む・・・
・・・が、いつも間に合わない。目的の悪魔がいるときには横取りはできないが、時空の歪みで出来た裂け目には入ることが出来るというのだ。
「・・・また、間に合わなかった・・・」
寂しくつぶやいた。裂け目には大小さまざまなものがあり、大きさはまちまちだが、共通することとして
―――大きな力を感じると閉じ始める―――
つまりは大きい魔力を持つ悪魔を通すにはより大きな裂け目がいる。魔力を感じられても閉じるまでの間に通過すればよい。
逆に力が弱いものが何も対策なしに通過しようとすると、無限軌道にて、その空間にのまれてしまうといわれる。稀に力なきものが無限軌道を生きたまま通過できてしまうこともあるが、その確率は低い。
―――ビシィィ!!―――
そして・・・
―――ドサッ!!―――
いつものように裂け目の音に呼ばれて一直線に飛んできたオルフィドは、いつもと違う落下音が追加されていることに気づいた
「なんだ・・・?」
そこには盗賊風の人間の男が倒れていた。確認するまでもなく無限軌道を通過したダメージで息絶えていた。
オルフィドは辺りに気を配った。人間には興味は無いのだが、こういった空間を大きな異物が通過したときにはかなりの確率で・・・・
―――ビシィィ!!―――
空間が避ける音が聞こえた。・・・近い・・・。
オルフィドはできる限り魔力を押さえながら裂け目へと向かった。彼は裂け目を見、ニヤリと笑った。
―――大きい!!―――
暫く見たことのない大きさの裂け目がそこにあった。
―――行ける!!―――
オルフィドは咄嗟にそう思った。魔力を最小に絞りできるだけ速く裂け目に向かった。
グネグネとうねる空間が眼前に見えた
しっかりと意識を保っていないと気を失いそうな圧力の中、オルフィドは進む。
出口である時空の割れ目まであと少しに見えるのだが、なかなか届かない。
「・・・チクショウ!なんでこんなけんの距離が届かないんだ!」
思わず魔力を使いたい気分をぐっと堪え悪態をついた。ここで強い魔力を使うと出口が即座に消えてしまうのだ。
“ぐぅぅぅ!!!”
小さく唸った。もう指先のほんのちょっと先にしか見えない割れ目がなかなか捕まらない。
必死にもがくかのように割れ目に進んだ・・・
どれだけの時間が経っただろうか、あまり見た目に変わらない距離を追いかけてきたオルフィドの指先がとうとう割れ目に届いた。まるで暖かな日差しを受けるかのような感覚を指先に感じ、更に歩を進める。
―――ゴポッ―――
一瞬水のなかを進むかのような感覚が彼を襲う。そして・・・
「ぷはー!!」
彼はとうとう人間界へと上半身をねじ込んだ。目前に荒野が広がった。
オルフィドが出てきた荒野の一角では。一見何やら喧嘩でもしているのか、そこだけ慌ただしい雰囲気だった。その中・・長身でブラウンの短髪の男がこちらに気付いた。
「・・・なんだ・・・新手か・・・?」
自分への攻撃をいなしながらオルフィドを確認した彼は、そう思いながら警戒していた。
襲ってきた盗賊っぽい3人をコテンパに倒したブラウン頭の長身は、不自然に宙に浮く見た目子供の上半身に近付いた。
「な・・・なんだ?お前・・・」
明らかにおかしい情景だ・・・どうしたものか・・・そう考えていると・・・
「・・・け・・・契約だ!!」
オルフィドが大きな声で言った。
「・・・へっ・・・」
対する長身ブラウン頭は、素っ頓狂な声をあげた・・・
「契・・・約・・・」
男は呟いた。
「そうだ!俺を召喚しろ!」
オルフィドのいきなりの無茶ぶりに少々たじろいだが、そもそも召喚などやったことがない、どうすればよいのかも解らない
「俺の名はオルフィド!」
一体どうしろと・・・
顔をしかめた、それに気づいたオルフィドは
「ええい!お前の名は!」
必死で名を尋ねた。このままでは無限軌道の狭間が閉じ、身体が分断してしまう。
男は一瞬戸惑った。こんな奴に名前を教えていいのか?
