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第10章 レプリカの実力

「こんにちは・・・。あら、珍しい香り。」

そう言いながら、ミクがホスピタルへ入ってくる。

「いらっしゃい、ミク、今日はコロボックルリングの修理?」

「ええ、よろしく頼むわ。」

ミクが指にはめたリングをシィルに手渡す。すると、小さな人型がシィルの手の中で姿を現す。

「それにしても、この森の精油、本当にいい香りね。」

「おじいちゃんの採取した精油ね。いい香りでしょ。」

少し自慢げに答えるミク。

「そうそう、あなた達に言わないといけないことがあったのよ。」

「何かしら?」

首をかしげる2人に、満面の笑みを返すミク。

「あなた達のおかげで、おじいちゃんがすごい元気になったの。ありがとう。」

「元気になった?病気だったの?」

「病気ではないのだけれど、色々とふさぎ込んでたのよ。」

「ふさぎ込む?」

ただならぬ言葉が出てきたため、聞き返すシィルに、ミクは笑顔で答える。

「おじいちゃんね、昔は森を守る戦士だったの。それも、今となっては若い人にその場を譲ってね。それ以来元気が無かったのよ。」

一瞬心配そうな表情を見せるミク。しかし、すぐにその表情も明るくなる。

「でもね、あれを手にして森に入るおじいちゃんは、すごい生き生きしてるの。あんなおじいちゃんを見たのなんて、久しぶりよ。」

「それは何よりね。」

笑顔で答えるアクアンに、シィルが少し疑問をミクに投げかける。

「でも、森の民って言われるぐらいだから、森の手入れをするのはやっぱり生き甲斐なのかしら。」

その質問に、少し考えてミクが答えを述べる。

「それもそうなんだけど、やっぱり、まだ自分がやれるって判ったのが嬉しいみたい。」

「自分の存在理由が力になるのは、どんな人でも同じなのね。」

アクアンが噛みしめるように声を漏らす。

「アクアン・・・。」

少し思いつめた感じがしたのか、シィルが心配そうにアクアンを見つめる。

「あ、今は大丈夫よ。うん。大丈夫。」

笑顔を見せるアクアンだが、まだ引きずっていることは感じ取れた。

「早く、アクアンにも来るといいわね。」

「・・・そうね。」

「きっと来ますよ。」

ミクとシィルがアクアンに声をかける。

「ありがと。」

「さて、これはクラウィスに見せてくるわ。ミクもゆっくりしていってね。」

そう言って、シィルはクラウィスの居る作業場へコロボックルリングを持っていく。アクアンは、ミクをテーブルに案内して、飲み物を出す。

その飲み物を飲みながら、ふぅと息をつくミク。

「ねぇ、アクアン。少し良いかしら?ギルの事なんだけど。」

「ギルの?」

少し首をかしげるアクアン。そして、アクアンはミクと向かい合うようにテーブルに着く。

「そう、ずっと気になってたの。一体、ギルはいつからこの世界に居たのかって。」

「私が聞いた話だと、このお店の初代から居るそうね。」

「初代っていう事は・・・何年前かしら・・・300年ほど前?」

「人間の寿命を考えると、そのくらいになるかしら。」

少しあやふやだが、そんなものだろうと、アクアンは頷いて肯定する。

「・・・おじいちゃんね、今年で423歳なのよ。」

「ホスピタルより年上ね。それで?」

「あの武器、どうやら私達の森で作られたみたいなのよ。」

「やっぱりそうなのね、なんとなくそう思ってた。」

アクアンがうんうんと頷く。

「でも、それだと、どのタイミングで無くなったのかしらね?」

「私達の森で、結構作られてたのよ。だから、どれかは判らないけど、殆どが消失してるだろうから貴重なのよ。」

「あれ?あなた達の森で生産されてたなら、また作れないの?」

「うーん、今はね、あれ以上の効率がいい道具があるのよ。」

ミクの説明に納得するアクアン。流石に、300年も同じ物を使い続けるのは珍しい事だろう。

「それなら、なんでそれを使わないのかしら?」

