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第9章 浪費癖のお爺さん

そして、たくさんのお客が訪れた夜が終わり、再び朝が訪れる。

「おはよう、皆。」

シィルが保管庫に居るアクアンたちに元気よく挨拶する。

「おはよう、シィル。今日はギルも朝から出てくれるって。」

アクアンの挨拶を聞いて、シィルは笑顔を見せる。

「あら、そうなのね。うれしいわ。でも、突然どうしたの?」

「あぁ、それなんだが。」

ギルが昨夜の事をシィルに伝える。シィルは少し驚いた表情を見せるが、すぐに笑顔を見せる。

「きっと、使い勝手がよかったのよ。」

「そうだと良いんだがな・・・。」

思うところがあるのか、ギルは表情を曇らせる。

「まぁ、あの爺さんに直接訪ねればいいって事だな。」

そう言って、ギルは保管庫から店舗に向かう。

「やる気ね。」

珍しい光景を見たシィルが思わず口に出す。それに同意したアクアンはゆっくりと首を縦に振った。

「私もこうしちゃいられないわね。」

アクアンがギルを追いかけるように保管庫から店へと向かう。

「今日も、騒がしくなりそうね。」

フフフと笑いながら、シィルも開店準備に向かった。

そして、開店時間を迎え、いつもとほんの少し違う一日が始まった。

流石に、朝一番にはギルの目的の客は来なかった。その間、ギルは椅子に座って足をプラプラとさせながら暇をつぶしていた。

「ああしていれば、かわいい少年って感じなんだけどねぇ。」

それをカウンターから見ていたアクアンが、思わずつぶやく。

「聞こえてるぞ。」

「聞こえるように言ったのよー。」

笑いながら答えるアクアンに、白い目を向けるギル。

「悪かったな、かわいげのある少年じゃなくて。」

少し不機嫌になったギルが、窓の外を眺めながら答える。

「まぁいい。もうそろそろ、あの爺さんが来そうだからな。」

「わかるの?」

「なんとなくだがな。」

そう言ったギルの視線を追いかけるアクアン。昼前のこの時間では、この通りに人通りは少ない。

その分、ここを通る人たちの姿は目につく。

「一度付与をしたせいかもしれないが、あの武器が近づいて来るのを感じるんだよ。」

椅子から立ち上がり、窓の側に立つギル。身長が少し足りず、外から見ると帽子だけが見えるようになっている。

「ギル、あのお爺さんの接客は任せてもいいのよね?」

「あぁ。聞きたいこともあるからな。」

ギルが窓のふちに手をかけて、体を引き上げる。

「ほら、やってきたようだぜ。」

ギルの報告を聞いて、アクアンも窓の外に目を向ける。

そこには、昨日の夜に見た白髪の老エルフ、ボルクの姿があった。

「あら、ミクさんは一緒じゃなさそうね。」

「そうみたいだな。」

そう言って、ギルは椅子に座ってボルクの到着を待つ。それからすぐに、ホスピタルの扉が開かれ、ボルクが店の中へと入ってきた。

「いらっしゃいませ。ボルクさん。」

「おぉ、こんにちは。今日も良い日じゃの。」

「そうですね。」

笑顔であいさつを交わすアクアンとボルク。一通りの挨拶が終わったところで、アクアンは、シィルを呼びに保管庫へと戻った。

店舗には、ボルクとギルの2人が残される。少しの沈黙の後、ギルが口を開く。

「爺さん、やけに早かったな。」

「ほっほっほ・・・新しい武器に、年甲斐もなくはしゃいでしまってな。」

そう言って、ボルクは恥ずかしそうに頭をポリポリとかいてみせる。その行動を、冷静な目で見つめるギル。

「それにしては、魔力の消費が激しいみたいだな。」

「普段使いをしていただけなんじゃがな。」

笑いながら、手製の鞘に納められたレプリカをギルに手渡す。

