第02話 よみがえりし魔王
「物好きだねぇ・・・お前は・・・」
レオンが疲れ切ったシルフィーネに声をかけた。
「全部助けたのか・・・?」
ジトっとした視線をレオンへ投げかけながら
「・・・全部かどうか判らないわ・・・」
シルフィーネが王都中に気配の探りを入れ、争いの気配があったところへ水球を放ち、街の中央広場へと魔物を吹き飛ばした。先ほどまでのように王都の外へ弾き飛ばすと、邪気にとらわれてしまうからだ。
魔物を一か所へ集め、シルフィーネは、それでもなお魔物に対して力をふるう人々を説得した。
長い討論の末、何とかその場を切り抜けた・・・。
「・・・力任せに暴れるより、説得のほうが疲れたわ!」
ヘタヘタとしゃがみ込み、ぺったりと地面にしりもちをついた。
朝日があたりを照らし始める。
「とりあえず片付いたわね・・・」
一息つき、ゆっくりと呟いた・・・
「まぁ・・・この王都はな・・・」
レオンが静かに付け足した
―――がばっ!!―――
シルフィーネが飛び跳ねる様に起き上がった。
「・・・あんた、なんで早く言わないのよ!!」
そう言って、飛び立とうとするその右手をレオンは掴んだ
―――な!―――
いきなり止められたことに不快に思うシルフィーネの右手へ、強力な電撃が入った
「・・・きゃぁぁ!!・・・」
ふいに出された電撃にシルフィーネはもんどりうって転がった。
「・・・な・・・なに・・・を・・・」
地面に転がったまま何とか視線をレオンに向けそういうのがやっとだった。
そのシルフィーネにあきれる様にレオンが言う
「お前、同じことを世界中でやるのか?」
その言葉にシルフィーネの表情が変わった。睨むかのような表情で、まだ電撃のダメージの残る体を何とか起こそうと腕に力を入れながら、言葉を放つ
「・・・仕方ないでしょ!!」
これ以上言葉を発すると泣いてしまいそうだった。
想像通りの答えだったので、レオンは驚かなかったが、少々あきれた。
「王都ひとつで一晩かかってるんだ、そんなに時間かけてたら収拾がつかないだろう。」
「じゃあ、どうすれば!!」
言葉が終わる前に反論をした。
「まぁ、とりあえず行ってみるか?」
レオンは意地の悪い笑顔でシルフィーネに言った。
「・・・まさか、ヨルドに会いに来るとはね…」
ジルオニアの深い山脈を目の前にしてシルフィーネはそう言った
あれほど慌てていたシルフィーネが落ち着いて現状を確認していた。
来る途中いろいろな都市や集落を通ってきた・・・そこで見たものは・・・
「・・・どういうこと・・・?」
魔物たちが邪気に充てられた気配がないのだ。
しかし、空間には二つの気配が垣間見えた。シルフィーネはリグアルで感じた邪気を思い返していた。
「・・・あんちくしょうめ・・・。」
シルフィーネは思わず悪態をついた。
山脈を突き進むと、そこには城が見えた。この城からヨルドの気配が漂っていた。
城の入り口に二人は降り立った。次の瞬間ゴゴゴッと音を響かせながら門が開く。
開いた門の先で、黒いストレートの髪に二本のまるで山羊のような角を生やした、薄手の黒い服を着た女性が出迎えた。一見、影が立っているかのようないでたちの彼女は恭しく一礼するとレオンに向かって
「お待ちしておりました。レオン様。」
恭しくそう言い終わると、突き刺すような視線をシルフィーネに向け
「・・・そして・・・シルフィーネ!」
まるで嫌なものを見るかのようにそう言い放ち、再びレオンに視線を向けた。
「ヨルド様がお待ちになっております。」
明るいオレンジの瞳孔の黒い瞳をレオンに向け、そう伝えた。
「・・・どうする?レ・オ・ン・さ・ま。」
シルフィーネがわざとらしく聞く。退く気が無いのだから、答えは一つしかないのだが・・・
「まぁ、聞きたいこともあるから、行くが正解でしょ。」
レオンはさらりと返事すると、二人は黒髪の女性についていった。
「ヴァーナも変わってないわねぇ。」
歩きながらシルフィーネは黒髪の女性、ヴァーナに声をかけた。
「・・・ふん!そうですか?私はあれから、殺意を向ける相手が増えましたが‥‥」
「あら、それって私のこと?」
ヴァーナになれなれしく左後ろから近づき耳打ちするようにそう言った。
―――ムッ!―――
イライラした表情を浮かべながら、左手でシルフィーネを払いながら
「いいえ、あなたはもっと昔っから殺意の対象です!」
きっぱりと嫌悪を込めてそう言った。
「あっ、ひっどいんだー、私、なんかしたかしら?」
“特にお前からは受けていないがーー!”
