第01話 狂いし世界
大陸に淀んだ空気が立ち込めた。
石造りの建物を走る足音が聞こえる。そこは地下へと続く階段。
小柄で白いドレスを身にまとったカールのかかった長い金髪の女と、長身で着崩したタキシードをまとった短髪の茶髪の男の二人が、何かに追われるように背後を気にしながら走っていた。
「姫!こちらへ!!」
男は女を廊下にあった柱の陰に導き、タキシードの上着の内に右手をさしこみ振り返った。
「出でよ、サラマンダ!」
内ポケットから人差し指と中指に挟んだ細長い紙”護符”をそう言いながら投げつけた。
刹那、ゴウッ!と大きな音を立てながら火の塊が護符を飲み込み、大きな龍の形となった。
「しばらく、このサラマンダに道を塞いでもらいましょう・・・」
そう言うと、柱の陰にいた姫の手を掴み奥へと小走りに進んだ。
ギャーという悲鳴が後ろから聞こえる。サラマンダを無理に越えようとしたのだろう。
「まったくゴブリンの群れとはキリが無いです・・・」
吐き捨てるように呟いた。
「ちょっと!ヒューイ!あんな技があるなら、こんなところこなくてよかったんじゃ無いの!」
息を切らせながら、理不尽な環境になった状況で、姫・・・イルアに言われヒューイは苦笑した。
「・・・本当は、颯爽と正面からロルウェンに戻る道を進みたかったんですけどねぇ・・・」
ロルウェンとは、二人の出身地の名前で、魔法国家として栄えたターガルを中心とした共和国である。
「私の魔法は市街戦には向いてませんし、護符のストックも少なかったんですよ。」
だから、その装備では四方から来る障害から守れないと苦笑いのまま、イルアにそう伝えた。
「・・・で・・・この先に抜け道があるってことね!」
息を切らせながらイルアは質問する。
「そのハズ・・・でしたが・・・」と歯切れの悪い答えが返って来ると。怪訝な勘がイルアを襲った。
「・・・ヒューイ・・・あなた・・・道・・・間違えたわね・・・」
正直に思いついた言葉をヒューイに刺した。お返しにギクッ!とした表情が帰ってきた。
「・・・鋭いですね・・・」
「何年あなたを従えてきたと思っているのよ!!」
なんとか絞りながら作った苦笑いと言葉にイルアが呆れてそう言った
取り敢えず先に進むしかないと諦めたその時
ヒュン・・・
と風を切る音が襲ってきた。
「キャッ!」
イルアが小さい悲鳴をあげた。左腕に何かが掠り、出血した。
サラマンダを越えたゴブリンが弓矢で襲ってきたのだ。
「ちい!」
今一度内ポケットから護符を取りだす。あと12枚あるのだが、火炎系が得意なヒューイは一瞬躊躇した。
”ここで、火炎はまずいかな・・・”
これより先に出口があるか判らない。酸素の保証がない・・・・。
「姫、後で追いつきますから、とりあえず、次の体を隠せる場所でお待ちください。」
イルアは少し戸惑ったが、確実に足手まといになっている自分を感じ、
「そうするわ・・・いいわね!ちゃんと後からついて来るのよ!!」
そう言って奥へ続く道へと走って行った。
ヒューイはそれを確認し、もう一度護符を選び直し二枚を選ぶ、
「出でよ!アクエリアス!」
水の壁が目前に出来た。更に・・・
「出でよ!ウィンディーネ!」
風が起こった。そして
「放て水刃!」
早口にそう叫んだ。その声に答えるかのように、目前にあった水の壁から無数の水刃が風に乗りゴブリンに向けて放たれると、ゴブリンの阿鼻叫喚が聞こえた。
しかし、まだ矢は飛んで来る。
「一体、どれだけの数がいるのやら・・・」
もう一枚、護符を取り出した、今までとは見た目が違う。封印の文字を書いた紙ではない、薄い鉄板の様なもので、紋章の押し印が刻んである。
「雷符!!」
その言葉とともに雷に似た光が発生し、水の壁に纏った。
そこからの水刃は雷の光を纏ったものとなった。飛んで来る矢にすれ違うだけで雷が撃ち落とす。
また、水刃に当たらなかったゴブリンにも、すれ違いざまに雷撃を落とす。
しばらくしてゴブリンの声は聞こえなくなった。全滅したのか、逃げたのか・・・・取り敢えず、よくない状態は回避できたみたいだ。
「・・・さて・・・」と呟くと、“姫を追いかけるか・・・”そう思いながら奥へと走り始めた。
