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第11章 本物の挑戦

次の日の朝、保管庫に戻ったアクアンが、ギルの姿を目にする。

「ギル・・・。」

「あぁ、おはよう。」

「その様子だと、魔力切れ?」

「前よりはもった方だったな。あの爺さんが何をしていて、その目的も大体わかった。」

そう言いながら、ギルはギルティスライサーを手に店舗へと向かう。

「何してるの?」

「俺が行くしかないって事だよ。」

身支度をしているギルに、決意を感じるアクアン。

「一体、何を見たの?」

「あの爺さんが、大木を切っていた。そして、それよりも大きい木に傷をつけて、その木に切った木を差し込む。これは同じなんだが。」

椅子に座って、ギルが窓の外を見る。

「・・・どうせ、あの爺さんは、今日も来る。その時に説明するよ。」

面倒くさそうにため息をつくギル。

「そうね。何があるか、ボルクさんにも聞いてみるとよくわかるかもしれないし。」

「そう言う訳だ。俺は準備が忙しい。話し相手ならクラウィスかシィルに頼むんだな。」

アクアンを追い払うように手を振り、ギルは自身の武器をレンタルコーナーに並べる。

「今の時間、2人とも忙しいわよ。」

「なら、メルとでも遊んでたらいいだろ。」

「メルは、もうあの子の家に行ったわよ。あの子、夜になったら戻ってくるからね。」

アクアンがそう答えると、ギルは動きを止めて少し考える。

「それも、奇妙な話なんだがな。本来、精霊武具は自分の憑代からはそこまで離れられない。」

「意外と、あの子の家、近いのかもね。」

「まぁ、それが考えられる一番の要因だろうな。さぁ、さっさと自分の仕事をしたらどうだ?」

ギルにそう言われては、アクアンも従うしかない。アクアンは笑顔を見せて店舗の掃除を始めた。

そして、開店の時間が訪れ、最初の客はギルの予想通りの人物だった。

「待ってたよ、爺さん。」

珍しくギルが出迎える。それを見たボルクはほっほっほとひげを触りながら笑顔を見せる。

「また来たぞ。今回もよろしく頼むぞ。」

ボルクがこの数日のルーチンワークのように、ギルにレプリカを手渡す。

それを受け取ったギルが、今回は適当に魔力を込める。その光景を見たボルクが、不思議そうな表情を見せる。

「どうしたんじゃ?いつものようにいっぱいに魔力を込めてくれんのか?」

「あぁ、もう、その必要はない。」

そう言って、ギルがそのままレプリカのコーナーに剣を戻す。

「レンタル期間は終わったという事かの?」

「そうだな。レンタル期間は終わったな。」

「そうか、残念じゃの。とても使い勝手の良い武器だったんじゃがの。」

残念そうな表情を見せるが、ギルは新しい武器をボルクに手渡す。

「次はこいつを使え。」

「これは・・・。」

「見たらわかるだろう、俺の本体だ。」

信じられないといった表情で、武器を見つめるボルク。

「いいのか?」

「あぁ、これは俺の意思だ。クラウィスもシィルも、了承済みだ。」

ギルがカウンタの方を振り向く。その様子をずっと見ていたシィルがボルクを見つめてゆっくりと首を縦に振る。

「ボルクさん、ギルを使ってみてください。」

「そうか、わかった。」

ギルティスライサーを手に取って、その感触を確かめるボルク。

「これが、ギルの本体か。レプリカとはレベルが違うの。」

「あんなレプリカと一緒にするな。」

ボルクの言葉が気に障ったのか、ギルがぶっきらぼうに言い返す。

「おぉ、すまんの。しかし、素直な感想じゃて。」

「ボルクさん、参考までに、どう違うのか教えてもらっていいですか?」

アクアンが興味深そうにボルクに尋ねる。

「そうじゃの、まず持った瞬間に分かる魔力量かの。あれだけ改造してもらったレプリカの武器が足元にも及ばんの。」

ギルティスライサーの刃を見ながら、ボルクが答える。

「それに、レプリカの様に2つの武器を繋げてるようなちぐはぐな形じゃないからの。魔力の効率もいいわけじゃな。」

「あの、魔力量が多いと、何が変わるのですか?」

「色々と変わるぞ。切れ味が良くなって作業効率は上がるし、その後の挿し木の定着にも魔力が必要じゃて。」

そう言いながら、手製の鞘を持ち出してギルティスライサーを納めるボルク。

「鞘の長さはいいが、少し隙間が空くのお。これは後で調整するかの。」

笑顔で鞘に納めたギルティスライサーを眺めるボルク。

「さて、手続きとかはいらんかの?」

「ええ、前のレプリカの続きという事にさせてもらいます。」

台帳を手に答えるシィル。

