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第5話 沢彦(タクゲン)誕生

天文22年(1553年)、尾張国・那古野城。

 平手政秀の死は織田家に大きな衝撃を与え、その死をきっかけに内紛は収まったように見えたが、それは一時的なものに過ぎなかった。一方、ノブ達は政秀の死から徐々に立ち直り、日常を取り戻し始めていた。

 

 ある日、ノブは未来に戻る方法が見つかっていないか、気になりラン(蘭丸)の部屋を訪れた。


「何だ! この部屋は」

 

 見ると畳の上に絨毯が敷かれ、その上には丸テーブルと椅子が配置されていた。テーブルの上には地球儀や時計があり、壁際にはマントや帽子が掛けられている。また隅には書物が山積みに置かれており、ノブは呆れていた。


「少しでも自分の時代と同じような生活をしたいと思って……たまに来る宣教師さんに頼んで……集めてぇ……」

 

 ランは小さな声で、モジモジと照れくさそうに答えた。


「お前なぁ、小姓の部屋にこんなものがあるのはおかしいだろう。ちょっとは自分の立場を考えろ!」


「……わかりました」


「とりあえず、集めたものはオレの部屋で預かるから、後で運んでおけ。いいな」


「……はい」


 ランは不満そうな顔で返事をした。ノブは、もう用事を聞く気が失せ、部屋を出ていった。そして次に、見舞い行くことを事前に伝えていた、信長の部屋を訪れた。


「よう信長、元気そうだな」


「おかげさまで、起き上がれるようになりましたよ」


「そりゃー、よかった。今日は相談したいことがあってな」


 ノブは持っていた1冊の鉄砲に関する書物を見せた。


「オレ、漢字が苦手だから、信長に読んでもらおうと思ってな」


「わかりました」


 信長はノブの頼みを受けて、鉄砲について読み聞かせた。そして話が終わると、今度はノブの懐に隠してある()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の1つであるピストル(拳銃)を信長に渡した。それを手に取り信長は不思議そうな顔をしている。


「これはオレの時代にある武器で『ピストル』と言って、例えるなら鉄砲を小さくしたものだ」


「なるほど、それでどうやって撃つのですか?」


 ノブはピストルの仕組みと使い方を信長に説明した。


「これは……凄い。これなら近くの敵を鉄砲より速く倒せますね」


「だろ! で、このピストルをこの時代で大量に造れないかと思って……」


 信長は、突然そう言われて、手に持っているピストルをよく観察した。


「今の技術では、こんな精巧なものは無理でしょうね……。鉄砲隊には見せなかったのですか?」


「見せられるかよ。こんな未来の武器を見せたら、オレが何者か怪しまれるぞ」


「それもそうですね」


 信長は、丁寧にピストルと書物をノブに返した。


「やっぱり、今ある鉄砲を工夫して使うしかないか」


 ノブは、残念そうにピストルをまた懐にしまい込んだ。


「それはそうと……」


 信長がノブに言い掛けようとした時に、家来の声がした。


「申し上げます。ただいま美濃から使いの者が来ており、ノブナガ様にお目通りしたいとのこと」


「美濃から?……わかった。すぐ行く」


 ノブと信長は顔を見合わせ、話を切り上げて大広間へと急いだ。


 ──大広間には美濃からの使者がひとり待っていた。ノブを見るなり深々と頭を下げ、手に持っていた1枚の書状を差し出した。ノブは書状を受け取って開いてみると、そこには斎藤道三の筆跡で書かれた内容があった。


 美濃に敵対する武田と尾張に敵対する今川が同盟を結んでいるなら、美濃と尾張も同盟を結び、対抗すべきだという主張だった。そして時期は4月、場所は美濃と尾張の境にある正徳寺で会見をしたいという要望も書かれていた。


 ノブは、この提案に乗る気はしなかったが、信長の意見も聞いて判断したいと考えた。そこで一旦保留することを告げ、使者を送り出した。


 美濃からの使者が去った後、襖の陰に隠れていた信長が姿を現した。ノブは信長が座ろうとするとすぐに話し掛けた。


「美濃との会見はどう思う?」


「そうですねえ……道三の真意が何なのか気になります」


「道三の真意?」


「はい。尾張は今、不安定な状況です。この隙に攻め込んでくれば美濃の手に落ちそうですが、そうせずに同盟を結ぼうとしているのが、わかりません」


「確かになぁ。もしかして、近いうちに甲斐が美濃に攻めてくるとか?」


「いいえ、甲斐から美濃までは遠すぎます。もし、攻めて来るなら会見する暇はないはずです。それに、甲斐の戦略は海路を制したいので、越後方面に目を向けていると聞いていますから、美濃を攻める優先度は低いと思いますよ」


