第12章 不穏な友好試合
「さて、そろそろ行くぞ。準備は出来たか?」
ギルのレプリカをオリジナルの鞘に納め、背中に担いでいるクラウィスがシィル達に呼びかける。
「もうちょっと待って、ミロンの準備がまだだから。」
アクアンズロッドを腰のホルダーに装備し、いつもの服より少しおしゃれないでたちのシィルが答える。
「僕、これでいいの?」
ミロンは、この季節にしては少し厚着をしている。人が集まる場所に行くのだから、少し用心したほうがいいというのがシィルの考えだった。
「とってもかっこいいわよ、ミロン。」
そう褒められて、ミロンはシィルの前でくるくると回ってその姿をシィルに見せびらかす。
「ふふっ、その姿、パパにも見てもらいましょうね。」
「うん!」
ミロンが元気よく店舗に向かう。そこでもクラウィスを前にファッションショーを行い、かっこいいという感想を得て上機嫌のミロンだった。
そして、3人は少年の活躍を見るために闘技場へと向かった。
闘技場は、既に人だかりができていて、いい席はすでに無くなっているようだった。
「残念ね、かっこいい姿が見れると思ったのだけど。」
かっこいいという単語に、ミロンがシィルの顔を見つめる。
「ミロンもかっこいいけど、今はお兄ちゃんね。」
そう言われたミロンは、少しがっかりした表情を見せる。しかし、すぐに気を取り直してクラウィスに肩車をねだる。
「仕方ないな。」
クラウィスがミロンの頭をポンポンと叩く。自分の要求が通ったミロンが、待ちきれないと言わんばかりにクラウィスの背中によじ登ろうとする。
「待て待て。」
ゆっくりとかがんで、ミロンが昇りやすいように背を丸める。ミロンはクラウィスの肩から頭と順番に手をかけ、肩車を無事に成し遂げる。
「よっと。」
少し気合を入れてクラウィスがミロンの足を持って立ち上がる。いつもとは違う高い位置から見える景色にミロンは興奮気味だ。
「あ!パパ、前空いてるよ!」
「お、そうか?案内してくれるか?」
「あっち!」
ミロンがその方向を指さす。その方向にクラウィスが向かい、その後ろをシィルが付いていく。
そして、直ぐにクラウィスの目前に広い闘技場が飛び込んでくる。
「ここはいい場所だな、ミロン、ありがとう。」
ミロンが楽しめるように、少し体を揺らすクラウィス。その揺れが面白いようで、ミロンはキャッキャと笑っている。
「ここからなら、両陣営が見える感じかしら?」
シィルが闘技場の両端を見る。そこには1つの通用口と、それに通じる場所に開いている腰高窓がある。
腰高窓には、人の影が見えるところから、戦闘の準備は進んでいるようだ。
「互いの全力がここで丁度見えるという事か。」
「あの、すみません。」
ふいに呼び止められたクラウィス一家は、その声の方向へ顔を向ける。
そこには、黒のローブを着た女性が笑顔を見せて立っている
「ここは、結界を張る場所になりますので、観覧のお客様はすみませんが移動していただけますか?」
シィルが自分の立っている足元を見る。そこには、少し大きなバツ印のテープが貼ってあり、いかにも何かがありそうな場所だった。
クラウィスは、肩のミロンに気が向いていて気付かなかったのだろう。
「あ、そうなんですか。これはすみません。」
「いえいえ、でも、お子様連れは珍しいですね。ご家族の誰かが出るんですか?」
「まあ、そんなところです。ミロン、少し移動するぞ。どこか見えるか?」
「あっち!空いてるよ!」
ミロンが元気よく指をさす。クラウィスがその方向に顔を向けると、確かにそこも少し空いている。
それを見ていた女性が、クラウィスの背中をポンポンと叩く。
「今空いている場所は、ここと同じように結界を張るポイントなので、あそこはどうでしょうか?」
ローブの女性が、手のひらでその方向を指し示す。そこには、大きく区画分けされた来賓席があった。
「あれは、お偉いさん方の場所ですよね?」
「確かにそうですが、今日はあそこに座る人は居ませんから、あそこに入るのは無理でも、あの周辺で観戦するのは問題ありませんよ。」
「なるほど、なら、そこに行くか。わざわざありがとう。」
「どういたしまして。」
ローブの女性が笑顔で見送る中、クラウィス一家はその場所へと向かった。
クラウィス一家が来賓席周辺に到着し、しばらくすると、周囲にも人が集まり始めた。呼び水効果が実証された形だ。
「ゆっくり見れそうな場所でよかったわね。」
シィルが腰のアクアンズロッドを胸のあたりに持ち上げる。
「これで見えるかしら?」