ギルはそのレプリカを眺め、首をかしげる。

「確かに、同じ武器だ。それに、しっかり魔力も切れてる。」

その武器をカウンターに置き、ボルクを見据えるギル。

「聞きたいことはいくつかある。まあ、それはそっちの用事が終わってからでいい。」

そう言って、ギルは椅子に座ってアクアンたちが戻るのを待つ。

「そうじゃの。」

ボルクの答えと同時に、保管庫からアクアンとシィルがやってくる。

「いらっしゃいませ、ボルクさん。今日は、武器の返却ですか?」

「いやいや、まだまだ貸してもらいたいんじゃよ。」

ゆっくり首を横に振るボルク。それを不思議そうにみるシィル。

「でも、その武器はもう付与が切れてますよ?」

「じゃから、ギルに付与かけなおしてもらおうと思ってな。後、すまんがこれを作った職人に頼みがあるんじゃが。」

「クラウィスですか?」

「クラウィスというのか。いい名じゃの。」

少し驚くシィルだが、すぐに笑顔を見せて、ボルクに頷く。

「わかりました、少し待ってくださいね。」

シィルが工房にクラウィスを呼びに行く。その間に、アクアンもギルのレプリカを確認する。

「確かに、付与が完全に切れてるみたいね。それに、ちゃんとノコギリの方も使った後もあるし、本当に1日も経たないうちに使い切ったのね。」

「いやはや、使い勝手のいい道具じゃて。この老体でも難なく作業ができるからの。」

「でも、一体何を切ったんですか?」

「家の周りの、元気のよすぎる木じゃよ。」

その言い回しに、少しの疑問を覚える2人。そのやり取りをしている間に、クラウィスが店舗にやってきた。

「こんにちは。ボルクさん。レンタルをご利用いただき、ありがとうございます。」

「ほっほっほ、こちらこそ、良い性能の道具を貸してもらえて助かっておるよ。」

クラウィスに右手を差し出すボルク。それに握手で答える。

「ところで、ここはこちらの要望に応えてくれるんかの?」

そう言いながら、こぶし大の瓶を一本取り出してクラウィスに手渡す。

「これは?」

瓶の中には、透き通った緑色の液体が満たされている。

「森の老木から採れる、精油じゃよ。これを、回転する鋸の刃にかかるようにしてほしい。」

「なるほど、油で潤滑性と、温度を下げるわけですね。」

「それもあるがの、これはまぁまぁの魔力を秘めておってな。これで魔力を補充してやれば、付与の効果も長持ちするじゃろ。」

ボルクの説明を聞いて、納得したクラウィスは瓶の蓋を開けてにおいを嗅ぐ。

「森の中にいるような、清々しい香りですね。」

「そうじゃろう、わしらの住む森の特産品として時折売りに出しておる。」

笑顔で瓶を売り込むボルク。

「いい香りがするから、お店のアロマとして置ておきたいわね。」

シィルがその香りを気に入ったようで、クラウィスに提案する。

「確かにそうだな。ボルクさん、今度、これとは別に買い取りしますよ。」

「あぁ、準備しよう。この1瓶で、銀貨7枚じゃよ。」

「意外と安いわね。それなら常備できそう。」

お手ごろな値段を提示され、シィルは嬉しそうにパンと手を叩く。

「さて、それではこちらの改造をしてきますね。」

「よろしくお願いするよ。」

そう言って、クラウィスは剣と精油を持って工房へ戻る。

その姿を見送って、ギルはボルクに視線を向ける。

「で、本当の目的はなんだ?」

疑いの言葉を投げつけたギルに、シィルとアクアンが思わず顔をしかめる。

「ギル!」

「2人とも、よく考えてみろ。エルフ、しかもこの老体で、あれに付与した魔力を短時間で使い切る事なんて、普通に考えて無理だろう。」

頭ではギルの言い分も理解しているアクアンだが、それでもこの場でこの口調で問いかけるのはまずい。そう思って、ギルの前に立つ。

