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闇の少女

 その場所にはひたすら闇が広がっていた。だが、若干の光は確かに存在する。俺はそれがただ眩しくて、ひたすら目を瞑り続けていた。


 ここはどこだったか。この空間の外には何があるのだろうか。そもそも外なんてあるのだろうか。


 何故、俺はそんな事を延々と考え続けているのだろう。


 いや、多分意味なんて無い。ただ何かで頭を埋め続けないと、何か恐ろしいことが起きる気がするだけだ。


 そんな、漠然とした恐怖に意味なんて無いのかもしれない。それでも俺は考え続ける。そう、あの人が




 《闇》が来るまで。


「つ、き、か、げ〜〜〜」


 何もかもが分からない。目の前の少女がいる限り、知る必要などないのかもしれない。俺は月影――ほかに、なにもかんがえるひつようなんて


「私が分かるかね、月影君」







 佳尾が呼びかけた途端、目の前の鉄格子の向こうで何かが動く気配がした。しかし次に私が声をかけるとピタリと止まり、それっきり寄って来ようともしない。私がその疑問を佳尾にぶつけた所、


「あったり前ですよ! だって私以外の人間、ていうか生物の記憶なんてもうありませんから、警戒してるんでしょうねえ。でもだいじょーぶ、ボス自慢の親近感オーラでなんとかしちゃって下さい!! こーゆーのは自分で頑張るものですから、私は手出ししませんよ?」


 とのことだった。




「暗いな……電気を付けてくれ」


 部下の一人に命じ、入り口にあった筈のスイッチまで走らせた。入ったばかりは外からこぼれる明かりでまだ充分視界が広がっていたのに、それ以降は何も光源が無く、奥へ進むにつれ一気に暗闇と化していった。


 佳尾が父親亡き後一人で暮らしているこの屋敷は外側から見れば大きいとはいえ嫌みを感じさせない程度の上品さを持っており、まさか地下にこんな陰惨な牢獄が広がっているなんて誰も考えはしないだろう。


 血の匂いが充満している。佳尾の父が自宅で生体実験(人含む)をしている事は私も知っていたが、その犠牲となった者達のだけではない筈だ。何故ならここに来るまでに通り過ぎたどの場所よりも、この檻の方が臭気が漂っている。恐らくまだ、新しいものだろう。


 我々とてこの匂いに慣れてはいるが、決して気分の良いものではない。


 なのに何故、この佳尾という少女は楽しそうに歌など歌っているのだろうか。


 一体、何をその華奢な腕でこの檻の中の獣のために運んでいたのだろうか。


 この少女は、一体どこで壊れたというのだろうか。


 父親を、目の前にいる獣に殺された時? いや、断言出来るが絶対に違う。あの事件の直後、父親を含めた大量の無惨な死体と血が溢れかえった部屋の中。首輪をはめたばかりの獣を抱きしめながら、少女が浮かべていた笑顔を私ははっきりと覚えている。


 その時のそれと、数年前に初めて組織の本部に来た際、通りすがった私に困惑に満ちた顔で助けを求める入り口の見張りに銃を突きつけられながら、


「すみません、父が忘れた新薬投与済みのサンプルを届けに来たんですけど」


 と、まるで会社に弁当を届けに来たみたいな口調で布に巻かれた人間の右腕を差し出しながら浮かべていた明るい笑顔とでは何ら変わっていない。


 その事を知った彼女の父親は彼女を叱るどころか頭を撫でて見どころがあると褒め、そしてそれ以降、半ば助手みたいにして何度もここへ連れてきたのだ。


 私も特に止めはしなかった。この少女は初めからどこか壊れている。ならばこのまま一般社会に無理に馴染まそうとするより、このまま裏の世界に身を置いた方が彼女のためになる筈。今までの経験から、私はそう判断していた。


 突如、天井に連なった電球が一気に輝き始める。暗闇に慣れていた眼を一瞬細めてから、鉄格子の奥で同じように、いや急に広がった光に怯えるように身をすくめる獣を確認した。


 それは狼に近かった。だが通常のそれのように、犬と間違えられるような事は断じてないだろう。何故ならその毛並みは蒼が混ざりつつ黒ずんだ銀色で、目元は血のような赤に縁取られている。何より決定的なのは、額に短い角が生えている所か。


「おいで、月影」


 佳尾が呼びかけると、うずくまっていた獣は恐る恐る顔を上げ、助けを求めるように彼女の前まで駆けた。佳尾もそれに応え、優しく包み込んで背をさすってやる。その様子はまるで母と子のように見えた。確かに、これなら暴走の心配はないだろう。しかし。


「佳尾君、私は彼を忠実な組織の兵器にするよう言ったのだよ。これではただ君に依存した臆病な子供ではないか」


「そーですけど、何か問題あります?」


 悪びれもせずそう返す佳尾に、私は呆れて首を振った。


「君に任せたのは失敗だったようだ……まあ良い、月影は改めて組織の方で教育し直すとしよう。おい」


 私の命に黒服の部下がリードを持って、相変わらず震えながら佳尾に身を預けていた獣に近付く。


 部下は獣の様子に油断してしまっていた。別に彼が能無しなのではない。彼らは殺気に応じて対処する習慣が付いてしまっていて、そして直前までこの獣は全くそれを発していなかっただけだ。


 もう一つ彼のために弁解するならば、この獣は部下が首輪に手を掛けた瞬間初めて殺気を発すると、器用にもすぐ行動に移り人間には到底対処不可能なスピードで部下に襲いかかったのである。


 私の経験から言わせてもらうと、殺気というのは少なくとも人間の場合発してから行動に移るまで時間がかかる。そしてその事を身を持って知っていた部下は、その知識故に人外の存在に殺された。


 ふむ、確かに私の組織には対バケモノのプロがいない。この私は別としても。となると、力で無理に彼を押さえ込む場合の被害は計り知れないだろう。


 ならばやはり、若干結果が変わってしまってもこの少女に一任した方が安全なのかもしれない。幸い、精神状態はともかく肝心な攻撃力は衰えていないようだし。


 と、私はひしゃげた鉄格子とそこから抜け出した獣に頭を食いちぎられた部下の死体、それに彼の血と肉に汚れながら、今正に私に噛みつかんとしている獣を眺めつつ考えた。


 同僚の仇討ちと私の身を守るために銃を発砲しようとしている残りの黒服達。私は彼らに手を出さないよう指示し、血にまみれた銀の獣へ杖を構えた。

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