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第2章 失意の精霊

それから、2か月が過ぎ、季節も移り替わる。ホスピタルの窓から見る景色も、雪景色へと変わっていた。

寒くなってくると、アクアンは保管庫に居ることが多くなる。ここは、常に炎を使っていて暖かい工房が隣にあるため、過ごしやすいそうだ。

そこで、保管庫に置かれた自分の本体を眺めて過ごしていた。

「寒いと、体が硬くなっちゃうわね・・・。雪は綺麗で好きだけど、この寒さは堪えるわね。」

アクアンが本体をぎゅっと握りしめる。ロッドが体温を吸い取り、ひんやりとした感覚を与える。

そのロッドを工房付近に持っていき、工房から漏れる熱で温める。

そうして、冬の1日が過ぎていく。しかし、この日は少し違っていた。

「アクアン、居る?」

店頭から声がシィルの声が聞こえる。

「はい。お仕事ですか?」

「えっと・・・仕事ではないの。」

神妙な表情をしたシィルが、保管庫に入ってくる。

「・・・どうしたんですか?」

その空気を察したアクアンが、シィルに声をかける。

「・・・あなたには、伝えておかなければならないわね。」

シィルが1通の手紙を取り出す。

「冒険者ギルドからの手紙よ。」

いつもとは違う雰囲気のシィルから、この手紙が自分にとって運命を変える可能性があると感じていた。

「・・・気をしっかり持って、読んでね。」

アクアンがゆっくりと手紙を開く。そして、そこに書かれている文字を目で追う。

「・・・シィル。」

小さな声でアクアンがシィルを呼ぶ。シィルは、ゆっくりとアクアンに近づく。

「・・・私は、冒険者ギルドの事に関してはよくわかりません・・・。」

手紙に、水たまりが広がり、文字がにじんでいく。

「でも・・・ここに書かれている言葉の意味は分かります・・・。」

手紙を握りしめるアクアン、そして、膝をついてうつむく。

「ここに書いてあることは、ほんとう・・・なんです・・・よね。」

シィルがアクアンを抱きしめる。それが、アクアンに対する答えだった。

「うぁぁぁぁぁぁ・・・・。」

アクアンが感極まり、声を上げて泣く。シィルは、アクアンをの顔を抱き寄せて慰める。

ギルドから来た手紙には、ミルダの生命反応が消えたという事が書いてあった。

アクアンズロッドの修理依頼を受けた時、所有者登録をしていたため、ギルドからホスピタルに連絡が来たのだ。

「待ってたのに・・・一緒に居れると思ったのに・・・。」

嗚咽交じりに感情を吐露するアクアン、ゆっくりと背中をさすりながら、シィルはその気持ちを受け止める。

そして、しばらく泣き続けて落ち着いたアクアンに、シィルがゆっくりと声をかける。

「・・・アクアン、落ち着いて聞いて。」

シィルの胸の中で、アクアンの顔が少し縦に揺れる。

「ギルドからのこの手紙は、あなたの大切な人が死んだという意味ではないの。」

その言葉に、アクアンの体がビクッと震える。

「ギルドは、この指輪を通じて冒険者の健康状態を把握していてね、一定期間その状態を把握できない場合に、この通知が来るの。」

「・・・それじゃあ・・・。」

「指輪を外しているかもしれない。事故で指輪が壊れたかもしれない。」

「本当に・・・?」

アクアンが消え入りそうな声でシィルに問いかける。

「それは、わからないわ。でも、死んだと決まったわけじゃない。それだけは覚えて置いてほしいの。」

シィルの説明を聞いて、再びシィルの胸に顔を強くうずめる。

「でも・・・もうミルダが居ないかもしれないのよね・・・。」

シィルは、アクアンの頭をやさしく撫でる。

「もし、辛かったら、眠りにつくといいわ。」

アクアンが小さく頷き、シィルの胸からフッと姿を消し、アクアンズロッドがシィルの胸の中に残された。

「何度経験しても、これを伝えるのはつらいわね・・・。」

シィルは、倉庫の暖かい場所にアクアンズロッドを置く。

「終わったのか?」