ホスピタル内では判る精霊の気配だが、外では感じることが出来ないシィル。
「ママ、アクアンお姉ちゃん、ちゃんと見えてるって。」
「え・・・?ミロン、判るの?」
「うん、ずっとついてきてたよ!今はママの前に立ってる!!」
ミロンの言葉に、呆気にとられる2人。
「ミロン、何を言ってるかはわかるか?」
クラウィスの質問に、ミロンは首をブンブンと横に振る。
「声は、こうしたらいいかもしれないわね。」
シィルがミロンにアクアンズロッドを手渡す。すると、ミロンが不思議そうな顔を見せながら周囲を見渡す。
「アクアンお姉ちゃん?なに?」
どうやら、かすかにアクアンの声が聞こえているようで、ミロンは一点を見つめて呼びかける。
「うん、うん・・・わかった!伝えるね!」
ミロンがクラウィスの頭をポンポンと叩きながら、アクアンと思われる何かと会話している。
「ミロン、人の頭を叩くんじゃない。痛いぞ。」
「ごめんなさい。」
しょんぼりとするミロン。しかし、アクアンの声が聞こえたのか、すぐにミロンの顔に笑顔が戻る。
「お姉ちゃん、楽しみだって言ってる。」
「そうね、私も。メルがどうなったのかが気になるからね。」
シィルが、アクアンの言葉に同意する。
そして、ミロンが握っているアクアンズロッドをミロンの手の上からやさしく握る。
「シィル、何があるかわからないわ。一応、あなたが私を持っていて。」
アクアンの声が聞こえたミロンとシィル。ミロンはその声に従ってシィルにアクアンズロッドを返す。
「シィル、多分何もないと思うけど、何かあったら真っ先に教えるから。」
「お願いね、アクアン。」
少し真剣な表情で、シィルが小声で答える。その様子に気付いたクラウィスは、そっとシィルに近づく。
「何か、ありそうなのか?」
「わからないわ。でも、アクアンが守ってくれるって。」
「そうか・・・。まぁ、何もないとは思うが。」
周囲を見渡しながら、クラウィスが答える。
さっきまで居た場所には、白いポールが立っていて、ローブの女性が魔導書を片手に調整を行っているようだ。
「あの結界がある以上、大丈夫なんだろう。」
「多分ね。」
少年の説明が正しいなら、結界内の選手は致命傷を受けたらその時点で回復し、攻撃をうけなくなる。
すなわち、選手の安全は保障されている。激しい戦闘が予想されるが、娯楽としては最高だろう。
そう思ったシィルは、肩の力を抜いて楽しもうと考えた。
試合開始時間が近づいてきたようで、中央に鎧を着た司会者がやってきた。
「これより、ポートクラリオとフォージスタットそれぞれの冒険者育成校による交流試合を開催します。」
中央に立つ司会が、声高らかに宣言を行う。それと同時に、大きな歓声と拍手が沸き起こる。
クラウィス達も、周囲に合わせるように拍手をしている。
そのアナウンスに応えるように、選手が闘技場内に入ってくる。そこには、見覚えのある少年の姿があった。
「なんだかんだで、メンバーもいい感じに集まったみたいね。」
「そうだな、頑張ってもらわないとな。」
騎士である少年の他に、軽装の戦士が2人、そして杖を持ったヒーラーとウィザードの計5人。
相手は、騎士と戦士、そして魔導士3人のチラシにあった通りのメンバーだが、装備の全てが物々しい。
「装備格差が激しい感じだな。」
本職なだけあって、装備に目が行くクラウィスとシィル。
装備だけで比べるなら、まず少年たちのチームに勝ち目はない。
「パパ、なんだか向こうの人たち、怖い感じがするね。」
ミロンがクラウィスの肩の上から相手チームを指さしながらクラウィスに話している。
「そうだな。持っている装備に畏怖効果があるのかもしれないな。」
「いふ?」
「今のミロンのように、相手が怖いと感じる事だよ。」
クラウィスの説明を受けて、目を開いて納得するミロン。
「じゃあ、あの人たちは本当は怖くない人たちなの?」
「それは判らないな、怖い人かもしれないぞ。だから、知らない人にはついていかないようにな。」
「うん!」
元気よく答えるミロン。そして、小さくなった歓声が再び大きくなる。
「始まるみたいだな。」
クラウィスが闘技場に目を向ける。そこでは、両チームの選手が中央に立ち、お互いに顔を合わせる。
ふつうの戦闘ではこういう事はまずないが、あくまで競技だからこういう風景が見られるのだろう。
しかし、そんな状態でも互いのブレインはしっかりと相手の戦力を見極めているようだ。
それから、互いのチームリーダーが握手を交わし、選手たちは自分の持ち場につく。
