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第1章 精霊の集う武具屋さん

大きな袋を担いだ1人の冒険者が、様々なお店の立ち並ぶ道を歩いている。

かなり年季の入った鎧に身を包み、ベテラン冒険者の風格を漂わせる。

そして、その冒険者は迷いなく1つの店の扉を開く。その店の看板には、剣と鎧の絵が描かれていた。

「いらっしゃいませ。あら、久しぶりですね。ログナーダさん。」

「あぁ。」

ログナーダと呼ばれた男は、素っ気なく答える。それがいつもの事とわかっている店員は、笑顔で問いかける。

「今日は、どんな御用ですか?」

「武具の手入れを頼みたい。」

そう言って、大きな袋をカウンターに置く。ドシンという重い音と、金属が擦れる音が店内に響き渡る。

店員がその袋を開いて覗き込む。中には、削れてしまった鎧と兜、そして愛用の武器だろうか、棘の付いたメイスが入っていた。

「今回も、使い込みましたね。」

「あぁ。」

ログナーダが、少しそわそわしている。

「では、こちらは預からせていただきますね。」

「すまない、今日は・・・。」

「あ、わかりました。少しお待ちください。」

そう言って、店員がメイスを取り出し、カウンターに置いた。

すると、メイスの隣に一匹の真っ白な猫が現れた。

「お・・・おぉ。」

ログナーダの表情が一気に崩れ、その猫を愛おしく見つめている。

現れた猫は、ログナーダに近づき、ちょこんと座る。

「痛かったろう。すぐに直してやるからな。」

ログナーダの言葉に、猫はみゃーと鳴いて答える。それを見て、猫に手を伸ばすログナーダ。

猫がその手に体をこすりつける。ログナーダは、その感触を味わいながら、至福の表情を浮かべていた。

そして、店員が他の装備もカウンターに置くと、そこから黒猫と三毛猫が現れる。

「おぉ!お前たちも。頑張ってくれたな。」

その2匹の猫も、ログナーダの手に近寄り、その手を舐めていた。

しばらく、3匹の猫との触れ合いを楽しんだログナーダは、名残惜しそうに店員を見る。

「よろしく頼む。料金は、言い値で構わない。」

「はい、いつもと同じぐらいになると思いますよ。修理が終わりましたら、連絡しますね。」

「あぁ、では、よろしく頼む。」

店員が武具を袋に片付ける。すると、3匹の猫は袋の側に駆け寄る。

そして、その袋を持ち上げて、奥の部屋へと持っていく。その後ろを、3匹の猫もついていった。

店の奥の部屋は武具保管庫になっていて、外からはわからないが、意外と広い。

「さぁ、少しここで待っててね。」

店員が棚に先ほど預かった武具を置く。その武具の棚に、猫もぴょんと飛び乗り、姿が消える。

「クラウィス、居るかしら?」

「シィル、呼んだか?」

さらに奥の部屋から、玉のような汗を浮かべた男が保管庫に入ってきた。

「これ、いつものログナーダさんの装備品、お願いできるかしら?」

そういいながら、シィルは道具袋をポンポンと叩く。

すると、道具袋の中から3匹の猫がぴょこんと顔を出す。

「うん、確かにログナーダさんのだ。後で見ておくよ。」

「よろしくね。」

「ところで、今日引き取りの武具が出来たが、表に出しておくか?」

「そうね、そうしてもらえる?」

クラウィスが頷いて、部屋へ戻っていく。どうやら、そこは作業場のようだ。

そこから、クラウィスの身長の半分ほどの大きさの剣を一振り持ってくる。

その後ろを、クラウィスよりも大きな生物が付いてくる。

その生物は、真っ赤な体の男性体で、大きく見開いた眼と、鋭い牙を持つ口、そして、頭部には大きな角が生えている。

これは、鬼と言われる生物で、とても狂暴そうな風体をしているが、クラウィスの肩をポンポンと叩きながら笑顔を見せている。