眉間に不条理なしわを寄せ軽くそっぽを向いた。
レオンはそんな二人のやり取りを後ろから見ていた。
少々広めのこの城の謁見の間へといざなわれた。その奥の玉座に座る男の姿があった。
黒いマントに身を包み、流れるような長い黒髪、端正な顔立ち、ヴァーナはその男の前に恭しく頭を下げ、言葉を出そうとした。
「ヨルド、久しぶりね!」
シルフィーネが一歩前に出て先に嬉しそうな声を出した。
その時、ヴァーナがシルフィーネ押しのけ、ヨルドの間に割って入り言おうとした言葉をいう
「ヨルド様、レオン様とシルフィーネをお連れしました。」
言い終わると恭しく一礼し、そのあと“キッ!”とシルフィーネを睨みつけた。
「ありゃりゃ・・・ゴメーン!」
悪気のない笑顔でヴァーナにそう言った。
「何の用だ。俺の嫁にでもなりに来たのか?」
ヨルドは二人がここへ訪れた理由を知っているのだが、わざとらしく質問した。ヴァーナが軽く舌打ちした。
シルフィーネは、ヨルドの問いに一点の曇りもない満面の笑みで返事をした。
「あ~、私の用事は終わったから、あとはレオンと殺しあうなり戦うなりしておいてよ。」
返事の内容とあっけらかんとした姿にさすがのヨルドも目をぱちくりした。
「私はヴァーナちゃんとお茶でもしてくるわ。」
そう言うとヴァーナの背を両手で押しながら、部屋の外へと向かう。
「・・・ちょ、ちょっと・・・え!!なに?何?・・・ヨルド様~・・・。」
部屋の外へ出ようかというときにシルフィーネが顔だけ振り向いた。
「あ、そうそう、レオン、ヨルドから結界の効力の期間だけ聞いておいてね。」
笑顔で言葉を残して部屋を後にした。
部屋を出て言った二人の言い争いがだんだんと聞こえなくなっていった。
「・・・なぁ、レオン・・・」
「なんだ?」
「お前らはいったい何しに来たんだ?」
呆然としたヨルドの質問にレオンは悩むように顔を上にあげ、間を置いた後
「・・さあ・・・」と苦笑いをしながら答えた。
「・・・しかし・・・あんなに怒っているシルフィーネを久しぶりに見た。」
視線だけヨルドに向け意地の悪い表情で、そう言った。
「怒っている・・・?あれが・・・。」
不思議そうにレオンを見、そう言った
「ああ、滅茶苦茶怒ってる。だから、お前の問いに本心を言わなかった。」
よくわかるな・・・ヨルドはそう言いたそうな表情でレオンを見た。
「・・まぁ、俺はあいつから呪いをかけられているからな・・・」
だからよくわかるんだよ・・・と・・・嬉しそうな笑みをヨルドへ向けた。
「それで・・・どうする?」
とりあえず何しよか?的なノリでレオンに問う。
「とりあえず我々もお茶にするか・・・」
レオンは脱力しながらそう言った。
「ところで魔王がこんな小さな城に住んでいるのか?」
謁見の間の隣の会議室で、レオンがお茶をすすりながら質問した。会議室にお茶が用意されていた。おそらくヴァーナがこうなることを見越して用意していたのであろう。カップは三つあった。
レオンの対面に腕を組みながら座しているヨルドが、少々不機嫌そうな表情を見せた。
「おいおい、魔族を統べる者が『魔王』なんだぜ。300年も不在で魔王に居続けれるわけないだろ。」
当たり前のようにヨルドは言った。そして現魔王がベルゼルという名の強力な力を持つ魔族ということを伝えた。もともとシガは300年で復活するプランだったので、ヨルドたちの封印は300年前後を想定していたのだ。ただ、シガはレオンたちに力を与えた事で、100年復活が遅れ最近になっての復活だったのだが。レオンは100年ほど前にヨルドの封印が解かれていたことに少し驚いた。
「そうか・・・しかし、あんたは現魔王のベルゼルよりかは強いだろうに、返り咲こうと思わないのか?」
ヨルドは、レオンの言葉に予想外にイラついた表情を見せ、少々後ろ頭を掻きながら間を取り、