クラウィスが工房から出てくる。どうやら、先ほどの話を聞いていたようだ。

「えぇ。アクアンは、乗り越えられるかしら・・・。」

「珍しく、人と触れ合うのが好きな精霊だからな。」

クラウィスがアクアンズロッドの側に近寄り、様子を見る。

「どうするの?」

「一応、この店のルールは守らないといけないからな。」

クラウィスは、アクアンズロッドを手に取り、保管庫の片隅にある小さな扉を開ける。

そこは、地下に続く階段になっており、その通路は魔法の光によって照らされていた。

「セメタリーに運んでおくよ。」

そう言って、クラウィスは地下に降りて行った。


地下に降りたクラウィスが、木の扉を開き、地下室に入る。

小さな光がともり続ける地下室には、上にあるカウンターと同じものが並んでいる。

その上に、いくつもの武器が置かれている。どうやら、これは全て精霊武器のようだ。

「今日も、誰も目覚めていないか。」

クラウィスが残念そうにカウンターを見る。そして、カウンターの一部を綺麗に片付け、アクアンズロッドを置くための台座を組み立てる。

そこにアクアンズロッドをゆっくりと立てかけて、クラウィスはゆっくりと部屋を出る。

「みんな、いつでも出てきてくれ。俺は、その時を待ってるからな。」

地下室の扉を閉じて、階段を上る。そして、保管庫に戻ったクラウィスを、シィルが見つめていた。

「クラウィス・・・。」

「気長に待とうか。きっと、セメタリーの面々も、受け入れてくれるさ。」

セメタリーと呼ばれる地下室、そこには、今のアクアンズロッドと同じ境遇の精霊武具が収められている。

もちろん、全て修理済みで、いつでも引き渡すことが出来る。だが、肝心の引き取りに来る者がいない。

使い手のいなくなった精霊武器は、ただ静かに眠りにつく。だが、それは実体化していない精霊の場合。

ここ、ホスピタルの場合は、少し事情が違っていた。

「今度の新入りは、こいつか。なんかよわっちそうなやつだな。」

ぼさぼさの茶色の髪の毛、そしてギラリとした鋭い牙を見せながら、小さな影がアクアンズロッドに近づいていく。

「こいつは、俺を殺してくれるかな?」

アクアンズロッドを手に取り、まじまじと眺める。しかし、その眼は布により隠されている。

だが、その形状や効力はしっかりと認識できていて、期待外れだったようだ。

「なんだ、魔法の武器か。これじゃあどうしようもないな。」

そう言って、アクアンズロッドを元にあった場所に置きなおす。その時、アクアンズロッドの宝石が部屋の光を反射し、小さな影の姿を照らす。

その影は、緑色の服を着た、ノームと呼ばれる小さな精霊だった。

そして、ノームはゆっくりと部屋の片隅に移動する。そこには、奇妙な形のロングソードが飾ってあった。

「自分の家じゃ、自分は殺せないしな。早いところ楽になりたいぜ。」

ノームが、ロングソードを手にして自分の体を切りつける。しかし、その剣はノームの体をすり抜ける。

その様子を見て、大きなため息をつく。そして、同じように何度も何度も自分の体を切りつける。

その度に、剣はむなしく空を切る。それでもしばらく振り続けた後、剣を床に落としてがっくりと膝をつく。

そして、ノームの姿は剣の中ににすぅっと消えていった。

それから、どれくらいの時間が流れただろうか。セメタリーの中ではノームの自傷行為がたまに行われるだけで、静まり返っていた。


「ここは・・・。」

うつろな目をしたアクアンが、部屋の中を眺める。ここに運ばれたときには、眠りについていたため、この場所の記憶はない。

混濁した記憶を手繰り寄せ、自分がなぜ眠りについたのかを思い出す。

そして、光の無い目から一筋の涙が流れる。

「ミルダ・・・。」

アクアンがそう呟いた直後、部屋の中で何かが動く気配を感じた。

「・・・誰かいるの?」

気配は、アクアンズロッドのあるテーブルの裏手側から感じる。

アクアンは、その場所に向けて声をかける。

「・・・幽霊さん・・・?」

小さな声が聞こえて、テーブルの陰から恐る恐る顔を出す子供の姿が現れる。