その疑問も当然で、便利な物を使わず、わざわざ不便なものを使う理由が無い。

「それが、本当に不思議なんだけど・・・おじいちゃんがあれを使うと、今の道具より効率よく作業できちゃうのよ。」

「熟練の技って事かしら・・・すごいわね。」

アクアンが驚いた表情を見せる。

「その技、私も見てみたいわ。」

「見せてあげたいけど、あなた達はここじゃないと実体化できないんじゃないの?」

「まぁ、そうなのよね。でも、実体化しなくても私たち精霊は装備に宿ってるし、実際はそこに居るの。だから、問題ないのよ。」

意地悪そうに微笑むアクアン。それを見たミクが妙に納得の表情を見せる。

「たまに精霊の気配を感じるのだけれど、あれは実際に居るって事なのね。」

「そうね、間違いなくいるわ・・・。」

突然真顔でミクを見据えるアクアン。それにぎょっとしたミクは思わず息をのむ。

「・・・悪霊もね。」

続くアクアンの言葉に、背筋が凍り付く。

「あ、悪霊なんてそんなにいないわよね?ね?」

「さぁ、どうかしら?悪霊と精霊、どちらが多いかを考えれば答えは判るわよ。ふふふ・・・。」

意味深なアクアンの言葉に、ミクの表情が真っ青になる。今まで精霊だと思ってた気配が、悪霊だったとは考えたくないのも理解できる。

「ま、まぁ。今見えてるアクアンは立派な精霊だから大丈夫。うん。大丈夫。」

自分に言い聞かせるミクを見て、アクアンは笑いをこらえている。

そんな中に、保管庫からシィルが戻ってくる。

「アクアン、何してるの?何か楽しい事でもあったの?」

「なんでもないわよ~。」

真っ青な顔のミクと、にやけているアクアン。そして、その様子を不思議そうに眺めるシィル。

「うん、それよりミク、預かったコロボックルリングだけど、少し修理費がかかりそうなのよ。」

「あら、そうなんだ。いくらぐらいかしら?」

「台座の傷と、宝石本体の傷の修理、、それに魔力補充で金貨2枚かしら。」

「あぁ・・・結構するわね。今の手持ちじゃ足りないわ。」

お金の入った革の袋を覗き込みながら、ミクが苦笑いを見せる。

「どうする?修理キャンセルする?急がないと、クラウィスが勝手に直しちゃうわよ。」

「それは困りますね・・・。」

本気で困った表情を見せるミクを見て、少し慌てるアクアン。

「クラウィスならやりかねないわね・・・。私見てくるわ。」

少し急ぎ足でアクアンがクラウィスの工房に向かう。そして、残された2人の間に少しの沈黙が支配する。

その沈黙を破ったのは、ミクだった。

「あの、シィルさん・・・ちょっと聞きたいのですけど。」

「何かしら?」

「あの、ここは悪霊も実体化するんですか?」

「悪霊?うーん、単体には試した事は無いわね。」

不思議な事を聞くなと、シィルは不思議そうな表情を見せる。

「でも、どうしてそんなこと聞くの?」

「ちょ、ちょっと気になって。」

「まぁ、ここには悪霊の憑いた武具というか、道具は滅多に来ないしね。そう言うのはうちと同じように専門店があるし。」

シィルの言葉に、頷くミク。

「確かにそうよね、ごめん、変なこと聞いちゃって。」

「いいのよ。あのアクアンの表情と、今の質問で大体何言われたか想像ついたから。」

そう言って、シィルが笑顔を見せた。


「クラウィス、ちょっとその指輪の修理待って!」

そう言いながら、アクアンが工房の扉を開ける。

その時、目に飛び込んできた光景に、アクアンは思わず固まる。

「く、クラウィス?!」

クラウィスが、指輪のコロボックルを笑顔で撫でまわしている。はたから見れば不審者にしか見えない。

「な、何してるの?」

「お、アクアンか。この子の傷を見ていたんだが、これを見てくれないか?」

そう言ったクラウィスが、コロボックルを右手に乗せてアクアンに見せる。

「ここのところに少し傷があるだろ、これは、この辺りに傷があるという事なんだ。」

左手に持ったコロボックルリングには、確かに小さな傷がある。