「・・あ~・・・もう・・・」
と、じれったい唸りをぼやいた後にめんどくさそうに答えた。
「・・・泣いてたんだよ!300年の間・・・」
レオンはきょとんとした
「・・・お前が・・・か・・・?」
恐る恐る聞いた。
「違う!」
ヨルドは強く否定し、顔を背け恥ずかしそうに言った。
「・・・ヴォルケーナが・・・だ・・・」
「ヴァーナが・・・!」
レオンは確認するかのように先ほどまで一緒にいた黒髪の女性を思い返した。
そして・・・一拍置き、思わず声高らかに笑い始めた。
「ははは!とうとうお前も呪いにかかってしまったか!!そうか!ははは!!」
「うるさい!だまれ!」
椅子の上でもんどりうっているレオンに少々大きめの声で抗議した。
「いや、はぁ、悪い悪い・・・。」
レオンは何とか落ち着くと、
「まぁ、そうなってしまうと、魔族を統率するにはちょっと気が引けるか・・・」
そうヨルドに言った。
「それで・・・」続けてレオンが尋ねる
「なぜリグアルだけ結界を張らなかったんだ?」
ヨルドは冷め始めたティーカップを口にしてそれに答える
「彼女は、それが聞きたかったのかい?」
それを聞いてレオンはゆっくりと首を振った。ヨルドもそれは違うと分かっていた。
「いや、それは逆だな・・・」
「『なんで世界に結界を張ったのか?』ってのが聞きたかったのさ。」
自信ありげにそう答えた。
「にひひ・・・」とシルフィーネはまだ湯気の立つカップを手に、自慢げな笑みを見せていた。
「見た~?あの子のきょとんとした顔!!私の質問にはぐらかした答えをしようとしたってそうはいかないわよ!」
ヴァーナは静かにカップを机の上に置き、少々きつい口調で切り出した
「あなた!!私の半分くらいしか生きてないのに、ヨルド様を『あの子』呼ばわりして!一体何なんですか!!」
「・・・ん・・・?」
シルフィーネに不思議そうな顔をされた。
「・・・えっ・・?」
なにか不思議な発言でもしたのだろうか?自分の発言を思い返すが何が悪いのかわからない。
「え~!あの子何も言ってないの?信じられな~い!!それでよく私に『嫁になりにきたのか』なんて言えたわねぇ!!」
論点が見つからない・・・ヴァーナはそう思った。
「私ねぇ、前世であなたたちが世界樹から生まれたときも見てるのよ。」
「はっ・・・?」
「ヨルドもあなたも小さいときはとても可愛かったのよねぇ・・・あ・・・ヴァーナちゃんは今でも可愛いわよ。」
どういうことだ?ヴァーナは考えがまとまらなかった。私の小さなころこんな恥知らずな奴いたか?
「その時は、セレンっていう名前だったわ。」
―――ガタッ―――
セレンという名前を聞いた時ヴァーナは、椅子から飛び出すように立ち上がり、シルフィーネを見た。
「セレンって、あのセレン!!」
・・・しかし・・・
「はっ、嘘言わないでよ!アンタとセレンって天地ほど違うじゃない!」
セレンは・・・女神だった。白く長いストレートの髪、抜けるような白い肌・・・そして、何よりも・・・
「性格なんて、アンタにはセレンの欠片すら見当たらないでしょ!」
断定したように否定をし、勢いよく椅子に座った。
そんなヴァーナの強い否定にシルフィーネは、仕方ないでしょ!と言わんばかりの表情を浮かべ、
「まぁ、私も前回の転生は、堕天しちゃったからねぇ。」
自分の黒い髪をいじりながら、さらりと言った。
ヴァーナの目が不審者を見る目に変わった。多分、何かきっかけがあるまで信じないわね・・・シルフィーネはそう思った。
「ねぇ、そんなことよりも」
いや、セレンの件は『そんなこと』では片付かないのだが・・・そう思うヴァーナを横目にシルフィーネが話題を変える。ヴァーナはちょっとヒートアップしたので、乾いたのどを潤すかのようにお茶をすすりながら話題の変化を受け入れることとした
「ヨルドのことどう思ってる?」
ブーーッ!