その姿に、どこか見覚えがある。

「あなたは・・・?」

そう問いかけた時だった。部屋の扉が突然開け放たれ、中に女性が入ってくる。

「ミロン!ここは危ないって言ったでしょ・・・?!」

女性が、アクアンを見つめて固まる。そして、ゆっくりとアクアンに歩み寄ってくる。

「アクアン・・・アクアンなのよね?」

「・・・シィル?」

アクアンの記憶の中のシィルとは違う女性は、何度も頷いて答える。

記憶の中のシィルは、もう少しほっそりとしていて、ロングヘアーにしていたはずだ。

それが、目の前のシィルは、少し肉付きがよくなって、セミロングになっている。

そして、何より目を引くのは、おなかの大きさだった。

「ママ・・・。」

子供が、シィルに抱き着いて泣きそうな声を上げる。その声に応えるように、シィルはしゃがみ込んでミロンをやさしく抱きしめた。

「大丈夫、怖くないわ。この人は、精霊よ。」

シィルの説明を受けたが、ミロンはシィルの胸に顔をうずめている。

「アクアン、もしよかったら、久しぶりにお話しましょう。」

その提案に、アクアンは戸惑いながらも首を縦に振る。

「ミロン、先に上に戻って、パパにアクアンズロッドが目覚めたって伝えてくれる?」

セメタリーから、ミロンが出ていくのを確認して、シィルがアクアンに笑顔を見せる。

「おはよう、アクアン。あなたが目覚めるのを楽しみにしてたのよ。」

シィルの言葉に、首をかしげるアクアン。

「どうして・・・?」

「あなたに伝えたいことがたくさんあったからよ。」

目に涙をためながら、アクアンの手を握る、

「あの人の事?」

アクアンの問いかけに、シィルは首をゆっくりと横に振る。

「あの人の情報は、まだ来てないわ。もう5年も経ったのに・・・おかしいわよね。」

シィルの言葉に、今までうつろだった目をぱっと開くアクアン。

「5年・・・?!」

その問いかけに、首を縦に振るシィル。

「じゃあ・・・さっきの子供・・・シィルをママって・・・。」

「私と、クラウィスの子供よ。今年で3歳になるわ。」

アクアンは、通りでといった感じでシィルを見つめる。

「人間は・・・早いわね。それに・・・。」

アクアンが、気になっていたシィルのおなかを見つめる。アクアンには、シィルの中にいる命が見えた。

「女の子ね。」

アクアンがそう告げると、シィルは驚きの表情を見せ、すぐにぱぁっと笑顔を見せる。

「そうなの?!」

「えぇ、元気そうな命の器が見えるわ。おめでとう、でいいのよね。」

「ありがとう、アクアン。」

愛おしそうに大きなおなかをさするシィル。それを見て、アクアンもシィルのおなかに手を触れる。

「人間は・・・早いわね・・・。」

同じ言葉をもう一度呟くアクアン。その言葉に、何かの決意の様なものを感じる。

「シィル・・・。私、立ち直るにはまだ時間がかかりそう。だから・・・。」

「わかってる。ここは、精霊武具のためのお店よ。」

「ありがとう。」

そう言って、笑顔を見せるアクアン。その時、セメタリーの扉がゆっくりと開く。

「アクアン、目が覚めたのか。」

クラウィスが扉から顔をのぞかせる。その表情からは、安堵が読み取れた。

「クラウィスも、元気そうでよかったわ。」

「きっと、目覚めると信じていたよ。無理するなよ。」

「ありがとう。少しづつ、慣れていくわね。」

そう言って、アクアンは、少しテーブルに腰を掛ける。それを見たシィルが、その意図を察した。

「ごめん、疲れたわよね。保管庫に行く?」

シィルの提案を受けて、アクアンは5年ぶりにセメタリーから出ることになった。

少しボロボロになった保管庫に戻ったアクアンが、不思議そうに周囲を見渡す。そして、疑問を口にする。

「シィル、5年でここまで古くなっちゃうの?」

気を使って、ボロいとは口に出さないアクアンだったが、シィルは苦笑いで答える。

「ちょっと、クラウィスの悪い癖がね。」

「もしかして・・・?」