「わかった。返すのはしばらく先でよかったのかの?」

「そうですね。また来週あたりに返してもらえると。」

「来週か。それまでに終わらせないとのぉ。」

「終わらせる?」

急に出てきた言葉に、思わず聞き返すアクアン。

「森の掃除じゃて。いい道具があれば、捗るからの。」

「今までやってたのは、掃除なんですか?!」

「あぁ、そうじゃよ。森の掃除じゃ。」

「掃除で魔力があんなに減るのか?」

「そうじゃの。あの森は主が相当わがままでな。」

ひげを触りながら笑顔を見せるボルク。

「そう言う訳じゃ、ギル、よろしく頼むぞ。」

無言だったギルにボルクが語り掛ける。

「あぁ、その森の主って奴を切り刻めばいいんだろ。」

「ほっほっほ、その意気じゃて。」

「じゃあ、しばらく留守にするぜ。連絡はそっちのレプリカでやるからな。」

ギルがレプリカを指さしてシィルたちに告げる。

「ギル、気を付けてね。」

アクアンがギルの手をそっと握る。

「ボルクさん、よろしくお願いします。」

アクアンの願いを、ボルクは笑顔で受ける。

「大切な借りものじゃて、大事に扱うよ。」

そう言って店を出るボルクの後姿を見送るシィルとアクアン。

「ギル・・・大丈夫かしら?」

「シィル、心配してないでしょ?」

「・・・そんな事ないわよ。でも、大丈夫だろうって気持ちが強いかしら。」

シィルは台帳を片付けながらアクアンに答える。

「あの子の強さは、十分に伝わってるから。」

ギルのレプリカを眺めつつ、シィルがほほ笑む。

「まぁ、私も心配はしてないけど・・・。」

アクアンが窓の外を見る。ボルクの姿はもう見えない。

「少し寂しくなったっていうのが、正直な話。」

「そうね、でも、これもあの子のためだしね。さて、私達もお仕事よ。」

シィルとアクアンは、そう言って仕事に戻る。

その日は、ボルク以外に、レンタルに興味を持った客は来なかったが、それなりに忙しかった。


それから、数日後、街がにわかに騒がしくなってきた。

見るからに冒険者じゃない人たちが増えてきている。それを不思議そうに眺めていたアクアンだが、お店にやってきたお客からがその疑問を解決してくれる。

「シィル、このチラシ、さっきのお客さんが持ってきてくれたんだけど。」

「何かしら?」

アクアンが手渡してきたチラシを確認する。

「これって、あの子の言ってた対外試合よね。」

アクアンが頷いて答える。そう、あの少年騎士が通う学園の試合の日が近づいてきたのだ。

「これは、見に行かないとね。連れて行ってくれるわよね?」

「そうね、クラウィスにも言っておこうかしら。」

チラシを片手に、シィルが工房へと向かう。そして、数分後に笑顔で戻ってくる。

「アクアン、この試合の時間は店を閉めようって。」

「お店閉める?!いいの?!」

見に行くだけだと思っていたが、思った以上に乗り気なのだと驚いたアクアン。

「クラウィスも見に行きたいって。」

「そうなのね。やっぱり、ウロボロスリフレクタが実際に使われているところを見たいわよね。」

「それだけじゃないみたいなのよ。」

少し深刻そうな顔を見せるシィル。

「クラウィスが気にしているのは、ウロボロスリフレクタもそうだけれど、相手チームの準備した装備が気になってるのよ。」

シィルの言葉を聞いて、納得するアクアン。

「そう言えば、相当強い武具だって言ってたわね。それは気になるところね。」

少し間をおいて、アクアンがふと思い出す。

「ギルも、気になってるのかしら。」

そう言って、アクアンはギルの残したレプリカを保管庫から持ってくる。

「直接聞けるかしら・・・?」

アクアンがレプリカを手にして、ゆっくりと話しかける。

「ギル、聞こえる?私、アクアンよ。」

「・・・あぁ、聞こえてる。どうした?」

レプリカから聞きなれた声が響く。

「結構聞こえる、便利な機能ね。」

「聞こえてるのは、レプリカを持ってるお前だけだがな。」

そう聞いたアクアンが、シィルの方を見る。シィルは不思議そうな表情を見せる。

「ほんとだ、聞こえてないみたい。」

「まぁ、それは後から説明でもしてやってくれ。何の用だ?」

「そうよ、ウロボロスリフレクタを借りた少年騎士いたでしょ?その子の試合があるの。」

「あぁ、そう言えば貸したんだったな。夜中に戻ってきてるからすっかり忘れてたな。」

ギルの答えに、少し笑い声を返すアクアン。

「それで、見に来るかどうかを聞きたいのか?それなら、レプリカを一緒に持って行ってくれ。適当に見る。」

「それでいいのね。わかったわ。」