「この細かい傷がこれ?」

「そうだ。これを磨けば、この子の傷は治るという事だな。」

コロボックルを机の上に下ろして、修理工具を手にする。

「だから、これをこうやって・・・。」

「ちょ、ちょっと待って!修理は待って!」

アクアンがクラウィスの手を掴んで止める。その行為に、クラウィスが驚いた表情を見せる。

「え?どうしたんだ?」

「ミクさん、手持ちがないから、修理は待ってって言われたのよ。」

それを聞いて、クラウィスは納得の表情を見せる。

「あぁ、そうか。この傷は手間賃程度でいいんだが、この子はちょっと内側を怪我してるんでな。」

納得の表情から一転、少し困った表情を見せる。

「内側・・・?」

アクアンがコロボックルを見つめる。しかし、最初に指摘された傷以外には違いが判らない。

「流石に、これは専門じゃないとわからないだろうな。」

コロボックルの頭を少し撫でながら、クラウィスがアクアンに説明する。

「指輪のベース部分に、かなりのヒビが入っている。その影響で、コロボックルの外装にまで傷が出たんだ。」

「直さないと、どうなるの?」

「この様子だと、バラバラになって直せなくなるな。」

「直せないって・・・その時、精霊はどうなるの?」

「霧散するだろうな。生物で言えば、死ぬという事になる。」

クラウィスの説明に、アクアンは衝撃を受ける。精霊は死ぬ事は無い、そう思っていたからだ。

「私達が・・・死ぬ?」

「あぁ、だから、早いうちに手を打たないとダメなんだ。」

そう言って、クラウィスはスッと立ち上がる。

「説明は、俺がした方がいいだろうな。」

クラウィスが工房から店舗に向かう。その後ろ姿をアクアンが見つめている。

「アクアン、コロボックルリングを持ってきてくれないか?」

「あ、は、はい。」

ハッと我に返ったアクアンが、クラウィスに言われた通り、机に置かれたコロボックルリングを手にする。

「この子も一緒に連れて行けばいいの?」

「あぁ、よろしく頼むよ。」

「おいで、行くわよ。」

アクアンの差し出した右手に、ちょこんと乗るコロボックル。

それを確認したクラウィスが、扉を開けて店舗に足を踏み入れた。

「ミクさん、お待たせしました。」

「クラウィス。」

2人の視線がクラウィス達に向けられる。

「少し、これの事で説明が必要でね。」

「聞きました。少しお金がかかるって。」

クラウィスが小さくうなずいて、理由を説明する。

「その理由なんだが、このコロボックルリングの台座の作り直しが必要なんだ。経年劣化というものだな。」

「確かに・・・随分昔からある物ですし、私も母から受け継いだものですからね。」

「そのお母さんも、お母さんから譲り受けたのかもしれませんね。」

シィルの憶測に、ミクが頷く。

「そうですね、その話は聞いたことがあります。そうなると、400年は経ってるかもしれませんね。」

「その間、修理されていないとなれば、十分劣化は考えられますね。」

シィルとミクが納得の表情を見せるが、アクアンは少し暗い表情のままだ。

「どうしたの?アクアン、おかしな顔してるけど。」

「え?うん、なんでもないわ。」

「アクアンは、すぐに顔に出るからね。何かあるみたい。」

シィルがアクアンの表情を読み取り、裏を取る。

「あぁ、アクアンにはさっき説明したんだが・・・。」

クラウィスがアクアンに告げた内容をミクに告げる。

「そ、そんな・・・。」

ショックを受けたミクの表情が青ざめていく。

「あの、お金は何とかします。ですから・・・。」

「判ってる。だから、1つ提案がある。」

「なんですか?」

「これを、うちに預けておくという事だ。ここにあれば、精霊は実体化できる。実体化している間は、霧散する事は無いからな。」

ミクの表情が、クラウィスの提案を聞いて少し柔らかくなる。

「あの、それにはお金がかかるんですか?保管料とか・・・。」

心配そうなミクに、クラウィスは首を横に振る。

