因果応報
「ははは! あの村の奴らは能無し共だな! 安い金で土地を奪われたのに、有り難いなんて涙を流すなんて馬鹿だよな!!」
「全くですね。先生の巧みな話術にかかれば、誰もかれも赤子の手をひねるようなものです!」
山中を一台の高級車が走る。車内では下卑た笑みを浮かべる男が二人。後部座席には肥大化した腹を抱えた男が座り、運転席には神経質そうな男がハンドルを握る。
助手席にはリゾート地化計画書が置かれ、土地の権利書が束になっている。
「まあ、俺様にかかればな! 土地さえ手に入れば、あの邪魔なでかい木も切り倒してしまえるからな!」
「彼らが熱心に信仰していましたね。本当に社を建てるのですか?」
「馬鹿を言うな! あんなの只の口約束だ。無効だろうが! それよりも、さっさとこんな田舎臭い所を出ろ!」
「は、はい! もう直ぐに山を抜けます」
後部座席の男は吐き捨てるように、噓をついたことを告げる。車は速度を増すと、山道に騒音を響かせた。
〇
「ん? 何故止まる? おい! まだ山の中だが、どうなっている!?」
「そ……それが、カーナビが壊れたようで道が分からなくなりました」
何時の間にか車は、森の中で停車する。後部座席から文句が飛び、運転席の男は情けない声を上げた。先程までは舗装された道路であったが、現在は草が茂る地面の上である。完全に迷ったことが分かる。
「携帯電話で誰か呼び出せ! それにGPSがあるだろう!」
「……電波が来ていないようでして……GPSも機能しません」
「なっ!? 全く! だから田舎は嫌なのだ。あの村まで行って、道案内を連れてこい!」
「……っ! は、はい……」
成す術がないと知ると、男は後部座席から横暴な命令を下した。運転席の男は顔色を悪くしたが、逆らうことは出来ないと悟る。頷くと車外へと出た。
「おや、何かお困りですか?」
「っ!? え、貴方は……」
突然第三者の声が響いた。神経質そうな男の背後に青年が立っていたのだ。突然現れた青年に驚き、男は車体にへばりついた。
「嗚呼、僕は此処に住んでいるものです。迷子になったのでしょう? 車は通れませんが、【カエリミチ】なら知っていますよ」
「……よ、良かった……」
微笑みを浮かべる青年の提案に、安堵した男は車から離れた。
「おい! 帰り道を知っているならさっさと教えろ! 俺様がこんな田舎の山中で車中泊など有り得ないからな! あとあの古臭い村への道は教えるなよ? あんな馬鹿共と同じ空気など吸いたくないからな!」
男と青年のやり取りを窓越しに見ていた後部座席の男が車から出た。そして高圧的な態度で、青年へと詰め寄る。
「この木々たちの間を真っ直ぐに進めば着きます」
「ふん! 無駄な時間を過ごした、俺様が一時間に幾ら稼ぐと思っているのか! 全く!」
「ささ! 先生、急ぎましょう!」
青年は微笑みを崩さず、静かに森を指差した。肥大化した腹を揺らしながら男が先を歩き、神経質そうな男が後に続く。
二人が黒く深い森に入り姿が見えなくなると、青年は顔から表情を消した。
「まあ……貴方達の帰るべき所に辿り着ける『帰り道』ではありませんがね」
青年の呟きに、木々たちが呼応するように揺れた。