ググっと時空の狭間に腹を押さえられる力が強くなってきた。マジでヤバイ!
「早く!!何でもするからさ!!」
男は短い時間だったが冷静に考えると。
「なんだかよくわからんが、俺の名はパドス」
そう伝えた。
「よし、俺が言う詠唱を唱えろ!」
かなり強引だが、オルフィドが自分の後に続けと言ってきた。
「世界の真理の理を避け、境界を割き、汝が力欲さん ―――」
焦りの見えるオルフィドの詠唱を真似てパドスが唱える。
「世界の真理の理を避け、境界を割き、汝が力欲さん」
「無限の軌道を超越し、汝オルフィドを呼びし ―――」
「我が名はパドス!」
短い呪文だったが、足りない魔力はオルフィドが補助した。パドスが詠唱を唱え終わるとオルフィドが引っかかっている腰の周りが光り始める。そして空間が広がった。
―――ドテッ―――
あまり芳しくない音と共にオルフィドが地面にへと落下した。
「・・・いててて・・・」
どうやら胴体が真っ二つということは避けられたみたいだ。
「おい、大丈夫か?」
パドスが近寄ってきた。
「ああ、なんとも・・・」
そう言いかけた時、腰廻りに違和感を感じた。さっきまで異次元の狭間に挟まれていたので気付かなかったが、腰をぐるっと巻くように孫悟空の輪っかのようなものがついていた。
「なんだ・・・これ・・・」
よく判らないが、助かったみたいだ、変なアクセサリーはついたが命に別状はないみたいだ。
「よし、そんじゃ」
元気にパドスに別れを告げようとした。
・・・その時・・・急にギュウっとオルフィドの腹部で締め付ける感覚がした
「あいたたた!!」
滅茶苦茶苦しくって痛くってもんどりうった
「な・・・なんだ!苦しい!」
痛みのある腹を確認すると、さっきの輪が小さくなって腹を強く締め付けている。どうしたことだ?
何かの呪いに似た動作だと思うのだが、何がきっかけで、何が解除なのか?心当たりがない。
「おい、どうしたんだ?」
のたうち回っているオルフィドの背後から先ほどのパドスの声が聞こえた。すると・・・
「えっ!!」
締め付けが緩んだ。
オルフィドは大きく悩み・・・。
「・・・これが契約の形かぁ・・・」
小さくうずくまったまま呟いた・・・。
「大丈夫か・・・?・・・」
パドスがうずくまって動かないオルフィドの肩に右手をかけたその時
「あ・・・あれ!!・・・なんだ!!」
素っ頓狂な声をあげた。自分の右手が見慣れない姿になっていたのだ
「なんだ!!この色は・・・」
どす黒くなって感覚の失われた右手を左手で掴み驚いた声を発したのだ。
お互い理解できない状況に顔を見合わせた。
小さな旋毛風が砂埃を小さくあげた・・・・・。
「やっぱりこの輪っか、取れないなぁ・・・」
諦め気味に呟いた
「うおぉぉ、動くけど、手の感触がない!」
パドスは大げさに喚いた。
「どういうことだ!説明を求むぞ!」
勢いよく続けてオルフィドに尋ねる。尋ねられた本人は、うーんと小さく首を傾げると
「・・・混沌の契約と・・・契約の輪・・・」
思いついた言葉を口にした。
「混・・・沌・・の・・・、なに?それ・・・」
パドスは訳の解らない名称を聞き返した。
―――混沌の契約―――
それは、いわゆる取引のない契約・・・何をもって契約が履行するのか不明な契約をそう呼ぶ
「つまり、内容がないのに契約しちまったってことか?」
パドスが呆れて聞き返した。オルフィドは情けない表情で天を仰いだ。ずっと憧れていた異世界でこんな不遇を強いられるとは・・・
・・・しかし・・・
オルフィドはフフフと笑った。パドスはそれを見て、一瞬ムッとした表情を浮かべた
オルフィドは、思い返したように小さく笑うと
「まぁ、そういうのもありかもな・・・」
そう呟いた・・・パドスはそれを呆れた表情で見ていた。。
行く当てのない二人は、旅の相棒を見つけた・・・・のだろう・・・。
荒野に吹く旋毛風が小さな砂煙を上げていた。