第19話 灼熱の比叡山
時は流れ、元亀2年(1571)9月。
ノブナガは、自軍を率いて比叡山の地に立っていた。
正史の記録では、比叡山延暦寺の僧侶らは仏教者たる本分を忘れ、修学に励まず放蕩生活を送り、さらに織田信長の敵対する勢力に加担していた。こうした僧侶らの不行儀と信長に敵対したことで怒りを買い、攻め込んだときには逆らう僧兵だけでなく、女・子供も容赦なく殺し、果ては火を放ったことで、のちに敵味方関わらず人々の反感と恐怖心を植え付けた──というのが、従来の比叡山焼き討ち事件のあらましであったが……。
◆◇◆◇◆
3か月前──早朝から呼び出されたノブナガは藤吉郎が待つ小屋へと向かった。
「おい、サル。朝っぱらから呼び出しやがって、いったい何なんだ!」
ノブナガは散乱するガラクタの山を掻き分け小屋に入るなり怒鳴り声を上げた。
「例の暗号通信を解読して、やっと──傍受できたんだよ!」
「……?」
「もう忘れたの? 『ATLAS』らしき奴らが使っていた通信のことだよ。あの時、一緒に画面を見てたじゃないかぁ!」
「あぁーーーっ!」
藤吉郎にそう言われて、ようやくあの日のことを思い出した。
それは弘治2年(1556年)、織田信勝と林秀貞が反旗を翻した年だった。ふと、藤吉郎の小屋へ立ち寄ったとき西暦2150年でノブたちと対立していたテロ対策組織ATLAS(Anti-Terrorism League of Allied States)がしていたと推測される暗号通信を偶然、拾ったという出来事であった。
「それで、奴らは何をしているんだ?」
「まだ、はっきりしないけど……ボクらの動きを探っているようだね」
(しつこい奴らだ。こんなところまで追ってくるのか? いや、待てよ……いずれにしても、このままでは厄介だな……)
そんなことを考えていると、なぜかこの時代での出来事が脳裏を駆け巡ってきた──織田信秀・信長親子から織田家を託されたこと、理解者だった平手政秀の死、初めての出陣、桶狭間での戦い、現在の地位……。
そして、ノブナガは覚悟を決めた。
「よし、こちらから仕掛けて、奴らを潰す! で、拠点は何処かわかるか?」
藤吉郎は立ち上がり壁にかかった地図の一点を指差し、答えた。
「比叡山」と──。
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早速、ノブナガは岐阜城天守三階の居室にクリムゾン隊を集合させた。
この頃、前田利家と佐々成政はそれぞれをリーダーとした部隊を率いて独立し、桶狭間の戦いで片腕を失った毛利新介は既に武士を引退していた。また、新たなことへのチャレンジを望んだ太田信定は除隊し、現在のクリムゾン隊は木下藤吉郎、前田慶次、弥助、帰蝶、そして弓の扱いが上達しサポートから昇格した蘭丸という初期のメンバーに戻っていた。だだし、今回はノブナガたちが反政府組織に属していたという素性がバレないよう、蘭丸と軍師の沢彦宗恩抜きで、内密に行われた。
この集まりでノブナガは、慶次と帰蝶には比叡山への内偵を、藤吉郎と弥助には一瞬で勝敗を決められるような兵器の開発を指示し、その場は解散となった。
──それから3週間後、ノブナガの居室に再びクリムゾン隊が集まった。
比叡山内偵組によると、数年前から僧兵と呼ばれる、武装した僧侶たちが頻繁に出入りしていることが判明した。続いて兵器開発組からは『サラマンダー』と名付けた新兵器が間もなく完成するとの報告があった。
これらの報告を受け、ノブナガは軍議の開催を家臣たちに通達する──8月上旬の頃であった。
◆◇◆◇◆
岐阜城評定の間では軍師の沢彦宗恩をはじめ、柴田勝家ら馴染みのある武将たち、そして新しく家臣に加わった明智光秀、さらには幼少期からノブナガを慕っている徳川家康の姿があった。