「兄ちゃん、今回も世話になったな。」

「いいって。お前の主人は、相変わらず全力で行ってるようだな。」

「あいつは、それが取り柄だからな。」

がははと大声で笑う鬼を見ながら、クラウィスが剣を保管庫の棚に置く。

「オーガブレードさん、今日、引き取りに来られますよ。」

「ねぇちゃんも、世話になったな。また頼むよ。」

そう言いながら、オーガブレードと呼ばれた鬼がシィルの手を握る。

「無茶は禁物ですからね。」

「俺に言うなよ、あいつに言ってやってくれ。」

オーガブレードの返しに、その場にいた全員が笑っていた。

その時、部屋の外からベルの音が鳴る。客がやってきたようだ。

「今行きまーす。」

シィルが保管庫を出て、カウンターに向かう。

「こんにちは。武器は治ってますか?」

黄色のワンピースを着た20代ぐらいの小柄な女性が、笑顔でカウンター前に立っている。

「いらっしゃい、セルミーナ。治ってるわよ。」

そう言いながら、保管庫の扉を開け、棚に置いていた剣を両手に抱えて持ってくる。

「大丈夫ですか?」

セルミーナが心配そうに声をかけるが、シィルは笑顔で大丈夫と答える。

「はい。どうぞ。」

カウンターに武器を置き、セルミーナに確認を求める。セルミーナが頷いてその武器を片手で持ち上げ、剣の柄を持ち、スッと鞘から引き出す。

「やっぱり、良い腕してますね。頼りになります。」

「かなり内部がやられてたみたいですから、修理費用も掛かりましたよ。」

そう言って、シィルがカウンター下にある金庫からお金を取り出し、セルミーナに渡す。

「余ったお金はこれだけです。無茶しちゃだめですよ。」

「はーい。」

セルミーナがばつが悪そうに答える。すると、カウンターの側に鬼が現れる。

「本当にわかってるのか?」

「もぅ。わかってるよ、おーちゃん。」

セルミーナが鬼に向かって話しかける。そして、ほんの少しの変化に気づく。

「あれ?おーちゃん、髪の毛、少し切った?」

鬼の顔を見つめながら、セルミーナが問いかける。

「グリップのあたりが、擦り切れてしまってましたので、新しいものに交換しました。後は、鞘も縫い直ししてますよ。」

鞘を指さして、修理箇所を伝えるシィル。それを確認した後、セルミーナは鬼の後ろに回り、着ている服を見る。

「あ、後ろのちょっと目立つ穴を修繕してくれたのね。」

そのことに気づいたセルミーナは、笑顔を浮かべてシィルに感謝を伝える。

「ありがとう、やっぱりホスピタルは最高ね。」

「そう言ってもらえると、お店をやってる甲斐があるわ。」

自分の店を褒められて、悪い気はしないシィル。

「さぁ、おーちゃん。帰りましょう。シィルさん、またお願いしますね。」

セルミーナがオーガブレードを鞘に納め、シィルに挨拶して店を出る。店を出た瞬間に、鬼の姿は消え去った。


この奇妙な出来事が起こる鍛冶屋、冒険者からは『ホスピタル』と呼ばれており、愛用されている。

この名前の由来だが、今まで現れていた猫、そして鬼、これらは全て装備に宿った精霊である。

精霊が宿った武具は、特別な力を有しており、それを修理する事の出来る場所も限られている。

その中でも、ここは特別で。他の店にはない特徴がある。

それは、武具に宿る精霊の姿が実体化する事だ。

精霊はその武具の様子を如実に示すため、職人はその姿を参考に武具の強化、修理を行える。

そのため、普通の鍛冶屋では見つけられないような問題まで見つけることが出来た。

そして、先ほどの鬼のように、意思疎通が可能な精霊も居て、それらが自由に店内を歩き回るため、この店は常に賑やかだ。

「シィル、そろそろ休憩にしよう。」

保管庫の奥から、クラウィスの声が聞こえる。その声を聞いて、シィルは店にかけてある時計を見る。