アクアンは、眠りにつく前に聞いたシィルの言葉を思い出す。

「修理癖・・・ですか?」

シィルがこくんと頷く。

「気付いてないと思うけど、この数年、セメタリーに置かれる武具が増えちゃったのよ。」

「あの場所は・・・引き取る人が居ない精霊武具を置いておく場所・・・でしたっけ?」

「そう。でも、あの人ったら、いつ引き取りに来ても良い様にって、セメタリーに置く前に全部修理しちゃったのよ。」

「あぁ・・・。」

少し、呆れたような声を上げる。自分もそうだったので、何が起こっているかはよくわかる。

「私達にとっては、修理してくれるいい人なんだけど、商売人としては難があるのですね。」

「だから、私の様なサポートが必要って事ね。」

シィルが笑顔を見せる。遠回しにのろけを見せつけている。

しかし、それに気付かないアクアンは、右手をあごに当てて、下を向く。

「何か、考え事?」

その考え事がまとまったのか、アクアンはシィルの顔を見つめて、考えを告げる。

「修理代金・・・稼げればいいんですよね?」

「え?まぁ、そうだけど・・・。」

突然の質問に、少しうろたえるシィル。それをよそに、アクアンが自分の提案を続ける。

「セメタリーに居る武具達を、新しい持ち主の元へ届けるのはどうですか?」

「それって、あなた達を売るって事?!」

シィルの驚いた声に、アクアンがその通りと頷く。

「あの場所にいる武具は、さっきまでのあなたと同じように、眠りについている子たちばかりなのよ。それこそ、この店が出来た時からの子もいるわ。」

「でも、目覚めている精霊もいます。さっき、私の事を幽霊さんと言ってました。という事は、彼は、ここで他の幽霊さんに出会ったことがあるんじゃないかしら?」

アクアンの言葉に、少し首をかしげてシィルが反論する。

「あの部屋には、幽霊が居るって教えてたから、その事かも。」

「それでも、妙に落ち着いてたわ。多分、何度か見てるのでしょうね。」

「まさか・・・。」

神妙な表情でアクアンを見つめるシィル。

「今度、聞いてみたらどうかしら?私は、私にできる事をやろうと思うの。」

「出来る事?」

「精霊の事は、精霊に任せて。」

そう言って、自分の胸をポンと叩くアクアン。

「目を覚ましている、ねぼすけの精霊に話しかけてみるわ。」

「アクアン・・・。目覚めたばかりなのに・・・。」

シィルの言葉に、アクアンが笑顔で答える。

「私を修理してくれたし。それに、お店がなくなっちゃうと私達も、引き取りに来てくれる人も困るしね。」

「アクアン、ありがとう。あなたみたいな精霊は初めてよ。」

シィルが思わずアクアンを抱きしめる。アクアンは、少し照れた顔を見せる。

「そうと決まれば、早速・・・。」

アクアンが保管庫からセメタリーに戻ろうとする。そこに、ミロンが戻ってきた。

「ママ・・・。」

シィルを見つけたミロンが、シィルにしっかりと抱き着く。ちらちらとアクアンを見ている。まだ怖いようだ。

「ねぇ、ミロン。」

シィルがしゃがんでミロンと視線を合わせる。そして、先ほどのアクアンの疑問を投げかける。

「あのお姉さん以外の、幽霊は見たことある?」

ミロンがうつむいて黙り込む。怒られると思ったのだろう。

「大丈夫、怒らないわ。あなたのおかげで、またアクアンに会えたのだから。」

そう言って、シィルがミロンをぎゅっと抱きしめる。すると、小さい声で幽霊の事を話し始めた。

「僕と同じぐらいの、緑色の服と帽子で、目隠しをした幽霊を見たよ。」

「・・・そうなの。」

シィルが、少し考えてからもう一度ミロンを抱きしめる。

「心当たり、あるの?」

「えぇ。あるわ。でも、実際には見た事は無いけどね。」

ミロンを開放し、ゆっくりと立ち上がるシィル。

そのまま、カウンター奥にある棚に向かい、その中から沢山の付箋が付いた1つの本を取り出す。

「それは?」

「これは、この店が出来てから預かったことのある武具のリストよ。」

付箋を手掛かりに、目的のページを見つける。そして、それを開いてカウンターにのせる。