ノブナガが、姉川の戦いで敵対した浅井・朝倉連合軍の残党を匿っているという理由だけで比叡山侵攻を告げると、軍議は大荒れとなった。強行に仏教の聖地へ攻め込むことで民衆の反感を買うことを危惧する沢彦や光秀の反対派と、戦うことで存在意義を感じている勝家やノブナガの先進的な考えに賛同している家康らの賛成派とで意見が割れた。
しかし、ノブナガは独裁的に比叡山への侵攻を決めると、武将たちは明智光秀を先陣とした討伐軍を編成し、作戦の詳細を知らぬまま比叡山へと歩を進めた。
◆◇◆◇◆
辺りがまだ薄暗い夜明け間近、光秀の鉄砲隊が比叡山に向け一斉に射撃を開始した。銃声が響き渡り、火花が飛び散る中、先鋒隊は延暦寺門前へと猛然と攻め込んでいく。兵たちは互いに叫び声を上げながら、剣を抜き、敵に向かって突進した。
山間で悲鳴や怒号が飛び交う中、ノブナガは指揮を沢彦に任せ、単独で延暦寺へと向かった。因縁のゼンドウ・ジンがこの時代に本当にいるのか、自身で確かめたかったからだ。
一方、再び延暦寺に戻っていたゼンドウ・ジンは、奇襲騒ぎの中で『クロノス』のメンバー達と共に応戦するため外へ飛び出した。光秀の先鋒隊と激しい小競り合いを繰り広げ、剣と剣がぶつかり合う音が響き渡る。ゼンドウは敵の攻撃をかわしながら、素早く反撃を繰り出していく。
その時──ある声がゼンドウの耳に飛び込んできた。
「やっぱり、アンタもこの時代にいたのか!」
声のする方向へ視線を向けると、門の上に立っている男──長い黒髪をうしろで束ね、耳にはピアスを複数つけた当時と変わらぬ姿が、そこにいた。
「アキバ・ノブーーーっ!」
ゼンドウは咄嗟に叫び、脇から銃を取り出し構えた。
すると──ノブナガの表情が、笑っているように見えた。そして次の瞬間、視界から消えたので追おうとした時、背後から
「ゼンドーーーゥ! 深追いはするなぁーっ!」
あれはジロの声だったのか──そんな声が聞こえてきたが、体が反射的に動いてしまいゼンドウは、ノブナガを追って比叡山の闇の中へと消えていった……。
◆◇◆◇◆
ノブナガが本陣に戻ってしばらくすると、隠し持っていた小型無線機から藤吉郎の声が響いてきた。
「準備ができたから、そろそろ『サラマンダー』を使うよ」
「了解した──各隊、撤退だ!」
その声に反応し、弥助は撤退の合図である照明弾を空に向けて放った。
(ん……? 撤退の合図がやけに早いな……)
光秀は空を見上げ、そう思っていた。これから起きることを何も知らずに……。
その頃、準備を整い終えた藤吉郎は弓士に指示を出し、火矢が天高く打ち上げられ、ゆっくりと滑空して闇の中に消えていった。
「「「ゴ~~~~~~~ン!」」」
大きな黒煙を上げ、大地が揺れて激しい爆音が鳴り響く。
この時、使った兵器『サラマンダー』とは──空気中に小麦粉と硫黄の微粒子を散布しておき、着火源となるライターやマッチなどで点火して爆発を起こす、いわゆる粉塵爆発である。
ドーナツ状の微粒子の霧に引火した炎は比叡山の中腹から延暦寺のある山頂付近までを包み、全てを焼き尽くして、黒い火を吐きながら天に舞い上がった。爆風は周囲に広がって辺り一帯を一瞬に吹き飛ばす。それも普通の風ではなく──高温の熱風で、吹き飛ばされた者は熱さを感じる暇もない。
比叡山が真っ赤な炎を上げて燃えていた。
◆◇◆◇◆
比叡山一帯は3日間燃え続け、山頂にいたほとんどの者は焼け死に、多くの僧や寺院が失われた。その爆発騒ぎの中、ひとりの男が山を降りる姿が麓の町から目撃されたという情報が寄せられた。唯一の生き残りとして明智光秀らが捜索したが、結局その男は見つかっていない……。
それから数日後、この比叡山焼き討ちの話は瞬く間に世の中へ知れ渡り、京にいる朝廷側にも伝わって、人々はノブナガという人物の残虐性と寺を焼き払う冷酷な行動に恐れおののいた。彼のとった行動は理由こそ異なっているが、結果的に正史をまるでなぞるかのようであった。
正史での『本能寺の変』まで、あと──10余年。