アクアンは、シィルに聞こえるように声を上げる。

「アクアン、何かわかったの?」

さっきのアクアンの言葉から、結果が判ったと判断したシィルが、アクアンに問いかける。

アクアンがその問いかけの答えをシィルに告げると、シィルは笑顔で頷く。

「なら、準備しないとね。むき身の剣を持ち運ぶわけにはいかないし。」

レプリカを手に、シィルは工房へ向かう。それを見たアクアンは、引き続き店番を始めた。


その日の夕方、クラウィスが工具の入ったカバンを持ち店舗にやってくる。

「あら、どうしたの?」

アクアンが不思議そうに首をかしげる。

「あの少年の家に行こうと思ってね。」

クラウィスの答えに、さらに不思議そうな顔を見せるアクアン。

「レンタルして、もう2週間近く経つ、そろそろメンテナンスしないとダメだろう。夜に帰ってくるメルの毛並みも少し荒れてたしね。」

しっかりとメルの様子を見ていたクラウィスに、アクアンは尊敬のまなざしを向ける。

「そう言う訳で、ちょっと行ってくるよ。」

「シィルは、一緒に行かないの?」

「店を留守にするわけにはいかないからな。」

そう言って、クラウィスはホスピタルを出て出張診療に向かう。

窓から見えるクラウィスの姿を見て、アクアンは少し残念そうな表情を見せる。

「私もついていけばよかったかな。」

ギルの残した手法を使えば、自身も様子を見ることが出来るのではないか?そう考えていたアクアン。

「ミクに渡したロッドを通して、私にも見えるのかしら・・・。」

アクアンは、テーブルにある椅子に腰を下ろし、ゆっくりと目を閉じて精神を集中させる。

それから、すぐの事だ。アクアンの耳には草木を踏みしめる音が確かに聞こえてきた。

「この音は・・・。」

その音を頼りに、さらに精神を集中させる。すると、周囲の音に交じり、誰かの呼吸音も聞こえる。

「今なら・・・。」

アクアンはゆっくりと目を開ける。すると、店舗の景色と重なった形で、もう一つの景色も見え始めた。

「これが・・・ギルの見ていた世界?」

周囲を見渡すと、どうやら自分のロッドはミクが腰のホルダーに納めているようで、左側の森の風景と対照的に右側にはミクの体が大きく見えていた。

「こちらの声は・・・聞こえてないみたいね。」

アクアンの独り言は、店舗に居れば聞こえるぐらいの大きさで、今見えてるものが本物であれば、間違いなく今の声はミクに聞こえているはずだ。

それでも、隣のミクは気にせず目的地に向かっているようで、足音と呼吸音は一切の変化が無かった。

この事から、アクアンは聞こえていないと判断したようだ。

「これなら、ミクの現状もわかるわけね。危ない事をしないか、じっくりと見ましょうか。」

そう言って、アクアンはじっくりと意識を集中させる。先ほどよりもはっきりと周囲の景色が判るようになってきた。

その時、ミクが不意にロッドを手にしたようで、一気に視界が開ける。そして、自分の後ろに大きくミクの顔が見える。

「何かあったのかしら・・・。」

アクアンが辺りを見渡すと、明らかに敵意を向けている何かの視線を見つける。

「あれね・・・。」

敵意の元に意識を向ける。すると、はっきりと相手の姿が判る。

「モンスター・・・?」

視線は同じ場所から3つ、相手は人間ではないようだ。それと同時に、ミクの呼吸音が早くなる。

「緊張してるのね。頑張って。」

相手は一匹だけのようで、ミクの実力からすれば取るに足らない。

そう考えていたアクアンだが、急に魔力を注ぎ込まれる感覚に襲われる。

その注ぎ込まれた魔力を読み取り、何の魔法かを判断したアクアン。

「これは、アクアボールね。その選択、とてもいいわ。」

アクアンは、その感覚を受け入れ、次に目の前に現れる光景を楽しみにしていた。

ロッドの効果で、アクアボールは想定を超える大きさになったようで、その術者は驚きの表情を見せている。

それを見たアクアンは、思わず笑い声をあげる。

「どうしたの?!」

アクアンの声を聴いて、シィルが店舗に飛び込んでくる。

傍から見れば、アクアンが虚空を見て笑っているのだ。おかしいと思うのは間違いない。

「アクアン!大丈夫なの?!」

シィルがアクアンの肩を掴んで揺さぶる。

「あ、シィル、ごめんなさい、うるさかった?」

「どうしたのよ、アクアン。何もないところを見て大笑いして・・・。」

「ギルの真似をしてみたの。そうしたら、面白い光景が見えてね。」

シィルに説明しながら、アクアンはミクの居る場所の光景を見つめている。

「それじゃあ、今はミクが見えてるの?」

シィルの問いかけに、そうよと首を縦に振る。