「特徴からすると、これね。」

シィルが武器を指さす。

「ギルティスライサー?」

聞いたことのない名前だったアクアン。

「ちょっと特殊な形状のロングソードでね。この子の生い立ちも色々とあるのよ。」

「セメタリーに居る以上、色々とあるのは理解してます。だから、私に任せてもらえますか?」

「何をするのか、教えてもらっていい?」

「説得します。お友達になります。」

アクアンの笑顔に、本気を感じたシィルは、フフフと笑ってアクアンの手を握る。

「任せるわ。ねぼすけの精霊や、困った精霊を助けてあげて。」

その言葉に答えるように、アクアンは力強く頷いた。


セメタリーに戻ったアクアンは、奇妙な形のロングソードを探す。

「あまり武器には詳しくないのだけれど・・・。」

アクアンが武器が立てかけられている区画へ目を向ける。

そこには、槍や斧、そして見たことのないナイフや、刃物の付いた円盤なんかも置いてある。

その中で、一振りの剣を目にしたアクアンは、その形状に少し疑問を持つ。

「・・・何かしら、鋸?」

その剣は、アクアンの腕よりも少し短い刀身を持っており、握りやすい束が備わっているが、それよりもアクアンの目を引いたのは、刀身の形状だった。

アクアンの知っているロングソードは、大体両刃で、綺麗に研がれているのが普通だが、これは片刃がギザギザの刃になっている。

その部分をよく見ると、最初の印象は間違いではなかったと確信を得た。

「やっぱり、鋸っぽいわね。なんでこんな形状に・・・。」

アクアンが少しその刃に触れる。

「痛い!」

突如、鋸刃が振動を始め、それに巻き込まれたアクアンの指に傷が入る。

しかし、アクアンの指が傷ついてはいるが、血は流れていない。

「何これ・・・。いきなり動き始めてる。」

傷ついた指をぎゅっと握るアクアン。次の瞬間、傷は綺麗に治っていた。

「これが、ギルティスライサーね・・・。」

「俺の名前を知ってるのか?」

剣から、突然声が聞こえてくる。そして、その剣と同じ大きさの人影が現れる。

その影は、ミロンから聞いた通りの姿をしていた。

「あなたは・・・?」

「あぁ?さっき自分で言ってたろ。お前こそ誰だ?それに、俺に触れてた指も治ってるみたいだし・・・。」

小さな人影はアクアンを指さして問いかける。

「私はアクアン。アクアンズロッドの精霊よ。」

「アクアンズロッド・・・?あぁ、5年前に来た青いロッドか。そんな名前だったんだな。」

「そうよ。こうして話すのは、初めてね。よろしく、ギルティスライサー。」

そう言って、アクアンは手を伸ばすが、ギルティスライサーはその手を眺めるだけだった。

「何してるんだ?握手に意味はないだろ。」

その答えを聞いて、アクアンはシィルに言ったことを少し後悔していた。これは、かなり厄介そうだと。

「そうかしら?少なくとも、互いに敵意はないって事になるでしょ。」

「まぁ、敵意はねえけど、頼みはあるな。」

「頼み?」

「俺を殺してくれ。壊すんじゃない。殺してくれ。」

突然、自分を殺してほしいと頼むギルティスライサーに、思わずたじろぐアクアン。

「何を言ってるの?!」

「聞いた通りだが?」

うろたえるアクアンに、冷静に言い返すギルティスライサー。

「精霊を傷つけることが出来るのは、精霊だけだからな。ようやく話せる奴が来たんだ、期待してるぜ。」

そう言って、ギルティスライサーはアクアンににじり寄ってくる。

「ちょ、ちょっと待って。その理由、聞かせてもらえるかしら?」

「理由?面倒だ。いいからお前は俺を殺せばいいんだよ!」

詰め寄ってくるギルティスライサーに、後退りするアクアン。

「だから、ちょっと待ちなさいって、よく考えてよ、私はロッドよ。あなたの様な剣を殺せるわけないでしょ。」

「頭の宝石で、ガツンと殴ればいいだろ?」

「出来るわけないでしょ。私のその部分が一番弱いのよ。私が死んじゃうわ。」

「ちぇ・・・。せっかく話が通じる奴だったのにな。」