その時計は、正午を指している。

「はーい。」

クラウィスの声に答えるシィル。そして、店の扉を開け、CLOSEDの看板を掛けた。

そして、シィルが保管庫に戻る。そこには、クラウィスが額の汗をタオルで拭いながら午後の予定を確認していた。

「今日の引き取りは、午前で終わりだな。今日は修理に専念できそうだ。」

「そうね。」

2人が、保管庫の隣にある居住スペースへ向かい、食事の準備をする。今日の昼食はパンと豆のスープのようだ。

それをほおばりながら、クラウィスが少し考え事をしている。

「修理依頼を受けてる武具は、3つか。」

引き受けリストを眺めながら、次の予定を組み立てる。

「クラウィス、何か手伝う事はあるかしら?」

「修理部材も十分にある、店番と・・・そうだ、今回の修理品は、ちょっと暴れるかもしれないな。」

リストには、武具の名前と破損状況も書かれている。その中でも、『重傷(本体折損)』と書かれている1つの槍を指さす。

「あぁ、この子ね。わかったわ。」

「一度溶かして接合と補強をしなければ治らないだろうからな。」

「じゃあ、精霊は店で実体化させて、工房には修理完了するまで立ち入らせない方向でいいかしら?」

シィルの提案に、クラウィスは頷いて答える。

「頼むよ。精霊と言えども、自分の体が一度溶かされるのを見るのは気持ちのいいものじゃないだろう。」

そう言って、クラウィスは食べ終わった食器を片付け、保管庫へ向かう。シィルも、同じく食器を片付けて店内へと戻った。


カウンターに戻ったシィルは、店の外からの中の様子をうかがう1人の男性を見つける。姿からして、冒険者のようだ。

恐らく、休憩時間の終わりを待っているのだろう。シィルは急いで扉を開けて、男性に声をかけた。

「どうされました?」

「あ、ここが特殊な武器を治してくれる鍛冶屋ですか?」

冒険者は少し不安そうな表情でシィルに尋ねる。おそらく、他の鍛冶屋に持って行ったが、修理を断られたのだろう。

他の鍛冶屋も、ここが精霊の宿る武器を直せる店だと知ってるため、その線からの紹介のようだ。

「はい、ここは精霊の宿る武具を修理できますが・・・修理依頼ですか?」

「そうです。これを。」

そう言って、男が道具袋を漁るが、その動きの途中にシィルが男に話しかける。

「中にどうぞ。慌てなくても大丈夫ですよ。」

そう言って、シィルが男を店の中に招き入れる。

男は物珍しそうに店内を見まわす。確かに、店の中には他の鍛冶屋のように並べられた武具はない。

そもそも、修理専門店である以上、武具を置くよりも接客スペースを広く取った方がいいという、この店が出来てからの方針だ。

精霊と出会えるという点からも、この方が都合がいいだろう。

「こちらにおかけになって、お待ちくださいね。」

シィルが、男を店の中央にあるテーブルに案内する。案内された椅子に腰を下ろす。

そして、道具袋から一本のロッドを取り出し、テーブルに置く。

そのロッドは白い木材を削りだして作られていて、グリップには動物の革が巻いてある。そして、先端には欠けてしまっている青い石が付いていた。

「では、まずはこちらの書類に記入をしてもらえますか?」

初めてのお客に対しては、まず書類に記入してもらう事になっている。これが、カルテになるという事だ。

「これで、良いですか?」

男が書き終えた書類を、シィルに手渡す。それに書かれた名前の欄を確認する。

「ミルダさんですね。初めまして。今回の修理はそちらですね。」

書類を見ながら、シィルが目の前のロッドを手にして、少し目を閉じる。

シィルは、武器に秘められた力と、その名前を判別できる能力がある。

「確かに、精霊の息吹を感じますね。これをどこで?」