「それでも、ここではそんな言葉はダメよ。」

「ほっほっほ・・・まぁ、気にしておらんよ。その疑問も、当然の事じゃしのぉ。」

にやりと笑みを見せるボルク、その表情を見た三人は、それぞれ違う感情が沸き上がる。

「確かに、儂は若い頃の力はない。じゃがの、この武器はそれを補って余りある力を持っておる。それは自信を持っていいところじゃ。」

「その話だと、魔力切れの答えになってない。俺が聞いているのは、何をして魔力を使い切ったんだという事だ。」

「なに、本来の使い方をしただけじゃよ。」

まっすぐにギルを見つめ返すボルクに、ギルは動じる様子もなく、それを見ている2人の方が気が気じゃないといった感じだ。

「本来の使い方も何も、前言ってたように、伐採用だろ?」

「そうじゃな、確かに伐採用じゃよ。」

「その伐採だけだと、よっぽどの大木を切らない限り、短時間での魔力切れは無いはずなんだが。」

ギルの問いかけを聞いて、ゆっくり頷いて答えるボルク。

「儂が伐採したのが、そのよっぽどの大木だったのかもしれないのぉ。何せ、エルフの住む森のやんちゃな木じゃったからな。」

「やんちゃな木?」

その不思議な語感の言葉に、アクアンが食いついた。

「そうじゃ、光合成とかで栄養を補ってくれてればよかったのじゃが、人や家畜にまで手を出してくるようになってな。流石に放ってはおけないじゃろ。」

「そんなのが、居るんですか?」

「森の生態系というのは、奇妙奇天烈奇想天外じゃて。」

そう言いながあ、ボルクはほっほっほとひげを触りながら笑う。

「まぁ、今はそう言う事にしておくか。武器が出来たら、また魔力付与をする。今度は強烈にやってやるから、前回みたいにはならないはずだ。」

「期待しておるよ。」

やさしそうな目でギルを見つめるボルク。その目を少し疎ましく感じるギル。

そして、3人は少し居心地の悪い時間を過ごす。その空気を打ち破ったのは、クラウィスの声だった。

「お待たせ、完成したぞ。」

その声にホッとしたアクアンとシィル。急いでクラウィスの元へと向かう。

「これをここに差し込めば、回転と同時に瓶の口が割れて油を補充する仕組みになっています。」

束の部分に小さな瓶が差し込めるような部品が取り付けられている。

「何せ、急ごしらえの改造ですから、しっかりしたものは次に来た時に取り付けますよ。」

そう言いながら、クラウィスは小分けに瓶詰めした精油をカウンターに並べる。

「とりあえず5回分、これでいいかな?」

「おぉ、十分じゃて。助かるよ。」

ボルクの目が若かりし頃の輝きを取り戻す。いくつになっても、こういった物に惹かれる気持ちは変わらない。

「それでは、改造費と瓶代はレンタル料に上乗せでいいですか?」

シィルの問いかけに、ボルクはゆっくりと頷く。

「さて、ギル。よろしく頼むぞ。」

カウンターに置いたレプリカを手にし、ボルクがギルに付与を依頼する。

「強力なのやってやるよ。」

ギルの言葉に反応するように、レプリカが振動音を発する。そして、次に弱い光がレプリカを覆い、次の瞬間それらがふっと消える。

「終わったぞ。前よりも強力にしておいたから、しばらく会う事も無いだろうな。」

付与が終わったレプリカをボルクに手渡すギル。

「そうじゃな。そうなるといいのぉ。」

そう言って、受け取ったレプリカを手製の鞘に納めるボルク。

「それじゃあ、またよろしく頼むの。」

笑顔でホスピタルを後にするボルク。その姿を4人は見つめている。

「ギル、今度はどれくらいの力を込めたの?」

「そうだな・・・前の3倍だな。」

「そんなにも?!」

アクアンが驚くのも無理はない。武器に付与できる上限は決まっていて、前回は上限近くまで付与していたと思っていたからだ。