その直後に、中央に数字の書かれた魔法障壁が現れる。数字は100から減少しており、0になると消える仕組みなのだろう。
「さて、メルの応援をしようか。ミロン。」
「メル!がんばれ!!」
ミロンの子供特有の高い声が、周囲の歓声にかき消されずに闘技場に居る少年の耳に届く。
少年は声の方向を見て、小さく盾を振った。
答えてくれたことが嬉しかったミロンは、クラウィスの肩の上で大はしゃぎだ。
「ミロン、判ったから暴れるなって。」
クラウィスの言葉は届かないようで、ミロンはキャッキャとはしゃいでいる。この状況では仕方ないかと、クラウィスは諦めてミロンの足をしっかりと掴むことにする。
「さて、そろそろ開始か。」
中央の魔法障壁の数字が一桁になり、両チームの緊張が高まる。
それと同じく、歓声も静まっていく。そして、魔法障壁のカウントが0になり、障壁は白い煙を放ちながら消滅し、戦いの火蓋は切って落とされた。
先陣を切ったのは、相手チームだった。
魔導士2人が戦士に魔法をかけて、身体能力を底上げする。その戦士が、猛スピードで盾を構える少年の横を通り過ぎ、後ろに控えるヒーラーを狙う。
戦士がヒーラーに近づく前に、魔導士がヒーラーと自身を範囲に防御魔法を展開する。
その防御魔法の効果により、戦士に付与されていた魔法が消去される。速度の落ちた戦士だが、そのままヒーラーに向かって行き、剣を振り下ろす。
だが、その剣はむなしく宙を切る。そして、攻撃が失敗したと判断した戦士はそのまま自陣に向けて飛び退く。
その隙を逃さないように、2人の戦士が先回りして戦士の動きを封じ込めた。
攻守が逆転した形になり、少年が4人になった相手をけん制している。
その間に、少年チームのヒーラーとウィザードが少年に補助魔法をかける。
「あの子のチーム、戦い慣れしてるわね、」
アクアンがそう呟きながら少年の持つ盾を見つめる。
「あれ・・・?あの子、ウロボロスリフレクタを片手で持ってる?」
「そう言えば・・・。」
シィルも、アクアンの疑問を聞いて同じ疑問を持つ。
「ねぇ、クラウィス。なんであの子はウロボロスリフレクタを片手で持ってるの?そもそも、持てたっけ?」
「この数日、少年の家へ行っていたろ。その時に追加した仕様だ。」
「そうなのね。でも、どうして?」
「剣を持って戦うのが基本なのに、ウロボロスリフレクタだと剣を持てないと言われてな。」
致命的な構造上の欠陥を指摘されたクラウィスが、苦笑いを見せている。
「確かに、両端にしか持ち手が無いからね。」
「だから、カバーとして付けた部分に持ち手を付けて、そこを持って取り回しができるようにしておいた。もちろん、カバーを外したらウロボロスリフレクタの効果は発動するし、メルにも許可を取ってある。」
それならと、シィルは納得して闘技場を見つめる。
「それよりも気になるのが、相手の装備だがな。」
クラウィスが相手チームに目を向ける。
「さっきミロンも感じていた畏怖だが、普通の装備に宿る物じゃない。」
「普通じゃないって事よね。」
どうやら、クラウィス一家は全員が畏怖を感じていたようだ。そのため、あの装備品の異常性に気付くことが出来ていた。
「ねぇ、アクアン。あの装備から、何か感じない?」
アクアンズロッドを握って、シィルがアクアンに問いかける。
「ほんのわずかに、魔力の漏れを感じるぐらいね。」
アクアンの見解をクラウィスに伝える。すると、クラウィスが少し怪訝そうな表情を見せる。
「どうしたの?」
「シィルとミロンは、もう帰った方がいいかもしれないな。」
「どうして?」
「魔力を込めた装備から、魔力を感じるのはまぁ当然なんだが、アクアンは漏れているのを感じると言ったんだろ?」
クラウィスの問いかけに、シィルは頷いて答える。
「それは、装備が何らかの理由で魔力を抑えきれてないことを意味するんだ。そんな魔力が装備からあふれ出したら、何が起こるか分かったものじゃない。」
「判ったわ。じゃあ、これを渡しておくわ・・・?」
「シィル?」
シィルがアクアンズロッドを手渡そうとするが、その動きが止まる。
そして、シィルがミロンを見つめながらクラウィスに動きが止まった理由を述べる。
「アクアンが、手遅れだっていうの・・・。」
「手遅れ?」
その答えを聞いたクラウィスは、思わずシィルの手を握り、アクアンズロッドに話しかける。
「アクアン、理由を教えてくれないか?」
「この魔力が完全にあふれ出したら、この街は壊滅するわ。」
「そんなに強い魔力なのか?」
