第00話 プロローグ
空は青かった
雲は白かった
全てが全ての色を失った時
天が落ち
大地は裂け
風は泣き
海は嘆く
終わらぬ戦火を
(フェルムトリア戦記序章より )
日の出からおおよそ二時間というところだろうか、南方の地リグアル公国は賑わっていた。
商品を売る物、買う者の景気のよい言葉が交わされている。
ごく普通の都市の風景だが、その人だかりには、角のある者、長い体毛に覆われている者、
また普通の人間の姿など、亜人と通常の人間が入り乱れていた。
街を見下ろせる丘にマントに身を包んだ二人の姿があった。
一人は丘に腰をおろしている。長い黒髪の女性だ。
もう一人はその傍らに立っている180cmくらいの背の高さで灰色の髪の男性だ。
「平和だな・・・」
「そうね・・・」
男の呟きに女が応える
「・・・でも・・・私はこういうの苦手かなぁ・・・」
しおらしく遠くを見つめるような眼差しで彼女はそう呟き返す
ちょっと意外そうな雰囲気の表情を浮かべ、一拍をおいて答える
「そうか・・・シルフィーネは平和な世を期待していたと思っていたんだがな・・・」
男がわざとらしく意外そうな返答をする。
「あ〜ら、そうかしら・・・」
即座に黒髪の女、シルフィーネは得意げな笑顔をしながら横目で答えた。
「レオンがお気に召しているのなら、いいわ。」
「俺は、この平和を嬉しそうに眺めている、お前が見れればいいさ・・・」
レオンとよばれる男から、しれっとした返事を受けシルフィーネは少々照れながらそっぽを向けた。
「ふんだ!私が嬉しそうにしているのは、400年ぶりにシガが帰ってくるからだよ!決して平和だからってことじゃないんだからね!!」
シルフィーネは見透かされた事を隠す為に、ちょっと早口に答えた。
「ははは・・・」
少々苦笑いをしながらレオンが続ける
「・・・400年か・・・初めて聞かされたときは途方もなく思ったが、思い返すとあっという間だったな・・・」
しみじみと呟いた。
「・・そうねぇ・・・あの時はシガがあれだけのダメージを受けるとは思ってもみなかったものねぇ・・・」
遠い目を浮かべ、シルフィーネも呟いた。
あの時・・・・
かつて人間と魔族は対立していた。
ある時、勇者ウェインと名乗る者が現れ、魔族を次々と倒していった。
魔王ヨルドはそれに対抗し、戦いを挑んだ。
世界の半分と思える地域が壊滅となった。人間の街も、魔族の街も、亜人の街も・・・
そんな最中、天より一人の男が降り立った。金と銀の入り混じった長髪を持ち、一振りの剣を携えた軽装の戦士の装いの男・・・シガ・・・
魔王ヨルドの城で対峙し、今にも相交えそうな雰囲気の中、シガはその渦中に入った
その後、城は巨大な光の柱に包まれ消えた。
残った荒野には、ひとり佇むシガ、そして二つの大きな水晶の柱が残った。
レオンは重い傷によって動けない状態で、その一部始終を城から離れた丘の上で見て・・・いや感じていた。
「・・・終わった・・・の・・か・・・」
呟くのもやっとの状態で、ぼやけた視界から光の柱が消えて行くのを感じていた。
しばらくして、人の気配・・・シガがレオンの傍へと来た。
「すまなかったな、あの二人を相手に、お前をここへ移動させるのがやっとだった。」
全身に返り血では無い血をまといながら、静かに淡々を言った。
それに反応するかのように、おぼつかない動きで上半身を起こしながらレオンは苦しそうに話す
「・・・へっ・・・、お前・・ こ・・ そ・・・・手加減・・・してんじゃ・・ねぇよ・・・・」
苦しそうに、しかし、口調はそうではなかった。シガが生きていてくれて良かったという嬉しみの入った口調だった。そして大きく息を吸い込み、今度は一気に喋る。
「・・・奴達なんて・・・お前の敵では無いのに・・・、なに封印なんて手段を・・・選んでやがる・・・」
その言葉を聞き、なにを言っているんだという表情を浮かべ即座に答えた。
「お前も二人の戦いを止めようとして、そうなったんだろう・・・」
図星を問われレオンは言葉を失い戸惑った。そして・・・
「・・・ 正しい・・・のさ・・・ どちらも・・・」
寂しそうにそう呟いた。シガがその続きを言う
「そうさ、彼らは、自分の信じる正義の為に戦った。」
シガは続けて話す。
「だから、レオン、私は、お前達に託す未来を彼達に見せたいと思った・・・」
一瞬、言っていることが解らなかったが、レオンは反論する
「・・はぁ・・ ?・・・お前、俺達に・・後始末・・・押し付ける・・・つもりか!!」
「まぁそんなところだ。」
切れ切れで語るのがやっとのレオンへの返事は素早く素っ気無かった。
「・・・・見ての通り・・・俺も・・・シルフィー・・・も・・・今や・・虫の息さ・・・」
「・・・魔力が回復するには・・・ 十年は・・・かかるぜ・・・・」
切れ切れに話すレオンにシガはゆっくりと答える。
「そうか・・・しかし、私は回復に300年はかかる。」