「じゃあなに、前回は殆ど力を込めてなかったって事?」

「そうじゃない。十分な力を付与していた。普通に使う分にはな。」

ギルが椅子に座って腕を組み、少し首をかしげる。

「あいつの使い方が普通じゃない。という事だろう。」

そして、ギルが大きく息を吐いて、店の天井を見上げる。

「まぁ、今回はしっかりと魔力を付与しておいた。それに、あの油だ。」

「あの精油がどうしたの?」

「クラウィス、お前は気付いたろ、あれは普通の油じゃないって。」

そう言われたクラウィスは、首を縦に振った。

「ボルクさんの言う通り、あの油は魔力を帯びている。」

「その魔力が、どうも普通じゃない。あの話は、少し疑った方がいいだろうな。」

ギルの言葉に、クラウィスも少し頷く。その2人を見て、アクアンが少し首をかしげる。

「疑ったところで、私達には何もできないでしょ?」

「まぁ、そうなんだけどな。でも、今回は仕掛けもしておいた。」

「仕掛け?」

「そうだ。前回は、魔力が無くなった事を検知するだけだったが、今回は何をしているかを検知出来るようにした。」

とんでもない効果を突然告げられて、呆気にとられるアクアン。

「そんなことも出来るの?」

「伊達に長くこの世界にいるわけじゃないからな。」

「最初からしておけばよかったんじゃない?」

「あんな奴が借りに来るとは思わないだろ。」

大きくため息をつくギル。確かに、あんな規格外の客が来るとは思わない。

「さて、俺の役目は終わったからな。後は頼んだ。」

そう言って、ギルは椅子から立ち上がり、そのまま保管庫に戻っていった。

「クラウィス、ギルが言ってた精油の事、本当なの?」

あの精油を気に入っていたシィルが、少し神妙な面持ちでクラウィスに問いかける。

「そうだな、あの油は、ボルクさんが言っていない秘密があるだろうな。」

「言っていない秘密・・・ねぇ。後ろめたいのかしら?」

「いや、こっちから聞かなかったろ。あの人は、聞かれた事はちゃんと答えるさ。」

クラウィスの答えに、少し疑問を覚えながらも、首を縦に振るシィル。

「じゃあ、俺も自分の仕事に戻るよ。」

そう言いながら、クラウィスは工房へと戻っていった。


その日は、レンタル目的の客は現れることもなく、平和に終わる・・・はずだった。

「どういう事だ!!」

保管庫にギルの叫び声が響き渡る。

その声に驚いたアクアンが、店舗から保管庫にやってくる。

「ギル!!どうしたの?!」

アクアンの姿を見たギルが、その原因を声を荒げながら告げる。

「付与した魔力が、もう尽きやがった・・・。」

「え?」

ギルの言葉に、呆気にとられるアクアン。

「ど、どういう事?」

「言葉の通りだよ。だが、あいつがやってる事もなんとなくわかってきた。」

苛立ちを隠せないギルに、アクアンは椅子をすすめて落ち着かせる。

勧められた椅子に座り、大きくため息をつくギル。

「一体、何があったの?」

「あいつ、確かに伐採してたよ。ただ、伐採だけじゃなかったって事だ。いや、魔力を失う原因がそこにあったって事になるか。」

そう言って、ギルは天井を見つめる。そして、ゆっくりと言葉を選びながらアクアンに伝える。

「伐採した木を、一本の木に繋ぎ合わせていた・・・。」

「どういう事なの?」

「判らねぇよ・・・伐採した木を細かく刻んで、大木の周囲に撒いた後、大木に切れ目を入れて、そこに余った枝を刺したんだ。」

「その行為に一体何の意味が・・・。」

2人して首をかしげる。

「これは、明日も来そうだな・・・。」

ギルはそう呟いて、大きなため息をつき、明日も店に立つことを覚悟した。