「・・・あのお方は、意外と足が速いからなぁ・・・」
苦笑いを浮かべながら、後を追いかけて行った。
イルアはヒューイに言われ一人で走っていた。
「まったく、とんだ災難だわ!」
走りながら今日のことを思い返していた。
リグアル公国王、ルト・リグアルの誕生日を祝う祝賀会に呼ばれ公国に訪れた二人は、王城へと赴き待合室にて待機していた時、大きな音を聞いた。
―――ガシャーン!―――
音と同時に窓から子供ほどの体格の何かが部屋の中に飛び入って来た
「・・・ゴ・・・ゴブリン・・・」
鋭い目つきでこちらを睨みグルル・・と唸りをあげる。
「・・えっと・・・友好的な状態ではないわねぇ・・・」
イルアは苦笑いをしながら、とりあえず呟いてみた・・・
刹那、ゴブリンが飛びかかって来た。
「きゃあ!!」とイルアが悲鳴をあげたと同時に
「出でよウィンディーネ!」
ヒューイの声が聞こえ、風の精霊がゴブリンを吹き飛ばした。
「姫!こちらへ!」
廊下へと続く扉へ誘導され部屋の外へ出た。
「ヒューイ!一体、何が起こったの!」
おそらくヒューイには答えられない問いを投げかけた
ヒューイは、深刻な表情を浮かべ周りを一瞥し警戒した。
少しの間何も喋らず辺りの気配を探るかの様な仕草をした後、西の方角で視線が止まる。
冷や汗がヒューイの頬をつたった。
「・・・とても強く禍々しい力が現れたみたいです・・・・・」
呟くような小さく緊張した声でそう言った。
二人はその場を離れ、リグアル公国へ保護を求めようと考えたが、ゴブリンの襲撃を受け、それを断念した。そして独自で避難し、自国へと戻るという判断とした。
ヒューイ曰く、禍々しい力の影響で、弱い魔物達が凶暴化し、暴れ始めたということらしい。
そんな事を考えながら階段を下へと走っていると、突き当たりに横へと続く道が見えた。
”身を隠せれる!”
そんなことを思い即座にそこへと駆け入った。
滑り込むように身を隠してから通って来た道を確認する。
この地下道に入る際にヒューイから夜目の魔法をかけてもらったのだが、この魔法の視野は精々三メートルくらいなので、その先は確認出来ないと知っているのだが・・・
案の定、灯りがほとんど無く暗い道が見えるだけで何も確認は出来なかった。
今度は逆に曲がった先の通路に視線を送る。すぐ先に壁が見え、扉の無い入り口が見えたが、それ以外は真っ暗だ。
・・・ポタッ・・・
まだ出血の止まぬイルアの腕の傷から血が床へと滴り落ちた。
彼女は暫くそのことに気付かなかったが、冷静さを取り戻して来たのか、腕の傷が痛むのに気がついた。
”あぁ、さっきの弓矢がかすったところね・・・”
右手で出血のある左腕を押さえ、視線を下へとやった。
「・・・えっ・・・」
床へと落ちたまだ乾かぬ血の中に、弱々しく光る青い光が見えた。
その光は弱々しく、まるで何かを探しているかのように動いていた。
「何、この光・・・」
イルアが呟いたと同時くらいに、光が奥の入り口の方を指した。
――刹那――
強く青白い光の一閃が、その入り口の向こうまで繋がった。イルアには、光の筋がこちらへ向かって来たように見えた。
光りが繋がった次の瞬間、奥にある入り口から眩いばかりの強い光が放たれた
一瞬で消えたその光を受け、イルアは暫く視界が定まらなかった。
”なに!今の・・・”
今一度、言葉にしたのか、思っただけなのか、自分でもわからない・・・・
視界が戻ったイルアは、ただ、好奇心に引き寄せられるように、入口へと歩み寄る。
彼女は気付かなかったが、この時腕の傷が綺麗に癒えていた、また、自分の視界が広くなっている事にも気付かなかった・・・・。
その先は広いホールとなっていた。通常のホールと違い、床や壁の殆どが剥き出しの岩になっていた。
中央・・と思われる付近はしっかりとした円形の石造りの床があり、その中央には台座が設けられていた。人が頻繁に入る場所とは思えない異質の空間を確認すると、石床から少し外れた地面から、先ほどの光の関係なのか、薄っすらと光りが漏れている場所を見つけた。イルアはそこに導かれるように、ゆっくりと歩を進める。彼女がその光に辿り着くと、光はその姿を変化させた。
パアッ!!
