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白銀世界と冰夜月

 二〇〇六年、八月十六日。




 俺はヨーロッパのとある国のスラム街に来ていた。


 夏真っ盛りということもあってか、汗が滝の様に出るほど暑い。


 まあ俺は色々と調節できるから平気なんだけどな。


 それでもこんな見るからにジリジリと暑い日はかき氷が食いたくなるものだ。


 最近忙しかったこともあって、久しく食べていないのも一因だろう。


 そんなこんなで今日の用事が終わったらかき氷を食べることを心に決め、俺は目的の場所へ向かった。






 少し足場の悪い瓦礫が積み上げられた道を歩いているとボロボロの衣服を纏った十歳前後位に見える少年が向かいからやってきた。


 するとすれ違う次の瞬間、少年は俺にふらっとぶつかってきたのだった。


「すいません」


「ああ……別に大丈夫だよ。気にしないで」


 俺の言葉を聞いて、少年は軽く会釈をするとその場を後にしようと踵を返した。


 だが、そこで俺は新たに用事ができたので少年の肩を掴み、呼び止めた。


「ちょっといいかな?」


「な、なんですか?」


「ちょっと君に用が今し方できたんだ。少し時間をもらえるかな?」


 俺の問いに少年は何にも答えずに逃げ出してしまった。


 ちょっと怪しく微笑んだのが悪かったのだろうか。


 まあいい。俺から逃げられる訳がないのだから。どんな奴でもな。


 ここで俺に試されるのは結果では無く手段だ。


 もう逃げても無駄だと思わせる方法で捕まえる。


 そうだなこの場合、重力をいじるのが最適だろうか。


 俺は手段を決めると手を前に掲げ思うがままに重力を操り、少年を無力化し目の前に逆さまの宙吊りで持ってきた。


「あんた、一体何者なんだ?」


「そうだね。魔法使いとでも言っておこうかな」


「俺をどうするつもりなんだ?」


 少年は恐る恐るそんなことを聞いてきた。


 そんなに俺って怖いのだろうか。


 少しでも緊張を解いてもらうために気持ち優しめに説明してみることにした。


「別に財布をスッたことをどうこう言うつもりは無いよ。ただ、それは君が持っていても役には立たないことを

教えてあげようと思ってね」


「どういうことだ?」


「その財布自体に価値は無いし、入っているお金も全部日本円だからね」


「大して意味のないスリだったってことか」


「そういうことだね」


 俺の意図が伝わったようで良かった。


 だが、少年は未だ警戒したままだ。


 とりあえず宙吊り状態を解除して様子でも見よう。


 ずっと宙吊りは体に悪いからね。


「おっと、と」


「気持ち悪くないかい?」


「ああ。それで結局、あんたは何がしたかったんだよ」


 少年は不機嫌そうな顔でジーっと俺を見てくる。


「いや、別に。生きるためにスリとかしてるのかなって思ってな。なら腹減ってるだろうと思ったから」


「からなんだよ?」


「これあげるよ」


 そう言って俺はどこからか取り出したおにぎり三個を少年に渡した。


「じゃあ、渡せたことだし、これで!」


 本来の目的の為にこれ以上話すわけにもいかないので俺はその場をそそくさと後にした。


 何か忘れている気もしたが大したことでは無いだろう。


 そうして俺は目的の場所に向かった。






「ここだな」


 俺は廃墟と化した五階建ての建物へ来ていた。


 今日ここにきた理由はこの建物にいる奴らにある。


 さっさと終わらせてかき氷を食べる為に俺は建物に侵入した。


「お邪魔しまーす」


 中に入ってみると、ボロボロの外観の割にしっかりとしていて余程のことがなければ崩れる心配が無さそうだ。


 三階に上がると人影がちらほらと見えてくる。


 数は三人だ。一応、銃で武装しているようだ。それに情報通りなら全員能力者だろう。