ひどく落ち込むギルティスライサー。そして、涙を流す。

「そこまで追い込まれてる理由、聞かせてもらえるかしら?」

周囲を見渡したアクアンが、二組の椅子を見つけて、それをギルティスライサーの隣に置き、そこに腰を掛ける。

「時間はたっぷりあるから、ゆっくり聞かせてもらえるかしら。」

そう言って、アクアンはギルティスライサーを椅子に座るように促す。

そして、しばらくの沈黙が周囲を包み込む。そのまま、時間だけが流れる。

それから、ゆっくりとギルティスライサーがその椅子に座る。

「俺はな、この店が出来た時に来たんだ。」

「そんなに古くから居るのね。」

「まぁ、お前も知ってる通り、俺たちに時間なんて関係ないだろ。」

アクアンにも覚えがある。精霊が眠りに着いたら、なかなか目覚めない。

「今の店主は、5代目だな。まぁ、俺がこの剣に宿ったのは400年ほど前だ。」

「そんなに長く居るのね。この世界に、飽きちゃったの?」

「この世界は、400年程度じゃ楽しみ切れないだろ。まぁ、俺たちの様な精霊武器だと、楽しめないがな。」

「じゃあ、なんで死にたいって・・・?」

小さくため息をついて、うつむいたまま、ギルティスライサーは話し始めた。

「俺の名前を聞いて、不思議に思わないか?ギルティスライサーってさ、罪を切る剣だぜ。」

「罪を切る?」

「あぁ、罪なんて行為を切るんだぜ。人間ってのは、無理難題を言うよな。」

力なく笑うギルティスライサー。そして、突然大きく手を広げてアクアンに問いかける。

「行為ってのは形が無いものだ。で、どうしたと思う?」

急に立ち上がり、アクアンにグイっと顔を近づけるギルティスライサー。

「行為を行った人間を切ったんだよ。俺を使ってね。」

「そう・・・なんだ。」

予想は出来ていたが、実際に言われると中々の衝撃を受ける。アクアンは次の言葉を考えていたが。

「まぁ、この町が出来てまだ間もない、ならず者やら危険人物が跋扈している町だ。それぐらいの見せしめが必要だったんだろう。それは理解してるさ。」

「・・・人を殺してたから、その罪を償いたいっていうの?」

「そうだな。ただ、殺していたのが犯罪者だけだったら、俺もそうは思わなかったよ。」

そうして、再び椅子に座りうつむくギルティスライサー。

「俺たち、精霊武具が、どうしてできるか、知ってるよな?」

アクアンは小さく首を縦に振る。

「昔々の事だ。俺を宿らせた奴が、この街にやってきた。そいつの職業は、執行人だった。」

「執行人?」

「あぁ、もうこの街にはなくなった職業だ。罪を犯した者に罰を与える奴らの事だな。」

通りで聞いたことのない職業だと納得するアクアン。その様子を見たギルティスライサーはゆっくりと立ち上がる。

「その人が、あなたを宿らせたのね。大事にされたのね。」

「確かに、大事にされたな。何しろ、1人処刑するたびに、ここに持ち込まれてたからな。」

にやりと笑いながら、ギルティスライサーは本体に近寄る。

「それは、本当に大切にされてたのですね。」

「あぁ、あいつは、俺を見つけた時に、こう言ったんだ。『これなら、罰を効率よく与えられる。』ってな。」

「どういう意味かしら?」

「俺の剣を見てみろ、片刃は綺麗に研がれているが、もう片方は、鋸刃になってる。あいつは、この鋸刃で罪人に苦痛を与えていたんだ。」

そう言いながら、本体を手に取り、アクアンにその奇妙な姿を見せる。

「この鋸刃で、動けない相手の肉を削るんだ。ゆっくりと、時間をかけてな。」

鋸の歯をそっとテーブルに乗せ、ゆっくりと引く。

「そうやって処刑される罪人は、どうすると思う?そりゃあもう、すっごく騒ぐんだぜ。痛いだの、人殺しだの、人でなしだの、ありとあらゆる言葉でな。」

本体をテーブルから離し、その傷跡に触れるギルティスライサー。

「で、その言葉も聞こえなくなって、体も反応だけになったら、こっちの方で最後にとどめを刺すんだ。処刑人は、その時にはいい笑顔をしてたよ。まあ、処刑の最中もいい笑顔だったがな。」