一瞬の強い光が放たれ、立体的な光の半球となった、蒼白い光の半球となったその境界には見たことのない文字が見えた・・・これは、まるで・・
「・・・魔法陣・・・」
そして、最初に光のあった地面から漆黒の光というべきか、吸い込まれるような闇が現れた。
地面から伸びて来たその闇はイルアの肩の高さくらいのところで止まる。子供くらいの大きさのその闇がイルアの目の前に完全に現れると、今度はまるで闇にヒビが入るかのように砕け始め、中から蒼白い光が現れた。その光はゆっくりとはっきりした形となり、イルアの前に姿を表した。
「えっ・・・」
イルアは訳が分からず、その一部始終を見ていた・・・・。
・・・何かがおかしい・・・
ヒューイは、イルアを追って階段を駆け下りる。
先程、強く弾けるような感覚を頭の中で感じとった、理由はわからないが、それはイルアの向かった先から感じ取れるものだと直感的に思った。
ゴブリンが襲って来た時のあの禍々しい雰囲気とは違う、邪悪さのような禍々しさは感じられない・・・・しかし・・・・・それを凌駕するほどの大きな感覚が、一瞬で現れ、消えた・・・。
何が起こっているのか・・・・この二つの大きな力は、それぞれ関係があるのか・・・?
謎が不安を駆り立てる。
「頼む!!ウィンディーネ!!」
一枚の札を内ポケットから出し、そう叫ぶとヒューイの体が浮き、滑るかのような速さで移動し始めた。
不安から出る鼓動が高まっていた・・・。
「・・・えっ・・・!!」
イルアの目の前にある光がはっきりとした形を表した。その形は柄の部分を上にした一振りの中型の剣となった。
「・・・剣・・?」
青白い光をまとったその剣は、装飾の少ないシンプルな剣だった、また、一般兵士が使うには大きく、強戦士が使うには少し小さいといった感じのものだった。
誰のものだろう・・・魔剣なのかな・・・?
いろいろと疑問が出たが、結論は出ない。
じっと見ていると、少し浮きながら直立していた剣が光を失い、まるで吊られた糸がぷつりと切れるかのように倒れながら落ちた。
「わ!」
イルアは短く驚いた声をあげ、思わず剣を支えるかのように柄に手をかけた。
その時だった。
「姫!!」
大きな声にイルアは驚いて振り返った。
ヒューイだ!そう認識して彼を見る。そのヒューイはまるで空を飛ぶかのようにイルアに向かって滑り込むかのように近づき、彼女に背を向けて止まった。
「え・・・?」
よく解らない状況にそういうのが精一杯だった。
「お前は、何者だ!!」
ヒューイの凛とした声が響いた。
「何者だ!!」
ヒューイは再び声をあげた。
イルアは訳が解らずヒューイの背から覗きこんだ。目前にあるのは円形の石床、そして中央に台座・・・・そして、その台座の上に・・・・
「え・・・誰・・・?」
マントに身を包んだ長身の人影があった。
銀髪・・なのか、少し色の混じった長い銀髪、光沢のある白っぽいマントを羽織った、体格から男と思われる人影は、しばらくこちらを眺めていた。
得体のしれない状況に、イルアは握っていた剣の柄を、しっかりと・・・・
「えっ!!」
握っていたはずの剣がなくなっている、確かに柄を支えて握ったはずなのだが・・・
キョロキョロと周りを見渡すが、剣らしい影は見つからない。
なにがどうなっているのか解らない状態が上乗せして来たが、いまはそれどころではない。
もう一度ヒューイの背中ごしに男を見る。イルアの仕草を眺めているかのように佇んでいた。
「ちぃ!」
ヒューイが内ポケットに手を入れた、得体のしれない相手に臨戦態勢を整えた。
”奴からは魔力は感じられない。相手にするならまず・・・”
そう考えていると
「・・・シガ・・・」
相手が呟くかのように言葉を発した。
「なに・・・!」
ヒューイは思わず聞き返した。
「シガという・・・。400年ぶりに友人に会うために目覚めた取り柄のない者さ・・・」
改めて聞き取りやすい口調で、長身の男・・・シガが答えた。
「シガ・・・」
ヒューイは確認するかの様に呟いた。心当たりのない名前だ。
つまり、まだ不審者には変わりない。しかし・・・
「・・・400・・・年・・・ぶり・・・だと・・・」
人の寿命では無い時の数を言われヒューイは困惑した。
「君は、人を連れて浮遊できるか?」
困惑するヒューイをよそに、シガが質問してきた。
「・・ん?・・・まぁ・・・可能だが・・・」
警戒を解かずに、質問には素直に答えた。今の所、自分達に脅威はなさそうだが・・・
すると、シガはゆっくりと右手を上にかざし、なにやらゆっくりと動かし始めた。
そして、呟く様な声で何かを言った。ヒューイには小さく「オオン」としか聞き取れなかった。
その動作が終るとゆっくりと手を下ろし、ヒューイに目を向けた。
「この後はよろしく。君の魔法で私も連れて行ってくれ。」
ゆっくりと丁寧な口調でそう言った。
”連れて行く・・・?・・・どこへ・・・?”