次の日、2日連続で店に立つことをシィルに驚かれながら、ギルは昨日も座っていた椅子に腰かけ、ボルクがやってくるのを待っていた。

そして、昨日と同じ時間に、ボルクは再びやってきた。

「いらっしゃいませ、お待ちしてましたよ。」

シィルが扉を開けたボルクに声をかける。

「ほっほっほ、今日もよろしく頼むぞ。」

そう言って、ボルクはレプリカをシィルに手渡した。

「爺さん、魔法の付与は俺の仕事だ。」

ギルがシィルからレプリカを受け取り、魔法付与の準備を始める。

「色々と聞きたいことが山積みなんだ。」

「聞きたい事かの。なんでもよいぞ。」

ひげを触りながら、笑顔でギルの要請を受けるボルク。

「その前に、これをまた持ってきたから、取り付けてもらっていいかの。」

ボルクがシィルに2つの瓶に詰められた精油をカウンターに置く。

「今回は、こっちが取り付け用で、こっちが前回依頼された品じゃて。」

2つの瓶は、大きさが少し違っていて、大きい方が取り付け用のようだ。

「ありがとうございます。こちらは買い取らせていただきますね。」

「少し大きい瓶じゃからな、銀貨21枚になるがいいかの?」

「はい、判りました。」

シィルがカウンターから銀貨を取り出し、ボルクに手渡す。

「ふむ、確かに受け取ったぞ。」

懐に銀貨をしまい、ギルとアクアンの側に近寄る。

「さて、聞きたいことに答えるかの。」

ギルに椅子に座るよう促されたボルクが、椅子に深く腰を落とす。

「大体聞きたいことはわかっておるよ。何をしたかじゃろ?」

「あぁ、多少は判ったが、意味不明な行動が多くてな。」

「なんと、わかるのか?!」

目を見開いて、驚いた表情を見せるボルク。

「少しだけ、細工をしておいたからな。爺さんがどういう行動をとっていたかはなんとなく判るが、そこまでだ。意味が一切判らなかった。」

「なるほどのぉ。まぁ、無理はないの。」

ひげを触りながら嬉しそうに目を細める。

「では、最初の工程から説明していこうかの。まずは、伐採する木を決めるんじゃ。」

ボルクは、身振り手振りを交えながら工程の説明を始める。

「決めるのが、難しいのか?」

「そうでもない。森の主の生命力を必要以上に奪う木が伐採対象じゃて。」

ボルクの説明に、少し疑問が浮かぶ。

「自然は、弱肉強食じゃないのか?」

「確かに、強者が生き残るのは自然の摂理じゃが、共存共栄という言葉もあるでの。」

「エルフにとって、その森の主は守るべきものって事ですか?」

アクアンの問いかけに、ボルクが首をゆっくり縦に振る。

「そうじゃな。森の主は全体の生命力の生産と、その分配を担うからの。」

「そんなことが出来る木なんですね。」

「もし、伐採をしてなかったら、あっという間に他の植物にやられるじゃろうな。」

ギルがボルクの説明に違和感を感じて、それをボルクにぶつける。

「そんなに弱い木を守るのか。エルフの癖に、自然の摂理を無視してるんだな。」

「無視はしておらんさ。互いの利害関係の一致という事じゃよ。」

「でも、その話だと、守ってもらっている森の主しか得は無さそうなんだが?」

「いやいや、しっかりと恩恵をもらっているよ。渡した精油は、全部森の主からもらった物じゃて。」

「そうなんですか。」

精油の出どころを教えられた3人は、驚きの表情を浮かべる。

確かに、あの精油の製造方法は気になってはいたが、まさか森の主が作った物だとは思っていなかった。

「さて、話が脱線したかの。木を伐採した後は、木材として利用したり、切り刻んだ後に主の周りにおがくずや灰を撒いて、栄養にするんじゃよ。」

「栄養な・・・。」

実際の様子を見ていたギルは、その言葉に少し違和感を感じる。

「じゃあ、またこちらから質問いいか?」