よく切れそうなもう一方の刃で、テーブルのふちを撫でる。すると、鋸と同じぐらいの深さの傷が出来上がった。

「ほんと、我ながらいい切れ味だよ。これで切られたら、すぐに楽になれるだろうな。」

本体を元あった場所に戻し、傷のついたテーブルを撫でる。その傷の深さを見て、自身の切れ味は衰えていないことを再認識する。

「で、ある日さ。ここに持ち込まれて、いつものように修理されてた時に、おかしなことを言われたんだ。」

「おかしなこと?」

「大将にさ、『お前は、もうゆっくりしていいんだ。』とな。」

その言葉が、アクアンの心にチクリと何かが刺さる。

「それからさ、俺はずっとこのセメタリーに居る。」

「その言葉の意味って・・・。」

「・・・処刑人が、処刑されたんだよ。罪は『無実の人の処刑』だ。」

「それって・・・。」

「そうだよ、俺は、俺は・・・。」

そう言って、ギルティスライサーは再び自身を手に取り、その剣で自らの体を切り始める。しかし、その剣はむなしく空を切る。

「ギルティスライサー!」

アクアンが叫ぶが、ギルティスライサーはその動きを止めない。そして、アクアンは隙をついて飛びついた。

「離せ!」

アクアンの胸の中で暴れるギルティスライサー、それをやさしく抱きしめるアクアン。

「離さない。」

「なんでだよ!!」

「経緯はどうあれ、あなたも私と同じ、持ち主を失った苦しみを持つ仲間だから。」

暴れるのをあきらめたギルティスライサーは、アクアンの腕の中で声を荒げる。

「持ち主・・・あぁ、確かに持ち主だ。だがな、今まで、罪人と信じていた人間が、無実だった。俺は、無実の人間にあんな拷問をしたんだぞ。」

「拷問をしたのは、あなたじゃない。」

「でも、実際に傷つけたのは俺だ。」

ギルティスライサーをやさしく諭すが、本人は聞く耳を持たない。

「私達は、道具よ。こう言っては何だけど、罪はそれを実行に移したものにあるの。道具は罪に問われないわ。」

「じゃあ、俺たち精霊はどうなんだ?宿った時点で、責任があるんじゃないのか!」

「無いわ。言い切ってあげる。」

「どうして言い切れる?」

明確に否定するアクアンに、ギルティスライサーはその理由を問いただす。

「簡単な話よ。私達が実体化できるのはこの場所だけ。実体化してるなら、力ずくでも止められるけど、そうでなければ、私達は何もできないでしょ。」

アクアンの答えを聞いたギルティスライサーが、ゆっくりとアクアンの腕を持ち、その居心地の良い場所から離れる。

「もし止められるなら、私でロックシェルを殴ろうとしたあの男をぶん殴ってでも止めたわよ。」

離れたギルティスライサーに、アクアンが笑顔を見せる。

「だから、必要以上に自分を責めないで。」

そして、アクアンはもう一度ギルティスライサーを抱きしめる。

「アクアン、しばらく、1人にしてくれないか。」

「私は、保管庫に居るわ。心が落ち着いたら、またお話しましょう。」