「今回は、ボルクさんがレンタルしてくれてますから、サービスしますよ。」

「きっとお金は準備してきます。ですから、よろしくお願いします。」

ミクがクラウィスの手を両手で握りしめて懇願する。その願いを、クラウィスは了承する。

「あぁ、安心して預けてくれるといい。ここにある以上、絶対に安全だ。」

「そうよ、私もいるしね。」

アクアンがミクの手に自分の手を重ね、笑顔を見せる。

「アクアン、あの子の話し相手になってあげてね。」

「ギルと一緒に、しっかりお世話してあげるわ。あなたも、なるべく早く、絶対に迎えに来てあげてね。」

「ええ、もちろんよ。」

コロボックルリングと、コロボックルを見つめながら、ミクが決心を固める。

「金貨2枚なんて、すぐ稼いでくるわ。」

「アクアンも言ってたけど、無茶しちゃだめよ。金貨2枚って、すぐに稼げるものじゃないでしょ?」

心配そうなシィルに、ミクがこくりと頷く。

「少し頑張ってくるわ。ギルドに、エルフ指定の依頼もあるし。」

「エルフ指定の依頼か。とにかく、気を付けるように。」

全員がミクの心配をするが、ミクは既にどの依頼を受けようかと想像しているようだ。

「ねえ、ミク。あなた、水の魔法は使えるの?」

「え?まぁ、簡単なものなら。」

そう答えたミクに、アクアンは自身のレプリカを手にして、ミクの前に差し出す。

「これを持って行って。」

突然の事に、ミクは戸惑い、シィルとクラウィスは驚いた表情を見せている。

「いいでしょ。シィル、クラウィス。私、もう戻ってこないかもしれない人を待ち続ける武具たちを増やしたくないの。」

真剣な表情に、クラウィスが笑顔でゆっくりと頷く。

「ミク、そう言う訳だ。使い勝手を教えてくれ。」

ミクがアクアンからロッドを受け取る。そして、クラウィスを見つめて笑顔を見せる。

「わかったわ。任せといて。」

そう言って、ミクはアクアンズロッドのレプリカをお守りに、ホスピタルを後にした。


その日の夜、セメタリーに籠っているギルは、真剣な表情で自分の憑代と向かい合っている。

どうやら、まだ魔力は切れていないらしく、レプリカから感じ取れる景色を理解しようとしているようだ。

無言で憑代に集中しているその様子は、近づきがたい雰囲気を放っている。

いつもとは違う空気で、しんと静まり返るセメタリーの外で、アクアンはギルの様子をうかがっている。

「ギル・・・。」

そんな様子をじっと見つめているメル。深刻な表情に見えたのか、アクアンの足元に近寄り、ちょこんと座りこむ。

「メル?」

「・・・くぅん。」

「大丈夫よ。それよりも、ギルの方が心配よ・・・。」

しゃがみ込んで、メルを抱き上げる。そして、アクアンはゆっくりとセメタリーを後にする。

「アクアン、ギルはどうだった?」

「大丈夫・・・だと思うわ。一人にしてほしいって言ってたからね。何かあったら、きっと向こうから話をしてくれるわ。」

心配そうなシィルに、アクアンは笑顔を見せる。

「あのギルよ。落ち込むより怒って出てくる方が先よ。」

「ふふっ、それもそうね。」

つられて笑顔になるシィル。その時、アクアンの後ろからひょっこりとミロンが顔を出す。

「あら、ミロンも来てたのね。どうしたの?」

ミロンの頭を撫でながら、アクアンが問いかける。

「あのね、僕、メルと遊びたい。」

「もう夜も遅いから、明日はどうかしら?」

少し残念そうな顔をするミロン。

「今日は、もう休みなさい。私が側にいてあげるから。」

「うん!」

ミロンがアクアンにしがみつく。その光景を微笑みながらシィルが見つめる。

「じゃあ、お部屋に行こうか。ちゃんと歯磨きもするのよ。」

「はーい。」

アクアンとミロンが、ミロンの寝室に向かう。

「私達も、休みましょうか。」

シィルがメルを抱きかかえ、保管庫に戻る。その日の夜は、とても静かに過ぎていった。

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