第06話 本を読むエルフ
バサバサバサ
大きな音と共に埃を立てながら落下してくる大量の本に押しつぶされそうになった
「きゃあっ!!」
小さく少女の声が聞こえた。大量のほんの下でもがく小さな何かがモガモガと動く。
「ん~・・・文字が・・・見え・・・ない・・・」
おっとりとした、どうにもならない口調で声をあげる、今回の本の量はちょっとシャレにならないほど重い。更にモガモガとあがくが、どうにもならない。
「ん~」と情けない呻き声をあげた。
「・・・まったく、いつも何やってんですか・・・」
大量に書物に占領されている部屋の入口で、銀の長髪、浅黒い肌、長身で、黄色を主体とした服装をした女性が呆れた表情で、中央にある無秩序に積まれた山積みの本の塊を眺めていた。細長い耳がピンと動いた。
「・・・私の文字が・・・見えな・・・いの・・・」重さに負け始めてだんだんと小さくなっていく少女の声が部屋の中に聞こえた。
「トリア様、いい加減整頓していただけませんかねぇ・・・」
本を部屋の傍らに無造作に積みながら、銀髪の女性が窘めた。
「あー・・・フェルム・・・それはまだ読んでないから、そこに積んじゃダメ・・・」
おっとりとした声を受け、フェルムはめんどくさい表情で指摘された本を見つめた後、声の主を眺めた。
そこには小さい体つきの少女がいた。手入れのされていない身長と同じくらいの黒く癖のついた髪に、白い肌、フェルムと同じく長い耳、深い藍色を基調とした服を着用した度の強い眼鏡をかけた少女、トリアが懇願の表情を浮かべていた。
フェルムと呼ばれた銀髪の女性は仕方なしに
その本を小柄な彼女に手渡した。
「ありがとう。フェルム。」
受け取った本を大事そうに抱え、満面の笑みでフェルムに礼を言う。
「・・・は・・はい・・・。」
その無邪気な笑顔に思わずフェルムは顔を赤らめて返事した。
「もう、トリア様ったら・・・」
照れを隠すかのようにそう付け加えた。
エルフの村にて、ダークエルフとして産まれ、
虐げられてきたフェルムを引き取ったトリア。
初めて優しさというものを受けたフェルムは親のような愛情を感じようと・・・
・・・したのだが・・・、
「全くの破天荒ぶりの御方でしたわ・・・」
本の虫というべく、時間を忘れ専門書を読み続け、睡眠や食事は二の次の奇人だ。
母親というよりも、むしろお世話係として期待でもしていたのかと疑う事態だったが、身寄りとして、居場所を提供され安寧を手に入れたのだ。この環境をやすやすと捨てるにはいかない。洗濯物を干しながらフェルムは思った
「・・・あら・・・」
朝食の準備をするために移動していると、トリアの部屋の扉が開いていることに気付いた。何気に中を覗くと、分厚い本を開き、そこに突っ伏して寝息を立てているトリアが見えた。
やれやれという表情で「・・・まったく・・・」と呟きながら部屋に入ると、傍らにあったカーディガンをトリアにかけた。静かに聞こえる寝息にフェルムはクスリと優しく笑った。
朝の爽やかな日差しが窓から差し込んでいた。
「トリア様、今日はお食事をとってくださいまし!!」
本を手放さないトリアにフェルムが言い寄る。トリアはイヤイヤした。
「子供ですか!」それでも強引に引っぺがそうとしたが、離れない。本ごと連れて行けばよいのかもしれないが、本が汚れる、何よりお行儀が悪い。
「もう!」そう言いながら、イヤイヤしながらも本を読み続けるトリアの顔に手をさし伸ばす。
「えいっ!」
その掛け声とともに、トリアの眼鏡を取り上げた。
「・・・?・・・んっ・・・?・・」
視界が劇的に変化したトリアがキョロキョロと文字を探し始めた。
「あ~ん!私の次の文字がどこかへ行ってしまいましたわ・・・」
不可思議な言葉を発する彼女に間髪入れずに告げる。
「眼鏡はダイニングに置いておきますから、お食事をとりに来てくださいまし。」
紙面をキョロキョロと何かを探し回るように見回すトリア。
「あん、次の文字がありませんわ・・・」
フェルムはその姿を見て頭を押さえた。
“私の話を聞いていない・・・”
そう思うと、呆れた表情を浮かべ、眼鏡を自分のスカートのポケットへと入れると、パンパンと何かを準備するかのように手のほこりを払うが如く何回か手を合わせた。そして・・・
「ふん!」っと気合の入った掛け声をあげると同時に、トリアを脇から抱え持ち上げた。
「あん!」
本から遠ざかるのが分るのだろう、イヤイヤからジタバタに動作が変わった。年齢にしては小柄で軽いトリアを軽々と持ち上げ、ジタバタするままフェルムはダイニングへと向かった。
「全く、お食事をまともに摂らないから、こんな小柄なお姿のままなのですよ!」
そういう小言が廊下の先から聞こえた。
「はい、あ~んしてください。」
キョロキョロと本を探しているので、なかなかこっちを見てくれない。無理やり口に押し込むように、一口ずつ食べ物を放り込む。
「口の中に放り込めればちゃんと咀嚼するのね・・・」
もぐもぐと可愛く咀嚼する姿を見てフェルムは呟いた。しかし食べながらも本を探している・・・
・・・いや・・次の文字を探しているのか?