「少し前に、高原の泉へ収集クエストを行っていたんですが、そこで落ちていたのです。」

「拾った物ですか・・・。これが何なのか、わかっていたんですか?」

シィルにもこの武器の価値は判っている。普通に考えて、壊れていても捨てられる事は無い程の価値はある。

「えぇ、これはアクアンズロッドだと、見た瞬間に分かりました。でも、先端の宝石が破損してるので、捨てられていたんだと思います。」

少し残念そうな表情を見せるミルダ。

「壊れた宝石ですか・・・。」

欠けた宝石を見つめ、少しの間沈黙するシィル。そして、ミルダに再び問いかける。

「アクアンズロッドに使用する宝石は、かなりの高額になりますからね。それでも、これが捨てられているというのは、私にとっては少し考えにくいのです。」

「そう言われても、本当に落ちていたんですよ。」

「まあ、本人にも聞いてみましょう。」

そう言って、シィルがロッドをカウンターに乗せる。その瞬間、周囲の気温が若干下がり、青く透き通った人型が現れる。

その人型は、腰のあたりまでの青いロングヘアーで、両手両足に白いリングを付け、水の流れる様なローブを着た美しい女性の姿をしていた。

「これは・・・?」

突然実体化した事に、ミルダと精霊は理解が追い付いていない様子だ。

「アクアンズロッドさん、ここはクラディの鍛冶屋・・・皆はホスピタルと呼んでるわ。ここは、あなたの様な精霊を実体化させることが出来る場所なのよ。」

現状を説明するシィルだが、ミルダは精霊を見つめたまま、精霊は周囲を見ながら困惑の表情を見せている。

「それでね、アクアンズロッドさんに聞きたいことがあるの。あなたは、高原の泉で捨てられてたって聞いたんだけど。」

その言葉を聞いて、精霊はシィルの方を振り向く。そして、次の瞬間・・・

「あーーーっ!!!そうよ!あの男、私を雑に扱って、壊れたからって捨てたのよ!!」

大声で自分の境遇を叫ぶ精霊。それを聞いて、ミルダとシィルは顔を見合わせる。

「マジックロッドを、打撃武器として使ったのよ!しかも、ロックシェルによ!!」

ロックシェルとは、石に擬態している陸上の貝で、たまに冒険者を襲う。だが、ロックシェルは食材として優秀であるために、見つけた場合は狩られることがほとんどだ。

「いくら他の道具に精霊が宿ったからって、この仕打ちはないと思わない?!」

憤りを隠せない精霊の言葉に、シィルとミルダは首を縦に振って答えるしかなかった。

それから数十分、精霊の愚痴を聞かされた2人は、愛想笑いしかできなくなっていた。

どうやら、アクアンズロッドの前の所有者は、他の精霊武器を入手したために、アクアンズロッドをわざと壊して捨てたそうだ。

精霊武器は、強力な力を持つため、手放す時は大体店に売ることが多いが、今回のようにわざと壊して捨てるという事もありうる。

壊しておかないと、悪意を持った誰かの手に精霊武器が渡るかもしれないからだ。

「ミルダさん、確かに、この武器を拾ってきたんですね。」

「信じてもらえたようで、よかったです。」

「では、これを修理するという事ですよね・・・。」

シィルが少し困った表情を見せる。

「この武器の宝石、少し値が張るんですよ。」

シィルは、アクアンズロッドの先に取り付けられた、割れた宝石を指でなぞる。

「どれくらいですか?」

「全てをこちらでとなると・・・こうなりますね。」

シィルが、手際よく見積書を作成し、ミルダに提示する。

「・・・こ、こんなにですか?」

「はい、アクアンズロッドさんが捨てられた理由は、これにあるかもしれません。」

ミルダが見ていた見積書には


水霊の宝石・・・金貨80枚

本軸強化・・・・金貨7枚

技術料・・・・・金貨10枚

保管料・・・・・金貨3枚