 情報で見た顔もいるし、あいつらが俺の目的の奴らの一員で間違いない。


 取り敢えずここは手際良く無力化し、親切な対応を求めてみることにした。


 まず、あいつらの前に堂々と登場をする。


「何者だ。貴様!」


 当然、怪しい俺は三人に銃を突きつけられる。


 だが、心配は無用だ。俺は手を前に出し、全ての銃をバラバラに解体した。


「なっ!」


 三人は何が起こったのか訳が分からず硬直してしまった。


 話しやすくなったところで俺は三人に話を切り出した。


「俺に戦う意志はない。ただ、君たちのリーダーに会って話がしたいんだ。案内してくれるかな?」


「お前みたいな怪しい奴をリーダーに会わせるわけにはいかない。帰ってもらう」


 三人の内の一人がそう言い放つと三人は各々の能力を発動させ臨戦態勢に入った。


 だが、わざわざ戦うのも面倒な俺は能力の発動を封じる拘束具を瓦礫の一部で作るとそいつらの腕に取り付けた。


  何の所作も無しに一連の行動をしたからか三人は全く反応できずに唖然としていた。


 能力者と言えど発現したばかりのひよっこか。この程度の攻撃も防げないとは少しがっかりだった。


 やはり発現したことで満足してしまうのだろうか。


 時代が悪かったとしか今は言えないか。


 そうして俺は拘束した三人に目的の場所まで案内させるのだった。






「この部屋にリーダーがいる」


「そう。道案内ありがとさん」


 やっとの事で到着した俺は案内された部屋の扉を躊躇いも無く開いた。


 罠とか考えてる時間ももったいないのでてきぱきと勢いよく行ってやった。


 部屋に入り拘束を外した三人を解放すると、能力者と思しき十数人を確認した。


 やはりこの時期に能力者になっただけあってここにいる奴らは若者しかいないようだ。


 そして俺は、その中にいた——事前に確認していた情報の中にいた——リーダー格の青年に話しかけた。


「お邪魔させてもらうよ。ところで君がリーダーかな?」


「どなたですか? 私に何の用ですか?」


「単刀直入に言うと君たちがこれからやろうとしていることをやめて欲しいんだ」


 と、その瞬間部屋の空気が変わりピリピリとしてきた。


 どうやら穏便に済ませることは出来なさそうだ。


 警戒しつつリーダー格の青年は真剣な表情で恐る恐る俺に質問をしてきた。


「あんた、まさか灰被りと関係あるのか?」


「あいつとの関係か。まあ……、腐れ縁ってとこかな」


 灰被りという名がたった数年で広まったことに少し驚いた。


 だが、これはむしろ好都合である。


 このことを利用しない手は無いだろう。


「あいつを知っているなら話が早い。なら、俺がここに来た理由も理解出来ただろう?」


「ああ、捕まえる気なんだろ。俺たちを」


「いや、少し違う。俺はあいつとは違って穏便に事を済ませたいんだ」


 そう俺の、俺たちの目的はあくまで能力者の組織的な悪事を未然に防ぐ事である。


 だから、必ずしも戦う必要は無いのだ。


「と、言うと?」


 戦う気満々だったリーダー格の青年は不思議そうに俺に問う。


「あくまで俺は君たち能力者に犯罪を起こして欲しく無いだけなんだ。君たちがもし止めてくれるなら俺は戦う

つもりも捕まえるつもりもない」


 俺は本心を真っ正面から包み隠さずに話した。


 下手に説得するよりもこの方法が一番良い気がするからだ。


「さあ、どうかお願いだ。悪事に手を染めるのは止めてくれ」


「ああ、そうか。そうかよ」


 リーダー格の青年は急に顔つきが険しくなり声を荒らげる。


「そりゃあやんない方がいいことなんて知ってるさそんなこと。だが、止められるならそもそもやろうとしない

んだよ! あんたには分からないかもしれないけど、こっちにはこっちの事情があるんだよ!」


 俺を睨みつけるリーダー格の青年に呼応するように臨戦態勢に入る能力者達。


「だから、戦う以外の選択肢は無いんだ! 悪いけど死んでもらう!」


