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第4話 老臣の死

 葬儀でのノブの容姿や振る舞いは、信長の説得も虚しく織田家を混乱させ、家督争いが激化した。尾張国清州城主・織田信友は信勝派につき、その裏では清須衆と呼ばれる一派が暗躍していた。


 さらに、美濃の斎藤道三や駿河の今川義元といった周辺勢力もこの機に尾張侵攻を企んでいたのである。


 ──天文21年(1552年)那古野城。

 ある日、城内には幼子の笑い声が響いていた。織田家に人質となっている竹千代(後の徳川家康)と信長の妹・お市(お市の方)がノブと仲良く遊んでいたのだ。そこへ偶然やってきたラン(蘭丸)もその輪に加わった。

「ノブナガ様、今日はお子様たちと一緒でしたか」


「ああ、信長に会いに行ったら、母親(土田御前)と弟(織田信勝)が来ていて、何やらコソコソと話をしてたから子守をしてるわけよ。それと『ノブナガ様』はやめてくれ、ランはいつも通りでいいよ」


「何を言ってるんですかー! 今や織田家の当主なんですから! それに、小姓のわたしが気安く呼んだら、無礼者扱いにされてしまいます」


「それもそうだな」


「そういえば、弥助(ヤシュケス)さんはどこですか?」


「ああ、オレが槍をもっと長くすれば戦いに有利だっていうアイデアを出したら『早速作って、戦術を考えてみる』って、皆と話し合ってるよ。オレも敵が多いから、アイツなりに考えてくれてるみたいだぜ」


「頼りになりますね」


 そんなふたりの会話に、しびれを切らした竹千代とお市が、ノブの束ねた髪をうしろから引っ張ってきた。


「わかったよ。遊ぶから、引っ張るなよ!」

 

 3人がまた遊び始めると、ランは微笑ましく見つめながらノブに話しかけた。


「ふたりとも、ノブナガ様によくなついていますね」


「ああ。オレは5人きょうだいの長男だから、子どもの扱いは慣れてるからな」


「そうなんですか。わたしはひとりっ子だから、子どもに振り回されてしまいます」


「ハハハ」


 しばらくすると、お付きの者たちがやって来て、竹千代とお市をそれぞれ連れて行った。どうやら信長との話が終わったらしく、土田御前と信勝が末森城へ帰ろうとしていたからだ。


「あの親子、当主のオレに挨拶もなしかよ……まあ、いいけどな」


「……」


 ノブを取り巻く状況を知っているランは、何も言い返せずに黙っていると


「じゃあな、ラン。子守で疲れたからオレはひと休みするよ」


 そう言いながら、満足げな笑顔で自室へ戻って行った。ランは頭を下げて、その背中を見送っていた。

 

 この頃のノブが、いちばん穏やかな日々を過ごしていたのかもしれない……。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 ──天文22年(1553年)平手政秀、自害。

 その知らせが届いたのは、まだ寒さの残る朝、ノブが自室でヤシュケスやランと久々に顔を合わせて話をしていたときだった。平手政秀の三男・汎秀(ひろひで)が突然、城にやって来て政秀の死を告げたのだった。

 それを聞いたノブは驚きと悲しみに呆然とし、言葉も出なかった。ヤシュケスは無言でうなだれ、ランはショックで気を失い、その場に崩れ落ちた。後から知らせを聞いた信長も大きな衝撃受け、体調を崩し寝込んでしまった。


 そして倒れたランを部屋に寝かせてから、ノブとヤシュケスは急いで平手政秀の屋敷に向かった。


 (爺さんが死んだ……? あの爺さんが……)

 

 戦国時代にタイムスリップして以来、いつも叱ってくれたが、それでも温厚で、うれしそうに話を聞いてくれたノブにとって親父のような存在であった政秀の死が、まだ信じられなかった。


「ノブナガだ! 入るぞ」


 ノブは大声で玄関に足を踏み入れると、ヤシュケスと一緒にバタバタと音を立て遺体のある居間へと駆け出した。


 襖を開け、中に入ると線香の匂いが漂い、目の前に白装束をまとった平手政秀が横たわっていた。


「爺さん!……」


 ノブは涙をこらえて近づくと、遺体の横にドス黒い血に染まった刃物が置かれていた。


 そして視線を逸らして政秀を見ると、志半ばで自ら死を選んだ無念さが浮かんでいるような死に顔だった。


「爺さん、ありがとうな」


 ノブは政秀の手を握り、心の中で呟いて居間を出た。


 その後、足音に気づいて、駆けつけた平手政秀の長男・長政と次男・久秀から、織田家の内紛に苦しみ、ノブの家督相続に反対する者たちを説得できなかったことで、自分の無力さを恥じて切腹をした経緯を聞かされた。遺書もまだ見つかっていないらしい。


 ノブは話を聞き終えると、


「そうか、わかった」

 

 それだけ言って立ち上がり、平手政秀の屋敷をあとにした。


 城へ戻ったノブは、それからしばらくの間、自室に籠り政秀の死について考える日々が続いた。


(あの爺さんが……切腹?) 

 

(何かがおかしい……何かが……)


 ──美濃国・稲葉山城。

 平手政秀が自害したという知らせは、美濃の国主である斎藤道三にも届いていた。


 そして美濃の偵察から帰還した明智光秀(後にノブナガの家臣となる?)の報告を聞いていた。この頃の光秀は道三の側近として仕えていたのだった。


「平手政秀、まことに惜しい者を亡くした。娘との縁談のことも悪いことをした。なあ、光秀よ」


「はい。尾張は重要な柱を失ったことになります」


「あの大うつけが、これからどうするのか見物だな」


 光秀は少し考え込んだ。


「はあ、その大うつけですが、私の見立てでは少々違う気がするのですが……」


「どういうことだ? 詳しく話せ」


 それから光秀は、自分が知っているノブナガの容姿や言動、周囲の人間関係などの情報を報告した。


「なるほど、興味深い話を聞かせてもらった。それに気になることも……いちど、会ってみるか」


「『ノブナガ』と会いますか?」


「よし、決めたぞ! 尾張に使いを送れ」


 道三は、そう言って不敵に笑った。

 

 こうして尾張の大うつけと呼ばれるノブと美濃の蝮と呼ばれる斎藤道三が会見することになる。


 平手政秀が自害して2か月後のことだった──。


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