計・・・・・・・金貨100枚


こう書かれていた。

それを見たミルダの表情が変わるのも頷ける。

「高いですね・・・。」

「そうですね、『全部をこちらに任せた場合』は、この金額になります。」

「全部?」

「そう、修理部材が高いんですよ。だから、部材を準備してくれれば、これは不要になりますね。」

そう言って、水霊の宝石と書かれた部分に線を引く。

「水霊の宝石は、なかなか骨が折れますね。」

ミルダが、そう言って少しため息をつく。

水霊の宝石を購入すれば、確かに金貨80枚前後だが、産出地に買い付けに行けばその半分で買える。その周囲の坑道で採掘出来れば、さらに安く手に入るかもしれない。

「どうされますか?売却であれば、金貨12枚になりますが。」

シィルは、買取の提案をするが、ミルダはすぐに首を横に振る。

その姿を見た精霊は、ミルダに熱い眼差しを向ける。

「いえ、僕が拾ったのも何かの縁ですから。修理でお願いします。お金は、少し時間がかかりますけど、大丈夫ですか?」

「ええ、保管料をいただきますから、いつまでもお待ちしますよ。」

「ありがとうございます。では、それでお願いします。」

「では、必要書類に記入をお願いしますね。」

そう言って、シィルはカウンターの裏に回り、そこから書類を取ってくる。その間に、精霊がミルダの側に寄ってくる。

「お金の価値って、私にはピンとこないんだけど。どれくらいなのかしら?」

「そうだね、僕の稼ぎだと、1年ぐらいかかるかな。」

そう聞いて、精霊は少し驚いた表情を見せる。

「ねぇ、そこまでして、なんで私を修理してくれるの?人間の1年って、貴重でしょ?」

「・・・どうしてかな。ほっとけない感じがしてね。」

それを聞いた精霊は、少し目に涙を浮かべていた。

「ミルダさん、この書類に記入をお願いしますね。」

修理依頼書と書かれている書類は、ほとんどの部分をすでにシィルが書き入れていた。

「サインだけですか?」

シィルが頷いて、記入する場所を指さす。そこに、ミルダは自分の名前を記入する。

書類に不備がない事を確認したシィルが、ミルダに笑顔を見せる。

「では、こちらの武器はしっかりと預かっておきますね。」

そう言って、シィルがアクアンズロッドを布に包む。

「こちらは控えです。スミスギルドと、冒険者ギルドにも申請しておきますね。」

普通の武器ならば、申請は必要ないのだが、精霊武器は所有者を身元をはっきりとさせておくために申請が推奨される。

何しろ、身元を偽って精霊武器をだまし取ろうとした事件が過去に何度も発生していたからだ。

「それでは、よろしくお願いしますね。」

ミルダが椅子から立ち上がり、シィルに一礼して店を出ようとする。

「必ず、戻ってくるよ。」

そう言って、ミルダは店を出る。その後ろ姿を、精霊はずっと見つめていた。

そして、アクアンズロッドと冒険者ミルダが別れて1年が過ぎた・・・。


アクアンズロッドの精霊は、他の精霊の世話や、シィルに代わっての店番等、率先してホスピタルの手伝いに励んでおり、すっかりホスピタルに馴染んでいた。

「シィル、これはどこに運べばいいのかしら?」

「カウンターの上に出しておいて、アクアン。」

アクアンと呼ばれた精霊は、カウンターに小さな箱を置く。

「これは何ですか?」

「マテリアルバッジよ。これには、鍛冶の得意な精霊が宿っていてね、持っている人の鍛冶スキルを上げてくれるのよ。」

「そうなんですか・・・。」

アクアンは、箱に入っているマテリアルバッジをのぞき込む。バッジは、手のひら大の大きさで、ハンマーと金床、そして星があしらわれている。

カウンターの上にあるため、精霊も姿を見せているはずだが、周囲には何も居ないようだった。