「一つ一つの装備はそこまででもないわ。でも、あの子たちの持ってる全てがそうだって言ったらどう思う?」
そう言われたクラウィスは、まじまじと相手チームの装備を見る。ひしひしと恐怖を感じるものの、見れないほどではない。
「・・・おいおい・・・。」
クラウィスが少し焦りの表情を見せる。
「どうしたの?クラウィス?」
「あぁ、アクアンの言う通り、相手の装備は全て何かしらの力を宿しているようだ・・・。」
「何かしらって?」
「さすがにこの距離からは判らないし、もし持ち込まれたとしても畏怖の力で直せないな。」
精霊武具なら何でも修理するクラウィスが、直せないと宣言する。
「精霊武具じゃないの?」
「何かが宿ってるとは思うが・・・少なくとも友好的ではなさそうだな。」
雰囲気からして、友好的ではないのは明らかだ。
「でも、影響ってこの闘技場だけじゃないの?」
「そう思うんだけどな・・・。」
クラウィスが表情を曇らせる。不安要素がいくつかあると言ったところだが、確証が持てないのだろう。
「クラウィス?」
シィルも気になっていたが、先にそう話しかけたのはアクアンだ。
「疑問があるなら、今のうちに教えて。」
「そうだな、俺が気になってるのは、ここの結界の事だ。」
「ここの結界?すごく頼もしいじゃない。あそこで戦ってる戦士たちにも効力があるんでしょ?」
クラウィスが頷く。しかし、クラウィスはそこが問題だと話を続ける。
「俺が疑問に思ったのは、あそこで戦う戦士以外には効果が無いのでは?という事だ。」
「え?」
シィルが、クラウィスにその真意を問いただす。
「あの書類に書いてあったことをそのまま正直に受け取れば、闘技場で攻撃を受けて負けを認めたり致命傷を受けた場合は、傷が治り攻撃対象から外れる。」
クラウィスが今発している疑問を2人が受け止めるが、嫌な予感しかしない。
「あの、私に言わせてもらっていい?」
シィルの提案にクラウィスが頷いて答える。
「結界の内側、闘技場に居る人以外は、無敵になる効力を受けることが出来ないという事?」
「そうだな。だから、あの装備の魔力があふれ出したら、この街全体が被害を受けて、助かるのはあの中に居る選手だけという事になるな。」
「・・・止めないとまずいわね。」
「無理だろうな。俺たちは一般人だ。今から誰かにこの危機を伝えたとしても、まず耳を貸さないだろう。」
そう言いながら、クラウィスはミロンを抱きかかえる。不意に視点が変わったミロンは、後ろを振り向いてその原因を確認して笑顔を見せる。
「じゃ、じゃあ逃げましょう!」
「アクアンが言ってたろ、ここから逃げてる最中に魔力に巻き込まれるから手遅れだって。」
シィルが真っ青な顔でクラウィスを見つめる。
「どのみち、ここに来なくても、同じ運命だったろうな。」
淡々とした声で、クラウィスがミロンを見る。ミロンは何もわかっていないようで、無邪気にメルを応援している。
「一体どうしたら・・・。」
絶望しているシィルに、クラウィスが笑顔で答える。
「少年たちが勝てばいい。相手が魔力を放出する前にな。」
いつの間にか、街の存亡をかけた戦いになった闘技場を見つめながら、シィルは珍しく声を張り上げて少年を応援していた。
そう話している間に、戦況の方も変わってきたようだ。
敵チームの戦士を2人で囲んでいたはずだが、いつの間にか敵チームに戻っている。
最初の攻撃は挨拶代わり、互いの戦闘能力を計る行動だったのだろう。
その結果、どうなったかというと・・・。
「ねえ、なんで互いに動かないのかしら?」
シィルが真剣な目で試合を見ながら、クラウィスに尋ねる。
「物理攻撃部隊の実力が拮抗しているのであれば、次は魔法攻撃部隊の出番だろ。」
クラウィスが両チームの魔法使いに目を向ける。随分と長い間の詠唱のおかげか、高威力の魔法の準備が出来ているようだ。
ミロンの方は、シィルよりも現在の状況が判っているような感じだ。
「ミロン、アクアンが教えてくれているのか?」
「うん!次は、魔法使いの人たちが戦うんだって。」
アクアンとクラウィスの現状の見解は一致しているようで、見どころを的確に伝えてるようだ。
「しかし、あの装備は一体何なんだろう・・・。」
相手の装備をじっと見つめるクラウィスだが、やはり手に取ってみない事には何もわからない。そう考えていたところに、背中から声が聞こえてくる。
「おいおい、クラウィス、そんなこともわからないのかよ。」
その聞き覚えのある声に、クラウィスは思わず振り向く。そして、その声の主を手に取って語り掛ける。