「なるほど。それじゃあ、道三が病で死にかけて、焦っているんじゃないか?」


「それもないですね。道三が瀕死の状態なら、会見に顔を出すこともできないでしょうし、わざわざ向こうから会見したいなどとは言わないはずです。私なら病のことは秘密にしておきますが」


「それなら、何なんだろうな」


「……考えられるのは会見に呼び出して、貴方を暗殺すことですかね」


 信長にそう言われても、ノブは驚かなかった。彼も過去に暗殺する側、される側の立場であり、今回の会見でも自分が暗殺されることを真っ先に考えて、乗る気がしなかったからだ。


「でも、この会見は尾張にとっても、貴方にも価値があるかもしれませんよ」


「……?」


「美濃が後ろ盾になれば、駿河への牽制になりますし、貴方が同盟を結んできたら、家中からの評価が高まります。反対派も迂闊には手を出せなくなりますよ」


「うーん……」


(信長の言う通り、これはオレにとって天下取りへのチャンスかもな)


 しばらくして信長との話し合いの結果、会見して美濃と同盟を結ぶ方向で合意した。そして信長が自室に戻ろうとして立ち上がった時、ノブが思い出したように話し掛けた。


「そうだ、美濃の使者が来て話が途中になったけど、オレに何か言おうとしてたんだろ?」


「はい、実は……」


「ちょっと待て、ここは寒くなってきたから、オレの部屋で続きを話そう」


 ふたりは大広間からノブの部屋に移動し、戸を開けると部屋には、ランの荷物が乱雑に置かれていた。彼女はノブから運んでおけと言われただけで、整理する気はなかったらしい。


(あの小娘、やってくれるぜ)


 背後にいる信長は、不思議そうな顔をして部屋を見渡していた。


「……散らかってるが、適当に座ってくれ」


 ノブは慌てて片付けて、信長もそれを手伝い、自分たちの座る場所を確保した。そして、ふたりは向かい合って座ると、ノブから目で合図されたのを感じて、信長が話し始めた。


「近頃は体調が良くなってきましたから、亡くなった政秀に代わって側近として公の場に出て、力になりたいと思っています」


「そうだな。平手の爺さんもいないし、いいんじゃないか」


「それで、貴方と同じように私も名を変えて、別人として仕えることにしました」


 そう言って、信長は袖口から1枚の紙片を取り出して、ノブに渡した。


「これが偽りの名です。ランさんに教わった片仮名も書いておきました」


 その紙片には漢字とカタカナで『沢彦 タクゲン』と墨で書かれていた。


「え? 何だよ、この変な名は」


 ノブは思わず上ずった声を出してしまったが、信長はそれを聞いて静かな口調で答えた。


「これは、政秀が眠る菩提寺の住職の名です。変な名だと言うと、罰があたりますよ」


「でもよぉ、何でこんな名にしたんだ?」


 ノブは紙片を見つめながら、その名を繰り返し呟いていた。


「それは……貴方が立派な当主になったら、私は出家して僧侶となって生きるつもりでいます。それに政秀の菩提を弔う意味も込めて、この名を借りました。もちろん沢彦(たくげん)和尚、本人からも許しをいただいています。」


 信長はこの時、父である織田信秀と平手政秀の遺志を継ぎ、自分の叶わぬ夢も託す想いで、ノブの将来を見守る決意を固め、語っていた。


「……そういうことかぁ。でも、その顔で側近として現れたら、家臣たちは混乱するぜ」


「そのことなら、私は頭巾で顔を隠し袈裟をまとって僧侶の姿で仕えますから安心してください。もちろん、体調が許すときだけですが」


「そうか。お前が、そう決めたなら任せる」


「ありがとうございます。私のことは『タク』とでも呼んでください」


「ハハハ、わかったよ。よろしくな『タク』」


「こちらこそ、よろしくお願いします。『ノブナガ様』」


 こうして、ノブの天下統一に向けて心強い味方が加わった──。


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