「この子の精霊は、どこに行ったのですか?」

「あら?そこに居るじゃない。」

シィルが箱の中を指さす。その指さす先には、あのバッジだ。しかし、よく見ると、星がさっきの場所とは違う場所にあしらわれている。

「この星ですか?!てっきり飾りかと。」

「私も最初はそう思ったけど、これはそういう精霊のようね。この子とは、対話が出来なかったけど、おとなしい子よ。」

シィルもカウンターにやってきて、箱の中身を見つめる。

「何度も見てるんですか?」

「大体、1年に1度、修理に来ますからね。」

「そんな頻度で、修理に来るんですね。でも、このバッジが壊れるとは考えにくいんですけど。」

「あら、クラウィスの仕事は見てたでしょ。いくら熟練の鍛冶屋でも結構怪我するし、火花とかは飛び散るから、いくら耐熱服でも、ボロボロになるしね。」

アクアンが工房の方を向いて、少しクラウィスの仕事ぶりを思い出す。

「という事は、このバッジ、作業中はつけてないとダメなんですね。」

「そうね、だから、壊れちゃうこともあるって訳ね。」

納得がいく説明を受けたアクアンは、ゆっくりと首を縦に振ってみせる。

「これを使うという事は、駆け出しの鍛冶屋さんという事ですか?」

「見てみればわかるわよ。もうすぐ来るはずだから。」

フフフと笑うシィルを見て、アクアンは否が応でも興味をそそられる。

そして、アクアンはこのバッジの持ち主をカウンターで待つことにした。

しばらく待っていると、店のドアをノックする音とともに、ドアが開かれる。

そのドアを開いたのは、上半身をタンクトップ、下半身はカーゴパンツ姿の緑髪の女性で、あらわにしている体はキュッと引き締まっており、いかにも職人という感じだった。

「こんにちは!修理品出来てる?」

風貌にしては、少し高い声で元気よく気持ちの良い挨拶してくる女性。それを聞いて、シィルとアクアンが笑顔を見せる。

「今日も元気ですね、アーグリー。」

「私、これぐらいしか取り柄ないしさ。って、この子が例の精霊さんね。これを預けに来た時には会えなかったから、初めましてね。」

アクアンに向けて手を差し出してくる。アクアンもその手を握り返す。

「ここだと、精霊にも触れられるから私は好きね。」

そう言って、アーグリーがアクアンの顔をまじまじと見る。

「私のお店でも、精霊が実体化してくれればいいのだけどね。」

「これは、このお店だけの特権ですからね。」

シィルがフフフと笑う。それを見て、アクアンがふと首をかしげる。

「あの、シィルさん。私、ちょっと気になってたんですけど・・・。どうして私が実体化できてるんですか?」

1年越しの疑問をシィルにぶつけるアクアン。その質問はアーグリーも興味があるらしく、2人はシィルに視線を向ける。

「うーん、私にもわからないのよ。クラウィスのお爺さんのお爺さんが作った仕組みらしいから。」

「へぇ、ここ、そんなに歴史があったんだ。」

アーグリーが驚いた表情を見せる。

「お店の外装や内装とかは何度か直してるから、見た目だと歴史があるってわからないかもね。」

そう言って、シィルがカウンターに置いていた箱をアーグリーに手渡す。

「はい、修理品はこれね。今度もしっかりと渡してあげてね、先生。」

シィルの見せる箱を確認すると、小さく頷いてその出来に納得する。

「今回もいい仕事、ほんと、クラウィスさんの腕はすごいわね。」

一連の会話に、少し違和感を覚えたアクアンは、それを口にする。

「あの、アーグリーさんを先生って・・・?」

「そうよ。アーグリーさんはね、鍛冶師の先生なのよ。だから、このバッジを使うのは、その生徒さんよ。」

「かわいい生徒に、早く一人前になってもらいたいからね。これを使うと、怪我が減るのよね。」