「ギル、判るのか?」
「あぁ、レプリカを通してでもはっきりわかるぜ。あれはカーズドだろ。」
「なるほど・・・カーズドか。それは確かに専門外だな。判らないわけだ。」
ギルの答えに、クラウィスが納得し、あたらめて相手チームの装備を眺める。
「カーズドという事なら、色々と納得できるな。」
専門外だが、多少の知識は鍛冶屋として持っている。
カーズド品というのは、単純に呪われている装備品という事だ。
しかし、一言に呪いと言っても様々な効果があり、メリットとデメリットが明確なものが多いのもカーズド品の特徴だ。
「クラウィス?どうしたの?」
「あぁ、ギルがあの装備の正体を教えてくれてな。」
「なんだったの?」
「カーズド品だそうだ。」
シィルが驚いた表情を見せる。
「その事を、装備をしているあの子たちは知ってるのかしら?」
「知っていると思うか?」
クラウィスの答えに、シィルはやっぱりと小さくつぶやいて、闘技場を見つめる。
「何も知らない子にあんな凶悪なもの使わせるなんてな。」
苦虫をかみつぶしたような表情を見せるクラウィス。この事が判ったとしても、彼らにはどうすることも出来ない。
「・・・頼むぞ。」
そう呟くクラウィスの視線の先には、ウロボロスリフレクタを持った少年の姿があった。
当の少年は、的確に敵の狙いを読んでその位置に立ちはだかる。
だが、それは相手も同じ。しっかりと立ち位置を決めている。
そして、ヒーラーの補助魔法が再び戦士にかかった瞬間、戦士たちは飛び出して中央でぶつかり合う。
その時、詠唱の終わった両陣営の魔導士が杖を空に掲げ、大きく魔法名を叫んだ。
魔法名は周囲の音に押され、クラウィス達は聞き取れなかったが、その効果はすぐに発揮される。
魔導士の数が1人多い相手チームの魔法は、大きな炎の塊となり、ヒーラーに向かう。
その炎に向けて、少年がウロボロスリフレクタを片手に持ち、大きく振り回す。そして、その勢いのままウロボロスリフレクタで炎を縦に切り裂いた。
二つに分かれた炎はヒーラーと魔導士を避け、地面に当たり消滅する。
思いもよらない避け方をされた相手チームの魔導士は驚きの表情を見せる。
驚きの表情は観客も同じで、シィルも例外ではなかった。
「あの盾って・・・あんな使い方出来るの?!」
「特性上、無理ではないが・・・流石に驚いたな。」
そう話している間に、前衛の2人が相手の戦士を圧倒し、相手陣営に追い返す。しっかりとダメージを与えたようで、しばらく戦士は攻撃をしてこないだろう。
見事な読みあいに勝った少年たちのチームにクラウィスも驚きの表情を見せる中、ミロンがアクアンと話をしている。
「アクアンお姉ちゃん、お兄ちゃんのチームが出した魔法ってどうなったの?」
ミロンの問いに、クラウィス達はハッとする。そう言えば、目に見えた効果は発揮されていない。
「パパ、もう一つの魔法は戦士と少年にかかってるって。アクアンお姉ちゃんが言ってた。」
「あぁ、そう言う事か。」
クラウィスが前衛の2人を見直す、しかし、魔法がかかった様子は見られない。
一方、相手のチームの戦士はこちらの迎撃を受けて、相手ヒーラーのお世話になっているようだ。
「もう切れてるみたいだけど、補助魔法のおかげでさっきの少年の離れ業が出来たわけね。」
「補助魔法も、しっかりと詠唱されてるとバカにできない。基本に忠実だな。」
クラウィスの言葉に、アクアンが頷く。そして、その話をミロンに説明する。
「お兄ちゃんたち、すごいんだね!がんばれ!!」
無邪気に少年たちのチームを応援するミロンを見て、クラウィス達も応援を続けた。
ともあれ、魔法戦の結果、両チームの均衡が崩れ、少年のチームが一気に攻めに転じる。
少年が相手チームに突っ込み、相手騎士をブロックする。その隙に、戦士2人が魔法使いに攻撃を開始した。
その攻撃が見事に通り、魔法使い2人のうち1人の体が光に包まれる。戦闘不能の合図のようだ。
「これは、勝負あったか。」
クラウィスがそう呟く、シィルは、このまま決着してほしいと願う。しかし、その2人の考えは共に外れてしまう事になった。
そのままの勢いで、2人の戦士は相手チームの残った魔導士を狙う。それに気づいた騎士はカバーに入り、魔導士も騎士に出来るだけの補助魔法をかける。
そのおかげか、騎士は手持ちの剣と盾で戦士2人の攻撃を無傷で受け流し、さらに体勢を崩す。体勢を崩された戦士2人に、回復が終わった相手の戦士が攻撃を仕掛ける。