ギルがボルクの目をまっすぐと見据える。

「伐採した木は、言うなれば悪者って事だよな?なんでそれを森の主に差し込んだ?」

「それはな、伐採した木は悪者ではないからじゃよ。」

ボルクの答えに戸惑うギル。

「生命力を吸収して、森の主を弱らせるから伐採したんだろ?」

「確かにそうじゃが、その木も生きるために必要な行為だったんじゃよ。それを片方の理由から悪と断罪してはならん。」

諭すようにギルに語り掛けるボルク。しかし、納得がいかないギルは更に言葉を投げかける。

「命を奪っておいてか?」

「うむ、ギルよ。おぬしは少し植物についての知識が足りてないようじゃの。」

違和感の答えに気付いたボルクは、腕を組んで首をかしげる。

「どういう事だ?」

「おぬしが見た光景の木じゃがの、あれは死んでおらん。」

じっくりと説明する体制に入ったボルクが、ギルの目をじっと見据えながら答える。

「あれだけバラバラにしておいて、死んでないとは考えられないが・・・。」

「枝を森の主にさしたじゃろ。あれは挿し木という手法でな。挿した木はしっかりと主の一部となって生き続けるんじゃよ。」

ボルクが熱心に説明するが、その原理が理解出来ないという表情の3人。

「何と言えばいいかのぉ・・・。」

ひげを触りながら、ボルクが少し考えこむ。

「植物というのはな、様々な方法で自分の身を守ったり、子孫を残したりするんじゃよ。その方法を理解したうえで、環境を整えるのが儂らの仕事じゃて。」

「という事は、その伐採した木もその仕組みを理解して、そんなことをやっているという事か?」

「そう言うことじゃな。」

「あの、1つ聞いてもいいですか?」

シィルが少し手を挙げて、ボルクにアピールする。

「なんじゃね?」

「森の主に、その木を刺したのですよね?最終的に、その木は森の主に取り込まれるという事ですよね?それって、生きているって言えるんですか?」

シィルの鋭い質問に、ボルクが思わずうなる。

「そうじゃのぉ。命を繋げるという意味では生きておるな。」

「意識はなくなるって事なんですね。」

「まぁ、そもそも意識というものが無いとは思うがの。」

「意識が無い?さっきから意識があるように話してたが、違うのか?」

ボルクの答えを聞いたギルが、問い詰めるように話しかける。

「儂は一言も意識があるなんて言っておらんからの。その辺りを教えてくれる精霊がおるんじゃよ。」

「そこにも精霊が居るのね。」

シィルは、つくづく精霊と縁があると考えるが、こんな店をやってるのだから当然だと思いなおす。

「あぁ、ドリアードという精霊じゃよ。」

「ドリアード・・・木の高位精霊ですね。」

「おぉ、よく知っておるの。流石、この店をやっとるだけあるの。」

「そうですね。精霊に関しては勉強してますから。」

笑顔をボルクに返すシィル。

「ちょっと待て、という事は、森の主というのも、ドリアードが決めたという事か?」

「ふむ、確かにドリアードは主の事を教えてくれるな。じゃが、彼らもまた森の一部、儂らと同じじゃて。」

「同じ、ねぇ。」

そう声を上げたのはアクアンだ。

「同じというのは、運命を共にするって意味かしら?」

「そうじゃな。」

その一言を聞いて、アクアンは納得する。

「精霊が出来ない事をエルフがする代わりに、エルフは精霊から様々な情報を得て生活している。そう言う事なのね。」

答えの代わりに、首を縦に振るボルク。

「共存共栄というのは、そう言う事じゃて。」

ボルクの話がひと段落した様子だ。しかし、ギルの気になっているところがまだあるようで、再びボルクに向けて疑問を投げかける。