そう言って、ギルティスライサーの希望通り、アクアンはセメタリーを後にする。

その姿を見送るギルティスライサーは、思いつめていた表情からは少し和らいだ感じがある。

「・・・殴ってでも止める・・・か。」

少しの笑顔を見せて、そのままギルティスライサーは姿を消した。


セメタリーのドアを閉める音が聞こえたシィルは、階段を覗き込んだ。そこには、膝をついて、体を丸めるアクアンの姿があった。

「アクアン!」

シィルがアクアンの側に駆け寄る。そして、苦痛に顔をゆがめ、涙を流すアクアンがシィルを見つめる。

「やっぱり、痛い・・・。無茶しちゃった・・・。」

暴れるギルティスライサーを止める時に、予想以上に傷つけられたようだ。

「どうして・・・そんな無茶をするの・・・?」

「だって・・・寂しいじゃない。私達は、使われてこその道具よ・・・。」

悲しそうな声で、アクアンはシィルに答える。

「そうね、道具は使ってこそよね。でも、だからと言って私は無茶を許したわけじゃないわ。」

アクアンの状態を確認するシィル。おなかのあたりに大きな傷、腕には無数の削れたような傷が出来ている。

「話は後にしましょう。まずは、傷の手当ね。」

シィルがアクアンの体を背負い、階段を上る。アクアンは精霊なので、重量はほぼない。

そして、保管庫に戻ってきた2人は、アクアンの本体の前に立つ。

「なによ・・・この傷。」

アクアンズロッドの中央には、貫通した傷、そして、持ち手は鋸で傷をつけたような痕と削りかすが落ちている。

その前に、アクアンを下ろして座らせる。

「痛かったわよね。すぐに直すようにするわ。」

「でも・・・お金は?」

心配そうにシィルに尋ねるが、柔和な表情をアクアンに返す。

「気にしないで。あの人の趣味だから。すぐに直してくれるわ。」

そう伝えて、シィルは工房に入り、クラウィスを呼びつける。

それからすぐに、クラウィスが補修材を手に保管庫にやってきた。

「目覚めた直後に、大きな仕事をさせてしまって済まない。」

頭を下げて謝るクラウィスに、アクアンは首を横に振る。

「いいの、これは、私が望んでやったことだから。」

「お前の様な精霊は初めてだよ。人型ってのもまぁ、珍しいのだが。」

そう言って、手早く補修材をアクアンズロッドに流し込み、その傷を塞いでいく。

その行為が気持ちいいようで、痛そうな表情も消え、呼吸も落ち着いてきている。

「気持ちよくなったら、少し眠るといい。目が覚めるまでには、綺麗にしておくよ。」

「そうさせてもらうわ。」

ゆっくりと目を閉じるアクアン。そして、フッと姿が消える。

「おやすみ、アクアン。」

そして、アクアンズロッドの修理が終わったクラウィスは、柔らかい布を敷いた棚の上にアクアンズロッドを寝かせて、保管庫を後にした。

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