ヒューイは、よく解らない言葉に疑問を抱いた・・・・その時・・・・
目の前に光が差し込んできた、上からだ!
思わず警戒を解いて上を見上げる
「!!・・・な・・・!!」
見上げた上空にある風景を見て言葉を失った。イルアも口をあんぐりと開けて言葉を失っている。
目の前、いや、地下であるその天井に大きな円形の穴があき、月夜が見えていた。
「外には友人が待っているから、驚かせてやらないとね・・・・」
驚いているヒューイたちを横目にシガは優しい笑顔を見せそう言った。その言葉で冷静さを取り戻したヒューイは、優しそうな笑顔とは少しずれた言葉が気になったが、3人で脱出することを決めた。少なくともヒューイには助け舟だ。出口を探す手間が省ける。
ウィンディーネの札を使おう。そう思い残った札の中にある札を確認する。ウィンディーネの札は1枚あったが、これでは三人を浮遊するには不安しかない。
その札を一枚指で掴み、悩んでいると不意にその札が金色に似た淡い光を放ち始めた。
「!!」
なんと、命令を下していないのに、札に封印したウィンディーネが開封されたのだ!!
しかも、人型の確たる姿を見せた。全身が黄金色の淡い光を纏った己の身長より倍以上の長さのある金髪をなびかせた目つきの鋭い半裸の幼女。その幼女に見える精霊、ウィンディーネは屈託のない笑顔を見せ真っ直ぐにシガへと飛んで行った。
今まで見たことのない現象にヒューイは戸惑った。なにもされていないのに、ただこの男には勝てないという不確定な確信を感じ、背中にびっしょりの冷や汗をかいた。
・・・警戒は解けられないが、そもそもこいつに警戒して何か防げるのか・・・?
そう思いながらシガに駆け寄ったウィンディーネが嬉しそうにくるくるとシガの周りを飛び回るのを見ていた。
「エアリアルの眷属か・・・。」
嬉しそうに飛び回るウィンディーネに、我が子を見る様に優しく眺めながらシガは呟いた。
ウィンディーネはコクコクと何度も嬉しそうに頷いた。
「・・・そうか・・・それでは君を見込んでお願いしよう、我ら三人を地上まで送り届けておくれ。」
今まで嬉々とした笑顔を見せていたウィンディーネがキョトンとした表情になった。
そしてヒューイたちの方向に振り返り二人を一瞥した。
”あら、あなた達、いたの・・・”
無言であったが、ヒューイには、つまらなそうな口調でそんな言葉を投げかけられたような気がした。
ウィンディーネは、そう思っているヒューイを横目に、少々ワザとらしく考えるそぶりをした、さらに何か思いついたようなそぶりをする。そして、両手を胸の前で合わせ小さく祈った。すると一つの風の渦が現れた。風の渦が割れ、中からもう一人の精霊が現れた。こちらもウィンディーネなのだが、銀色の短髪で、おどおどした表情の見た目で、三歳児程度に見える。
短髪のウィンディーネは弱々しくこちらに向かってきた。そしてイルアにピッタリと抱きついた。イルアの瞳が輝いたように見えた。
「・・・か・・・可愛い!!」
思わず抱き返した。短髪のウィンディーネは、それを嫌がりジタバタした。
「ああ、姫様、あまり乱暴に扱ってはいけません。・・・・ごめんよ、驚かせて・・・」
ウィンディーネとイルアをあやすかのようにヒューイは言った。そして、静かな口調でお願いを伝える。
「お願いだ、私達を地上まで送り届けてくれないか?」
短髪のウィンディーネは長髪のウィンディーネに視線を送った。それはまるで助けを求めるかのような表情だった・・・。長髪のウィンディーネは勝気な笑顔を見せ頷いた。
それを見た短髪のウィンディーネは、オドオドとした表情でヒューイに小さく頷いた。
「ありがとう。よろしく頼むよ。」
刹那、強い上昇気流が三人を包み込んだ。
“やばい!!“
ヒューイはとっさにそう思ったが遅かった。
「きゃー!!!!!きゃーーー!!」
案の定、イルアの声がこだまする。