 そう言った瞬間、俺に能力や銃弾の雨が飛んできた。


 だが、俺に当たったそれらの攻撃は従来の効果を示さず、何も無かったかのように地面に落ちていった。


「なっ! 何を、何をしたんだ!?」


「分からないのかい? 君たちと一緒だよ。まさか自分達だけが特別だと思っていたのかい。とんだ愚者だね」


「くっ、黙れ。そんな能力があってたまるか!」


 効かないと言うのに飽きもせず攻撃を続けてくる一同。


 まあ効かないと言うより意味が無いと言った方が正しいのだが。


 そんな感じでどうしようかと悩んでいると部屋の入り口に誰かがいるのに気がついた。


 もう今戦っている奴らの他に能力者はいなかったはずだ。


 では、巻き込まれた一般人だろう。


 俺は急いで入り口へと向かった。


「誰かいるのか?」


 蹲った状態でいたそいつに声を掛けてみる。


 すると、よく見てみると驚いたことにさっきの少年だったのだ。


 銃弾の流れ弾を怖がって身動きが取れないようだ。


 落ち着いて話をする為に俺は奴らの方へ向き手を翳し、銃を全て解体した。


 流石に面食らったのか能力での攻撃も止めてしまったようだ。


「大丈夫か? 少年」


「ああ、なんとか」


「なんでこんなところに? 危ないよ」


「これ返すの忘れてたから」


 そう言って取り出したのは俺の財布だった。


 あんなことを言っておいて肝心の財布を忘れていたらしい。恥ずかしい限りだ。


「ありがとう。危ないから少し下がっててね」


「うん。分かった」


 下手に逃すよりも近くで守った方が良いと考え彼の周囲をバリア的なもので囲む。


 そして、俺は再び能力者たちと対峙した。


「さあ、そろそろ終わりにしようか」


「終わりに? 何を言ってるんだ?」


「手間は取らせないさ。すぐに終わるからな」


 そう言って俺は手を前に突き出し奴らの能力をバリア的なものでを展開し防いでいく。


「君たちの心を折る為に能力の可能性を特別に餞別として見せてあげるよ。能力者として研鑽を積んで目指す頂

の一つの指標として覚えておくといい。まあ、言って仕舞えば、冥土の土産みたいなものだね」


「——何を、するつもりだ」


 空気が変わる。俺の周囲に目に見えない力が渦巻く。


()()()()の秘奥が一つ、能力の現実侵食化さ。まあ、ちょっと見てな」


 大体のイメージは決まった。後は具体的な要素を決め羅列し、抽出するのみだ。


「擬似心象構築開始。傾向、拘束並びに無力化に特化。主属性は孤独、副属性に氷等を設定」


 大本の設定を完了し基礎的な()()()()の設定が組み上がった。


 後はここに先ほど考えた要素を羅列することで能力は完成する。


「空には弧を描く月が冷たく光っていた。この世界にそれ以外に何も存在し得ず。この世の全ては氷の残骸とな

った。そして私はただ独り、昏き氷の檻の中で届かぬ月の光を望むのみ」


 情報の入力によって()()()()は完成した。後は名称を決め、展開するだけだ。


「さあ、見ろ。これが能力の可能性だ。能力侵食〈冰夜月〉!」


 決めた名称を呼び、()()()()()()を発動させ侵食を始めた。


 すると、俺の足元から世界が広がり今ある世界を瞬く間に隠してしまった。


 これが世界を侵食する()()()()の使い方だ。


 ここまで綺麗に使いこなせる使い手はまだ俺しかいないだろう。


 広がった世界は辺り一面のみならず空間全てが白銀で染まっている。


 そして、空は雪雲で覆われ月以外を隠している。


 吹雪を俺が見えるように調節し、奴らの前に現れる。


「よう、寒そうだなお前ら」


「くそ、どうなっているんだ。これが能力だと? そんなはずがない。こんな馬鹿げた能力があるわけがな

い!」


「事実、今お前らはこの能力によって窮地に立たされている。違うか?」


 奴らが信じられないのも当然だ。