「何をしていたかはまぁ、わかった。だが、その行動でどうやってあの魔力をすべて使い切ったのか、それが気になるんだ。」

ギルが前回渡した武器は、1日中木を伐採していたとしてもその日のうちには切れる事は無い量の魔力が込められていた。

その上、ボルクが持ってきた精油の効果で、魔力は常に補充されている。なおさら、短期間での魔力切れは考えずらかった。

「その疑問に行きつくのは、当然じゃの。」

魔力の総量を把握していたボルクが、にやりと笑う。

「今更なんじゃが、儂の今回の作業で、一番魔力を使うのはどこじゃと思う?」

逆に質問を受けたギルが、少し考えた後に、口を開く。

「俺の見ている限り、魔力の消費が一番多かったのは、森の主の体に傷をつけた時だ。」

「なんじゃ、判っておったのか。」

少しがっかりしたボルクが、苦笑いを見せる。

「その通りじゃよ。森の主は、さっきも言ったように様々な挿し木で成り立っておる。この意味が解るかの?」

今度こそわからないだろうと、悪い顔を見せるボルク。

「様々な挿し木・・・って、たくさんの木が1つになっているって事よね?それって、森の主はキメラって事?」

アクアンが呟いた素朴な疑問に、ボルクは驚いたというっ表情を見せる。

「キメラか、そう言う考えもあるのぉ。」

「事実、そうじゃないのか?」

ボルクが首を横に振り、アクアンの推測を否定する。

「うむ、キメラというのは、複数の命ではなく、ああ見えて一つの命なんじゃよ。」

「そうなの?!」

「そうじゃて。キメラにはコアがあってな、それを壊せばキメラは倒せる。この事から、命は1つという事の証明じゃな。」

「その森の主も同じじゃないの?」

「確かに、森の主自体のコアというのものあるが、それはあまりに巨大でな。壊すのは・・・よっぽどの力を持つモノでないと無理じゃろうな。」

森の主の体に少し傷をつけるだけで、あれだけ込めた魔力が切れるほどの力が必要になる。それを身をもって知っているギルは納得の表情を見せた。

「爺さんの言う事が真実なら、森の主の体には沢山の命が宿っている、そう言う訳だな?」

「その通りじゃ。その命一つ一つが、森の主を守っておる。ゆえに、その体を傷つけるには膨大な魔力が必要になるという事じゃ。質問の答えになったかの?」

ボルクの答えに、ギルが小さく頷く。

「まぁ、俺が見えてたのはそこまでだからな。それ以上の疑問はない。今のところな。」

その時、補修を終えたクラウィスが店舗にレプリカを持ってきた。

「ちょうどいいタイミングだったかな?ボルクさん、お待たせしました。」

武器と小分けにされた小瓶と、数本のアンプルをカウンターに置く。

「やはり、良い腕をしとるのぉ。で、小瓶は判るんじゃが、このアンプルはなんじゃ?」

「これは、汚れを落とすための清掃剤です。どうやら、使っているうちに精油の浸透率が下がって、魔力の消費が大きくなるのではと考えましてね。」

レプリカのノコギリ部を指さして、クラウィスが説明する。

「ほぉ・・・。確かに、木くずが詰まると、切れ味が落ちるからの。これで掃除が楽にできるという事かの。」

「伐採を行った後は、こちらのアンプルを精油投入口にセットして、しばらく回転させてください。ここから汚れが排出されます。」

使い方を説明すると、ボルクはレプリカを手にして、汚れが排出される部分の蓋を開ける。

「清掃剤は、自然に分解される素材ですから、汚れ・・・この場合はおがくずですね。これは他のおがくずと一緒に栄養素に出来ますよ。」

「なるほど、それは助かるのぉ。他の者にもここを宣伝してもよさそうじゃて。」

「そうしてくれると、こちらも助かりますよ。」

そう言って、クラウィスとボルクが握手を交わす。

「では、ギル、お願いできるかの?」