その姿を見てフェルムはクスリと笑った。そして食器をテーブルの上に置いた。
「トリア様・・・私・・・執筆しようと思っていますの・・・」
まるで恋の告白をするかのように、言葉に詰まりながらそう伝えた。伝えてから少し恥ずかしくなってトリアから顔をそむけた。少しの間恥ずかしさを整えるために頬に手を当てていたが、トリアの動きがない。さっきまでキョロキョロと何かを探すかのように動いている気配がしていたのだが・・・
フェルムはトリアに目を向けた。すると、こちらをつぶらな瞳でじっと見つめているトリアの姿があった。引き込まれるようなその瞳に一瞬見とれ「えっ・・・」と声をあげた。すると・・・
「・・・よみふぁい・・・」
口の中に小さな肉片を入れたまま、小さく周りの空気にかき消されるような声でトリアが呟いた。
「・・・へっ・・・」
更に一瞬間をおいてフェルムが理解の遅れた感嘆符をあげた。トリアは口の中の食べ物を飲み込むと
「フェルムの本・・・読みたい・・・」
先ほどよりほんの少し大きい声で、必死の形相でそう言った。
フェルムはその姿に、ただ見とれるかのように一瞬動きが止まった。そして、ゆっくりと微笑むと
「そうですね・・・その本の初めての読者になってくださいませ。」
満面の笑みをトリアに向けた。
私が生を受けて600年余り・・・
15年ほどはダークエルフとして虐げられ、その後トリアに引き取ってもらった。トリアは何歳なのだろうか?聞いても教えてくれない・・・というか、自分の年齢を覚えていないようだ。
虐げられて・・・逃げ込んだ先が本の詰まったこの館だった。この家の主と思える少女のようなエルフを見てなんとなく呆れた。逃げ込んでから三日間、分厚い本を読んだまま変化がない。その間、この広い屋敷の中で勝手に食料を使い料理を作った。申し訳ない気持ちもあって、家主の彼女の分も作っておいた・・・が・・・当の本人は本から離れる気配がない。
三日目昼のことだった。パタンと分厚い本を読み切った彼女は本を閉じた。ポヨンとした表情を浮かべ本の余韻を感じているのだろうか、腑の抜けたような表情で辺りを見回し、鼻をクンクンと動かした
「・・・いい匂い・・・」
そう小さく呟いた。はっと気づいたフェルムは小さく呟くように
「あっちに、食事あるから・・・」
とダイニングを指さした。トリアは「ん~」と小さく悩むかのような唸り声をあげると、
「あなた・・・だぁれ・・・?」
と寝ぼけたような口調で問いかけた。
差し込む光が天使の羽根のようにも見えた。
それがトリアとの初めての出会いだった。
そのあとフェルムは食事中のトリアに、屋敷に住まわせてくれと嘆願した。
「ん~」
何を考えているかわからない表情で少し考えているかのような唸り声をあげた。なんだかわざとらしい・・・。フェルムは断られる前兆だと思ったが・・・
「いいよ」
今までのおっとりした感じとは別の比較的はっきりした口調で許可の返事が来た。
そっけなかったけれど・・・
あの時の・・・600年前の素っ気のない優しさを思い出し、フェルムはくすっと笑った。
食事を何とか終了し、書斎に戻ったトリアが最後に読んだ文字を探し始めた。さながら小猫が新聞の上でじゃれているかのような様子にも見える・・・が・・・
「ん!・・・ん~!!」
いつまでたっても文字が見つからないようだ・・・いつもと違う様子を目の前にし、不思議に思った・・・
「どうしたのかしら・・・」
と言いかけたその時ハッと気づいた。
「あ~!トリア様!眼鏡、眼鏡!!」
ポケットに入っていたトリアの眼鏡を思い出した。
初夏の柔らかな日差しが窓から差し込んでいた。
第04話からこの辺りの お話は、結構停滞するお話しでしたので、一気に投稿しようと思い頑張って書き溜めてから一気に投下しました(笑)
書くことが遅いので、次の投稿まではまたしばらくとなるやもです(笑)