レオンは苦笑いした。確かに勇者ウェイン、魔王ヨルド共に、シガには敵わないが
それぞれレオンと同等・・もしくは強かった、シガが叩きのめすにはその力差で押しつければ即座に決まるが、それをあえて封印したのだ、その力の使用量は膨大だ。
しかし・・・それでも今のシガなら全力の自分にすら勝てるほどの力を秘めている。
「今日は、シルフィーネはいないのか?」
シガが話題を変えて来た。レオンは拍子抜けしながら、説明をする
「・・あいつは・・・封印を背負いながら・・・ヴォルザー・・・と・名乗る剣士と・・・再会・・して・・・大怪我だ・・・」
それを聞いて、シガは優しい笑みを浮かべる。
「そうか・・・私が眠りに着く前に会えないのは寂しいが、よろしくいっておいてくれ。」
そういうとシガから光の塊が二つ現れた。
「・・・ちょっ・・・ ちょっと待てよ!・・・ おまえ・・なに勝手に・・・決めてるんだ!!」
その光の塊の片方がレオンに放たれた。レオンは光に飲み込まれる時にシガの言葉を聞いた
”お前とシルフィーネに、残った私の力を譲る・・・だからもう100年くらいは眠りが多くなろう。目覚める兆しの時には、知らせが行こう。”
聞き終わるとレオンは意識の薄れを感じていた
「・・・バカ・・ヤ・・ロウ・・・」
最後にありったけの非難を浴びせレオンは気を失った。
あの時・・・シガは勝手に未来を託して何処かへ眠りについてしまった。
「それにあの時、私も瀕死の状態から急に回復したから、ヴォルザードなんて口をあんぐりしていたわよ!」
シルフィーネがレオンの昔話に割って入って来た。
「それまでは親身になって看病してくれていたのに、回復した途端に、「村には心に決めた娘がいるから、じゃあ、俺行くわ」って言って、村へ帰って行ったのよねぇ・・・、血は繋がっていないとは言え、我が子のように育てた子が命を狙いに来るわ、その子につけられた傷が治った途端に、素っ気なく帰って行っちゃうわで・・・・育ての親としては寂しかったわぁ・・・」
ムスッとした表情を浮かべ、そう言った。
まぁ、いろいろ経緯や事情はあるが、心に決めた女性が故郷にいるのだから、帰るのは当たり前だろうと思うのだが・・・レオンはあえて反論するのをやめた。
「きっとあの子も、私に剣を向けたことが気まずかったのよねぇ・・・」
シルフィーネは目線を横にそらしながら、しんみりと呟いた。
しんみりした話にてオチをつけられたことで昔話は終わった。
シガが眠りについてから、レオンとシルフィーネは人間と魔族と亜人を和解させることに尽力した。まだ道半ばというところだが、かなりの地域で共存ができて来るようになって来た。
そして・・・約400年が過ぎた時、二人の耳にシガから念話のような声が届いた、回復の目処が立ったという内容だった。
ただ気になるのは、シガがいるところが、どうもリグアル公国の中と思うのだが・・・・
細かい場所は今の状態では判らない。
確かにリグアルは建国して200年程度なのだが・・・、街を造る時に地面もかなり掘り返されているだろうに・・・どうやって見つからずにいられたのか・・・・、そして・・・
「まったく何処にいやがるんだか・・・」
レオンは呆れた表情でそう言った。
日は天高く上っていた。
雪の季節が終わったばかりにしては暖かく陽気の良い日となった。レオンとシルフィーネはまるで日光浴でもしているかのようにまったりと、この時間を過ごしていた。
「・・ん〜!!」
シルフィーネが背伸びをした
「退屈ね・・・」
「そうだな・・・」
この日何度目かの同じやりとりが行われた。
本当にシガは目覚めるのだろうか・・・?
ちょっとした疑いも過ぎる中、シルフィーネは落ち着かなかった。
「何処か暇つぶしでも行くか?」
レオンがシルフィーネに声をかけるが、
「ううん、ここで待ってる。」
なんとなく予想はしていたが、予想通り断られた。
レオンはあえて言うなら魔族に近い種族だし、シルフィーネは妖精に近い存在だ。
どちらかと言うと時間の流れを気にしないのは妖精のほうなのだが、どうも今の状態はレオンのほうが気が長く見える。
「んもー!なにしてんのよ!」
イライラが募ってきたらしい
「だいたい、もうちょっと詳細な説明あったっていいじゃないの!」
シルフィーネが痺れを切らせて唸った。レオンは素知らぬふりをして受け流した
「!!」
刹那、北の方角に何か鋭い力の軌跡を感じた・・・・レオンとシルフィーネは一転、鋭い表情で力の感じた方向を凝視した。
シガ・・・・いや、この感じは違う・・・・・
「・・魔・・王・・・」
「・・・ヨルド・・・・」
ふたりは、その力の思い当たる名前を呟いた・・・・
シガが眠りにつくと同時に水晶に封じられた勇者と魔王もどこへ行ったのか不明だった。
かつての魔王城の跡には三人の痕跡は見当たらなかったのだ。
「・・・まさか・・・、ヨルドの復活が先になるとはね・・・」
シルフィーネが呟いた
つむじ風がふたりの間をすり抜けて行った・・・・。