しかし、戦士の攻撃は少年がしっかりと防ぐ。さらに、少年も相手の戦士を突き飛ばす。体勢を崩した戦士を、相手の騎士が受け止める。
その時だ、戦士の装備していた鎧と騎士の持っていた盾から、得も言われぬ魔力が放たれた。
「パパ、アクアンお姉ちゃんが話があるって。」
そう言って、ミロンはクラウィスにアクアンズロッドを手渡す。
「クラウィス、始まるわよ。気休めかもしれないけど、防御してみるわ。」
「わかった。全力で頼む。」
「出来るだけやってみるわ。」
クラウィスはミロンにアクアンズロッドを握らせる。
「パパ、どうしたの?」
「アクアンが、ミロンと一緒に応援したいそうだ。しっかり持っておくようにな。」
「うん!」
ミロンがアクアンズロッドをぎゅっと握りしめて、少年の応援を続ける。
「ねぇ、クラウィス・・・。」
不安そうな表情のシィルがクラウィスに話しかける。
「魔力があふれ始めた。後は、少年たちに託すしかない。」
「まだ、人数的には有利よね。」
「人数的にはな。ただ、装備品の差を埋めるには物足りない。」
カーズド品に加え、純粋な戦力差を考えれば、少年たちのチームにはまず勝ち目はない。
「戦士2人で、ようやく魔導士1人だからな。」
クラウィスが闘技場の魔導士を指さす。
戦況はすでに変化していて、少年たちの戦士2人が1人の戦士にかなり押されている状態だ。
少年がカバーに入るが、そのたびに魔導士がヒーラーに魔法攻撃を仕掛けるため、思うように動けない。
「珍しい効果が発動してるな。」
クラウィスの背中にあるギルティスライサーからギルの声が聞こえてくる。
「ああ、魔力が漏れてるだけならまだしも・・・。」
クラウィスが言葉を詰まらせる。
敵チームのメンバーの瞳が、どんどんと赤く染まっていく。
「バーサーカーと、ヒステリアが、カーズドの効果か。」
バーサーカーは、自らの力を上げる代わりに、敵味方の区別がつかなくなってくる状態、そして、ヒステリアはその魔法職版だ。
「かろうじて、敵と味方の区別はついてるようだが、いつまで持つか・・・。」
「全くだ。あいつらもトリガーが何か気付いてるだろうに。」
ギルがふと気になる事を発言する。
「ギルは、何かわかってるのか?」
「あぁ、あれは互いの装備が何らかの形で作用した場合に魔力が放出される。」
「なるほど・・・。」
クラウィスがさっきまでの戦闘を思い返す。最初に魔力の漏れを感じたのは、補助魔法を受けた時、次は戦士を騎士が体で受け止めた時。
確かに、互いの装備が触れ合ったり干渉したりしている。これは、厄介と言わざるを得ない。
「戦闘が長引けば、それだけ干渉が増える。チームだからな。」
ギルの言葉に、合点がいったクラウィス。このチームとこの装備で、過去にトレーニングをしたこともあるだろうが、恐らく、この効果で成果を上げてきたのだろう。
時間が経過すればするほど強くなる、デメリットを強く感じる前に決着が付けば、メリットしかない。なるほどと、クラウィスは頷いていた。
その言葉を裏付けるように、試合はどんどん相手チームに有利に傾いていく。
「しかし、今回は相手もデメリットをしっかりと受ける事になる。それが最悪なんだが。」
クラウィスが心配しているのは、同士討ちとカーズド品の嫌なシナジー効果だ。
この結界は、戦闘不能に陥った際に致命傷から回復し、『敵からの攻撃対象にならない』という効果を持つ。味方の攻撃は制限なく通過するが、それはカーズド品の魔力が無限に溢れ出ることを意味する。それがこの街を破滅に導く仕組みであった。
「なあ、クラウィス。ちょっと気になったんだが。」
「なんだ?」
「この結界魔法を作った奴も、グルなのか?」
「それは判らないな、準備をしていた奴は別の人間だろうし。」
ローブを着た魔導士の事を思い出すが、あの時にはおかしいと感じた事は無かった。
「まあ、万が一の時には、仇は取ってやるよ。」
ギルは冗談でギルは冗談で言っているのだろうが、その場にいるクラウィスにはそうは聞こえなかった。
「そうだな。仇は別にいいが、店の管理だけは頼むよ。」
「おいおい・・・本気か?」
「それだけ、今の状況がまずいという事だ。」
クラウィスのトーンに、ギルは少しの沈黙の後、クラウィスに伝える。
「本気でまずい時には、レプリカを闘技場に投げ込んでくれ。俺も出来る限りのことをする。」
「その時には、頼んだぞ。」
レプリカでどこまで対応できるのかはわからないが、それでも手札が増える事は喜ばしい事だ。
そして、闘技場ではクラウィスの予想通りの展開が繰り広げられている。