 ()()()()|黎明期である今の時代において能力をここまで使いこなす人間は存在し

ない。


 彼らは今、能力についての認識の齟齬が起きているだろう。


 知っているはずなのに知らないそんな変な感覚。


 下手に知らないものよりもよっぽど怖いはずだ。


 少し可哀想にも思えるがしょうがないことだ。


 遠慮せずに叩き折るとしよう。


「さあ、来い愚者共。お前らが常人より優れていることを証明してみろ」


 冷めた目で、とことん冷ややかな態度で俺はそう言い放つ。


「くそっ! いくぞお前ら!」


 俺の言葉に覚悟を決めたリーダーの掛け声に続き能力者が攻撃を仕掛けてくる。


 だが、能力も武器も俺に到達する前に全て凍りつき降り積もった雪の中に消えていってしまった。


 その出来事に奴らは唖然としつつ届かない攻撃を続けていた。


「なんで届かないんだ。どうなっているんだここは!?」


「ここに存在するものを全て凍つかせる能力の具現化だよ。だから、攻撃は俺まで届かずに凍ってしまう」


「じゃあなんで俺たちは寒い程度で済んでいるんだ。おかしいだろ」


「ああ、それは時期に分かるよ。ほら、もう効果が出てきたみたいだよ」


 俺の言葉の通りに奴らに変化が起きた。攻撃の手段である能力と銃火器が使えなくなったのである。


「——能力が使えないだと……」


「どうして!」


「なんでだよ!」


 各々が能力を使えないことに取り乱し戦意喪失しているものさえ出てきた。


 今まで出来ていたことが出来なくなったことにかなり動揺しているようだ。


 そろそろ倒れる奴もちらほらと出てくる頃合いだろう。


「まさか、あんたのこの能力は能力の無効化なのか?」


「ん、いや全然違うけど。さっきから言ってるけど凍っているだけだからね」


「どういうことだ?」


「この能力を使った瞬間、万物は凍るんだよ普通はね。でも、俺が少しいじってじわじわと凍らせるようにした

から今になった能力の根幹である心象が凍って能力が使えなくなったってわけ」


「なんで、そんな回りくどい事を……」


「懺悔と反省の時間を与えるためだよ。やろうと思えばこの能力を使った瞬間に凍死体になっちゃうからね。は

はは」


 ここで場を和ませるために笑っておく。


 そして、時間が来たのか次々と倒れていく能力者達。


 心も体も凍りつき光すら届かない状態へとなっていた。


「あとはお前だけだな」


「ああ、ああ……」


 リーダー格の男は俺の言葉をよそに絶望に包まれた顔で徐々に凍っていく自分の両手を見ている。


 哀れだ、実に哀れだ。これが力に溺れ欲をかいた愚者の末路だ。


 せめて次にこの世界に出てくる時には心を入れ替えて平和に幸福に生きて欲しいものだな。


「お前は力の使い方を間違えた。だからこうなった。この事実を受け止め悔いり心を入れ替えせいぜいこの世界

の為に努める事だ。そうすればお前は真に幸福になれるだろう」


 奴からもう言葉は返ってこない。


 俺の言葉を心に留め、更生してくれるといいな。そう思った。


 能力を解くと、元の場所へと周りが戻っていった。


 そして、少年を守っていたバリアを解いた。


「大丈夫か?」


「うん。おかげさまで」


「そうか、よかった」


 特に変わりは無く体にも異常は無さそうだ。安心した。


「ところで、どうやったらあなたみたいになれますか?」


「突然だな」


「どうしても知りたいんです」


「ん、わかった。俺から言えることは一つだけ。ただ、努力しろ。自分の目標を達成するまで諦めずに努力する

ことが何事においても重要だ」


 少年は俺のこの言葉に感慨深そうに頷いた。気がした。


「まあそんなところだ。じゃあ俺はもう行くから」


 もうここに用は無い。俺は一瞬で音も立てずにその場から消え去った。


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