鍛冶スキルの向上というのは、そう言った面でもプラスに働くらしい。そう、アクアンは思っていた。

「そうだ、精霊さん、あなたのお名前、聞いてなかったわね。」

「私の名前ですか?みんなは、私をアクアンって呼んでます。」

「アクアンね。これからもよろしく。」

そう言って、アーグリーがアクアンに再び手を差し出す。アクアンも、その手をしっかりと握り返した。

「先生だったんですね。納得です。」

アーグリーが帰った後、アクアンがシィルに感想を述べる。

「彼女の工房のおかげで、この町の鍛冶屋のレベルは高いところで安定してるのよ。」

「そう言えば、この町のお話、詳しく聞いたことが無かったですね。」

アクアンが実体化して1年、このホスピタルで過ごしていたため、この町の事は気にならなかったようだ。

「この町はね、クラフターギルドが力を入れて開発してるのよ。」

「クラフターギルド・・・?」

「あ、そこから説明しなきゃね。」

シィルがアクアンにこの町の成り立ちを説明する。

クラフターギルド、それはこの世界の縁の下の力持ち、主に冒険者用の道具作りを行う人達が集うギルドだ。

そのギルドが、町をを作った理由。それは、この町の立地が恵まれているからだ。

周囲には鉱山、森林、豊富な水を湛える湖とそれが流れる川。それらにアクセスしやすい平野部にこの町が出来ている。

そんな好立地に人が集まらないはずもなく、真っ先に目を付けたクラフターギルドが、ここに職人を集めて町を大きくした。

その甲斐もあって、今ではここに来れば直せない武具はないとまで言われる一大工房都市となった。

この説明を、アクアンはへぇー頷きながらと興味深そうに聞き入っている。

「それでも、この町の中で、精霊武器を治せるのはここだけなのよ。」

「そんなに、私達って直しにくいんですか?」

自分の事はよくわからない。それは、どんなものにも当てはまるようだ。

「そうね、色々と準備が必要だからね。」

「クラウィスさん、すごい人なんですね。」

「まぁ、そうなるわね。」

少し言葉を濁すシィル。その様子に少し違和感を覚えるアクアン。

「あの、何か問題があるんですか?」

「うーん、問題と言えば問題だけどね・・・。」

大きなため息をつくシィル。

「うん、あなたは気にする事は無いわ。」

「そう言われると、気になりますよ。」

心配そうな表情を見せるアクアンが、シィルの手をぎゅっと握る。

「・・・いいわ。あの人の弱点、教えてあげる。」

諦めた感じで、首を横に振りながら苦笑いを見せる。

「あなたの修理代金、いくらか覚えてる?」

アクアンが首を少しかしげて、自分の修理価格を思い出す。

「えっと・・・金貨100枚でしたっけ?」

「そうね。で、今のあなたの本体はどうなってるかしら?」

自分の本体に意識を飛ばす。そして、少し不思議に思いながら答える。

「・・・直ってますね。」

「さて、その修理代金はどこから出てるかしら?」

「あれ?」

「そうなの。あの人、お金をもらう前に修理しちゃうのよ。」

大きくため息をつくシィル。事実、ここに預けられた1週間後には、アクアンの修理は終わっていた。

「おまけに、ここは普通の武具の修理って殆ど来ないし、精霊武器なんて絶対数が少ないし、そもそも壊れにくいから、うちは結構赤字なのよ。」

「あの、私にできる事ならお手伝いします。」

罪悪感を感じて、アクアンが手伝いを申し出る。

「いいのよ、今でもしっかりやってもらってるから。ありがとう、アクアン。」

アクアンに笑顔を向けるシィル。それを見たアクアンは、罪悪感は少し和らいだが、明日も頑張ろうと気持ちを新たにした。

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