敵チームのメンバーは、徐々に瞳から光が失われていき、息を荒げている。
それに気づいた少年のチームは、少年の指示で守りに回り、様子を見る。
すると、敵チームの魔導士とヒーラーが互いの杖で殴り合いを始めてしまった。
更に困惑する少年チーム。しかし、その行動が相手チームの力を着実に上げていることに気付けずにいた。
「クラウィス、一体どうなってるの?」
クラウィスの側にも、同じように判っていない人が居た。
「ママ、なんだか、相手のチームはケンカする呪いがかかってるんだって。」
「ミロン・・・?」
「アクアンお姉ちゃんが、教えてくれたよ。ケンカすればするほど強くなるんだって。」
これ以上ない的確な説明に、クラウィスは思わず顔を背けて吹き出している。
それでも、笑い事じゃないという事実は変わらない。困惑の表情を浮かべているシィルに、クラウィスが現状を説明する。
そして、現状の理解を深めたシィルは、さらに表情がこわばる。
「猶予は、あとどれくらいなの?」
「さすがにわからないな。ただ、もうそろそろ敵チームは周り全てが敵に見えてくるはずだ。」
「それって・・・?」
「観客席にいる人もすべて敵という事だ。」
クラウィスがそう言った瞬間、こちらにめがけて魔法が飛んでくる。
「ミロン!!」
シィルが悲鳴に似た声を上げる。しかし、魔法はミロンに当たる前に掻き消える。
「アクアン、ありがとう。」
ミロンの持っているアクアンズロッドが、淡い光を放っている。
びっくりした表情のミロンを見たクラウィスが、ミロンの側に寄り添って抱きかかえる。
「ミロン、少し俺たちの側で見ようか。」
「うん、アクアンお姉ちゃんもそう言ってる。」
「なんて言ってるんだ?」
「パパとママの側で、メルのチームを応援してあげてって。」
「そうか。」
クラウィスがミロンの握っているアクアンズロッドにそっと手を触れる。
「アクアン、守りを固めるために、俺の魔力は使えるか?」
「クラウィスの魔力・・・未知数すぎるわね。」
「一通りの魔法は使える。アクアンの限界までは無理だが。」
「水が苦手じゃなければ十分よ。今回は、魔力さえ込めてくれれば魔法はこっちで選んで発動するから。」
「わかった。」
そう言って、クラウィスは椅子に座り、膝の上にミロンを乗せる。そして、ミロンと一緒にアクアンズロッドを握りしめる。
「パパ?」
ミロンが不思議そうにクラウィスを見つめる。
「少し、アクアンとお話をしたくてな。」
「うん、ならいいよ!」
ミロンが笑顔でアクアンズロッドをクラウィスに手渡す。
「ああ、ありがとう。ミロン。」
クラウィスが受け取ったアクアンズロッドを握りしめて、アクアンに話しかける。
「今から、魔力を流し込む。ミロンを守るために好きに使ってくれ。」
「任せといて。」
アクアンから力強い答えが返ってくる。
その次の瞬間、クラウィスの魔力がアクアンズロッドに吸い込まれる。
一瞬気を失いそうになったが、歯を食いしばって耐えるクラウィス。
「クラウィス、この周囲にミストウォールとミラージュフォグを展開したわ。これで、あなた達の姿はまず見れないはずよ。」
相手から認識されなければ、攻撃される事は無い。そう考えたアクアンが選んだ方法だ。
「パパ、ママ、なんだか涼しくなってきたね。」
無邪気に笑いながら2人に話すミロン。それが、クラウィスとシィルの緊張をほぐす。
「そうね、アクアンのおかげね。」
「ありがとう!お姉ちゃん!!」
クラウィス達には見えないが、アクアンはミロンに笑顔を見せていた。
しっかりと防御を固めたクラウィス達は、じっと戦闘を見ていたが、少年たちは徐々に押され始めていた。
相手チームは攻撃のたびに仲間を巻き込み、その結果、魔力がどんどんあふれていく。
「このままだと、もうすぐ相手は完全に理性を失うな。」
クラウィスの見立ての通り、相手の目はすでに血走っていて、何かに怯えているかのように震えながら剣を構えている。
後ろに控える魔導士も同じようで、必死に呪文を詠唱している。焦っているのか、発動までは出来ていないが、これが発動した場合を考えると恐ろしいと感じる。
何しろ、詠唱を失敗しているという事は、放出できない魔力が肉体にどんどんたまっているという事だ。
今はまだ理性がわずかに残っているがゆえに失敗を繰り返す状態だが、その理性が無くなった場合、本能で魔法を唱えてくる。そうなれば、間違いなく詠唱は失敗しないだろう。
その場合、高威力の魔法がとめどなく飛んでくることになり、少年たちの勝ち目はかなり薄くなる。