ボルクがギルにレプリカを手渡す。仕方ないといった表情と共に、手に取ったレプリカに魔力を込める。

今までで一番の光がレプリカを包む。そして、ギルが大きく息を吐き、気合を入れた。

「フン!!」

レプリカの束を強く握りしめると、その光は急速に消えていく。

「今回は、このレプリカに詰め込めるだけの魔力を詰め込んだ。それに、その精油の効果もあれば、どんな使い方でも1日で使い切る事は無いだろう。」

少し呼吸を荒げて、ギルがボルクに伝える。

「ありがとう、これで仕事もはかどるわい。」

ボルクがレプリカを手にし、束に納める。

「しかし、いいのかのぉ?」

「どうかしたんですか?」

少し不安そうな表情を見せるボルクに、シィルが声をかける。

「いや、この高性能な武器をあんな格安で貸してくれるとなると、悪い気がしての。」

基本的に、最初に提示したレンタル料以外は取らないことになっている。今回のように機能を追加する場合には料金を上乗せするが、それも少額で抑えている。

「いいんですよ、こちらとしても色々と使い心地を教えていただくことで、良い武器の修理ができるようになりますから。」

「なら、張り切って使って使い心地を報告せねばの。」

ほっほっほと笑いながら言葉を返すボルク。しかし、今までの様子から、その言葉が不穏なものにしか聞こえないギルは、神妙な表情を見せていた。

ボルクが帰った後のホスピタルでは、表情を曇らせているギルが、窓の方を向いてため息をついていた。

それを見ていたアクアンとシィルが、心配そうにギルに声をかける。

「ギル、心配?」

「心配・・・か。心配よりも、疑問の方が大きいな。」

「疑問って?」

「今はまだ動きが無いが、魔力が減るスピードは速いんだ。」

「それが疑問?」

「あぁ、一度に減るなら、大きい魔力を使ったと認識できるが、一定量で減るんだ。最初はゆっくり、最後は超高速でな。」

ギルの考えている疑問が、どう疑問なのかシィルとアクアンには理解できていない。それが表情に出ていたようで、ギルがさらに大きなため息をつく。

「爺さんは魔力を使っているんじゃない、魔力を吸い取られているんだ。何者か・・・は、大体察しがつくがな。」

「吸い取られる・・・?」

「あぁ、あの森の主って奴だな。」

「どうして魔力を吸い取るのかしら。」

「それが疑問なんだよ。」

疑問の共有が出来たところで、ギルは窓に背を向け、保管庫に向かう。

「ギル・・・。」

「趣味が悪くて好きじゃないが、これから籠ってあの爺さんが何をやってるかを覗かせてもらう。一人にしてくれ。」

そう言って、ギルは保管庫に戻っていった。そのまま、セメタリーに籠るのだろう。

そんなギルを見送ったアクアンは、シィルの手にしている瓶に目が向く。

「あら、その瓶は?」

「これ、ボルクさんが持ってきてくれた精油よ。」

シィルがカウンター奥の棚に瓶を置く。そして、蓋を開けて細い木の棒を数本瓶の中に差し込んだ。

「何してるの?」

「こうすると、お店の中にこの精油の匂いがいきわたるのよ。」

「へぇ・・・そうなんだ。」

アクアンがまじまじとその瓶を見つめる。

「数年前にはなかったと思うけど・・・。」

「そうね、この辺りでこの方法が流行り始めたのは、あなたが眠ってる間だったし。」

「へぇ、色々とあるのね。」

棚の上の精油瓶に顔を近づけるアクアン。そして、ひと呼吸して香りを体に取り入れる。

「何かしら・・・何かやさしくて懐かしい香りね。」

「森の香りって聞いたけど、こんな香りなのね。」

2人がその香りを楽しんでいると、ホスピタルの扉が開いた。

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