空中に浮いたヒューイは、同じく空中に浮いたイルアに向かって手を差し伸べた。
幸いまだ手の届く近い位置でウィンディーネを抱きしめながらジタバタしている。
精霊を怒らすと何をするかわからない。それが悪意や意思のないことであっても。
イルアが喚いていることにより、ウィンディーネが機嫌を損ねたら、最悪この場にいる力無き者は全滅する。早急に落ち着かせないと・・・・。
なんとか左手でイルアを捕まえ、少々強引ではあったが、自分の胸にイルアの頭をしっかりと抱きかかえる。右の手で足を支えた。いわゆるウィンディーネを抱きかかえたイルアをお姫様抱っこの状態とし、イリアの恐怖をやわらげた。
「ゔー!!」
少々大きめに唸っているものの、大声を出すことはなくなった。
ウィンディーネも、どうやら落ち着いているようである事を確認し、ヒューイは安堵した。
そして、想像もつかなかったことが目に飛び込んできた。
自分たちが通り過ぎた床が、再生されていくのだ。
何が起こっているのか一瞬解らなかったが、空間操作の類の魔法であるという想像に落ち着いた。
空間転移?しかし、あの動作と呪文のみで可能なのか?
ヒューイはシガが手を上にかざし小さく唸った情景を思い出した。
「一体、お前は・・・・・」
何者だ!と言わんばかりに。シガがいるであろう方向を見上げた。・・・が、言葉はそこで止まった。
そこにはまるで舵の取れない船のようにぐるぐるとウィンディーネのなすがままに飛ばされているシガの姿があった。
「・・・いや・・・あれでいいのか・・・・?」
なにやら見てはならない状況を見てしまった気持になった。
ウィンディーネが嬉しさのあまりに、無茶苦茶な気流で上昇していく様を、自分たちでなくて良かったと安堵しながらも不安な気持ちで眺めていた。
そして・・・、このウィンディーネでよかった・・・・。
心底そう思った。
唸り声のような低い音が響く
城の上空には青白い光が立ち上がった
刹那その光は咆哮をあげた。
光は人型の影となり、狼男が現れた
「がっはっは!!漲る、力が漲ってきたぞ!!」
獣人というと人間からすると大きな脅威だ。ゴブリンだけでなく、単体でも脅威となる魔物まで街中に現れるようになってきた。
さらに自分の力を鼓舞するかのように天高く咆哮をあげようとした刹那、
―――バシャッ!!――――
水の塊が狼男を襲った。その水の塊は狼男ごと街を囲う塀の外まで吹き飛んでいった。
その情景を確認するかのように夜空に二人の影があった
「なかなか残酷だなぁ・・・」
月明りに照らされながら、レオンが苦笑を交えながら言った。
「あら、あなたに任せたら、殺しちゃうでしょ。」
シルフィーネのいら立ちの混じった、きっぱりとした言葉に「確かにね」と呟いた。
「しかし、数が多いから殺さずに駆除というのは難しいだろうに・・・」
「駆除言うな!!せっかくここまで安寧の世になったのよ!、邪気に充てられただけなのよ!!」
悲しい瞳を見せながらシルフィーネが早口にそう言い放った。
シルフィーネにしてみれば、せっかくここまで種族間でのわだかまりがなくなってきたのに。殺したくないといったところだろう。
「どちらにしても、全てを助けることは無理だな・・・」
レオンは冷静にそう言い放った
それはシルフィーネも判っている、判ってはいるのだが・・・
「まず、魔物と人間を隔離しないと!」
シルフィーネは、月夜に視界を懲らし、魔物の気配を探る。一般的な個体差から言うと魔物のほうが強くて頑丈だ。吹き飛ばすなら魔物優先が手っ取り早いのだ。
街中で争いの気配を見つけた。近衛兵と魔物が争っていた。
シルフィーネはその中に割って入り、まず、魔物を街の外に弾き飛ばした。そして
「争わないで!!さっきまで仲良く暮らしていたでしょ!!」
人間・・・近衛兵にそう言った。
「し、しかし・・・こちらとしては、身を守るには戦うしかないじゃないか!」
正当な意見だ。シルフィーネにも正直、返す言葉もない。
