災難の魔皇子
「どうなってんだ、こりゃあ――――」
俺様は呆然と呟いた。
目の前に広がるのは見渡す限りの荒野。所々煙が上がり、人っ子一人見付からない。
だがこの俺様が若年性認知症にでもかかっていない限り、ここはほんの二、三十年も前までは俺様のクソだがれっきとした親父である魔王陛下の治める、魔界一発展した国家「ラグワード」首都の壮大な街並みが広がっていた筈なんだ。
だが、この有様はどうだろう。何度も言うが、決して俺様が若年性認知症にかかった訳ではない。もう若年じゃないだろうとかふざけたことを抜かす奴もいたが、即クビにした。いくら八十路を迎えつつあるからといって、そう簡単にジジイ判決を出してはならないのである。そもそも俺様は魔族だ。普通の人間の五倍の寿命を持っている。要はまだ十六な訳なのだよ、全く失礼な。
閉じていた目を開けて再び辺りを見渡す。ああ、蒼空がきれいだ。
ふと現実逃避を終わらせないよう、もとい幸せだったあの頃をふりかえろうとして、何故かどうでもいい親父の事を思い出す。
まだ一世紀半しか生きていなかったのに、あの男は既に半分ハゲあがっていた。今頃残量は四分の一あたりだろうか。仮にも魔王なあいつは俺が長期の戦へ出る間際。もしかすると訪れるかもしれない死を覚悟して、自室で死に装束の鎧を装着しているその最中。扉を開けた親父はいつになく重々しい口調で俺にこう告げた。
「ここに書いてあるものを買ってきてくれ」
ストゥルの財布、レーミャの帽子、カタンマイトの指輪etc……
「……なにコレ」
「いっやあ、実はサリーちゃんとヌァンちゃんとネィミーちゃんと(以下略)ええと、それに」
「もういいわっ!」
ドガシャーン!! と、俺様が怒りにまかせてテーブルをひっくり返したのは、例え数十年前の出来事だろうと記憶に新しい。
あのクソ親父が数えるのも億劫になる量の愛人たちに頼まれたブランド品を買い求める旅、もといスカラ地方で起こっている内乱を鎮めに、俺様は八万の大軍勢を率いて旅立った。
内乱自体は約三年で片付いたのだが、直後に隣国のデオパード軍が攻めて来た。恐らくは王子たるこの俺様を狙ってのことだろうが、甘いわっ!! と、一瞬(つっても二ヶ月程)で凪払った。
だが、だ。それ以降も一つの騒動を片付ける度に、狙い澄ましたかのように新たな厄介事が降りかかり、俺様達の帰国進路を邪魔してくる。どうも妙に感じた俺様は一つ賭けをしてみた。
もし何者かが俺様個人を狙ってこんな事をしているのだとしたら、兵には何の関係もない。彼らにも待っている家族がいるのだからと、俺様は王室の鏡のような立派な決断をした訳だ。
俺様は自軍と別れ、別ルートで帰路を歩んだ。するとどうだ、やはり俺様の方に面倒事は舞い降りて来る。しかも今回は問題が一人でも解決出来そうなものに変わっていたのだ。
やはり、何者かが俺様を生きたまま国に帰らせないための策略だったのだろうか。だが、それを確かめる術は今の俺には無い。
三ヶ月後、別れた兵士達が無事国へ帰り着いたという情報を、三ヶ月前から二キロしか移動出来ていない俺様の元に届いた。
回想終了。あれから数十年。根性で帰国した俺様は、今ようやく故郷の土を踏まんとしていた。ただし、なにかが燃え上がった後の、灰のような土だが。見れば人一人いやしない。
人里に入れば確実に厄介事が俺様を出迎えてくれる事は判明済みなので、ここ十年程近付いていない。衣食住は自然界から確保出来るので問題なかったが、確実に手に入らないものは存在する。すなわち情報だ。
「一体、何が起こったんだよ……」
改めて、俺様は溜め息をついた。