「今、私のレプリカを使って敵を倒した所。面白かったわよ。」

そう言って、前を向いたアクアンが、キャッと小さな声を上げる。

「アクアン?」

「あ、ごめんね。急にミクの顔がアップで移ってたから、驚いたの。」

ミクがロッドの宝石部に顔を近づけている。話は聞いていたはずだが、実際に使うと驚くというのはよくある事だろう。

「アクアンの力って、私は実際には見たことないのだけれど、やっぱりすごいのかしら?」

「魔法使うときって、大体このくらいって想像して使うでしょ。それを上回るんだから、驚くわよ。今度、私の本体で試してみるといいわ。」

「そうね、私も得意じゃないけど水魔法使えるから、試してみようかしら。」

「あなたの使える水魔法なら、全てを強化できそうね。」

笑顔を見せながら、視線はミクの光景を追っている。

「もう、ミクの方は大丈夫ね。」

アクアンが小さく頷いて首を少し横に振る。

すると、アクアンの周囲の景色がフッと切り替わり、いつもの店舗内の景色が色濃く現れた。

「ふぅ・・・これは、慣れるのに少し時間がかかるわね。」

ゆっくりと椅子から立ち上がるアクアンだが、少しふらついているのか、椅子の背もたれを支えにして体を慣らしているようだった。

「シィル、ミクは結構早く来るわよ。」

「そうなのね。でも、心配はいらないわ。修理は終わってるって言ってたし。」

「予想通りね、どうせ、ミクがやってきたその日の夜には直してたんでしょ?」

「ご名答。」

シィルが口を手で覆いながらフフフと笑いかける。

「さて、それじゃあ、そろそろ晩の支度をしないとね。アクアン、閉店作業お願いできるかしら?」

「わかったわ。」

そう言って、アクアンが閉店作業をてきぱきと始める。全てが終わった頃に、クラウィスがメルと一緒に帰ってきた。

「おかえり、クラウィス。それにメル。」

クラウィスには笑顔で、メルにはハグで迎えるアクアン。メルは少し疲れている感じだが、尻尾を振って答えている。

「ただいま。良い匂いだな、腹が減ってきたよ。」

「シィルが、腕を振るってるわよ。ところで。」

アクアンがメルを抱えてクラウィスの目を見る。

「あの子の様子、どうだったの?」

「そうだな・・・かなり追い詰められている感じだったな。」

「追いつめられる?」

「あぁ、伸び悩んでいるようだ。それに、ウロボロスリフレクタの力を使わないようにしているそうだ。」

「仕方ないわ、あれは最終手段よね。」

「そもそも、騎士として大盾で戦うのは難しいからな。いい先生でも居れば良かったんだが、彼の通う学校には居なかったそうだ。」

「大盾って言えば、重装騎士だから、かなり限られるわよね。それに、今は魔法力で防御も固められるから昔みたいに重くて硬い防具に頼る必要性も少ないし。」

アクアンが抱きかかえたメルの顔を見つめる。

「メル、あなた、もう時代遅れかもしれないわよ。」

そう言ったアクアンに、メルはギャンと一声吠える。その声からは、アクアンの言葉を真っ向から否定するような気概を感じた。

「あら、メル、ごめんね。」

「オン!」

わかればよろしい。そう言われた気がしたアクアンは、メルをゆっくりと床に下ろして頭をわしゃわしゃと撫でる。

「くぅーん・・・。」

気持ちよさそうに目を閉じてアクアンの手の感覚を楽しんでいるメル。

「よしよし、いい子ね。」

ひとしきり撫でて、満足した様子のアクアン。その時、ミロンが店舗に入ってきた。

「パパ!」

そう言いながらクラウィスに抱き着くミロン。そして、直ぐに横で座っているメルにターゲットを移す。

「メル!!」

「ワン!!」

ミロンがメルに抱きつき、その感触を楽しむミロン。その光景をほほえましく見ているアクアンとクラウィス。

「ミロン、パパを呼んできてって言ったでしょう。」

シィルが店舗に入ってきて、2人が見ていた光景を見て目を細める。そして、ひとしきり楽しんだ後、シィルはミロンとクラウィスに呼びかける。

「ご飯できたわよ。手を洗ってらっしゃい。」

「はーい。メル、また後でね!」

「オン!」

ミロンがシィルの横を通り過ぎる。

「アクアン、メルの事、お願いできるかしら?」

「ええ、わかったわ。」

その後、食事を終えたミロンがアクアンたちの元にやってくる。それから、シィルに怒られるまでメルと遊んでいた。

それから、少年騎士の試合の日まで、クラウィスは毎日出張メンテに足を運んでいた。

そして、試合当日の朝がやってきた。

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