クラウィスとアクアンはその様子が判っていて、不安そうな表情を見せているが、シィルはおかしいと感じながらも、ミロンに笑顔を見せている。
「クラウィス、そろそろ魔力の放出が一気に増えるわ。何かいい対策は思いついた?」
「思いついたも何も、最初から少年たちが勝つしか道はない。試合形式で無くなれば、全員で止めれるだろうけどな。」
乾いた笑いを見せるクラウィス。それを聞いていたシィルが小さく頷く。
「試合形式じゃなくなればいいのね?」
何かを思いついたシィルが、クラウィスに問いただす。
「そうだな。」
「なら、やる事は1つね。」
シィルが右手に付けてあるギルドの指輪に手をかざす。
「ギルドさん、応答してもらえますか?シィルです。」
「シィルさん?どうしました?」
シィルがギルドに現状を説明する。ギルドも魔力の異変を感じていたそうで、情報は喉から手が出るほど欲しかったようだ。
全ての説明が終わった直後、ギルドから頼もしい反応が返ってきた。
「すぐに、こちらから対応します。情報、ありがとうございました。」
その答えを聞いて、シィルの顔が明るくなった。
「クラウィス、何とかなりそうね。」
「・・・ギルド、どうやるんだ?」
当然の疑問をクラウィスが呟く。街同士の交流戦というのが名目だが、これにどうやって冒険者ギルドが横やりを入れるのかが想像つかない。
「どうせ、ここにも数人ぐらいギルドの関係者が混じってるだろ。そいつらが何とかするさ。」
ギルの言葉に、クラウィスは懸念を持ちつつ応える。
「最終的にはそうなるだろうがな・・・。」
クラウィスが気にしているのはそこではない。過程の方だ。
こうなった以上、ギルドが全力を持って街を守るだろう。街が滅びる事は無くなったと見ていい。
しかし、守られるまでに払わなければならない代償がどれほどになるか、それが問題だった。
そして、ついにこの時が来た。相手チームの魔導士が魔法の発動に成功する。今まで溜まっていた魔力も全て込めた巨大な魔法だ。
「うわぁ・・・。」
ミロンがぽかんと口を開けたまま、発動された巨大な魔力の玉を眺めている。
巨大な魔力玉は、闘技場の中央に浮かんでおり、急速にその高度を下げている。闘技場に落ちれば、双方ともに大損害を被るのは間違いない。
いや、双方だけではなくここに居る観客全員が何かしらの被害を被る。それほどの魔法だ。
更に不気味なのは、その魔法を放った魔導士は壊れた人形のように高笑いしている。全てが壊せるという快感に溺れているようだった。
「あれが、ヒステリアの効果か。」
バーサーカーはたまに見かけるが、ヒステリアの状態は極めて珍しい。魔導士が錯乱系の状態異常になるのは非常に稀だからだ。
その時、相手チームの戦士が奇妙な行動に出る。ヒステリアにかかった魔導士に向かって手持ちの剣を投げつけた。
剣は魔導士の右胸に深々と突き刺さる。その衝撃で魔導士は後ろによろけ、膝をつく。しかし、魔導士は空を見上げたまま高笑いをやめない。
「狂ってるな・・・。カーズドは・・・。」
その光景は、流石にミロンには見せられないと、シィルがミロンの目を隠す。
「ママ?アクアンお姉ちゃんと同じことしてるよ。どうしたの?」
どうやら、アクアンの手にシィルの手が被っていたようだ。
「見ちゃうと、今晩から夜におトイレに行けなくなるからね。おねしょなんてしたくないでしょ。」
「うん。」
「じゃあ、しばらく目を瞑っておきましょうね。アクアン、お願いね。」
そう言って、シィルが闘技場に目を向ける。
「あれ・・・魔力玉が消えてる・・・?」
空中にあった巨大な魔力玉が消えている。あれだけの魔法が突如消えるとは思えない。そう考えたシィルが、クラウィスを見る。
「あぁ、残念だがな。」
クラウィスが首を小さく横に振る。シィルは、その言葉ですべてを察した。
さっきまで高笑いしていた魔導士は、仲間である戦士の剣と騎士の剣によって倒されてしまったようだ。
ただし、その行為により、残るメンバーのさらにバーサーカーとヒステリアの深度が高まってしまったようで、もう、彼らが正気を取り戻すことは無いだろう。
その他にも、シィルは気になっていることがあった。それは、観客席にあからさまに場違いな姿の人が増えている。
「ねえ、クラウィス。見慣れない人が観客席に増えてるんだけど、ギルドの人かしら?」
「装備が特殊だな、間違いないだろう。」
2人が観客席を見つめていると、不意に背後から女性がクラウィス一家に声をかけた。
「あなた方は、ここで何を?」