「そうね・・・今は邪気に充てられて正気を失っているだけなの、だから、なるだけ争いの少ない方向で解決してもらいたいの・・・」
静かにそう言い放ち、空を見上げた。――と、その時・・・・
―――ウオン―――
強い違和感を感じた。
違和感の方向に目をむける。城のある方向だ。夜空に見える城のシルエットがいびつに歪み、一番高い塔が消えた。
「・・・へっ・・・」
目を疑うような情景に、懐かしい感覚が蘇った、この感覚、この波動は・・・
「・・・シガ…」
どいうことかわからないまま、城を見上げる。
すると・・・しばし経った後に消えた棟のあたりから無造作に放り投げられるように飛び出てきた影があった。
「・・・は?・・・へっ・・・?」
意味が分からない状況がシルフィーネを襲った。あんぐりとした表情で直立した姿勢のままグルグルと不規則に回転しているシガを見て言葉を失った。
そして・・・
目が合った・・・!?
あまりにも距離があるので、不確定な確信であったが、シガと目が合った気がした。
そのまま棒切れのように姿勢を変えずにグルグルと回転したまま、そのものは近づいてきた。
そして・・・強い回転がかかったまま、シルフィーネの目前にある屋敷の塀に頭から縦にぶつかった。
「・・・はっ!・・・・ちょ・・・ちょっと!!!!シガ!!大丈夫?」
思わずシルフィーネが叫んだ。・・・今のぶつかり方はやばいやつだ。
慌てて瓦礫と化した塀にシガを捜索しに駆け寄る。
瓦礫をどかしていくと横たわったシガがいた。
「どうだい、シルフィーネか。驚いたかい?」
素っ頓狂なセリフが聞こえてきた
暫く開いた口が塞がらなかったが、頭痛を我慢しているかのように頭を押さえ・・・
「・・・え、えぇ・・・とりあえず・・・かなり、びっくりしたわよ・・・。」
とりあえずそう答えた。
シガが出てきた棟のあたりに、ヒューイ達がウィンディーネに連れられて出てきた。
空中に浮いたままヒューイは絶句していた。
地下からここまであった大穴が音もたてずに砂の造形を作るかのように元に戻っていく
しかも我々が通り過ぎたのを確認するかのような復元のタイミングだった。
ヒューイ自身、魔法国家と言われるターガルの中において指折りの術者の評価を受けているが、この状況を行使できる方法がイメージできない。本当にこの状況が魔法で作られたというのなら別格の魔法だ。
そして、ふざけているかのように見えたあのグルグル回った上昇も奴には何の影響がなかったように見えた。あの状況下でウィンディーネと会話している様子がうかがえた。
「シガ・・・一体奴は何者だ・・・・」
魔力を感じることがなく、あの魔法のような現象をどのように発動させたのか?
いろいろと頭の中を疑問が走りまわるヒューイとイルアをウィンディーネはゆっくりと地上まで運んだ。
地上についてからイルアとウィンディーネを下ろした。
「・・・ロルウェンに向かいましょう・・・途中にエド達と合流出来るはずですから・・・・」
いろいろと思うことがあるが、まず姫であるイルアの身の安全を考えるべきだと思った。
「シガ!魔物が暴れ始めたの!あなたも力を貸して!!」
シルフィーネはまだ横たわっているシガへ早口にそう言った。
するとシガはゆっくりと立ち上がり、右手の平を上に向け広げた。
――スン!―――
シルフィーネにはそういう音とともに大きな波動が広がるのを感じた。
「とりあえず魔物は落ち着いたが、今度は人間を止めないと魔物が殺されるのだろう・・・」
シガはそう言った。シルフィーネは周りの雰囲気が変わったことに気づいた、始まりとなったきっかけの禍々しい空気がなくなっている。
「結界はこの王都にかけておいた」
淡々とシガは言う・・・と同時にシルフィーネは駆け出した。魔物が正気になったとはいえ、今まで襲われていた人々がそのまま和解するはずがない。
シルフィーネは一晩中王都を駆け巡った・・・。