思わず口に含んだお茶を吹き出した。
「ゴホッゴホッ、・・・な・・・・な・・・なん・・・・ゴホッ、なんのことかしら~!!」
あせって言葉の音程が無茶苦茶になっていたことにヴァーナは気づいてなかった。
「あら、判りやすい反応・・・。」してやったりの嬉しそうな笑顔をヴァーナに見せた。
「私はヨルド様に仕える身ですので、お答えできません!」
「あらら・・・、素早いリカバリね・・・。」
改めて平静を取り戻したヴァーナが答えを言った。シルフィーネはそんなヴァーナに意地の悪い含み笑顔を浴びせた。
二つのお茶会は、楽し気?に行われていた。
「お前は何しにここまで来たの!!」
改めてヴァーナがシルフィーネに質問した。
「・・・そうねぇ・・・。」
シルフィーネは少し遠い目をしてそう呟いた。そして・・・
「なぜ、ヨルドが世界を救ったのか知りたくてねぇ・・・。」
「・・・」
ヴァーナは答えなかった。それを確認しシルフィーネは続ける。
「でも、あなたたちに会って、答えが見えたわ・・・」
シルフィーネの表情が和らいだ。
「あなたたち、街を見に行ったのね。」
「魔族と人間が共存できる街を・・・・」
ヴァーナは表情を変えずにシルフィーネの話を聞いていた
話の内容はこうだった
シガが復活したとき、現魔王のベルゼルが何を思ったか、邪気を振りまいた。
魔物は正気を失い、本来の魔物の凶暴性を表に出すはずだった。
ヨルドはそれに逸早く気づき結界を世界中へかけた。リグアルを除いて・・・・
「まぁ、世界に張った結界は、・・・そうねぇ・・・あの子の性格からすると、理由は二つかしら・・・」
シルフィーネは、考え事をするかのようなポーズをしながらそう言った
「二つ・・・?」
ヴァーナが呟く
「そう、二つ。一つ目は、共存の未来を壊したくなかったこと、もう一つはベルゼルへの嫌がらせね。」
はっきりと断定したシルフィーネを、忌々しい視線でヴァーナは見つめた。
「リグアルに関しても理由は二つかしら・・・」
部屋の入り口に向かって聞こえる様にシルフィーネが言う。
「どうだろうねぇ・・・その見解を聞きたいものだが・・・」
その問いには入り口にいたヨルドが答えた。
「ヨ、ヨルド様・・・・!」
ヴァーナは椅子から立ち上がり、ヨルドに向けて姿勢を正した。
シルフィーネは、ティーカップを正面においてテーブルへ両肘をついて顎杖をしていた。含みのある笑顔で話を続ける。
「そうねぇ、一つ目は、シガへの嫌がらせかしら。あなた400年前にシガにコテンパにやられたものねぇ・・・。」
躊躇ない発言に。ヨルドの苦笑いが見えた。シルフィーネは、左手の頬杖を外しヨルドを指さした。
「・・・もう一つは・・・、あなた、私たちがどうやって切り抜けるか見たかったんでしょ!」
「どれだけの魔物や人間を見捨てるのか、確認したかったんでしょ。」
はっきりとした口調でシルフィーネがヨルドに質問した。
それに対しヨルドは口角を上げ、高らかに笑った。シルフィーネは、楽しそうにその姿を見つめた。
「ははは、そういう目ざといところはセレンの時から変わらないな・・・」
ヴァーナがその言葉を聞いて目を真ん丸に見開いた。
“えっ、本当にセレンなの・・・・?”
嘘としか思えない話だったので信じないようにしていたが、ヨルドが認めているのでは否定のしようがない。見開いた驚きの眼をシルフィーネに向けた。
「実はもう一つ、あわよくば、お前が救えない世界に絶望して自暴自棄になるのを期待していた。」
「そうなればお前を手に入れる事ができるかもと思っていたのさ。」
二つの答えを肯定しながら三つ目の答えをヨルドは言った。
「あ~ら・・・それは残念ね。」
ヨルドの答えに不敵な笑みを浮かべて皮肉を述べるように言った。また、三つ目の答えを聞いたヴァーナの表情が一変し、恨みの入った鋭い目つきをシルフィーネに向けていたことを彼女は、あえて無視した。
レオンはヨルドの隣でそんなやり取りを静かに見守った。
かつてあったエデンでの四人の姿が重なって見えた・・・・。